機関誌『水の文化』11号
洗うを洗う

第四回 水の文化楽習 実践取材
おとなが楽しまないと子どもに伝わらない アメリカの自然教育プログラムが仙台の屋敷林<イグネ>文化の知恵を伝えるために「地元化」するとき

屋敷林の中にそびえ立つ樹齢200年の欅 その欅の下で、イグネの暮らしを体験する子供たち

左:屋敷林の中にそびえ立つ樹齢200年の欅
右:その欅の下で、イグネの暮らしを体験する子供たち

今回取り上げたのは、仙台を拠点に活動展開している特定非営利活動法人(NPO)「水環境ネット東北」。「水360度!水に関わることは何でもテーマにしよう」と肩肘張らずに活動を続けてきた団体です。 水環境ネット東北が取り組んでいる主な事業に、「プロジェクト・ワイルド」という環境教育研修会の実施があります。これは野生生物から生態系保全や人間の果たすべき役割を考えようという、米国生まれの「環境教育プログラム」。この環境教育プログラムを体験した人が地元に戻り、仙台の屋敷林(イグネ)に残る昔の暮らしを子どもたちに伝えようとがんばっています。米国の環境教育プログラムがどのように「地元化」されていったのかを興味深く見てきました。

編集部

イグネ(居久根)

仙台では屋敷林を「イグネ」と呼んでいる。屋敷林とは、家屋の敷地内に、防風などの目的をもって植えられた樹木帯のこと。仙台平野は山から吹き降ろす北西からの風が強く、主に杉、欅(けやき)、桧(ひのき)等が植えられた。加えて、防風という目的以外にも、家普請の材料としたり、ざるやかご、桶など、日常に使われるものの素材を植えた。屋敷林は全国にあるが、その名称は「クネ(秋田、山形など)」「カゼグネ(八丈島)」「カイニョ(富山)」「ツイジマツ(島根)」など、土地により様々。 仙台市若林区には、このイグネに囲まれた大規模農家集落「長喜城(ちょうきじょう)」が残っている。垣根を越えてイグネに足を踏み入れると、しっとりとした土や枯葉があり、用水路が内外を巡っている。中には、母屋や蔵の他にも屋敷神を祀る祠があり、イグネの北西の外側には先祖代々の墓がまとまってある。長喜城では200年以上も前から「木を伐ったら、必ず植えろ」と言い伝えられてきたという。

  • 上:若林区でも、もっとも大規模なイグネが残る農家集落「長喜城」、庄子家の入口。

    若林区でも、もっとも大規模なイグネが残る農家集落「長喜城」、庄子家の入口。

  • 屋敷の北側には東西に流れる水路を中心に、竹林、杉などの常緑樹、落葉樹が渾然一体の体を成す。屋敷林と呼ばれてはいるが、その密度は森レベル。この水路は、道に面した側溝とつながっているが、コンクリートで固められたそれとはその機能が同じものとは到底思えない。

  • 母家の玄関に使われている建材は、すべて屋敷林から調達したもの。下駄箱の戸板も、板戸も、上がり框(あがりかまち 土間から座敷に上がる間に設けられた板敷)も継ぎ目のない一枚物。

  • 水路に隣接した水場(左)や独立した厠(右)の配置も、他ではなかなか見ることができない、貴重な存在だ。

  • 上:若林区でも、もっとも大規模なイグネが残る農家集落「長喜城」、庄子家の入口。

「いづい」ことはしてこなかった

1993年に市民や行政・専門家が意見を交換する「東北水環境交流会」が白石(宮城県)で開催されたのを機に、特定非営利活動法人水環境ネット東北はスタートしました。毎年1回の交流会を重ねながら着実に活動を広げ、いわば、市民と行政のパートナーシップを当初から意図して動いてきた団体です。1999年にはNPO法人の登録を行い、現在、NPO社員としては20数名、その他の会員は約170名、周囲のサポーターまで合わせると数百名もの大所帯になります。

専務理事の高橋万里子さんは、子どもの頃から広瀬川とともに育ってきました。市民活動を結びつける役割を果たす「インターミディアリー」を20年も前から実践し、さまざまな水に関わる市民活動団体を、今も仙台を拠点に結びつけています。このあたりの言葉で『居心地の悪い』という意味で使われる『いづい』という言葉があります。いづいことはやめようと言いながら、人との出会いを楽しみに続けてきましたと、高橋さんは言います。あくまでも自然体を崩さない。この肩肘はらない姿勢が、水に思いをもつ人々を惹きつけているようです。

