機関誌『水の文化』49号
変わりゆく養殖

市場も文化もこれから変わる
――目覚ましい進化を遂げた養殖

日本の養殖の現状はどうなっているのか、そしてどのような可能性を秘めているのか? 水産業の自由化やグローバル化について研究し、養殖漁業の識者として知られる近畿大学農学部の有路昌彦准教授に話を聞いた。有路さんは、日本の個々の養殖技術は優れているので組み合わせ次第で競争力の高い産業に生まれ変わることができると主張する。日本の養殖は、これから大きく変わろうとしているようだ。

有路 昌彦さん

近畿大学農学部水産学科 水産経済学研究室 准教授
農学博士
有路 昌彦さん ありじ まさひこ

1975年(昭和50)福岡県生まれ。2002年(平成14)京都大学大学院農学研究科生物資源経済学専攻博士課程修了。株式会社UFJ総合研究所、民間コンサルティング会社役員などを経て、2009年( 平成21)から現職。食品安全委員会企画等専門調査会委員、日本水産学会水産政策委員・編集委員、日本学術会議連携会員を兼務。ブリなどの国内養殖魚の加工・販売を行なう株式会社食縁の代表取締役でもあり、2015年(平成27)秋からは海外へ日本の魚食文化を発信していく。

日本の魚食文化は養殖によって深まった

 不漁の日もあれば、海がしけて船を出せないこともある。漁業とはそういうものです。魚類の養殖は、そのような不安定さを和らげ、安定的な収入を得る手段として導入されてきました。技術的には、1950年代に近畿大学水産研究所が完成させた「小割(網いけす)式養殖」が、今日世界中で行なわれている養殖の原点です。

 養殖業の発展は、天然資源の減少や食糧難への対応といった政策的な背景もあるものの、本質的には多様化する需要にこたえ「おいしい魚」を安定的に供給すべく生産者側がイノベーションを重ねてきた結果です。

 現在、養殖されているのは、ブリ、マダイ、ヒラメ、トラフグなど、天然では常に揚がるとは限らない高級魚です。かつては盆や正月くらいにしか食べられない〈ハレの日のごちそう〉であり、高級割烹でしか味わえない魚でした。私たちは、それを回転寿司やフグ料理のチェーン店でいつでも食べられるわけです。

 養殖以前、庶民の食卓に上るのは、アジの開きやメザシくらいでした。ストックコントロール可能な魚が主に干物だったからです。近年はアジ、サバ、イワシといった大衆魚の消費量が減っているため「魚食文化の衰退」といわれていますが、私は違うと思います。家庭内食だけでなく外食も見れば、高級魚を食べる機会は明らかに増えており、一人が食べる量も増えている。私たちは、おいしい魚をおいしいかたちで食べるようになったので、日本の魚食文化はむしろ深まっているといえるのです。

 世界的に見れば、養殖魚介類の生産量は2012年(平成24)に6600万トンに達し(図1)、牛肉の6300万トンを上回りました。国民の1日当たりのたんぱく質供給量では、魚介類と肉類がほぼ同じです(図2)。養殖業は人類に動物性たんぱく質を供給する重要な産業なのです。

  • 世界の漁業総生産に占める養殖業の割合(2012年)


    図1 世界の漁業総生産に占める養殖業の割合(2012年)
    世界の漁業総生産量から見ると、養殖の割合は4割を超えている。生産量も年々伸びている。海に囲まれた日本と違って、世界規模で見ると養殖における内水面の割合が高いことがわかる。
    「The State of the World Fisheries and Aquaculture 2014」(世界漁業・養殖業白書)をもとに編集部作成。※四捨五入しているため、合計が100%にならない場合がある


  • 図2 国民1人・1日当たりたんぱく質供給量
    日本人は1日1人当たり78.6gのたんぱく質を摂取している。このうち魚介類は14.6g。海藻類を合わせると15.3gとなり、肉類(牛肉、豚肉、鶏肉)の15.1gを上回っている。
    出典:農林水産省「平成25年度食料需給表」

  • 世界の漁業総生産に占める養殖業の割合(2012年)

