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過去に使用した地図やグラフを、自由に使っていただくために資料集を整備しました。まずは、今までお問い合わせが多かったものをアップ。引き続き、内容を充実させて参ります。
なお、資料の信頼性を高めるために「ミツカン水の文化センター」のクレジットを掲載していただけましたら幸いです。また、掲載物を事務局にお送りくださることで、活動の連携につながることを願っております。
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- ※PDFボタンをクリックすると、高品質のデータがダウンロードできます。
国土地理院提供のデータを利用した地図について
地図の中には、国土地理院の承認番号が記載されているデータがございます。この承認番号は当サイト内でのみ有効な番号となりますので、他のwebサイトや資料としてご利用の際は、別途申請が必要となる場合がございます。
申請が必要かどうかの判断は当センターでは致しかねますので、お手数ですが国土地理院までお問い合わせください。
国土地理院 地理空間情報部
「測量成果の複製・使用」
http://www.gsi.go.jp/LAW/2930-index.html

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- 愛知用水の流域とその源流
- 掲載
- 機関誌『水の文化』 36号 3ページ
- 出典および参考資料
- 愛知用水土地改良区、愛知県企業庁提供のデータ及び、国土交通省国土数値情報「河川データ(平成20年)、湖沼データ(平成17年)」より編集部で作図

この地図の作製に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の基盤地図情報を使用した。(承認番号 平22業使、第183号) ダウンロード
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- 熊本の地下水の流れと水遺産
- 掲載
- 機関誌『水の文化』 35号 3ページ
- 出典および参考資料
- 熊本市資料、国土地理院基盤地図情報(縮尺レベル25000)「熊本、福岡、大分、宮崎」および国土交通省国土数値情報「河川データ(平成19年)、鉄道データ(平成20年)、道路データ(平成7年)」より編集部で作図
- 説明
- 熊本市では、多様な水文化を守り伝えるための「熊本水遺産登録制度」を創設し、湧水、食、土木建築、祭り、風習など有形無形を問わず、熊本市の水文化を構成している水資源を「水遺産」として登録している。市民からの公募で、事務局(水保全課)が調査を行ない、熊本水遺産委員会の審議を経て登録される。「水遺産」は熊本市の水文化カタログであり、多様性の証明でもある。2007年度の第1次登録で30件、2008年度の第2次登録で13件、2009年度の第3次登録で17件、現在、計60件の水遺産が登録されている。

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- うま味の文化圏 世界の主な調味料の分布と、乳搾り/狩猟採集民の分布
- 掲載
- 機関誌『水の文化』 33号 5ページ
- 出典および参考資料
- うま味の文化圏:『魚醤とナレズシの研究—モンスーン・アジアの食事文化』石毛直道ほか(岩波書店 1990)より作成<br />
世界の主な調味料の分布と、乳搾り/狩猟採集民の分布:『世界の食事文化』石毛直道ほか(ドメス出版 1973)を参考に、編集部で作成

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- 主立った治水家(古代〜近世)
- 掲載
- 機関誌『水の文化』 32号 7ページ
- 出典および参考資料
- 松浦茂樹『国土づくりの礎』(鹿島出版会 1997)/緒方英樹『人物で知る日本の国土史』(オーム社 2007)/「水土を拓いた人びと」編集委員会・(社)農業土木学会編『水土を拓いた人びと』(農山漁村文化協会 1999)
- 説明
- ここでの「治水家」とは洪水防御のみならず、広い意味で水を治めるのに功があった人物を言う。プロデユーサーであるか現場技術者であるかは区別していない。そのような人物は多数存在したと思われるが、ここではその一部だけを掲載している。