しかし、高橋さんのこの自然体には理由があります。子供を育てていた頃に、PTAの先輩に声を掛けられて、生協などの役員に推挙されました。それらの活動の携わりの中で、石鹸運動や食品添加物など、環境問題に出会ったのです。

「社会活動をしていた頃、県庁の人に会って、こちらの要望を伝えるとそれだけで満足してしまうという人もいました。一方、市民活動でしっかりとした提案をしている人もいるのに、行政の側では早く帰ればいいという姿勢が見えることもあり、自分の活動へのむなしさを感じたり。一緒に活動をしている人達に『ちょっと違うのではないか』と言うと、私たちおばさんにはわからない理屈を言われました」

そういう頃に、広松伝さんの映画『柳川掘割物語』を上映したりして、次第に運動の輪が広がってきました。ちょうど1992年頃から、行政の側にも市民と共に自治を行う必要があるという動きも生まれてきたそうで、そこから市民と行政が協力して『東北水環境交流会』が、そして東北のネットワークづくりが始まりました。

集まってくれた人々は、口をそろえて「おもしろかった」と言ってくれたそうです。当時は市民と行政の間には暗黙の対立があり、一緒になっておもしろがるというのは考えられないという時代。高橋さんたちの自然体という姿勢には、長い市民活動の経験から出てくる知恵が光っているのです。

特定非営利活動法人「水環境ネット東北」専務理事の高橋万里子さん

高橋万里子さん
特定非営利活動法人
「水環境ネット東北」専務理事

プロジェクト・ワイルド

水環境ネット東北の活動は、「東北水環境交流会の開催」、「水環境研究会の開催」、「川づくりのプロ育成セミナー開催」、「東日本水回廊舟運調査研究会」などバラエティーに富んでいますが、中でも、昨年から始めたプログラムに「『プロジェクト・ワイルド』指導者ワークショップ」があります。「プロジェクト・ワイルド」は米国で開発された、生き物を題材とする環境教育プログラム。環境を「教える」のではなく、どう考えるか、どう対処するか、「考えること」を伝えるのが特色で、そこが普通の環境教育とは違う点です。それを水環境ネット東北が、講習会として取り入れました。第2回は一泊二日で小岩井農場で行われ、市民、学校の先生など約30名が参加しました。

水環境ネット東北は、産・官・学・野の連携を目指しているので、企業とどのような提携ができるかというのも大きな検討課題でした。幸い、小岩井農場はネイチャーゲームなどのプログラムを集客活動に活かしており、プロジェクト・ワイルドの開催協力に快く応じてくれ、9人の職員が参加したそうです。

「考えることを考えるというのがプロジェクト・ワイルドの真髄ですね。気づきを生むように、うまく組まれています。『オーディア(鹿)!』というプログラムは、ファシリテーターの先生が『人間は何が必要かな』と部屋の中で聞きます。参加者は『家、食べ物、水、衣服』とかいろんなことを言いますね。『では、鹿に必要なものは?』と続けて考えさせ、共通して必要なのが、水と食べ物と住まいだと気づいたら戸外へ出ます。そこで半分の人は鹿に、半分の人は水と食べ物と棲み家になります。『鹿』の人は自分が今欲しいもの、『水・棲み家・食べ物』の役割の人々は、自分がなりたいもの、これを同時にゼスチャーします。鹿が『自分が欲しい』と思ったものが『水・棲み家・食べ物』の中にあったら連れてきて、今度はその人々も鹿になるし、残ったら死んでしまういう決まりを作る。それを何度か繰り返し、鹿の数、棲み家の数、水の数、食べ物の数の記録をとってグラフ化していくのです。

様子を見ている先生は途中でやってきて、『みんなで水にならない?食べ物にならない?』と提案します。これは、人為的に開発が入ったことを意味します。そのことは、鹿の人にはわからないようにして、1、2の3と始める。するとたくさんの鹿が死ぬけれど、ゼロにはならない。そういうことを繰り返して、終わった後に、みんなで考えます。

ファシリテーターからは『ゲームにしちゃだめ』と言われました。ゲームにするとそこで終わってしまう。つまり、ゲームはハレの場で、その瞬間に意識が高揚して終わってしまう。そうではなく、そこからスタートするということです。動きとしてはハレだけれど、その後に、日常に戻してやることが重要と言われました。環境教育を、自分の日常の場でどうやって生かすかが重要なのです」

