機関誌『水の文化』7号
水の文化楽習プログラムを考える

水の文化楽習プログラムを考える

編集部

人々は「E-エコロジー」「M-マーケット」「C-コミュニティ」の視点を組み合わせ「水の文化」をイメージし解釈している−これが、昨年の自主研究「くらしと水の多様な関係」(機関誌『水の文化第4号』)で得られた仮説でした。

今回はこれを踏まえ、当センター流の「水の文化」の捉え方の見取り図に取り組んでみます。そして、この「水の文化」をできるだけ多くの方々に伝えるための手だてについて考えてみたいと思います。しかし、それを教育というといかにも堅苦しい。私達が望むのは、都市や各地域で、家族や子供達が水をモチーフにしたプログラムで、交流を育み、歴史を刻んでいってもらうことです。そのためには何よりも楽しいこと−つまり「遊び」の要素が重要と考えました。そこで、こうした楽しい水の文化が広がっていくプログラムを「水の文化楽習プログラム」と名付けました。

このプログラムは、生態系における水のみを重視するものではありません。つまり、今の日本で使われている意味での「環境教育プログラム」とは違います。また、私たちは、都市と地方の関係を、連続した一つのものとして考えています。都市が地方に依存しているように、地方も都市に依存しており、その多様な関係は神経網のようです。この複雑な関係の中で水を重視することも重要です。

当センターがこれまで「人と水とのつきあい」という言葉で表してきたことは、生態系における水と社会システムにおける水の両面を、歴史と空間、そしてそこに暮らすひとの視点から捉えようということと言えます。

水の文化楽習プログラムは、こうした意味での「人と水とのつきあい」を楽しく伝承し、交流していこうという実践的な活動術というべきものです。こうした視点から活動が行われている例はけっして多いとは言えないようですが、少しずつ「水の文化」を伝えることの重みが認知されつつあることも事実です。当センターでは、今後、水の文化楽習プログラムづくりに取り組んでいく予定ですが、まずはじめに、今回はこのプログラムの考え方をご紹介いたします。

みずとわたしたちの多種多様な関わり

みずとわたしたちの多種多様な関わり

水の文化へのこれまでの取り組み

「水とひとのくらしとの関わり、すなわち水の文化を『水と交流』『水と生活』『水と心』『水と共生』という四つの領域で捉え、『ひとがどのように水とつきあってきたか』について検討する」。当センターでは、このような視点から水の文化をできるだけ広く捉えてきました。

たとえば、創刊号で取りあげた「香川の溜池の配水慣行」や、3 号で取りあげた「筑後川の淡水取水」は、それ自身、土地独特の水の文化であると同時に、水という共有資源のためにいかに関係者の間で協力していくかという、共有資源管理のホットな話題の実例でもありました。

また、創刊号と第5 号で取りあげた「舟運から見る都市の水の文化」は、川・海や舟運がいかに都市の構造や住宅のしくみ、すなわちひとびとのくらしに影響を与えてきたかということを追跡した、「都市における水の文化の解釈学」ともいうべきものでした。

このように「水の文化」は、生活とすべての面で密接に結びついているものです。このため、社会システムにおける『水』の役割(マーケットとコミュニティの視点から捉えた水)と、生態系における『水』の役割(エコロジーの視点から捉えた水)を、歴史・空間・そこに暮らすひとの視点から総合的に捉えることが必要なのです。

水の文化楽習と環境教育の違い

では、この「水の文化」。具体的にはどのように伝えればよいのでしょうか。

水の文化は人、もの、出来事などに埋め込まれています。下表 に挙げる様に、私達は水の文化に関わるさまざまなアイテムに囲まれて暮らしています。それぞれのアイテムには人・もの・出来事の情報が埋め込まれています。これを、歴史・空間・ひとの視点から掘り起こし解釈していくのです。

例えば、現在「川」をテーマにさまざまなプログラムが作られています。「川で子供達がシャケの稚魚を放流」「川辺にビオトープ作り」「上流の森林ハイキング」……。これは生態系としての川をさまざまな側面から捉えているわけです。一方、わたしたちは社会システムの側面からもアイテムをイメージ・解釈し、眺めています。社会システムの中で「川」は別の顔を見せてくれます。交通路、物流路としての川、治水施設、水道の取水口、排水口。川の周囲の土地利用。河川敷を利用したレクリエーション。川を巡る言い伝え……。これらは歴史の時々での川との関わりの中で作られたものとして捉えることができるでしょう。時間がたつと、個々のアイテムの関係も変化しますし、社会システムと生態系との関係も変わってきました。川というアイテム一つとっても、こんなにもおもしろい情報が埋め込まれ、それらが相互に網の目のように結びついているのです。

