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異物を排除する衛生感 藤田紘一郎

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自然との共生で取り戻す健康と安全
異物を排除する衛生感   藤田紘一郎

「カイチュウ博士」として知られる藤田紘一郎さんの専門は、寄生虫学と感染症学。
発展途上国をめぐり「水が運ぶ病原体」を研究するとともに、世界の飲料水調査も重ねてきた。
藤田さん曰く、「水は私の永遠のテーマ」なのである。
藤田さんが描く日本の水の未来は、決して明るくはない。
100年後どころか「水道水はもうすでに危ない」と警鐘を鳴らす。
だが、だからこそ今どう考えるか、何をするべきというヒントも、たっぷり語ってくれた。

藤田紘一郎ふじたこういちろう
人間総合科学大学教授・東京医科歯科大学名誉教授


1939年旧満州生まれ。東京医科歯科大学医学部卒業、東京大学大学院博士課程修了。順天堂大学医学部助教授、金沢医科大学教授、長崎大学教授、東京医科歯科大学教授を経て現職。専門は寄生虫学・免疫・感染症学。著書に『笑うカイチュウ』(講談社1994)、『共生の意味論』(講談社1997)他。

雪解け水の不思議な力

日本の水事情を考えると、あまり良い未来は予想できないんですよ。

まずはっきりしているのは、このままいけば100年後の降雪量が極端に少なくなること。雪が少なくなれば、雪解け水も少なくなるわけですが、実はこの雪解け水には不思議な力があるんです。

たとえば、植物が根を伸ばすのを早める効果もあります。雪解け水を飲んだ鶏は卵を多く産みますし、牛が飲めば牛乳を多く出すというように、生物を活性化させる。

ただし、雪解け水のこの力は、4日間しかもちません。なぜ雪解け水にこうした力があるのか、どうして4日で消えてしまうのか、それについてはいまも謎のままです。

だいたい水の構造自体、現時点ではわかっていません。化学の分野では、周期表の同族化合物間では似たような性質を示すのですが、水は例外で、融点も同系列のほかの物質と比べて極端に高い。水の分子量18から予想される融点は、約マイナス100℃ですが、実際の水の融点は、皆さんがご存じのように0℃です。

つまり水は分子量18よりはるかに大きな分子量の化合物の性質を持っているんです。これは、水が分子量18の物質ではなく、それらが互いに固まって集合体を形成しているんだ、と考えれば説明がつきます。それがクラスター(かたまり)という考え方です。

水は一応H2Oという化学記号で表わしていますけれど、液体の水はH2O分子がつながってエネルギーをやりとりするネットワークのような存在になっています。このネットワークは極めて速い速度で変化していくので、同じ水でも浄水器にかけたり、熱を加えただけでぜんぜん違う構造になってしまう。

雪解け水の場合、雪から水に変るとき、H2O分子の配列が変化して動物や植物を活性化させる構造になるのではないか、といわれているんですが、その証拠はまだつかめていません。

つまり科学的には解明されていないのですが、雪解け水や氷が溶けた水に効果があることは、科学者たちも気づいています。北極で氷が溶けると、そこでプランクトンの増殖が早くなることから発見されたんです。

しかし、日本ではずっと昔から雪解け水の能力は知られていました。そのひとつが、雪解け水を飲むと若返るという「変若水(おちみず)の信仰」。奈良の東大寺で3月13日に行なわれる「お水取り」も、この信仰から始まったものです。

また、山の雪解け水を飲んで若返ったお爺さんが、お婆さんにその話をしたら、お婆さんはたくさん飲みすぎて赤ちゃんになってしまったとか、変若水信仰は御伽噺としても伝えられてきました。

農業に携わる人たちの間でも、「雪少なかれば千害あり」と古くから語られています。雪の少ない年は作物の実りも悪いし、家畜の成長もよくないと、経験的にわかっていたんですね。

ですから、雪解け水は日本人にとって非常に重要な意味を持っています。秋田の女性が美しいのも、新潟米のコシヒカリが美味しいのも、雪解け水の恩恵ではないでしょうか。だとしたら、100年後には、秋田美人も美味しいコシヒカリも、日本から失われてしまうかもしれません。

水道水の塩素殺菌効果

美人や美味しいお米が消えるだけではありません。雪解け水は水道水の水源も潤してきましたが、それも徐々に少なくなっています。すると何が起きるかといえば、水源に藻類が非常に増えてしまう。そこに温暖化が加わると、地上の紫外線量が増加して、ますます藻類がはびこります。

これで何が怖いかというと、藻類は細菌とかウイルスなど病原体の温床なんです。今でも川の底の藻類を調べると、O-157やコレラ菌が休眠しています。O-157は食中毒を起こす病原性大腸菌ですが、コレラは伝染力も致死率も高い細菌です。藻類が増えると、ますます病原体も増えてきますし、温暖化で水の温度が上昇すると、今は眠っている病原体が藻の陰からぼつぼつ出てくる。水源が感染症の汚染源になる可能性が高いわけですね。

それを防ぐためにはどうするかというと、水道水にするときに塩素を加えて処理をしています。日本が水道水に入れる塩素の量は、すでに世界一です。塩素の投入で、トリハロメタンという発がん性が疑われる物質ができてきます。また塩素によって水が酸性になっているので、中和させるために苛性ソーダまで入れている。ご存知のように、苛性ソーダは石鹸をつくるときにも使います。これで「高度浄水処理をしました」「害はありません」と言われても、身体にいいわけがないと思いませんか。