完全養殖は持続可能な技術

 養殖魚は、世界的に普及する一方、日本では相変わらず天然魚より下に見られています。天然資源の現状は、国際連合食糧農業機関(FAO)などの公式見解より常に悪いと考えてください。資源の減少は自国の漁獲可能量を減らしかねず、各国とも事実は認めづらいため、クロマグロもウナギも漁が続けられてきました。

 この難問を解決するのが「完全養殖」です(注1)。完全養殖とは、親に卵を生ませて幼魚(人工種苗(注2))をつくり、成魚にまで育てたら、さらにその卵から種苗をつくる技術です。クロマグロは、2002年(平成14)に近畿大学水産研究所が32年がかりで完全養殖に成功し、量産態勢に入っています。

 ウナギは、実験では完全養殖に成功していますが、量産技術は確立しておらず、海や川で幼魚(シラスウナギ)を獲ってきて育てる「畜養」が続いています(注3)。幼魚の枯渇が懸念されているのは周知のとおりです。真に持続可能な技術は、生産調整でも畜養でもなく完全養殖だということを理解してほしいです。

 また、養殖技術は持続可能なものでなくてはなりません。エサも、再生可能な植物性原料(コーングルテンなど)を使用したり、加工時に出るブリのアラをリサイクルする取り組みがすでに行なわれています。

(注1)完全養殖
人工孵化から育てた成魚が産卵し、その卵をもとにふたたび人工孵化を行なうこと。天然の卵や幼魚に頼らずに持続的な養殖を行なうこと。クロマグロに続き、2010年(平成22)にはウナギの完全養殖に成功している。
(注2)人工種苗
養殖または漁獲された親から人工的に生産された幼生や稚魚などを指す。これに対して、自然の海や川で獲れた稚魚のことを「天然種苗」と呼ぶ。
(注3)畜養
海や川で捕獲してきた魚をいけすなどで育てること。大きくして高値で販売するなどの目的で行なわれている。

図3 日本の養殖業生産額と漁業・養殖業生産額に占める割合の変化(2012年)


図3 日本の養殖業生産額と漁業・養殖業生産額に占める割合の変化(2012年)
養殖業の生産額は1991年(平成3)をピークに減少傾向だったが、2009年(平成21)から回復傾向を見せている。
出典:水産庁「水産白書 平成26年版」(データは農林水産省「漁業・養殖業生産統計」をもとに水産庁作成)
※生産額の合計には種苗養殖を含む ※2011年(平成23)調査は岩手県、宮城県、福島県の一部を除く結果

天然魚を超えつつある養殖魚の味と人気

 養殖魚の味は、ここ十数年でかなり向上しました。エサの進歩によってかつての〈養殖臭〉は消え、同じ味の魚を通年供給することも可能になりつつある。養殖ブリなどは方法次第で天然の味を超えられます。

 高値がつく天然マダイは、高級割烹向けが多く、小売店で並ぶ天然ものは養殖と大差ない値です。高価な天然トラフグはすばらしく美味ですが、年間数百トンしか水揚げされません。養殖では6000トン生産されており、安定した品質で気軽に楽しめます。また、トラフグは、エサをはじめ個体に入る物質を管理する技術で毒のないものを完全養殖で生産できるようになっています。

 このように、養殖魚は利便性が高いのですが、天然魚より低く見られる。その差異を埋めるための付加価値を考えてみましょう。

 まず重要なのが、完全養殖は資源を守るテクノロジーだということ。次に、生育環境やエサが管理され、どこで何を食べ、どういう薬が使われて育ったかがすべてわかるトレーサビリティーや安全性があるということです。ですから「養殖」を前面に打ち出せばよいのです。

 大阪梅田と東京銀座にある養殖魚専門料理店「近大卒の魚と紀州の恵み 近畿大学水産研究所」の賑わいを見てください。2カ月先まで予約がいっぱいです。料理の腕が超一流のお店はほかにたくさんある。けれども「近大の養殖魚を食べたい」という人々が押し寄せる、そんな時代になったのです。

 人々のイメージのなかでずっと天然魚の後塵を拝してきた養殖魚が、ようやく天然魚を超えつつあると思いました。

図4 日本の漁業・養殖業の生産量および魚種ごとの養殖の割合(2012年)

