水の風土記
水の文化 人ネットワーク

生きている土で育まれたもの 
〜大往生するための食〜

食べるものが身体をつくり、命を育むのは当たり前。しかし、その食べものがどのようにつくられているかには、なかなか気が回らないのも事実です。河名さんは、農薬を使わないのはもちろんのこと、もう一歩進んで「虫が寄ってくるには原因がある」「虫や菌だけを悪者扱いしない」と考えて作物をつくる、自然栽培農業を人生の指針として生きてきました。環境のバランスを考えたその信念は、食から衣、住にまで広がりつつあります。

河名 秀郎

株式会社ナチュラル・ハーモニー代表取締役社長
河名 秀郎 かわな ひでお

1958年、東京都世田谷区に生まれる。15歳で姉の死に直面し、医療の無力さと健康の大切さを痛感。のちに「自然栽培」と出合い健康=栄養という概念を捨てて、医者にも薬にも頼らない生き方を開始。千葉の自然栽培農家で農業修行ののち、自然栽培野菜の引き売りを開始。1986年ナチュラル・ハーモニーを設立。2000年衣食住遊学医を統合したインターナチュラルガーデン・プランツを横浜市青葉区荏田にオープン。2004年から個人宅配「ハーモニック・トラスト」をスタート。
主な著書に、『日と水と土』(花書院2007)、『自然の野菜は腐らない』(朝日出版社 2009)、『本当の野菜は緑が薄い』(日経プレミアシリーズ 2010)、『野菜の裏側』(東洋経済新報社2010)ほか

きっかけは姉の闘病

 農業の世界に飛び込んだのは、結果論。私が15歳のときに姉が亡くなったことが、きっかけです。

 姉は足に骨肉腫という癌が発見されて、全身転移するから切断しなさいといわれたのですが、不治の病であと一、二年の命だからと、切断せずに人工骨を入れて対処。多少、足は不自由になったけれど、もともと水泳選手で、スポーツ、特に野球が大好きな人で、バッティングセンターへ行くぐらいまでいったんは回復していきました。元気だったのに検診で引っかかって検査、手術で、どんどん薬漬けにされていった。体調はさておいて、データの数値的な裏づけだけで治療が行なわれていく有様に、ものすごく戸惑いを覚えました。抗ガン治療でどんどん毛が抜けて、治療すればするほど、姉の状態は悪くなっていったのです。お医者さんに逆らえないような時代でしたから、おかしいと感じながら、言われるままに治療するしかない状況だった。

 そんなことがあって、姉が若くして苦しんで死んでいく「理由」を考えざるを得なくなった。姉のように苦しむ死ではなく、自然に死にたい、という気持ちが沸き上がってきたのです。それで、いろいろな話を聞いて回りました。そうしたら「日々の食材が自分の身体をつくっていく」という、そういう言葉が返ってきたんです。

 そして、土が病んでいれば人間も病むというところに行き着いた。土から生産されるものを食べるのが生命の連鎖だから、自分は元気に生きている土で育まれたものを食べて、自分の身体をつくりたい、と思い、そのために農業のことも調べました。17、18歳(1975年〈昭和50〉)のころでしたから、まだ有機農業も定着する前のことです。

東京都世田谷区・玉堤の本社に併設されたショップ


東京都世田谷区・玉堤の本社に併設されたショップ。世田谷区下馬、中央区銀座、多摩市の聖蹟桜ヶ丘、横浜市都筑区、埼玉県越谷市に直営店があり、それぞれ特色のある品揃えで展開している。

土が食物を、食物が身体をつくる

 農薬を使わないで野菜を育てるのは、無理だと言い張る人もいる。私の眼には、その人たちの意識は「薬がなければ生きていけるはずがないんだ」という前提で生きている現代人と同じように映りました。一方で、農薬を使わないのはもちろんのこと、もう一歩進んで「虫が寄ってくるには原因がある」と考える人たちがいました。そうしたグループの中で、一番、私の心に響いたのが、自然栽培農業をやっている人たちのコンセプトだった。これも縁だったのかと思うのですが、そういう人たちと知り合う機会が与えられたのです。もう衝撃でしたよ。

