水の風土記
水の文化 人ネットワーク

文化を伝える身体活動としてのスポーツ 
〜相撲、柔道、剣道の国際化とは〜

スポーツ人類学という、たいへん興味を惹く分野を専攻されているのが佐竹弘靖さんです。「水とからだとスポーツ文化」という副題の著書をお持ちの佐竹さんに、スポーツ文化と水との関わりについてお話しをうかがいました。

佐竹 弘靖

専修大学ネットワーク情報学部教授
佐竹 弘靖 さたけ ひろやす

1960年生まれ。筑波大学大学院修士課程体育研究科修了。専修大学経営学部助教授を経て現職。
主な著書に『スポーツ文化論』(文化書房博文社、2003)等。

スポーツ人類学とは

 文化人類学の対象の一つに「スポーツ」があります。スポーツとは、言ってみれば、身体活動です。身体と宗教、生活は、どういうかかわり合いがあるのか。そして、身体活動や現在のスポーツに転化をした活動は、一体今の社会の中で、どんな文化的意味を持っているのか。この研究がスポーツ人類学です。

 身体活動には、走る、泳ぐ、投げるなどといった行為だけではなく、子どもたちの遊び、あるいは、その遊びから派生したもの、宗教的な儀式というものから、身体活動へと発展し、今スポーツという形での時代的な変遷があるといったようなところなどが含まれます。では、その変遷と、現代の社会の生き方とどうかかわってくるのか。例えば、現在残っているスポーツが、もともとは、そうじゃなかったということもあるでしょう。

 いろんなスポーツのジャンルがあるんですが、私は、その中で、水にかかわり合いのあるスポーツ、あるいは、身体活動を、特に集中的にやって、それも日本だけではなくて、世界各国を回りながら、今ずっと追いかけているところなんです。

 もともと私がこのスポーツ人類学を始めたのは、私自身が水泳の選手だったこともあり、水泳という身体活動にも興味をもった。さらに、世界の水そのものも面白いということで、この学問に取り組み始めました。

 世界中のいろんな所を見て回ったんですけれども、私が最初に訪ねた所は、パキスタンのモヘンジョ・ダロです。モヘンジョ・ダロには、いろいろと大きな遺跡が残っています。その一つに、いわゆる大沐浴場があります。沐浴という行為は身体を清めるという意味があるのですが、実際に行ってみると、住宅地にも浴室がある。すると、どうも大沐浴場は、儀式的な場だけではなく、憩いの場、つまり人々が集まって、水を介してコミュニケーションする場所でもあったことに気付きました。

 そんな経験もあって、中近東を主なフィールドにしてまわっています。このあたりは、オスマントルコ、さらには東ローマ帝国などの遺跡が残っています。現在はイスラム地域ですが、歴史の変遷を経て、生活、風土、宗教が積み重なっている。そういう歴史的遺跡も水を通してみるといろいろなことがわかります。

 例えば東ローマ帝国は、征服した場所の人々をローマ市民化する目的で都市をつくる。その都市の中で、大浴場は大きな役割を果たしており、これも、人々によるコミュニケーションの場です。ローマ帝国の遺跡には、競技場があり、サウナ室、冷浴室がある。さらには図書館がある。つまり、彼らは、運動し、体を休め、図書館で学び、風呂でコミュニケーションを取る。

 ローマ市民におけるスポーツと沐浴の意味が推測できますね。

イスラムのスポーツ文化

 時代と国によって文化も異なるわけですが、中東などを回って感じることは、イスラム圏のスポーツというのは「力の文化」といってよいと思います。「技術の文化」ではない。

 例えば、イランには数十キロもあるような鉄輪やこん棒を自在に操るズルハネ(「力の家」)と呼ばれる、言ってみればトレーニング場があります。この地域では力が強いということに価値があり、しかも一騎討ちの文化を持っていました。ペルシャ騎士道では馬と馬とで一騎討ちをする。勝負が付かなければ、取っ組み合いをする。つまり、「勝ち負け」をつくるということなんです。