この地図は、国土地理院長の承認を得て、同院発行の2万分の1地形図を複製したものである。(承認番号 平21業複、第211号) ダウンロード
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- 121年前の甲府盆地西部の主な河川と土地利用
- 掲載
- 機関誌『水の文化』 32号 3ページ
- 出典および参考資料
- 大日本帝國陸地測量部が1888年(明治21)に測量した2万分の1地図「松嶋村」「甲府」「市川大門村」「韮崎」「小笠原」「鰍澤」(国土地理院)を合成し、安達満さんの師である農業経済学者の古島敏雄(ふるしま としお)さんにならって編集部が主だったところを着色した。
山吹色:桑畑と果樹、黄緑色:二毛作可能な田、濃緑色:水田と沼田、水色:水の流れ、赤茶色:人工的な土手。 - 説明
- 中央南北に釜無川、その西側に扇状地をつくっているのが御勅使川(みだいがわ)、都市部の西側を南北に流れているのが荒川、南部を東西に流れているのが笛吹川、最南部ですべてが合流し富士川となる。
田んぼが「季節によって乾く二毛作可能な田」「水田」「沼田」の3つに区分されているのは、陸軍歩兵が歩行に要する時間を計算するために土の状態を表わしたため、といわれている。水が引かない歩きにくい地域や利用されていない空白地帯を、水の流れと合わせてみると、御勅使川や釜無川の元の流れや、暴れ具合が想像できる。釜無川の堤防は、霞堤(かすみてい)ではなく長く続く部分が多くなったとはいえ、意識的に分断されており、広い遊水地が用意されている。釜無川は、信玄堤より上流にも多くの人の手が入っているようだ。釜無川の流れを高岩にぶつけるために蛇行させたとも見て取れる。信玄の御勅使川の流路変更計画は、そのエネルギーを利用して釜無川を蛇行させるためだったのかもしれない。
御勅使川扇状地は、通常は水が地下にしみ込み、ワジ(注:雨季になると急激に出水することがある、普段は流水のない涸れ川)のように地表は乾いてしまうようだ。御勅使川の流れを変える信玄の治水工事は、水のない状態での作業だったのだろう。その甲府盆地西部の砂礫地帯に田んぼがつくれるようになったのは、江戸時代初期に釜無川上流から引いた徳島堰の功績だ。また、扇状地南部に沼田が多いのは、いったん砂礫地帯に染み込んだ地下水が、湧水として地表に湧き出てくる土地柄だからかもしれない。

この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の基盤地図情報を使用した。(承認番号 平21業使、第188号) ダウンロード
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- 現在の甲府盆地
- 掲載
- 機関誌『水の文化』 32号 17ページ
- 出典および参考資料
- 国土地理院基盤地図情報(縮尺レベル25000)「山梨」を元に作図
- 説明
- 深い緑が標高600m以上、薄い緑が300m以上、白字は300m未満。赤色は人家などの建物。1888年(明治21)の甲府市の人口は約3万人、2009年(平成21)は約20万人で6倍以上。

この地図は、国土地理院長の承認を得て、同院発行の2万分の1地形図を複製したものである。(承認番号 平21業複、第211号) ダウンロード
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- 信玄堤完成前の流路の想像図
- 掲載
- 機関誌『水の文化』 32号 13ページ
- 出典および参考資料
- 明治21年に測量した2万分の1地図(国土地理院)より作図

この地図は、国土地理院長の承認を得て、同院発行の2万分の1地形図を複製したものである。(承認番号 平21業複、第211号) ダウンロード
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- 信玄堤完成後の大雨のときの流路
- 掲載
- 機関誌『水の文化』 32号 13ページ
- 出典および参考資料
- 明治21年に測量した2万分の1地図(国土地理院)より作図
- 説明
- A〜Gについての解説は、機関誌『水の文化』32号13〜14ページをご参照ください。

この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の基盤地図情報を使用した。(承認番号 平21業使、第188号) ダウンロード
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- 佐賀平野の水路網と成富兵庫茂安の足跡と筑後川の流域
- 掲載
- 機関誌『水の文化』 32号 27ページ
- 出典および参考資料
- 国土地理院基盤地図情報(縮尺レベル25000)「山梨」を元に作図
- 説明
- 深い緑が標高600m以上、薄い緑が300m以上、白字は300m未満。赤色は人家などの建物。1888年(明治21)の甲府市の人口は約3万人、2009年(平成21)は約20万人で6倍以上。

この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の基盤地図情報を使用した。(承認番号 平21業使、第188号) ダウンロード
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- 柳川掘割の取水口と水路網
- 掲載
- 機関誌『水の文化』 32号 42ページ
- 出典および参考資料
- 国土地理院の基盤地図情報(縮尺レベル25000)「福岡」を元に作図

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- 柳川の標高差
- 掲載
- 機関誌『水の文化』 32号 42ページ
- 出典および参考資料
- 柳川あめんぼセンター『水の資料館』展示パネルより作図
- 説明
- 地図や標高差を見ると、柳川が沖端川の河口部にできた干潟から、徐々に陸地になったことがよくわかる。