 そのころ私は、老衰で死ぬっていう人生プランを描き出していました。よく大往生っていうけれど、今の世の中で大往生ってできるのか? 病死ではなく老衰で死ぬなんて不可能じゃないか? 頭の中でいろいろな思いが交錯しました。

 母の実家がお寺だったために、小さいころから仏教の大往生について頭では知っていました。死ぬっていうことは、次の世に生まれに往くのだと。だから次に世に生まれに往くときには、理想の形で往きたい。結果的に姉の死は私にとっての反面教師的テーマとなりました。苦しまずに息を引き取っていくっていう、「大往生だったね、おじいちゃん」みたいな死に方に挑戦してみたい! 

 自然栽培農家の人たちは「自然の野菜は枯れていく」ことを知っています。「植物を見ろ」とよく言われました。季節折々、まわりの植物をよく見てろって。「腐っていく草なんてないだろって。それなのに、人間がかかわったものだけが腐るのはおかしいだろう」って、言われました。

 確かにそうですよね。秋になったら枯れて、土に還っていく。どの草も病気になっていないし、病原菌に駆逐されていない。虫も病原菌もいるけれど、大量発生することはない。これが調和なんだ、ということを聞かされたときに、「確かにその通りだ」と思いました。

 人間も自然の摂理にうまく調和できれば、草木と同じように、敵と思っていた病気や虫とも、敵対せずに一緒に生きていくことができるのか、と思ったんです。

 人生は一回だけ。だから、腐らずに枯れて死ぬということを自分のプランとして人体実験してみたかった。要は自分の身体を土と見立てたわけですね。私の身体を土と見て、じゃあ、どういう土をつくれば良い野菜が、良い人生が送れるのか、っていうことです。

身体も農産物も同じか

 農業のことは自然栽培の理論で納得がいったけれど、果たして人間の身体でそれが成立するのだろうか。まさに自らの体でのチャレンジが始まりました。

 一番最初にしたのは、自然栽培で農家の方が肥料学という概念を捨てるのと同様、栄養っていう概念をかなぐり捨てることでした。

 実は、姉が亡くなってから両親が私の身体を気遣って、あれ食え、これ食え、漢方薬やら健康食品やらのオンパレードだったんです。

 しかし、自然栽培の原理原則を説いた人は、養分を供給することがすべてを弱まらせる原点だと説いていた。それで両親に自分のプランを話して、野菜は自然の摂理に従ってつくられたものを食べたいと説得したんです。

 それが結果的に、自然栽培の作物になった。だから結果論なのです。はじめに「無農薬のものを食べたい」じゃないんです。そうじゃなくて、そういう摂理の下で育った、本来の姿を命として食べたい。だから鶏はここのを食べたいし、お醤油はやっぱり二年かけてつくったものを食べたいと。

 それは効率以外のところでつくられたもの。命の営みとして、必要な条件が備わっているもの。母も受け入れてくれて、家庭のプランが変わりました。その代わり、私が探してくる。まるで健康オタク? でも、身体をつくる食というものに、すごく興味を持ったのです。とは言うものの、真面目一筋に生きてきたわけじゃない。プロサーファーを目指すぐらい海が好きでいつも大自然と戯れていました。

 今年で53歳になりますが、18歳のときにイメージしたプランはうまくいっていると思います。あれから一度も医者にかかったことがないですし、一錠の薬も飲まず、健康食品も食べないで、ただ普通の食材を日々食べているだけで、今のところ健康で生きています。 しかし、私の体質が特別なんだって言われる可能性があるじゃないですか。お前だけがそうなんだと。だから複数の人間が必要だったのです。

 それで、まず最初に当時の彼女(現在の女房)を説得しました。結婚前の彼女は、サプリメントガールだったんです。でも、いずれ産まれてくる子どもも私なりの育児論で自然に育ててみたかった。幸い彼女も同意してくれたので、一緒にそういうファミリーをつくるために、結婚後、妊娠する前から食生活をきちんと整えました。出産のときは、二人でお産婆さんを探してきて、畳の上でお産婆さんと一緒に子どもを引き出させてもらいました。

