機関誌『水の文化』4号
くらしと水の多様な関係

下水道整備の考え方

ここ数年の新聞記事を見ると、「マンホールをアンテナにして通信に利用する」「下水道に光ファイバーが張り巡らされる」といった見出しが目に付きます。下水道が排水処理という本来の目的と共に、新たな都市インフラとして利用されるようになってきていることがわかります。しかし、私たちにはなかなか家庭の排水口の向こう側が見えないものです。そこで、いま何が下水道に起こっているのか東京都下水道局を訪ねてみました。

東京都下水道局

下水道管の老朽化

――下水道管老朽化の進むスピードが早いようですね。

下水道局 それには、今まで普及を最優先にしてきたという背景があります。1994(平成6)年に23区内で約1万5千キロメートル、おおむね100%の普及率に達しました。しかし、老朽化対策の方は手つかずできてしまったのです。下水道百年の歴史で、下水道の普及に全精力を注いできたわけです。下水道管の耐用年数は五十年といわれていますが、この耐用年数を越えたものが1万5千キロメートルのうち、2千キロメートルあります。これは全体の13%、都心部では8割以上の地域もあります。ですからこれからは、古い下水道管の交換と能力アップをしていかなくてはいけません。

また下水道管に限らず、処理場などの基幹施設の老朽化も問題になっています。汚水の量は、戦前の四倍、昭和三十年代の二倍になってきているのが現状ですから、基礎的水準を向上させるのは急務です。

――老朽化した下水道の再構築。具体的にはどのようなことを行うのですか。

下水道局 もちろん、五十年経ったからすぐに交換するというわけではありません。テレビカメラで管の中を調査し、問題のある箇所に対応しています。今はSPR工法といって、地面を掘り返さずに管の内部を被覆して、管をリニューアルする方法が開発されてきまして、低コストでの作業が可能になりました。また能力アップにつきましては、雨水流出係数(下水道管に流れ込む雨水の割合)の増加に追いつかない地域で、下水道の新設、取り替えにより能力増強を図ることなどで対応しています。「維持管理しやすい下水道」という目標も挙げていますが、具体的な例を挙げますと、《伏せ越し管》というのはご存知ですか。たとえば地下鉄の様な障害物がある箇所を下水道がまたがなくてはならない場合、クランク状に管をいったん下げて、また元の水準まで戻すということが行われています。これが《伏せ越し管》です。水道管のように水に圧力がかかっていませんから、低くなった箇所に汚泥などが溜まり、詰まってきてしまうのです。そこで《伏せ越し》を解消し、詰まらないようにする。また、特に阪神大震災では、マンホールと管との継ぎ目が一番弱くその教訓を生かし、管との継ぎ目が動くことのできるような対策を講じる予定です。

情報システムとしての活用

――光ファイバーケーブルが下水道管に敷設されていると聞きましたが。

下水道局 下水道管理用に利用されている部分が多いのが、現状です。私たちでは「ソフトプラン―Sewer Optical Fiber Teleway Network Plan―」といっています。下水道の管理施設などが160カ所ほどありますので、それらを光ファイバーでつないで業務に活用していこうというのが当初の目的でした。また地域防災機関などをつなげることで、将来的にはその先の一般家庭にまで、利用を広げられるのではないかと考えています。

――23区の下水道総延長が、1万5千キロメートルというお話でしたが、そのうち光ファイバーが敷設されているのはどれぐらいになりますか。

下水道局 計画では800キロメートル、現在は400キロメートルが敷設済みです。残りも十年程度で敷設する予定です。

――暮らしを変える具体的な利用構想は進んでいるのでしょうか。

下水道局 今考えられているものとしては、防災、医療、教育などへの活用があります。実は、1996(平成8)年12月に下水道法が改正になりまして、下水道空間を電気通信事業者などに利用していただくことが可能になりました。現在では、36キロメートル程度の使用許可を出しています。

――1996(平成8)年に「マンホールにアンテナ」という新聞記事がありましたが。

下水道局 実験を終了して、開発が終わった段階にいたっています。マンホールは、約30メートルに一個、1998(平成10)年度末で23区内に46万7千個ありますから、うまく利用すれば大きな力になると思います。電気通信事業者などとの連携ができれば、すぐに実現すると思います。