考えてもみてください。殺菌のために塩素が入っているプールに毎日入っていると、爪や髪の毛が痛んできます。そのプールの水を薄めて、さらに苛性ソーダを加えたものが、私たちの水道水なんです。水源の汚染がより深刻になりつつある今、「本当に安全な水はどういう水か」を探ることもせず、さらに塩素を増やすという対策しかない現状は非常に恐ろしい。

塩素に耐性を持つ病原体

でも、塩素を入れれば安全かというと、そんなことはありません。

もう一つ、恐ろしい話をしましょう。塩素をいくら入れても死なない病原体が、今、日本に増えているんです。ランブル鞭毛虫(べんもうちゅう)とクリプトスポリジウム。二つともインドやネパール、パキスタンで風土病を起こす原虫で、かつての日本には生息していませんでした。20年ぐらい前まではこの原虫で病気を起こすのは、インドやネパールに旅行した日本人のうち12〜14%だけでした。

ところが気温が上がった今、これが日本の河川で生きている。それも南の温かい地域だけじゃないんです。青森から沖縄まで、上水取水地点で調査をしたら、そのほとんどで発見されました。ということは、ランブル鞭毛虫とクリプトスポリジウムが、日本の塩素で殺菌したはずの水道水に含まれているということです。

病原性はクリプトスポリジウムのほうが強く、すでに被害が出ています。1996年に、埼玉県の越生(おごせ)町で集団下痢症が発生しました。住民1万2000人のうち、1万人ぐらいがいっせいに下痢をしたんですが、その原因は水道水に混入したクリプトスポリジウムでした。病気や高齢で免疫力が弱まっている人の場合、病原性の高い原虫が1個でも体内に入ると急激に増えて、死に至る危険もあります。

ランブル鞭毛虫は病原性がそう高くありませんから、軽い下痢を起こす程度。元気な人は、体内に入っても気づかないかもしれない。ただし、原虫に対しては免疫ができませんし、自覚のないまま胆のう炎を起こすこともあるので、やっかいです。

しかもこのランブル鞭毛虫は、三井記念病院で調査したところ、すでに5%ぐらいの都民が体内に持っていることがわかりました。多摩川にもランブル鞭毛虫がいますから、そこから水道水に入った可能性が高いですね。もちろん加熱すれば原虫は死にますが、日本では水道水をそのまま飲んでいる人もいるので、今後感染症にかかる人は増えると思います。

寄生虫、宿主との共生関係

ここまで悲観的な話ばかりでしたが、ではなぜそうなったかを少し考えてみましょう。

そもそも日本は、江戸時代に素晴らしいエコ社会をつくっていました。何でも自給自足して、考え方も暮らし方も人間らしかった。ところが明治維新と太平洋戦争に負けたことで、おかしくなってしまいました。

列強国の仲間入りをするために、とにかく日本を衛生国家にしようとしたんです。戦前の日本ではコレラが流行したり、回虫やサナダムシに感染している人がたくさんいましたが、まずこれを排除しようとした。『衛生博覧会』を開いて「回虫は脳に入ります。サナダムシは腸管を食い破ります」と国民を脅し、徹底した衛生管理をしたんです。

でも、回虫が脳に入るなんて、ほとんどあり得ない。1950年には、日本人の62%が回虫に感染していましたが、そのうち脳に入った人はゼロなんです。たまたま他の病気で亡くなった人を東大で解剖したら、回虫が1匹脳に入っていたので、その写真をポスターにして、国民に恐怖を植えつけた。日本人は宗教や人種には左右されない代わり、情報操作に弱いので、「危険だ」と言われると極端に排除してしまう。こうして日本は列強の仲間に入り、『超きれい社会』をつくり上げました。

コレラのような疫病の原因となる病原体を排除するのはいいとして、ヒトと共生関係にある寄生虫まで排除するというのは、非常に不自然なことです。

寄生虫やウイルス、細菌というとすべて悪者のように思われていますが、それぞれ自分の縄張りの中では、共生関係を保っています。たとえば今大きな問題になっている鳥インフルエンザウイルスにしても、もともとはカモの体内に棲んでいるウイルスで、カモには何の悪さもしません。カモの体内で子孫を増やしているのですから、宿主であるカモを殺してしまっては元も子もないからです。ところが温暖化などの影響でカモの生息地が移り、ニワトリにこのウイルスが入って、ニワトリを殺すようになってしまった。

北海道で流行しているエキノコックスにしても同じ。エキノコックスはキタキツネに寄生するサナダムシで、キタキツネには害を及ぼしません。しかしこれが人間に入ると、ひどい目にあう。

つまり、ヒトにはヒト、ブタにはブタ、クジラにはクジラの寄生虫やウイルスや細菌がいて、本来お互いに共生していたわけです。それを『衛生』の名の下に排除したり、人間の都合で他の生きものの棲みかを奪うような開発を私たちはしてきた。その結果、先進国の人間は、免疫力が非常に弱くなっています。高度成長期前の日本人なら、クリプトスポリジウムが体内に入っても、下痢を起こすことはなかったと思います。

一方、人間に排除された生きものは、子孫を残すために変異や進化を進めている。ニューヨークでは、地下鉄構内の水溜りで越冬している蚊も発見されました。蚊はメスが吸血することで卵を産みますが、このチカイエカは血を吸わなくても卵を産めるように進化していた。血もいらないし、冬も越せるという、すごい蚊になったわけです。この蚊がウエストナイルウイルスを運んでいるのですから、恐ろしい話です。

 
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