 私たちのプランでは、予防接種などはもっての外。免疫力は、身体がウイルス細菌や病原体と闘った結果備わるものですから、それをさせないっていうことは言ってみれば彼らの免疫力を小さくしてしまうことになりかねません。

 もちろん、感染症でときどき命を落とす子がいることは知っています。しかし自然栽培的に応用してとらえれば、ウイルスや細菌に感染するということは、母親から引き継いだ毒を排出するチャンスだとも考えられるわけです。

 病気は学習みたいなもので、罹る度に、彼らは自力で自分の免疫力を上げていくと思うんです。でもミドリザルやニワトリなど、他の力を借りて感染しないようにする予防接種では、学習はできません。

虫が来る理由がある

 人間が頭で考えた設計図、これが自然と合っていないから虫や病気が来る。

 私は、虫や病気が悪者とは思わない。彼らは必要に応じて存在し、自然界のバランスが崩れている所に湧き、分解して正常化する役目があると考えています。世の中には必要ないものなんて、存在しないんだと。でも、人間にとって都合が悪いから、殺す。そういう意識が戦争にもつながっていると思います。

 世の中には菌だっていろいろあって、人間はピロリ菌とも共生していたとも言われています。ピロリ菌がバランスを崩して異常に増えると問題があるけれども、彼らにも役目があるから存在していると思うんです。近年異常に発生して問題になっているのは、そういう環境を人間が体内につくっているからであって、菌自体が悪いと言うのはどうかと思います。菌のことをあれこれ言う前に、自分の生活態度はどうだったのか? そこに眼を向けなくてはならないと思います。要は人間が目先の損得に捉われ、自然な摂理を侵しているから、そういう状況を招いている。バランスが崩れるには、理由があるということなんです。

 ナチュラルハーモニーが主催する「医者にもクスリにも頼らない生き方」のセミナーの参加者は、農業の側面から病気になる原理を知っています。ですから、ピロリ菌に対しても同じ目線で見ることができます。しかし、一般にはそうはいきません。

 先日、胃の調子がどうもよろしくなく、食事のときによく噛んで食べていないからかしら? という質問を受けました。そのとき、胃薬を飲んでも胃酸過多の症状がなかなか改善しなかったのは、いつもアルカリイオン水を飲んでいたからのようだ、という別の人の話を思い出しました。「胃の中の酸がアルカリイオン水によって弱まると、胃はさらに胃酸を分泌して胃酸過多になってしまう。それで、胃がモヤモヤしていたようだ」という話です。その質問した人も同じような原因なのかも? と聞いてみたら案の定、いつもアルカリイオン水を飲んでいたのです。それで、胃酸過多の人の話をして、噛む、噛まないというより、問題はアルカリイオン水のほうかもしれませんよ、とお話ししました。「◯◯は◯◯にいい」という説を、どんなに有名な先生が唱えたとしても、それが万人に通用するとは限らないし、正しいって決まっていない。だからこそ、自分でも考え、判断できなければ、自らが病気をつくり出してしまうことだってあるんですね。

 だから私は「身体に良いって思いながら、飲んだり食べたりすることは、間違いが多いからやめたほうがいいですよ」とお話しするようにしています。

近代化学農業は途中経過だった

 鎌倉時代以前は、肥料といったって、木灰程度なのです。木灰を入れるのも、土を冷やし、固めてしまうから本来は良くない。ただ、日本の酸性土壌をアルカリ化にしていくには役に立ったと思います。

 人糞や牛馬の糞などを使い始めたのは、鎌倉時代ごろのこと。これで収穫高が少し上がった。それでも江戸時代、明治、大正くらいまでは、肥溜めから柄杓で撒く程度で、本当に微々たる量だったはずです。