図4 日本の漁業・養殖業の生産量および魚種ごとの養殖の割合(2012年)
総生産量に占める養殖の割合は22%。魚種別ではウナギとマダイ、ブリ類の養殖比率が高い。
出典:水産庁「水産白書 平成26年版」(データは農林水産省「漁業・養殖業生産統計」をもとに水産庁作成)
※ホタテガイの「天然」は地まき式(稚貝を浅海にまき、自然に成長させて収獲する方法)による漁獲

日本の優れた養殖魚を今こそ海外へ

 養殖魚は、品質があらかじめわかっています。その点では工業製品に似ています。一方、自然とつきあう分野ですから、職人的な技や経験、生物学的な知識も必要で、きわめて農業的です。しかし土地制約はありません。日本は広い海に恵まれています。南でクロマグロ、北でホタテやサケ類といったように、多様な魚介類を生産できるのです。日本は漁業条件がよく世界屈指の技術ももっている。世界に目を向ければ、天然資源が減少するなか、高級魚の需要は拡大しています。しかし日本では人口が減少し、縮小する市場で同業がシェアを奪い合っている。今こそ私たちは協力して海外に出て、利益を分け合うべきではないでしょうか。

 最大の問題は流通です。国内では、鮮魚をそのまま早く届けることに腐心してきましたが、海外に送る場合は、チルド空輸でも2〜3日、船で冷凍なら1カ月かかるので産地での加工が欠かせません。水揚げ後すぐに締めたものをおろして真空パックにする。こうした商品づくりはノルウェーなどでは盛んですが、日本では養殖魚の流通量全体の20%程度。海外進出を考えてこなかったため、日本のHACCP(注4)普及率は約20%と低い。これも改善しなければなりません。

 ノルウェーの人々は日本人にテイスティングをさせて日本で成功し、それを足掛かりにいまや世界中で年間137万トンものサーモンを売っています。日本も同じことができるはずです。個々の技術はすべてノルウェーより勝っています。日本の食料品の異様な安さも有利に働きます。マーケティング、生産、加工、流通のさまざまな既存技術を組み合わせることで、日本の養殖業は、競争力の高い産業に生まれ変われるのです。

 輸出は国内市場にも変化をもたらします。例えば、一般的な飲食店で刺し身の盛り合わせを注文すると、キハダマグロ、サーモン、モンゴウイカ、甘エビなどが出てきますね。すべて外国産の冷凍です。毎日注文があるかどうかわからないので、注文を受けるたびに解凍し、切って出す。つまりブリ、マダイ、カンパチなども同じ方法で提供できれば、もっと多様なメニューを提供できます。日本国内に輸出するつもりで取り組めばよく、それができればどの国にも出せるのです。行なうべきことは、買い手が必要とするものを提供するために加工技術を高度化させるというあたりまえのことです。

 私が代表を務める株式会社食縁という会社が、近々北米へのブリ輸出を始めます。ブリは大変競争力の高い魚です。日本近海だけに生息する魚で、さまざまな需要に対応しやすい。寿司や刺し身はもちろんステーキにもなり、煮ても揚げてもうまい。脂質が豊富で小骨がないのは、北米でとても好まれます。ブリの同属では、ハワイのコナカンパチやニュージーランドのヒラマサがすでに世界で市場を形成していますが、私が思うにブリの方が断然おいしいので、逆に好都合なのです。

(注4)HACCP
Hazard Analysis and Critical Control Pointの略。原料の搬入から製造・出荷までの過程で、衛生上留意すべき重要ポイントを継続的に監視・記録する衛生管理システム。異常が発生したら速やかに対策を講じる体制を整える目的がある。欧米では導入が義務化されているが、日本では企業の自主性に委ねられている。

  • 図5 日本の水産物輸出量・輸出金額の推移


    図5 日本の水産物輸出量・輸出金額の推移
    輸出量、輸出金額ともに東日本大震災前の水準に戻りつつある。品目別ではホタテガイの輸出が拡大しているという。
    出典:水産庁「水産白書 平成26年版」(データは財務省「貿易統計」)

