機関誌『水の文化』60号
水の守人



雨水生活は成り立つのか?
── 離島における小規模集落給水システム

笠井さんと学生たちが赤島の森を切り開いて設置した50m2の集水面「雨畑(あめはた)」 提供:福井工業大学笠井研究室

笠井さんと学生たちが赤島の森を切り開いて設置した50m2の集水面「雨畑(あめはた)」 提供:福井工業大学笠井研究室

長崎県五島列島福江島の二次離島「赤島(あかしま)」は、日本国内で数少ない水道施設のない島だ。今も生活用水をすべて雨水に依存している。雨水タンクの研究・開発や雨水利用調査などを行なってきた福井工業大学の笠井利浩教授を中心に、雨水に頼った島民の生活を、質と量の両面からサポートする試みが進められている。

福井工業大学 環境情報学部 教授
笠井 利浩(Toshihiro Kasai)さん

1968年京都府生まれ。大学時代は山口大学で資源工学を専攻。非常勤講師を経て、2012年度に福井工業大学工学部准教授に就任。2015年度から現職。日本雨水資源化システム学会理事・広報委員長、日本建築学会雨水活用推進小委員会主査、NPO法人雨水市民の会理事などを務める。

生きていくうえで大切なもの

 降りしきる雨は、ときとして大きな災害を引き起こし、人の命を奪うこともある。しかし、雨は生命の源であり、雨が降らないと、人も動物も植物も生きてはいけない。その雨を資源として捉えている研究者がいる。福井工業大学教授の笠井利浩さんだ。

 笠井さんが雨水に着目するに至るまでには長い道のりがあった。非常勤講師を務めながら研究者として進む道を模索していたとき、いつまでも変わらない本質的なものを研究したいと考えていた。

「食べ物、それも米がいいと思い耕作放棄地を購入し、永続的農業を試みるため、まずは田んぼづくりから始めました」

 それから3~4年、ようやく稲作が軌道に乗りはじめたある日、水路を掃除していると突然の夕立に見舞われた。雨宿りをしていたそのとき、米は水がないとつくれないことにはたと気がついた。

「この水はどこから来るのか……雨だ。ならば雨水の研究をしよう」と思い、雨に関する研究者や関係団体などを探しはじめた。

空から落ちてくる雨は「命の源」

 雨水の研究を始めたのが今から12~13年前のこと。笠井さんは雨水が普通に利用される世の中にしたいと考えていたが、世間での雨水の扱いは冷ややかだ。東京ドームなどごく一部の施設で利用されているにすぎない。2014年(平成26)に「雨水の利用の推進に関する法律」もできたが利用は進んでいない。雨水利用を妨げている理由の一つが、雨水のイメージの悪さだという。大気中のチリや不純物などが混じり、雨水は汚いとのイメージが根強いのだ。

「汚れているのは初期雨水と呼ぶ降りはじめの雨だけです。これさえ除去すれば、雨水は蒸留水に近い、きれいな水なのです」

 笠井さんが雨水利用で目標とするのが「蓄雨(ちくう)」の普及だ。「蓄雨」とは、治水、防災、環境、利水の四つの側面から雨を溜めて統合的に活かし、水循環の健全化を図るもの。なかでも笠井さんは、都会の家々がタンクを設置して雨水を貯めるシステムに力を注ぐ。そうすれば、豪雨で排水しきれずに起こる内水氾濫を減らすことができ、断水時にも水に困らない。そこで笠井さんはメンテナンス不要の家庭用雨水タンクや初期雨水を効果的に除去する装置を開発し、特許を出願。家を新築するとき、雨水タンクを設置するのがあたりまえとなる日を目指してのことだ。

雨水だけで生活する五島列島の小さな島

 一方、雨水の利用促進のためには、悪いイメージを払拭する必要がある。それには実際に雨水を使って普通に生活できることを証明することが近道。できれば団地などを一街区丸ごと使って雨水生活を実現したいが、それは難しい。そこで笠井さんは、雨水だけで生活している島がないか探し回り、長崎県五島市にある赤島にたどり着いた。ここでは18人の島民が今も雨水だけで生活している。

「2016年(平成28)6月に、初めて現地に向かいました。島民から『水の量が全然足りない』『黄砂やPM2.5も心配だ』という実情を聞くほどに放っておくことができなくなり、雨水を水源とする安心して使える給水システムをつくろうと決めました」

 まずは、島民の水の利用状況を調査したが、驚くべきことに一日平均で一人約62Lしか水を使っていない超節水の暮らしをしていることがわかった。東京都水道局調べでは一日平均一人約220Lなので、その差は歴然。赤島の人たちは、使った食器はまず拭いておいて後でまとめて洗う、風呂ではなく短時間のシャワーやよほどの場合は体を拭(ふ)いて済ませるなどの工夫をしている。

  • 雨水だけで暮らす赤島の人々は、東京に住む人たちの1/3~1/4の水しか使っていない 提供:福井工業大学笠井研究室

民家の屋根だけでは雨水が足りない

 赤島の家々に必ずあるのが、屋根に降った雨水を集める貯水槽。その容量は5000Lから大きいもので1万Lほど。心配した水質は簡易専用水道の基準をほぼクリアしたが、問題は「量」だった。屋根が小さすぎて、初期雨水をカットしている余裕はなかった。

