機関誌『水の文化』36号
愛知用水50年

製鉄に貢献した水質

コイル状に巻き取られた鋼板のモニュメント

コイル状に巻き取られた鋼板のモニュメント

ニーズによってつくられたという点で、愛知用水と新日本製鐵名古屋製鐵所は同じ50年を歩んできたといえるのではないでしょうか。 濾過もしないでそのまま使える良質の水、という評価は愛知用水の誇りです。それが上流の人たちにとっても誇りとなれば、上下流連携が実現できるような気がします。

新日本製鐵名古屋製鐵所

橋本 健二さん

新日本製鐵名古屋製鐵所
エネルギー・資源化推進部
エネルギー技術グループマネジャー
橋本 健二
(はしもと けんじ)さん

小俣 哲雄さん

新日本製鐵名古屋製鐵所
総務部次長
庶務グループグループリーダー
小俣 哲雄
(おまた てつお)さん

有本 亮介さん

新日本製鐵名古屋製鐵所
総務部総務グループマネジャー
有本 亮介
(ありもと りょうすけ)さん

名古屋製鐵所の特色

新日本製鐵名古屋製鐵所は、富士製鐵株式会社と地元の出資によって東海製鐵株式会社として1958年(昭和33)設立されました。地元というのは愛知県、三重県、岐阜県、名古屋市、桑名市、四日市市の地方自治体と地元企業です。

東海地方にはそれまで高炉を備えた大きな製鉄所はなく、今でも当社1カ所しかありません。高炉を備えているということは、鉄鉱石から大量に鋼をつくることが可能ということです。デリバリーや技術開発のことまで視野に入れると、生産現場のそばに高炉を備えた製鉄所があるというメリットは大きく、そういうニーズも含めて設立されました。

敷地は東西約2km、南北約3km、周囲が10kmで、総面積が623万m2、ナゴヤドーム130個分あります。

1961年(昭和36)に冷延工場の操業を開始しました。1963年(昭和38)には熱延工場が、1964年(昭和39)には第1高炉が稼働して、銑鋼一貫体勢が確立しています。その後、東海製鐵と富士製鐵が合併して、新日本製鐵という会社になりました。

当社では鋼板と鋼管を製造しています。板の中でも薄板と厚板があり、薄板の中にも厚い板と薄い板があります。厚めの板は自動車とか家電製品などに使われます。薄めの板は、容器用として利用されています。飲料用缶とか贈答用化粧缶などに使われるのが、容器用の鋼板です。

厚板は、船、建設機械、産業機械、橋、高層ビルなどの大型構造物をつくる際に使われます。

鋼管は最大で直径40cmぐらいまでの鋼管を製造しており、建設機械や油井管用に使われる高機能商品になります。

昨年度の全出荷量が約500万tで、そのうち約6割が国内向けであり、国内向けのうち東海4県の愛知、岐阜、三重、静岡に7割出荷しています。これは大きな特徴であり、地元のお客様とともに成長し育てていただいた、という思いがあります。

全出荷量の4割にあたる輸出は、中国、台湾、インドネシア、韓国といった東アジア、東南アジアが7割強を占めています。

お客様に鍛えられる

例えば、自動車向けの鋼板の中には、「硬いが加工しやすい鋼板が欲しい」というような難しい注文もあります。しかし、そういう注文に応えて実績にしてきました。

ハイテンというのは高張力鋼板のことで、硬い鋼板です。自動車の衝突安全性を確保するため、また燃費向上のために、硬い鋼板が必要とされるのです。1台あたり何kg鋼材使用量を減らせるか、という課題にも、我々は自動車メーカーさんと一緒に取り組ませていただいています。

こういった取り組みが日本の製造業の強みではないでしょうか。

効率や性能も視野に入れて

地球温暖化対策においても、いろいろな面で取り組んでいます。

まずは製造工程における省略化・連続化、また排熱活用などによる省エネルギー化を推進してきました。その成果として、当社は世界最高水準のエネルギー効率を実現するに至りました。

また、当社は製品面においても高機能製品をご提供することにより、CO2排出削減に貢献しています。

高機能商品には前述の高強度鋼板の他に、モーター用の鉄心に使われる高機能鋼材もつくっています。高機能の鋼板をモーター用の鉄心に利用することにより、エネルギーロスを低減させることが可能になります。

リサイクル事業にも

資源循環に資する取り組みとして、プラスチックのリサイクルも行なっています。東海市など近隣地域を含めた地方自治体が分別回収したプラスチックを、当社が独自に研究開発した「コークス炉化学原料化法」により再資源化を行なっています。

「コークス炉化学原料化法」とは、既存の製鉄プロセスであるコークス炉を利用したリサイクルの方法です。コークス炉に廃プラスチックを投入すると、分解ガス、炭化物、再生油に分解され、こうすることで、廃プラスチックのほぼ全量を有効利用することができます。

当社は2000〜2008年(平成12〜20)の累計で100万tの処理を達成しています。これはCO2削減量で約320万t、埋立処分量で約400万m2を回避した計算になります。

どんぐりの森

環境保全と生物多様性への取り組みとして、当所では1972年(昭和47)から社員とその家族が工場内にどんぐりなどを植え始め、緑化に取り組んでいます。今では34万本、熱田神宮の8倍の常緑樹の森ができました

どんぐりの森は、鳥や動物が自由に生育しています。横浜国立大学の宮脇昭先生の指導で始められた植林活動ですが、東海市などでは同じ方法で市内に5カ所の森がつくられています。今でも、見学会などを行なう日もあります。