これらをともに次の世代に伝え、考えてもらうプログラムは現状ではあまり見られないようです。生態系における水、社会システムにおける水をそれぞれ独自に扱うものが圧倒的に多いのです。このため、水の文化を形作る数多くのアイテムのそれぞれの関係を、横断的に考えるプログラムも少なくなっています。

下表は、本誌第4号に挙げた水の文化に関するキーワード一覧です。身の回りのアイテムをどのように切り取るかが腕の見せ所です。

水の文化に関するアイテムのキーワード一覧

水の文化楽習プログラムづくり

それでは、「水の文化楽習プログラム」とはどのような要素を満たせばよいのでしょうか。本センターでは下図の様な四つの切り口を考えています。

「水を捉える枠組み」「水を見る視点」の他に、「水を伝える方法」としての楽しさ、その結果いろいろなストーリーやイメージを膨らませる物語性。そして、できるだけ多く、多様な方々が継続して交流できる「参加性」。こうした要素を満たしたプログラムを創りあげていきたいと、当センターでは考えています。

水の文化楽習 プログラムづくりの切り口

水の文化楽習 プログラムづくりの切り口

水の文化 楽習プログラムの創り方・遊び方 はじめの一歩

楽習プログラムづくり−それは、人をまきこみ、楽しませるシナリオづくりです。何が楽しいのか自分がわからなければ、他人に伝えられません。これから始まるのは、「自分の住むまち」を題材に想定した、ある物語です。

水の文化センターの研究スタッフAと、今は高校の教師になっている大学時代の同級生B 、そして、地方でまちづくり活動に参加し、今はそこのNPOの事務局長になっているC が、久しぶりに会って居酒屋で話し込んでいます。

このあいだ、こんな手紙をもらったんだけど、どう答えたらよいか困っているんだ。知恵かしてくれない?

 はじめまして。私は、ある地方都市で小学校の教諭をしています。子供達に何とか自分たちのまちの自然や文化を伝えたいと思うのですが、具体的にどうしたらよいかわかりません。良い方法を教えて下さい。

ふーん、いまだにこんな質問が来るのか。こんな質問を手紙にする前に、まず、思い立ったが吉日。街の中をぶらついてみればいいんだよ。何をするかテーマが決まってから」「目的を決めてから」…こんな重苦しいことを考えると動けないからね。

でもさあ、自分も教師だから、この質問の意味はよくわかるよ。「環境教育」が大事ということで本屋に行って事例集を見てみるんだけど、これがつまらないんだ。(笑)それと、こちらとしては、生徒の親や地元の人を巻き込みたいと思うんだけど、お互いなかなか忙しくて時間がとれない。積極的な先生は、地域のリーダーになりそうな人たちと日頃からコンタクトして活動しているけどね。

NPO活動をしていく時の基本は、まず地域にどんな資源があるか、その洗い出し。目的は分かっても、実現するための資源がどこにあるか分からないとそこで活動はストップしてしまうからね。自分達も、学校の先生や商店街の人たち、お医者さん、老人会、行政の人たち、多くのボランティア、大学の先生、いろいろな人達と組みながら、子供や親向けの社会教育活動をよくするけれど、意外と自分が住んでいる街のことってみんな知らないよね。水道はどこの川から来ているのか、排水はどこへいくのか、井戸がまだ使われているのか、どこにあるのか、あのうっそうとした林はいつからあるのか、昆虫が少なくなっているように思うけれど本当にそうなのか、住居の形態は他と違うのか、家同士のつきあい方は現在とどう違うか…いくらでも調べることってあるんじゃないかな。

フィールドワークの整理や、企画のアイデア出しをする時に、思いついたことや記録をメモやカードに書いて、よくまとめるけど、そういうのは使えない?