 それでも虫が出た、大腸菌が出た、回虫が出たって言っていた。それに対して戦後、GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)が「不潔だ」と騒いだわけですよね。

 一方で、戦後の日本を立て直すのに、鉄鋼産業が基幹産業として脚光を浴びます。鉄鋼をつくるときに出る副産物から、とても良い窒素肥料がつくられたんですね。副産物ですから、アメリカから輸入する高い化学肥料に頼らなくても、よくなった。だからもう、わーっと化学肥料に変わっていった。今までの汚い、臭い、非衛生的な肥料から変化していったのです。有機農業の弊害を克服するために人間が考え出したのが、いわば化学肥料なんです。

 GHQが言ったように排泄物を使った肥料は確かに不潔だと思うし、発酵技術がしっかりしていなければ回虫騒ぎにもなります。そういう衛生上の問題もあって、農業が近代化したのは、いわば時の流れだったと思います。しかし、化学肥料の弊害もやがて浮き彫りになりました。農薬問題です。

 大量生産、大量消費の枠組みの中、農業は大量の肥料と農薬なしでは成立できない状況を迎えたのです。そんな背景があって、かつて衰退した有機農業を再び呼び起こさせました。そして有機JAS法が制定されて今日に至り、使う肥料は化学的なものから自然の有機物へと変わりつつあります。

 しかしこの有機農業が、さまざまな問題を抱えているのも事実です。糞尿の汚染です。一般に有機肥料は畜産の排泄物を利用します。その糞尿の質と量がかつての有機農業のそれとはまるで変わってきている。だから今の畜産と有機農業との連携はリサイクルの美談になりがちだけど、「手放しで礼賛できないなあ」というのが正直な本音です。昔の有機農業に戻るのか、それとも有機、化学を経て次の段階に行くのか。今は、その選択のときだと思います。弊害があるとわかっていることを、もう一回再現するのはいかがなものか。じゃあ、これがあるじゃないかという進化系プランが、この自然栽培なんです。だから決して、自然回帰じゃないんです。

加工品や調味料も扱っている

自然栽培の農産物だけでなく、化学的に純粋培養されていない天然菌だけでつくられたオリジナルの味噌や酢、醤油づくりキット、藁(わら)の力だけで発酵させた納豆など、加工品や調味料も扱っている。

化学物質過敏症から学ぶこと

 中には、農薬とか化学肥料とかをガンガン使う農業から、有機農業に切り替わったいうのは、ワンステップ良くなったように思っている人がいます。でも、必ずしもそうは言えないなっていうことを、この本(『本当の野菜は緑が薄い』日経プレミアシリーズ 2010)を通して知ってほしかった。

 かつて放牧していた人が牛の動きを見ていて気づいたことに、牛は緑が濃い草は食べないそうです。なぜなら、そこは牛が排泄した場所だから。つまり排泄(排毒)した所に生える草は緑が濃くて青々しているけれど、牛はそこが汚染されていることを知っているんです。

 本当にずっと良いものを食べ続けていれば、人間も牛のように自分に必要なものと不要のものとが判別できる。ある種、本能のようなものが戻ってくると思うんです。例えば食べ比べてみて、化学肥料・農薬を使ったものと、有機肥料で育てたものと、自然栽培で育てたものが感覚的にわかるような身体になれると思いますよ。

 それが今、一番わかる人は誰だと思いますか? 化学物質過敏症の人です。化学物質や人体にとっての異物がその人の許容量を超えてしまっていることを、身をもって示している。ある意味ギリギリの局面で身を守るための本能が目覚めたということかもしれません。そのキャパシティーは人によって違うし、また生活スタイルも、そして誕生する際に親から受け継いでいる量もそれぞれ違うので、誰がいつ発症するかわからないんです。ちょっと花粉症に似ていますね。アトピーの子どもも、だいたい同じ傾向です。

 キャパシティーがパンパンになった人は、自らの生命を保持するためにこれ以上入れてはならないっていうセンサーが働くのです。一口入れると、吐いたり、めまいがして倒れたり。「身体に入れるのをやめなさい」という信号を、その症状によって出しているんです。だから単なる病気じゃない。言ってみれば、防御反応ともいえるかもしれません。