  • 図6 世界の漁業・養殖業生産量と今後の予測


    図6 世界の漁業・養殖業生産量と今後の予測
    2014年(平成26)2月、世界銀行はFAO及び国際食糧政策研究所などと共同で2030年における世界の漁業・養殖業について分析・予測した報告書を発表。2030年には養殖水産物が50%を超え、さらに食用向け需要の62%が養殖水産物になると予測している。
    出典:水産庁「水産白書 平成26年版」(データはThe World Bank「Fish to 2030」)

  • 図5 日本の水産物輸出量・輸出金額の推移
  • 図6 世界の漁業・養殖業生産量と今後の予測

日本のウナギ文化は養殖マナマズが守る

 魚を買うとき、消費者の方々に考えてほしいことはまず「薬」です。養殖魚には薬のマイナスイメージがつきまとっていますが、薬剤を使うから危険だと考えるのは誤りです。天然魚にはたいてい寄生虫がついています。治療薬を適切に用い、健康に育った魚は安全なのです(注5)。

 もちろん薬剤をなるべく使わない方法も探しています。魚病治療薬は高価ですし、誰も使いたくないのです。ブリの体表につきやすいハダムシは、「金網」で解決できる範囲も大きい。いけすを金網でつくるか、いけすの底などに金網を入れておくと、ブリが自分で体をこすりつけてハダムシを落とすのです。

 2つめは、その魚種でなければ絶対に経験できない味とそうでもない味があることも知ってほしいですね。例えば、ウナギの味はマナマズでも得られるのです。マナマズは日本各地(沖縄、北海道、離島を除く)に生息する魚で、古くはウナギより多く食べられてきたようですが、近年はあまり食用にされません。エサを選び、与える順番を工夫すれば味をコントロールしやすい。しかも既存のエサの組み合わせでできます。

 完全養殖ウナギの量産開始まで、あと10年は要するでしょう。しかし、シラスウナギの大幅な採捕量制限は確実で、養鰻(ようまん)業者の倒産は目前です。したがって、500億円を超えるウナギ市場に代替品を送り込む必要がある。その選択肢はマナマズしかありません。マナマズは完全養殖が可能で、ウナギ用のいけすで量産する技術もできています。

 日本のウナギ文化を「代替」という方法で守る。こうした提案ができるのも養殖の技術なのです。

(注5)養殖と水産用医薬品
養殖経営には水産物の生存率が大きく影響するので病気への対応が重要になる。海面での養殖では抗菌性の水産用医薬品が使われていたが、1997年(平成9)年に連鎖球菌症のワクチンが市販されたことをきっかけに各種ワクチンが開発され、病気は激減。現在はワクチンが主流で、抗菌性医薬品、抗生物質などは使用量が大幅に減った。市販されているワクチンは感染力をなくした「不活化ワクチン」で、薬事法に基づく国の承認や検定などで安全性と有効性が確認されている。

日本人が忘れている味わい方を取り戻す

 最後にもう一つ。私たちは魚の味わい方というものを思い出したいですね。例えば、ブリトロ(ブリのおなかの身)を刺身で食べるときは、舌の上に載せるのが、脂のうまみを存分に味わう方法です。脂質を感じるのは、舌の上面だからです。

 トラフグの刺身「てっさ」は、1枚(薄ければ2枚)口に入れたら奥歯でよく噛み、反対側の奥歯の方へ舌の上を移動させるとうまみが口じゅうにあふれます。トラフグの身に特有の弾力を与えているコラーゲンの隙間にイノシン酸、グリシンやリジンといったうまみ成分が豊富に含まれていて、噛むことでそれが出てくるのです。

 今ではこういうことを教えてくれる店も減りました。魚の味わい方には、日本人自身が忘れてしまっていることがたくさんあるようです。

 各地で受け継がれている「おいしい食べ方」にも、すばらしいものがたくさんあります。例えば「宇和島風鯛めし」。マダイの刺身に胡麻醤油をつけてご飯に載せ、海苔を散らし、卵黄を落として食べる。私が思うに、これはマダイならではのおいしさを最大限に楽しめる食べ方です。

 養殖魚の普及により、私たちはこうした文化をも身近に引き寄せることができます。消費者にも飲食店にも〈食べることの楽しさ〉とその本質をもう一度考えてみてほしいです。

(2014年10月29日取材)

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