よく使うよ。自分ならまずこうするな。お医者さんが患者のカルテを書くように、いま自分たちの街がもつ水の文化は何があるのか、書き出してカード化してみるといいよね。「水の文化カード」だ。いわば、まちの水の文化資源データベースだ。
 そこには、たとえば、「船着き場」なら、船着き場と題名を入れて、いつからあって、誰が作って、昔はどのような使われ方をしていたとか何でもいいから書いていくわけ。それと大事なのは、そのことについての情報源。たとえば、「昔は、ここから渡し船が出ていた」なんていう話を聞いたら、それが何歳の誰から聞いたか。あとは、それについて詳しい人。たとえば、ある学校の社会の先生が専門的に舟運史を研究しているとか、市の博物館の学芸員の人が詳しいとか。これらを書いておくと、水の文化に関する、「もの、人、こと」の情報源データベースになるわけだ。

それを生徒たちと探検してまとめてみると面白そうだな。いや、生徒だけではなく、生徒の家族も一緒にできそうだな。カメラももって、写真も貼り付けてみるといいな。やはり、大勢の人間でやった方がおもしろいよ。

そうそう。自分達のNPOは、会報発行の他に、メーリングリストももっているから、お父さんお母さん達がそこで井戸端会議をやっている。そこで、そういう情報をみなさんから募集するという手もあるよね。ホームページで、みんなが撮った写真を公開してもおもしろい。

 ウンウン。その通り。でも、そこまでなら、ただの調査だよね。それを、どう楽習プログラムにしていくわけ?

そこが腕の見せ所さ。「自分たちの街の水の文化を伝えていこう」とかまずテーマを立ち上げて興味をもった人を募る。そして第1 回のミーティングを開くんだけど、そこで必ず「飲み食い」をする。やっぱり人間って、食べてリラックスすると、なぜかお互いの信頼関係が何となく生まれて、頭が回転し出すんだな。そこで、おもむろに、みんなで集めた水の文化カードを大きいテーブルの上に並べて、わいわい、がやがやしゃべりながら、「これとこれはつながるね」「これは私の田舎の船と形が違う」「じゃあ、こんどそこへ行ってみようか」とかね、「調べたものを、商店街の人たちにもっていったら、来週の商店街のイベントで掲示板を出すから、貼って発表してくれ」なんていうのもあるしね。

なるほどね。つなぐことが大事なわけだな。テーマもそう。人もそうだね。

そう。一人で調べるならこつこつ調査勉強すればいいんだよ。でも、思いがけない発想とか、活字になっていない情報を発掘するには、やっぱりみんなでわいわいやりながら、情報を共有していくことが必要なんだな。そういうことをやると、次の調査の時は「分かっていて質問する」ことになるから、相手も余計に興味を持って聞いてくれることになる。

それよくわかるな。それと、教師の立場から一言いうと、わいわいやりながら楽習すると、人によって気づきがある。これは年齢関係なし。おもしろいことに、お年寄りの方から同じ話を聞いても、生徒に報告させると、個人によってニュアンスの置き方が違ってくる。当然だよね。いままで何となく、頭の中でもやもやしていたものが、話を聞いて考えてみることではっきりと気づくようになる。このプロセスが本人も面白いんだね。だから、最初から「カリキュラム」をかっちりと決めるとだめね。むしろ、気づきのプロセスを大事にして、「おもしろければ途中でどんどん変更しよう」ぐらいの気持ちで臨むと、長続きするんだろうな。

世代をつなぐことも大事なんだな。

そう。なんとなく地域の人たちが世代を越えてつながってくる。すると、だんだん活動が盛り上がってくるんだ。

ポイント1

フィールドワークカード化
【フィールドワーク】
まず、みんなの情報を文字化して共有しよう。人によってこんなに解釈が違うのかと驚くはず。

ポイント2

みんなで楽しく、組み合わせる
【テーマのデザインと気づき】
ここでブレーンストーミング。カードを見た思いつきをどんどん書いてアイデアを出し合おう。

ポイント3

とにかく、つなぎまくる
【ネットワーキング】
テーマをつなげる、人をつなげる、できごとをつなげる、とにかくつなぎまくる。すると、いろんな関わり合いが生まれ、グループが活発化する。

水の文化カード

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    機関誌 『水の文化』 7号,編集部,環境学習,環境教育,プログラム

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