 そのときに食べられるのは、農薬を使わない農産物由来のもの。さらに付け加えるならば、限りなく有機肥料を抑えた農産物か、自然栽培のものだけ。だから私たちが最初に自然栽培農産物の宅配システム「ハーモニック・トラスト」を立ち上げたときに会員になってくださったのは、そういう人たちでした。私が驚いたのはね、生活そのものを変えなければ、化学物質過敏症も軽度から始まって重度までいっちゃうということ。知っていただきたいのは、これは、他人事ではないということです。現代社会の利便性や効率を享受している以上、誰もが化学物質や異物からは逃れられません。たとえ有機農産物でもその肥料の質と量が異常であれば、結果的に不自然な異物になってしまう可能性があるのです。だとすれば、今までのライフスタイルを改め、そもそもあるはずのない化学物質や過度な異物を取り込まないライフスタイルへ進化すべきではないか? 化学物質過敏症の人たちは、身をもって私たちに教えてくれている、そんな気がしてなりません。

水への思い

 有機肥料の量は、近年どんどん多くなっています。私は「このままいけば地下水は、どうなってしまうんだろう」と心配になります。だって、動物の糞尿を農地に垂れ流しているわけですから。

 地下水が汚れる恐怖と、肥料を農産物が過剰に吸い上げるという恐怖。私も、やはり最後は水だと思っています。「ああ、人類はいつか水で泣くな」と。

 浄水器をつけなきゃ水が飲めないというのはそもそもおかしい。もっとも浄水器を使ったとしても塩素は除去しきれないことはあまり知られていません。日本には良い水があるから、素晴らしい料理体系もできた。水の力はあなどれません。その水の力が壊れていくのを、自分としては見て見ぬ振りはできない。だから子どもたちには、「お前の代、もしくはお前の子どもの代くらいまでには元に戻してくれ」って頼んでいるんです。我々が今、やらなければならないことは、将来、蛇口から出る水がおいしく普通に飲めるようにしていくことです。

 子どもたちには「失敗も学びだから、こうなってしまったことは許してほしい」と言っています。人間もいろいろ勉強して気づく。今すぐ、どうこうできないけれど、人間も馬鹿じゃないから、学ぶことができるよ、と。

 エネルギー問題も今回の原発事故を通じ、多分変わってくるだろうし、農業のあり方も、食のあり方も暮らし方そのものも変わると信じています。いや変わることができなければ、ただただ破壊の道を歩むことになる。経済効率を追うばかりに、生命を犠牲にするなんてナンセンス。みんながちゃんと理解すれば、最後は本来のあり方を選ぶと思いますよ。

ナチュラルハーモニーの眼鏡にかなった生活雑貨も

ナチュラルハーモニーの眼鏡にかなった生活雑貨も。

土は進化する

 土は何でできているのでしょう? 土はそこに生えた植物の根っこや残骸が繰り返し繰り返し生命の営みを経てつくり上げたものなんです。化学肥料や牛糞が土をつくってきたのではありません。はじめは粗野な土も命の営みが繰り返されていく過程で進化していく。これが自然の姿そのものです。自然栽培で敢えて肥料を使わないのは、肥料によって進化が止まってしまうことを恐れるからです。自然栽培とは、いかに人間が土の進化の手伝いができるかにかかってきます。方法論としては、今まで投入してきた進化を妨げる肥料分を、草や野菜といった植物の根を借りて抜き取る作業を優先します。そしてそれら植物の残渣(ざんさ)を土に還して、自然のルールに従って作物が育つ土をつくっていく。こんな地道な作業の連続が、いつしか農薬いらずの元気な作物によって報われるのです。