プロジェクト・ワイルド

プロジェクト・ワイルドは、アメリカ合衆国で幼稚園から高校までの生徒を指導する教育者向けに開発された、生き物を題材とする環境教育プログラム。参加者の気づきや理解から始まり、段階的に生態系の原理や文化などの知識、管理や保全などへの人間の役割、価値観の多様性や環境問題の構造を認識した上で、野生生物と自然資源に対して責任ある行動や建設的な活動を身につけていくことを目的としている。全米各州の教育局及び資源管理局の代表者により組織されている環境教育協議会(Council of Environmental Education :CEE )が運営しており、今では、アメリカでもっとも広く使用されている環境教育プログラムの一つである。アメリカ、日本の他にも、カナダ、チェコ、インド、アイスランド、スウェーデンでも導入されている。

プロジェクト・ワイルドでは「生息地の重要性」を基本的なテーマとしている。生息地とは「ある生物の生息条件を満たす、食料、水、隠れ家、空間が適切に配置されたもの」と定義する。野生生物が生き残るために必要なのは「生息地」。

生物が絶滅の危機にさらされる最大の原因は「生息地の消失」だ。「生息地」や「生息地消失の問題」に気づき、そして、最終的に自分たちが環境や生物に対して、責任ある行動ができるよう、プロジェクト・ワイルドは、次の7つのステップの項目から構成されている。

1.気づきと理解、2.さまざまな価値観、3.生態系の原理、4.管理と保全、5.文化と野生生物、6.傾向、問題点及び結果、7.人間の責任ある行動

※(財)公園緑地管理財団のプロジェクト・ワイルドH P より引用。
「プロジェクト・ワイルド」についてのお問い合わせは(財)公園緑地管理財団プロジェクト・ワイルド事務局にお願いします。
電話:03‐3431‐4865 E ‐メール:projectwild@prfj.or.jp
ホームページ http://www.projectwild.jp/

左:みんなの情報交換の場となっている水環境ネット東北の事務局。右:水環境ネット東北の活動報告書 左から『東北水環境交流会1994』『`97東北水環境交流会inふくしま』『東北の「川」ワークショップ』『第2回東北の「川」ワークショップ』『東日本水回廊構想検討会』

左:みんなの情報交換の場となっている水環境ネット東北の事務局。右:水環境ネット東北の活動報告書 左から『東北水環境交流会1994』『`97東北水環境交流会inふくしま』『東北の「川」ワークショップ』『第2回東北の「川」ワークショップ』『東日本水回廊構想検討会』

体を動かすと、心も動く

実際にプロジェクト・ワイルドに参加した中には、学校の先生もいました。大友佳代子さんは女子高で社会科を教えている教師で、高橋さんとは15年来の友人です。ゲームをしている自分が楽しくて、子どもの頃に帰ったみたいだったと振り返ります。

大友佳代子さん

大友佳代子さん

「子どもの頃、学校の周りに田圃とか小川とか学校の森があって、そこを掃除したのが楽しかった。でも、今の子はそういう体験がないのね。プロジェクト・ワイルドに参加してみて、自分の考え方が変わりましたよ。今までは屁理屈だけ。新聞読んで、テレビニュース見て、教員用の指導書読んで、10数年間環境問題に携わってきたけれども、屁理屈だけでは人に何かを伝えられないと分かったことが、青天の霹靂だった。頭だけではなくて、体を動かすと心も動くんだなと思って、生徒との接し方が変わってきたというのが自分にとって一番の収穫」

日頃は「先生」と呼ばれる立場の有識者と、似たようなワークショップを体験したことがある、と高橋さん。「そういう人たちも、人に何かを伝えるという側面で見ると、『ああ、頭だけなんだな』ということがわかった。生徒は、学校の先生でしたが、私には、ものすごく覇気のないおじさん、おばさんばかりに見えました。参加意欲は薄いのに、ファシリテーターから指示されたことは、すぐにこなすんですね。わたしは、一つ一つのプログラムがすごいおもしろかったのに、その人たちはただ淡々とこなしていたという、妙なところに感心してしまいました」

とにかく、これはおもしろいと思い、東京のNPOエコ・コミュニケーションセンターが制作した『ファシリテーター入門』の「水の旅」というプログラムを参考に、さっそく水の循環を理解してもらうためのキットを作りました。