  • アンテナを機能させるために、マンホールにソーラー パネルが埋め込まれた。

    アンテナを機能させるために、マンホールにソーラー パネルが埋め込まれた。
    写真提供:東京都下水道局

  • 光ファイバー敷設ロボット

    光ファイバー敷設ロボット
    写真提供:東京都下水道局

  • アンテナを機能させるために、マンホールにソーラー パネルが埋め込まれた。
  • 光ファイバー敷設ロボット

下水道に対する意識 水に流してもらっては困ります

――お話をうかがうと、下水道は、上水道と比べても話が多方面に渡り、配慮すべき点も非常に複雑ですね。

下水道局 その通りです。利用法が多方面なこともありますし、他地域との調整が必要になるという面もあります。しかし、一番問題なのは、廃棄物はインフラとして一番後回しになるという点、人の目に触れにくいという点です。昔でしたら、汲み取り式のトイレから水洗トイレになったときは、非常にうれしかったわけです。これも下水道が普及したおかげだと。しかし、今では水洗トイレであることが当たり前になってしまった。ですから、下水道の再構築と言っても、コンセンサスが得られにくいのです。ですから今後は、いかに再構築の必要性を訴えていくのかが問われていくでしょう。

――確かに気持ちの中では、下水道の問題はもう終了したものと思いがちですね。

下水道局 ええ。都民が水環境から遮断されたことが、その風潮に拍車をかけたと思います。臭い小さい川は蓋をして暗渠にし、コンクリート護岸にしてしまっていますから、水環境が目に見えなくなり、無関心になっているのですね。現在、都民の目に触れるのはマンホールの蓋だけです。しかし例えば、東京湾の富栄養化という問題は、危機的状況にあるわけです。これは1970(昭和45)年の公害が社会問題化した頃と比べれば格段に良くなって、隅田川にも快適に舟など浮かべられるようにはなっているのですが、まだまだ現状ではだめなのですね。

――これら問題の解決には、下水道局だけではなく、河川管理者や上流部との連携も必要になってきますね。

下水道局 その通りです。新宿副都心の高層ビル街では、トイレ用水の三分の一を中水(処理水)でまかなっています。これは用途に応じた無駄のない水利用システムを構築することで、ダムからの取水量を少しでも減らそうという発想からきています。ダムから取水することで、下流の水量が当然減ってくる。水を大量消費する都市部へ、持ってきてしまうからです。都市部で使われた水は、直接海に流されてしまうため、結果的に河川の中間部の生態系を変えてしまっている。今後は、持続的発展が可能な「循環型都市」を構築していく必要があります。23区部の処理場に入ってくる汚水は一日に約500万トンですが、下水処理水の再利用率は平成10年度末で七.五%の実績があります。下水処理水の利用はトイレ用水に留まらず、源流に戻すことで「清流復活」に一役買っています。

――最後に、下水道の未来について、一言お願いします。

下水道局 管理事務所の出張所に勤務していた時の経験から申し上げると、都民のみなさんが「都の下水道事業は、もう完了した」と思っていることを、実感として感じています。交通量の多い地域での工事はどうしても夜間になりますが、「下水道は100%完備したのに、なんで工事なんかしているんだ」という苦情に、そのことはよく表れています。普及を第一に考えて推進したために、老朽化した下水道の再構築が後回しになったわけで、メンテナンスも必要、事故への対応も必要なんですね。台所や厨房から油やスープなどをそのまま流したり、工事が終わって余ってしまったコンクリートをそのまま流してしまうなど、下水道管を詰まらせてしまう要因は、結構身近にあるのです。日本人はよく「汚いものには蓋」とか「嫌なことは水に流す」と言いますが、流してもらっては困るものもたくさんあることを知ってほしいですね。私たち下水道局員は自分達でできることとして、まず自分の家の流しから下水道に負荷がかかるものを流さないように気をつけて、工夫して生活しています。今はもう少なくなりましたが、リンを含む洗濯洗剤はものすごく水を汚したものです。こうした小さなことの積み重ねが必要なことを、もっとみなさんに知ってもらいたいと思います。他のリサイクルや環境保全の動きは市民レベルで活性化していますが、下水道のことはどうしても目に付きにくいために、立ち後れているようで残念です。

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