枯れると腐る

 自然のルールに則って育った植物は朽ちるとき、決まって枯れていきます。しかし人間がかかわった野菜は、ほとんどと言っていいほど朽ちるとき腐っていきます。私は野菜といえども枯れていくのが本来の有り様であって、腐るという事態は異常であると考えています。腐るということは、自然に逆らった結果かもしれません。枯れると腐るの岐路は、いったいどこにあるのでしょうか? 野菜の中に含まれている水質の問題か、はたまた肥料成分なのか。学者に調べてもらおうと考えましたが、まともに取り合ってもらえません。少なくとも自然栽培の場合は、土の浄化が進んだ土由来の作物ほど、きちんと枯れていく確率が上がることが、体験上わかっています。

 また、例えばキュウリを切ってビンに入れておくと、自然栽培のキュウリはビンの中で自然に発酵して漬物になりますが、化学・有機を問わず肥料で育てたキュウリはドロドロになって腐っていく傾向があります。この違いも学術的に説明できないかな、と思っています。

 生物由来の有機物、特にタンパク質などの窒素を含んだ有機物が分解されることを腐敗といいますが、分解によって人間に都合の良い物質が生じる場合は、発酵と呼びます。しかし、科学的には腐敗も発酵も一緒の概念なんですね。ある大学の化学物質過敏症対策の研究チームに、この二つのビンを持っていったんですが、概念が一緒なのでその先に進めませんでした。概念は一緒だとしても、この事象を見ればその違いは明らかなので、正直言ってがっかりしました。

生業として成立する自然栽培を

 とは言うものの、単なる理想論ではなく産業として、農家の人たちの生業として成立しなければ意味がありません。『奇跡のリンゴ』(幻冬舎 2008)の木村秋則さんは8年も苦しんだ結果、生産できるまでに至ったわけですが、今や技術も進化してきているので、土を進化させることだってもう少し早くできるようになっています。それまで使った肥料や農薬を抜くときに、ただ成り行きに身を任せているのではなくて、積極的に抜き取ってやる技術的手法を用いるのが、近年の自然栽培農法です。

 意外かもしれませんが、有機農法の畑のほうが土を浄化するには時間がかかるようです。薬でいえば、漢方薬も体から抜けるのに時間がかかる。それは、なぜか。自然のものだからだそうです。自然のものだから土も身体も異物として反応しづらいため、出ていくのに時間がかかるようです。

 私は経営していく方法論として、「十の農地があったら、そのうちの一から始めて」とお願いしています。九は従来どおりの方法を残し、一でチャレンジしてくださいと。途中、土が浄化していく過程で、農薬を撒きたくなるときもありますよ。でもそれが一だったら我慢できる。そしてそれを乗り越える事が出来たら、二、三と増やしていけばいい。

 ここで大事なのは、一でチャレンジしているときに、仮に化学肥料を使ってつくった九の農産物を、市場が買ってくれること。それでその人は生かされていくんです。経営を脅かさずに、理想に向かって次に移っていかれる。だから簡単に自然栽培が善で化学栽培が悪とは言えない。

 だからエネルギー問題も、今、全部を自然エネルギーにしようって言ったって成り立たないのと同じで、そこに向かっていくプロセスとして、今までやってきたことが役に立つのですね。だから全否定はできない、と私は思っています。

 白、黒。自然、反自然。有機、化学。全部白黒論で、悪玉、善玉に分けたがる。そういう概念を今こそ払拭しないと、多分、前に進むに進めない。化学がダメで、自然が良くて、地方は良くて、東京はおかしいとかって、そんな小さい判断をするべきではない。

 だけど、「なんだお前、自然栽培とかいって、一方では化学肥料を撒いてるじゃないか」と揶揄する人もいます。でも、このプロセスを経ないと、この人は十のすべての農地を最終的に自然栽培にすることに取りかかれない。だから私は化学農法も、有機農法も現時点では必要だと思っているんです。

毒にも薬にも

 「効果・効能」、効くのは良いことだ、と誰もがそう言います。しかし、本当にそうでしょうか? 私たちが今、普通に食べている野菜も、当初は薬草的要素が強かったんではないかと想像します。最初の品種改良って、薬効濃度を薄めていく仕事、言い換えれば薬効につきものの〈副作用〉のない植物に変えてきた仕事だったのではないかとも思います。結果、今の野菜たちにはさほど薬効はありません。しかし薬効を求め、それを抽出したのが、世の中でいう薬であり、サプリメントであり健康食品です。