 イランは、イスラムシーア派ですが、これはゾロアスター教が原点で、善悪二元論をベースにしたものです。

 ですから、中近東のスポーツ文化は、力で、「速い、遅い」「記録」というよりも力の勝ち負けが重視されるんです。ですから、中近東の国々の選手がオリンピックで一番活躍するのは、レスリングです。格闘技系が強いんです。

 また、ユーラシア大陸は地続きですから、ロシアでは、サンボと呼ばれるような格闘技がありますし、モンゴルにいけばモンゴル相撲がある。彼らは、騎馬で移動して、戦って、格闘技で勝負を付けて、力を見せ合った。だから、ユーラシア大陸にはいろんな格闘技があるわけです。

相撲が国技である理由

 今までお話ししましたように、ある国の文化とスポーツは密接に関わっている部分がある。その好例が、日本で言えば国技でもある相撲です。外国の方が取り組みを見ると、力水は不思議に思うわけです。「スモウレスラーは、何で試合前に、水をくちゅくちゅ、ぺってやるんだ」そうすると、「水を口に加えると、実は、自分にパワーを与えるんだ」と説明して、分かってもらえる。だけど、それだけでは、相撲が国技であることの意味が分からない。

 国技というのは、「国を示す技」なんです。ですから、相撲一つひとつ行動に、日本の古来からの意味がある。

 例えば、「朝青龍が出てくる道を花道っていう。フラワーロードだ。でも花はどこにあるんだ」と尋ねられても、ほとんどの人は答えられません。あれは、平安時代に、宮廷相撲の力士は、簪の代わりに、夕顔と、葵の花を挿してたんです。誰だか分かるように。宮廷貴族たちが見て、「あいつがいい、こいつがいい」と見分けるためです。その花が出てくるので、花道というわけです。

 また、土俵で四股を踏みますね。四股を昔は「醜」と書いていました。「頑丈・力強い」という意味なんです。ですから、「頑丈な人が土を踏む」というのは、いわゆる悪霊祓いという意味と、災いを除き幸せを招く「お招福」の意味があったわけです。このことは身近でやっていまして、地鎮祭もそうです。ここから、日本人は昔から、土地の中には、神様がいると信じていたことがわかるわけです。

 それと、稲作文化の肥満信仰との結びつきがあり、お相撲さんは大きい方がいい。肥満は豊かな恵み、豊かな体、子孫も繁栄を表します。その豊かな恵みをもらうためには、水がないと絶対駄目なんです。ですから、相撲の動作というのは、水をふくんで、土俵で四股を踏み、悪霊を祓い、豊かな恵みを受け取って、その後、水で浄める。

 こういうふうに、相撲という国技の身体活動を例にすると、日本古来のいわれや水との関わりが読み取れるわけですし、そこに国技と呼ばれる意味もあるのです。

古式泳法からわかる海泳ぎ、川泳ぎの違い

 古式泳法も、いろいろな意味が読み取れる身体活動です。もとは、いわゆる甲賀伊賀忍者が城攻めの時に見つからないように泳ぐ術だったのかもしれませんが、それとは別の流れとして諸藩で武士たちに武術としての泳ぎを教えた。これが、古式泳法や日本泳法と呼ばれるものです。現在は12流派で、分派は90ぐらいあります。有名なのは水戸の水府流太田派という泳法でして、これは自衛隊も使っています。

 この泳法は技術的にも高度と言われていて、幕末にはこの水府流太田派が、全国で一番強かったと言われているんです。諸藩で、いろいろな流派をつくっていましたから。なぜ流派が分かれるかというと、自分の城・国の境界線が川である藩と海である藩とで違うわけです。つまり、海泳ぎと川泳ぎは、全然違うんです。

 ですから、川の泳ぎ方を知らない子どもたちばかりが多い中、この古式泳法を教えてあげればいいと思います。競泳選手でも、プールではたいへん速い。しかし、海に入った途端に「助けて、足がつかない、前に進まない」という子がいます。