40年経って、20〜30mの高さまで育っているんですよ。

愛知用水はそのままでOK

名古屋製鐵所の水、つまり愛知用水は、カルシウム硬度分や塩素濃度分が少なく、当社の中でもかなりきれいな水です。ですから鋼板の洗浄に、愛知用水をそのまま使っています。しかし、他所では水処理設備を経た水を使っている工場もあります。

水処理には単に濾過器をかけるだけのところもあれば、イオン交換樹脂を通してカルシウム硬度分や塩素濃度分を除去するところもあります。除去した水をそれぞれの工程で最適な硬度分にブレンドして使用します。

きれいでない水を使うと、錆や傷の原因になるからです。ですから、愛知用水のきれいな水を使うことが品質向上のために役立っているのです。

設立後、5年間ぐらいは購入する水の量を少しずつ増やしました。しかし、それ以降は一定の量の水を、回収率を上げることによって使ってきています。

当社で使える水の量は責任水量制によってあらかじめ決まっていますので、生産量が増えるたびに、新しく増設される生産工場を水の回収率を向上させるように設計したり、従来の工場の水回収システムを見直したりしてきました。

回収した水は、浄化装置できれいにしています。浄化装置の仕組みは、当初から変わりありません。

ただ、量は増えているので、以前は不純物を沈下させるときに使う薬剤(凝集剤)にPAC(ポリ塩化アルミニウム)という無機系の凝集剤だけを使用していましたが、より沈降性を高めるために高分子の凝集剤を併用することで、たくさんの水を処理できるようにしています。毎分180m3程度だった処理能力が、300m3まで向上しています。

リサイクル率は約90%。蒸発して失われる分がありますから、100%というわけにはいきません。こうした循環水は、機器や鋼板の冷却に使用しています。

左:迫力のある熱延工程。右:水処理設備。

左:迫力のある熱延工程。冷却時に水が使われるため、水蒸気が上がっている。製鋼工程から送られてきたスラブ(鋼片)を、わずか数分でホットコイル(圧延してコイル状に巻き取られた鋼板)へと送り込む。
右:水処理設備。凝集剤を投入して不純物を沈殿させる。
写真提供:新日本製鐵名古屋製鐵所

費用対効果の問題だが

水の使用量を増やす場合、経営的な観点からいえば、愛知用水を買うほうが安くできるか、設備対策をしたほうが安いか、という問題になります。それで、現状の生産量であれば、現在の購入量で循環水を使っていく態勢で充分だと考えます。

純水を手に入れて適切にブレンドすれば水の品質における差はないわけです。要は、それにかかる費用と、対効果の問題ですね。水単体としてみれば、えらく高価な水になるんですが、製品価格としてみたらわずかなものですから。

たとえ多少水が悪くても、人件費が安くて、最新鋭の設備、というのは大きな強みになりますね。だから、うちとしては、やはり総合力で太刀打ちするしかありません。

平六渇水の苦労談

1994年(平成6)の渇水、いわゆる平六渇水のときは、従業員がシャワーを浴びるのをやめたり、飲み水はペットボトルにしたり、というところまで節水しました。古い工場は回収のための配管が入っていませんでしたから、そこに3日間の突貫工事で回収管を通して、排水口にこぼれている水を回収しました。ほとんど実現しなかったのですが、長期にわたるわけではないということで、使えるところは海水を使おうとしました。

工場敷地内には煤塵を抑えるために散水していますが、それも東海市から下水を運んできて撒きました。このときは、節水率でいうと55%を達成できました。

このときの教訓を生かして、井戸も掘りましたが、当時よりも生産量が増えていますから、同じことが起きると対応できないと思います。

現在は愛知用水も味噌川ダム(1996年〈平成8〉長野県・木祖村)と阿木川ダム(1991年〈平成3〉岐阜県・恵那市)が運用されて、ここまでの節水は発生していないので、少し安心しています。

課題は設備更新

2000年(平成12)に愛知県の工業用水料金の改定がありました。 その後2005年(平成17)から3年間にわたり、愛知県企業庁は経営改善策の一つとして、愛知用水工業用水道にかかわる高金利の水資源機構割賦負担金を、低金利資金に借り換えることで支払利息の軽減を図り、料金改定を少しでも遅らせることを目的に努力しました。

これは借り換えの一部を受水業者から「縁故債」として借り入れることで繰上償還を行なっていく仕組みで、受水業者と企業庁とが協働で経営改善に取り組む姿勢を国や水資源機構にアピールし、より多くの繰上償還枠を確保することが目的でした。

その結果、2008(平成20)年度には水資源機構の繰上償還制度が改正されましたが、こうした制度改革に至ったのも愛知県独自の取り組みが大きく寄与したものと思います。

この地域には名古屋地区工業用水協議会や工業用水道事業の意見交換会があって、愛知県企業庁と意見交換をする場があります。そこで議題に上がるのは工業用水事業の内容や経営状況、さらには水源状況などですが、やはり料金にかかわる経営努力の部分に意見を言わせていただくことが多くなります。

東海と南海地震に備えた耐震強化ということで、水管橋であるとか止水弁の更新は、既に行なわれているようです。

ただ、高度成長期の集中投資によって整備された配水管路などの施設が、今後、急激に老朽化することが推測されます。

このことは、愛知用水のみならず、全国共通の課題だと思います。

これを踏まえて、愛知用水においても施設更新に必要な資金を、適切な水準で内部留保できるような制度の検討が、今後の課題になりそうです。


薄板にクロムメッキを施したキャンスーパーに、ポリエステル樹脂をフィルムでラミネートした鋼板も製造。飲料缶などに使用される。

薄板にクロムメッキを施したキャンスーパーに、ポリエステル樹脂をフィルムでラミネートした鋼板も製造。飲料缶などに使用される。底面が白いのは、白色の樹脂を使っているため。



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