 30年前に自然栽培の野菜の流通を始めた当初から、効果・効能を追わない生き方を提案してきました。もちろん当初は、狂人扱いで誰も相手にしてくれなかった。そのころは、ノーベル賞を受賞したポーリング博士が分子矯正医学の観点から、ビタミンCの大量摂取を推奨していて、ビタミンCを飲まなきゃ現代人じゃないみたいな風潮だったんです。

 しかし時代は変わっていった。最近、東邦大学が、抽出したビタミンCを摂った場合と同量のビタミンCが含まれるサラダを摂った場合とで、血中にどれだけ吸収されるかを調べた実験データが発表されました。結果、抽出ビタミンはほとんど吸収されていなかった。言ってみればオシッコに直行ですよ。一方で同じビタミンCを含有したサラダを食べると、ビタミンCは血中にしっかり吸収されていました。これは同じビタミンでもその状態によって体が、要・不要を振り分けていることになります。だからビタミンCの錠剤をいくら飲んでも意味をなさなかったんですね。しかし不要だからといって、ただオシッコに出るだけならいいんですが、きっと腎臓なんかに負担はかかっていると思いますね。百害あって一利無し、です。

 ビタミンCの話は一つの例ですが、人間は「体に良いんだって」と言いながら、いつの世も同じ誤ちを繰り返している、そんな気がしてなりません。私は薬というのは、極論で言えば、「毒を毒で制す、いわゆる身体を弱めることで痛みも弱めるもの」と思っています。だからすべて、感じ方を弱める減感療法であり、それは結果的に身体にダメージを与える衰弱療法でもある。私は薬を悪だと言っているのではありません。大切なのは、その本質を知ってほしいだけなんです。症状は緩和しても、別のダメージがあることを。

ライナス・カール・ポーリング(Linus Carl Pauling 1901〜1996年)
 アメリカの量子化学者、生化学者。ノーベル化学賞(1954年)のほか、ノーベル平和賞(1962年)を受賞している。後年、ビタミンCなどの栄養素を大量摂取する健康法を提唱。さらにこれを一般化させて、分子矯正医学を確立した。

姉とつながっている実感

 自然界にいるものは、美しいですよね。太った獣とかいないですから。野生動物が死んだとき、そこに虫や病気が分解しにやってくる。それが自然界の摂理なんですね。

 人間も命を落とそうとするとき、ものが食べられなくなる。食べられなくなったら、命は果てる。でも逆に食べられる内は、再生する可能性があるのですね。

 口に入れてものどを通らなくなってしまった人が、自然栽培のものだったら食べられた、そんな話をよく耳にします。自分の命に直接かかわってくる状況下では、自分の中に入れていいもの、悪いものの判断がすごく際立つそうです。背水の陣なのか、センサーが研ぎ澄まされていくんです。さきほどの化学物質過敏症のケースと似ています。

 それなのに、そこまでになってしまった人に点滴で栄養を入れて生かし続けることは、「痛みが長引くだけ」ということ話もよく聞きます。点滴を入れることで病気が治って元気になるのだったら必要かもしれないけど、もうそれをやってもわずかな命だとすれば、それって痛みを延ばすだけかもしれない。姉の経緯もまさにそうだった。それを拒否するには家族の同意もいるし、本人の強い意志がないとできないようになっている。最初に一筆入れてもらわないと、できないようになっている。しかし、普段の元気なときには、そうなったときのことは考えていませんから、万が一のときは「なんとか助けてください」ってことなる。その結果、すごく苦しんだ末に亡くなるという不幸なことがとても多い。だから、死から人生をプランニングするっていう発想を私が持てたことは、姉が自分の命をもって、残していってくれた宝だと思っているんです。