「ならば屋根の代わりとなる集雨装置をつくってしまおうと、2017年夏に学生など8人で島に乗り込みました」

 笠井さん考案の「雨水を水源とした小規模集落給水システム」は、大気中や屋根の上のほこりなどが含まれる初期雨水を除去し、きれいな雨水だけを溜めるものだ。

 海に近く風の強いところでは海水の塩分が混じる。そこで海から離れた山かげで風の弱い場所を探し、もともと畑だったジャングルを切り開くことから始めた。

 3週間かけてできあがった50m2の集水面が「雨畑(あめはた)」だ。メンテナンスしやすいよう、あえて汚れが目立つ白い波板にしたほか、集水面の下に草が生えにくくするため、日光の透過率が低い素材を採用。さらに掃除しやすいよう、集水面は人の胸ほどの高さに設置した。

 今年(2018年)の夏はさらに3000Lのタンクを2基増設し、初期雨水をコンピュータ制御でカットする装置を付ける。初期雨水は、久しぶりに降り出したときと、いったんやんでまた降りはじめたときとでは、大気中や屋根に積もったほこりの量が違うため、カットすべき量も違う。この装置ではそれをコンピュータで制御し、最小限だけ除去するようにする。

 また、タンクから家々に送られる水は、UV殺菌装置や逆浸透膜などを通して、より安全安心に飲める水をつくる。これらのシステムの稼働状況は赤島に通る3G回線を使って、常に福井工業大学からモニタリングする計画だ。このタンクだけでは全島民の水を賄うことはできないが、給水システムのプロトタイプとはなり得る。

  • 赤島の航空写真。集落部に比較的近く、海水が混じらない森のなかに「雨畑」を設置した 提供:福井工業大学近藤研究室

  • 赤島の民家。屋根に降った雨水をパイプで集め、各戸に設置してある貯水槽に溜めて使っている
    提供:福井工業大学笠井研究室

  • 雨水を水源とした小規模集落給水システム
    提供:福井工業大学笠井研究室

雨から見つめ直す水のありがたさ

 雨水を使った赤島活性化プロジェクトは、「しまあめラボ」と名づけた。福井工業大学デザイン学科近藤晶(しょう)研究室と連携し、無人島化を防ぐことも視野に入れている。そのため、笠井さんたちは赤島の魅力をもう一度見つめ直し、雨水生活が体験できる日本唯一の島であることを広めようとしている。

「水は空から降ってくる雨が源ですが、ここ赤島では雨水だけで生活する『水の環境教育』が実践できる。そこに可能性があります」

 2018年の春、「赤島での雨水ぐらし体験」のエコツアーを実施。島内の散策や雨水風呂、海水でのお米研ぎ、魚をさばいてかまぼこづくりなどを2泊3日で体験。参加者のうち子どもは2人だったが、その子たちは福井の家に帰り、「うちのお風呂すごいね、水がじゃんじゃん使える!」と感動したそうだ。そのうわさを聞き、「次はいつ?」との問い合わせが何件か寄せられ、2019年の春に2回目のエコツアーを行なうことを決めた。

 笠井さん自身、2017年の夏に赤島で3週間過ごして福井に戻ったとき、シャワーを無制限に使えることに感動した。そして、そのシャワーの水が含む塩素の臭いにも驚いたと振り返る。普段何気なく使っている水には、実は限りがあること、そして臭いもあるということは、今まで気に留めたことがなかったという。

「使える水の量とは、人の行動を決める大きな要因なのだと改めて気づかされました」

 安全な水を世界に届けることは、国連の持続可能な開発目標(SDGs)の一つとなり、今後ますます重要となる。「川の水などと比べて雨水には菌が少なく、水道が整備されていない場所でも安心して飲める水が得られます。東南アジアなど赤島と同じように雨が降るアジア・モンスーン地域でなら、この給水システムは役立つはずです」と笠井さん。海外への普及にも取り組んでいく。

 雨水を利用した給水システムは、降った雨をすぐに下水や川、海に流してしまうのではなく、身近なところに留めておくもの。それは笠井さんが提唱する蓄雨の一環である。都市の水循環を健全にし、雨水が普段の生活に使われるような世の中に変えていくためには、私たち一人ひとりが雨とのつきあい方を考え直すことが求められる。

  • 2017年しまあめラボ活動記録 赤島活性化プロジェクトドキュメンタリー映画制作
    2017年の夏、笠井さんと学生たちが3週間泊まり込んで行なった「雨畑」の設置作業 映像制作:福井工業大学近藤研究室

  • 2018年3月23~25日に赤島で実施した「雨水生活体験」の参加者たち(「雨畑」の前で)。左は参加を呼びかけたチラシ 提供:福井工業大学近藤研究左は参加を呼びかけたチラシ 提供:福井工業大学近藤研究

(2018年7月17日取材)

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