 そういった昔の人たちの古式泳法というものを、例えば、実際に見せてあげる。そうすると、川で泳ぐためには、こういう人たちは、こういうことを考えたんだよ。海で泳ぐためには、こういうことを考えたと教えることになるんですね。

 こういうことは昔の話と思われるかもしれませんが、第1回オリンピック(1896)では、コースロープもなくて、川と海を使って、泳いでいた。真っすぐ泳ぐためには必然的に顔上げになる。現在のトライアスロンのようなものなんです。これは、海の泳ぎ方なんです。

 ただ、のちに競技がプールで行われるようになると、泳ぎ方も変わってきたわけです。

観客と競争

 遊びというのは観客が楽しむというのも1つの要素です。でも、いまお話しした古式泳法の世界には、「観客」は存在しませんし、今でもいません。それだけクローズな世界なんです。この世界は、「他人に口外しちゃいけないよ」という秘伝、口伝の世界です。

 ただ、幕末の頃、横浜の外国人が、たまたま川で日本泳法を練習している人たちを見て、「あいつらは、下手だ。遅いな」というようなことを言ったために、日本で最初の国際試合が横浜で行われ、日本泳法がダントツで勝ったといいます。それまで、人と競争するということは、日本にはなかったんです。

 「競争」という概念と「観客」は深い関わりがありますが、剣術では、一対一で戦っています。強い、弱いの勝負はしていますが、競争という意識はあまりなかった。国と国との戦い、藩と藩との戦い、これらが、人と人との戦いに転化して意識されていたと思うんです。

相撲・柔道・剣道−国際化のゆくえ

 相撲と柔道、共に国際化してきていますが、ここに国技とお家芸との違いがあります。国の伝統を守るために、朝青龍を教え込んだのが相撲でした。一方、お家芸である柔道は「JUDO」というアルファベットになり、国際化したスポーツになったわけです。ということは、日本の文化を知らない他の国の人たちが柔道の世界に入ってきても、日本の文化を押し付けるものには、なり得なくなりました。

 つまり、古来の柔術が嘉納治五郎によって柔道となったわけですが、その柔道がスポーツになったんです。「術」が「道」となり「スポーツ」になった。ですから、柔道は国際スポーツとして今後はやっていくしかない。

 その手前で、今、境界線に立っているのが剣道でしょう。先日の国際選手権大会で日本はアメリカに負けました。もうどんどん他の国々の人たちが、入ってき始めているわけです。これも、「剣術、剣道は日本古来のものである」と、今まで言い続けてきたものが、そうでなくなりつつあるということです。

 日本古来のものであるということは、日本が世界での地位を保たなければいけないと思っているわけです。剣道、柔道で日本は常にトップでいなければならないと思っていた。

 プロとしての相撲は、幸い、まだ日本にしかないし、日本の文化を全部押し付けるという仕組みを取っています。相撲は、おそらくこの地位のままで居る。観客は少なくなるかもしれませんけれど。剣道は、今おそらく瀬戸際に立たされているんじゃないかと思います。これをスポーツ化したら、その身体活動様式もいろいろな形に変わってくると思います。面、小手、胴という儀式的なものをつけていたものが、例えば、面がもっと簡単なヘルメットに置き換わるとか、いろんな可能性があります。スポーツになるというのはそういうことですから。勝ち負けをはっきりさせるのが、いわゆる競技性のスポーツですから。

勝ち負けを越えて

 現代社会の中で「スポーツをする」ということは「勝ち負け」でして、「楽しむ」というのはおそらく中学校ぐらいまでです。つまり、目に見えないところで、ラインを引かれているのが、日本の社会だろうと思うんです。

 しかし、身体活動とか、スポーツを取り入れながら、自分たちが日本人であるという、日本の文化って何なんだということを知るということは、これは私は必要だと思います。それを、技術や勝負の面からだけで語ろうとすると、限界はあると思うんです。やはり、スポーツを通して日本の文化や伝統を語ることができるようになる人を養成する必要があるんじゃないかなって思います。

 (2006年12月27日)



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