 彼女と私は個としては分れていて、彼女の肉体のパーツはなくなっているけれど、意思はつながっている。だから、自分が〈個〉としてではなく〈全体〉として生きているっていう感じが強くありますね。

女性の生理にも向き合った商品


女性の生理にも向き合った商品。

食から衣、住へ

 有機農業の世界も、法的には30数種類の農薬使用を認めています。健康住宅も、規制物質さえ使っていなければ、どんな化学物質を使おうとも健康住宅といえる。何か灰色なんですよね。これでは消費者もこんがらがってしまう。

 だからこんがらがらないように、本質をちゃんと眼で見て体で感じてもらえる〈衣食住のトータルプロデュース〉プロジェクトを、14、15年前に始めました。口に入れるものだけでなく、着るものも、住む空間も、生活にかかわるすべてを本来の人間にあるべきライフスタイルとして表現したかったのです。目に見えないこの空気も、無数の化学物質が浮遊していて、呼吸を通して体内に取り込んでいるのです。最近、肺がんの原因は煙草ではなくて、室内の汚染された空気だろうと言う医者さえいます。

 だから便利で、安くてって、というライフスタイルは結果的に高くつくものになってしまう。接着剤漬けの建築工法の家から揮発するVOC(volatile organic compounds:揮発性有機化合物)の量たるや、測れば驚くと思いますよ。「こんな所で息してるなんて!」って。最近は「経済効率よりも命を!」という人も、増えてはいます。でもそれが食に偏りすぎていたり、ちぐはぐだったりで、結果的に命を守ることにつながっていかないケースも見受けられます。

 例えば、無農薬の野菜が食べたいって言いながら、一般の蚊取り線香を焚いていたり、タンスに防虫剤をたっぷり入れていたり、これって殺虫剤ですよね。農薬が嫌ならその辺のところもつながりを持たせないと。一般のフローリングや家具も、製造過程で殺虫剤や殺菌剤からは逃れられない製品です。化学接着剤の固まりである合板は言うに及ばず、無垢材といえどもかなりの薬を使っているんです。

 また、乾燥の方法にも問題があります。現代では日を選ばずに伐採し、高温で急速に乾燥させる方法が一般的。でも木の持つ防御成分も一緒に抜けるので、本来、木そのものが持っている殺虫成分まで抜けちゃうらしい。だからその効率の代償として薬剤を散布する。一方で昔ながらに木の水分が下がる新月あたりに伐採して、じっくり天日乾燥にこだわるやり方もあるんです。天日でゆっくり乾燥させた木って、虫が喰いにくく、丈夫なんですよ。木を大切にしてきた日本民族だからこその知恵だと思うんですが、このままでは日本の木は危ない。

 あとはね、絹。今や絹の自給率は限りなく0%に近い。もう壊滅寸前のところまで来ています。おまけに国産であっても生産過程がケミカルだし。そうやってできあがった絹は質が低下しているから弱い。自然栽培で桑を栽培し、製造工程も効率を追わずしっかりつくるとすごく強くて良いものができるんです。このクオリティだったら世界と戦える、そんな質感を持っています。実は、衣の分野で絹と麻の文化の再興を睨んでいるんです。

 効率よりも本質を求めて衣・食・住の商品を開発し、店として表現を始めてもう15年になるのかなあ。始めた当初は、正直言って特定の人たちの集う店でした。しかし今、より多くの人たちに利用してほしいと、横浜と越谷のショッピングモールに出店して、情報発信を続けています。

 15年間ずっと発信してきましたが、やはり安いほうへ流れていく社会はなかなか変わらないのが実状です。商品の価格帯も本質を追えば当然高くなってしまう。結果、お金持ちの贅沢品と思われがちなんですよね。でも、同じように見えても、安い商品には裏がある。一見安い商品があとで実は高いものになる、というシナリオがわかれば、消費者が判断できるようになると思うんです。そうなれば大量生産・大量消費・高医療費型の社会から脱却できて、本当の意味での国民総幸福量を世界に誇れる国になれるのではないか、と思っています。

 (2011年6月13日)



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