ミツカン水の文化センター
書籍データベース
水の文化楽習
機関誌「水の文化」
水の文化「人」ネットワーク
研究事業
リンク集
サイトマップ ホーム
調査結果
イベント
お茶の間力
茶の社会史 角山 榮
社交をつくる喫茶文化  熊倉功夫
茶葉で飲むか、ドリンクで飲むか  水野俊作
お茶が生み出すもてなし関係  角山 榮
遊ぶ芸から見る芸へ  佐伯順子 お茶の間力  もてなしのすすめ  編集部
「遊ぶお茶」は現代の「講」編集部 茶  古賀邦雄
守るべきはもてなしの心  黒川光博 里川研究掲示板
中国茶  もてなされ写真紀行  編集部 インフォメーション
茶の湯そのコミュニケーションの仕掛け 社交をつくる喫茶文化 熊倉功夫

なぜ、お茶が人を惹きつけるのか

 お茶を飲むようになった最初は、薬効を期待したことからだとも言われていますが、それだけではお茶がここまで普及することは有り得なかったでしょう。では、なぜお茶がこれほど支持されたのか。

 一番無防備になる瞬間を、人は「恥ずかしい」と感じ、「他人に見られたくない」と思います。食べたり飲んだりしている姿は人間が無防備になるし、あまり美しいとはいえません。だから、人に見られると恥ずかしい。ですから、他人に見られないように食事をとる民族もいるぐらいです。食事作法というマナーは、食べるという恥ずかしさを回避するため洗練されてきたのです。

 しかしその裏返しで、無防備な状態を互いに見せてしまえば、親しくなれるということもあります。ですから親しくなるために、今でも一緒に食事をします。その際、お茶やコーヒー、酒を飲むのです。一番本心が出やすいのはお酒だと思いますよ。酒の効果が麻酔的効果だとすると、茶やコーヒーなどカフェインを含んだ飲料には覚醒的効果がある。どちらにも共通しているのは「日常の自分ではなくなる」ということを目的にしている点です。それによって、互いに自分をさらけ出し、おつき合いができるというのは、まあ常ならぬ体験なのでしょうね。そこまで意識しているかどうかは別にしても、お茶やアルコールを飲むときにはそのような期待を抱いていると思います。

 ですから、「なぜ飲むのか」と問われれば「美味しいから飲む」のですが、飲んだ結果として「普段と違った気分になるということへの期待」があると思いますね。

ストレス対処法

 茶の受容の過程は、文化によって2種類の違ったタイプがありました。元々覚醒作用のある植物が身近にあった文化圏、茶やコーヒーなどカフェインを含んだ植物が自生していたアジア、コカの葉(コカイン)があった南米、煙草の葉(ニコチン)があった北米では、共同体を維持するための一つの方法としてそれらが使われていました。民族儀礼の中でお茶を飲むことが、共同体の結びつきを強化するための場になっていたのです。ただ、それはまさに中世的な共同体が存在していた時代での話。ヨーロッパなどの地域では18世紀になってから、商業的な活動の中で新たにこれらの製品を獲得していきました。ヨーロッパにとってのお茶は、17世紀の大航海時代を経て、近代化の過程で輸入文化として入ってくるわけです。

 茶は18世紀に入ると、世界中に急速に伝播し、ほぼ同時期にコーヒー、煙草、チョコレートも拡がります。なぜ、こういうものが世界的に受容されていったのか。これは私の推測ですが、「産業化」に原因があると思っています。

 社会が近代化、産業化に直面した時代は、物と人が距離をものともせずに移動を始めた時代でもありました。かつての農村のように、村人全員の顔を知っている社会とは違い、身近に入りこんだ見知らぬ人間ともつき合っていかなくてはなりません。そこで生じるストレスを解消する方法を、新たに作り出す必要が出てきたのです。

 ストレス対処法の前段階として、ヨーロッパではエチケットがルネッサンス以後の14〜15世紀に成立しています。この場合エチケットと呼ぶのは、広範の礼儀のことです。マナーはどちらかというと、もう少し狭い世界での様式的な作法と捉えられます。例えばAの地域しか通用しないマナーは、Bの地域では役に立ちません。AでもないBでもないCでもない、どこでも使っていない新しいマナー、つまりエチケットを人々が作り学習すること、つまり自分の土着的なマナーを主張しなくなった結果、お互いが上手に交流ができるようになりました。人間が文明化し始め、都市が急速に繁栄し、いろいろな人間が集まってきます。そこにエチケットの最初の成立があります。

 産業革命は、このようにして始まった見知らぬ人とのコミュニケーションをますます深めていきました。産業革命の後になると、今度は階層を越えた交流と集住が始まります。その結果、強いストレスは一層助長されるようになり、鎮静効果を持った飲み物が拡がったのではないか、と私は考えています。

コミュニケーションのクッション

 あまり実証的な話ではありませんが、人間がコミュニケーションするときには、クッションになるものが必要です。特に我々日本人は、目と目を見合わせて話すということは苦手ですよね。私は今、あなたとは対面ではなく90度の位置で話していますが、茶の湯もそうです。亭主が座ると、亭主に向かって客は正面に向き合わず、必ず方向を変えます。そのほうが話しやすい。お互いが直にぶつからないように、クッションとして機能する介在物、掛け軸、生け花、茶碗など、何か目のやり場となる物があるといい。これは意外と大事なことなんですね。

 人間と人間の間に物が介在することによってコミュニケーションがスムーズにいくわけですが、酒、煙草、お茶もそのような介在物としての効果を持っていると思います。

 イギリスに最初のコーヒーハウスができたときは、ものすごい煙草の煙で、向こうが見えなかったそうです。コーヒーハウスでは、ビジネス上の情報公開が行われ商談も行われました。新聞もそこから誕生しました。つまり男性しか入れないクラブハウスの役割を担ったわけです。このような場がどうして成立するかというと、この場合は煙草とコーヒーがキーポイントになっています。煙草とコーヒーが介在したことで、コミュニケーションがうまくいくというクッションの文化。それが近代化、産業化の中で、お茶に託された一つの役割だったのではないかという気がします。

 
戻る
1/4
次へ
書籍データベース 機関誌「水の文化」 研究事業 調査結果 イベント 水の文化楽習 水の文化「人」ネットワーク リンク集 サイトマップ ホーム