参加者と水の物語をつくるための双六

動物、植物、地下水、土、湖、雲、川、海の陣地の間を、サイコロを振って移動する。各陣地にはそれぞれ、次の行き先が書いたサイコロが用意されており、そのサイコロをふって『土』が出たら『土』に行く。『土』から『雲』に行く場合は、その水の形状、つまり水蒸気になりきって、水の動きを真似をする。それを記録して旅行記を書いてもらう。その後に、種明かし。サイコロを降ってみてどうだったかを聞く。海に行った人は川に行けましたか?気づいている人もいるわけですが、海に行ったら休みか雲にしかいけない。実は、各陣地に置いてあるサイコロの目も、水の循環比率を反映させて作られている。

  • 陣地とサイコロの展開図 海のサイコロを振っても、6分の4の確立でそこに留まることになる。
    『ファシリテーター入門』には、サイコロと陣地を上のイラスト図のように絵画で表現してあったが、高橋さんたちは、簡単にできる文字表現とした。 サイコロと陣地は、淡い色彩で区別されており、陣地とサイコロがばらばらにならぬよう配慮されている。

  • NPOエコ・コミュニケーションセンターが制作した
    『ファシリテーター入門』
    問い合せ先:TEL.03-5982-8081

まちづくりの目から見ると

プロジェクト・ワイルドに参加して得た「人に伝える技術」を、水の文化の伝承に生かしているのが、地元で設計事務所を開き、まちづくり活動を行っている西條芳郎さんです。

西條さんは仕事でまちづくり活動を行っているだけに、ワークショップには縁が深い人。それでも「環境教育というと、本当の自然環境の中で教えることしかイメージしてなかった。けれども、いろいろと道具立てをすれば、山や川に行かなくても、場所を選ばず、大勢の人に、環境について考えてもらうことができるのかと思い驚きました」とプロジェクト・ワイルドが教えてくれたノウハウのすごさを語ってくれました。

さらに興味深いのは、「環境教育というと、すぐに『開発は良くない』となるわけですが、プロジェクト・ワイルドの中では、開発でもどの程度ならよいか、その場合はどのような結果を招くのか考えるメニューがある。そこが参考になったし、おもしろかったですね。子どもたちに話すときにも説得力があります」

プロジェクト・ワイルドの持つ「気づき」のプロセスが、将来のあるべき町を想像し、そこにいたるいくつものシナリオづくりを行うツールとなることに西條さんは気がついたわけです。その西條さんが取り組んだのが、屋敷林と子どもたちを結びつける「イグネ探検」活動です。

  • 仙台市内に設計事務所を開き、まちづくり活動を行っている西條芳郎さん

    仙台市内に設計事務所を開き、まちづくり活動を行っている西條芳郎さん

  • 左:水環境ネット東北の事務局長富永恵子さん 中央:プロジェクト・ワイルドの講習会に参加したエデュケーター小山田準さん

    左:水環境ネット東北の事務局長富永恵子さん
    中央:プロジェクト・ワイルドの講習会に参加したエデュケーター小山田準さん

  • 仙台市内に設計事務所を開き、まちづくり活動を行っている西條芳郎さん
  • 左:水環境ネット東北の事務局長富永恵子さん 中央:プロジェクト・ワイルドの講習会に参加したエデュケーター小山田準さん

イグネは家だけではなく家族を守る輪

イグネとは屋敷林のことで、この地方特有の呼び名です。屋敷林そのものは、主に防風を目的に家を囲んで植えられたもので、全国に見られます。ただ、仙台のイグネが他の地域の屋敷林と異なるのは、広瀬川から取り込んだ用水堀がイグネに囲まれた農家の内外を巡っていること。つまり、イグネとは屋敷林と用水堀が一体となったものなのです。あえて言うならば「水の文化遺産」(今も利用されているので、正確には「遺産」ではないのですが)と呼んでも過言ではないでしょう。

仙台市若林区には、このイグネが約60 戸程残っています。若林区は仙台駅から広瀬川添いに仙台湾に向けて平坦な土地が広がった区域で、約13 万人が居住しています。典型的な住宅地域で、仙台の「水のふるさと」と言われ、広瀬川から水を引いた用水堀が広がっています。

西條さんは10年以上前からイグネに注目していました。イグネは家を守るだけではなく、家族の歴史をも守る輪。地域住民の心をつなぎ、あたたかく囲むことで、地域の心のイグネを作れたらいいと、「イグネの再興」を唱えたのです。ただ、当時はまだバブルの余韻が残っていた頃で、イグネの持つ価値は地元の人々たちに充分に理解されていませんでした。郊外にはイグネがまだかなり残っていたため、あたりまえのものと思われていたこともありました。しかし、やがてイグネはどんどん無くなっていき、「若林区の住み心地の良さ」をまちぐるみで考えたいという思いも強くなってきたのです。

そこで、西條さんたちは2年前から若林区とともに「青年や子どもたちにまちのことを考えてもらう場を作ろう」と、地元の商店主・学校の先生・主婦・土木関係者など約10 名のコアメンバーで、若林区の郷土の自然を知ってもらうプロジェクトを開始、その一つが「イグネ探検」だったのです。

長喜城庄子家でのイグネ探検 左:屋敷林では収穫まで体験できる。 中央、右庄子さんに、敷地内にある祠の前で「中にはとぐろを巻いている蛇の像とお札が並んでいます」と説明を受ける。

長喜城庄子家でのイグネ探検
左:屋敷林では収穫まで体験できる。 中央、右庄子さんに、敷地内にある祠の前で「中にはとぐろを巻いている蛇の像とお札が並んでいます」と説明を受ける。

イグネに残る水の文化を子どもたちへ

イグネ探検が終わると、一カ所に集まってコアメンバーや子どもたちが「よかったこと、悪かったこと、こうしたいこと」といった意見や感想を出し合います。何よりも子どもたちにとっては、「家が水で囲まれていること」が驚きだったそうです。水道が完備されながら、水が見えない普段の生活とは違う世界を、子どもたちは自分の目で発見したのです。

「たとえば、今はどろどろになった用水堀も、『これがきれいになったら、何して遊べる?』たずねると、こちらから押しつけるのではなく、自分たちで考えて感じてもらえる。子どもたちが考えるきっかけを作れればよいのです。子どもたちに、まちの歴史や環境、文化にふれる機会を提供する。大人の役目はそこまで。それをもとにどのように将来を考えてもらうかは、子どもの自由です」

西條さんは、屋敷林「イグネ」を、望ましいコミュニティのイメージとしてとらえています。

「今までのように開発をスクラップアンドビルドでとらえるのではなく、まちの歴史を知り、イグネのようにみんなで囲んで、世代をつないだ地域のコミュニティを作ることがこれからのまちづくりの考え方だと思います。すると、仙台・若林区の場合は、やはり広瀬川の活用を考えることが大切。水の流れを地元から考えると、グローバルなまちづくりに通じるのではないでしょうか」

水の文化遺産は一人では守れない

2000年10月、2001年8月に実施されたイグネ探検に参加したのは、若林区の小学生(1〜6 年生)延べ人数で約30名。訪れたのは、若林区でも、もっとも大規模なイグネが残る農家集落「長喜城」の庄子さんのお宅。庄子家は200年以上もこの地で農家を営んでおり、4世代が共に暮らしています。

「自分たちの区にどういう環境が残っているのか知らない子がたくさんいる。昔の暮らしが残っているイグネの中を見せて、用水堀で大根を洗ったこととか、ザリガニをとったことを話したり、庄子さんから先祖からの暮らしをうかがったりします。ブナの木に聴診器を当てて、水の音も聞きました」

庄子さんも、蔵の中の昔の蝋燭台や生活用具や農具を出して、子どもたちに見せてくれました。また、肥えだめを見たり、木のつたでブランコをしたり、七夕かざりの竹をもらってきて道具を作ったり、昔の五右衛門風呂も見せてもらったり、現代っ子にとっては初めての経験ばかり。

「イグネは用水堀と一体となったシステムで、昔からかなり高度な水利用がされていました。今は水道だけですが、用水堀があって、その流れと家庭の生活がつながっているのだということを知ったことが一番良かったですね」

一方、子どもたちにイグネを案内した庄子さんも喜んでくれました。イグネを守っていくには、大きな手間と費用がかかります。イグネを伐採し住宅用地にしてしまった農家も多く、イグネを残していくことがいかに大変かを物語っています。長喜城でも、住民が高齢化し、はたして現在のようなライフスタイルを守っていくことができるのかどうか確かではありません。庄子さんも、もう自分たちだけで長喜城のようなイグネを守り、後世に残していくことは無理かもしれないと思っています。むしろ、次の世代の子どもたちにイグネの価値を知ってもらい、みんなで守ってくれれば心強いと思い、子供たちの体験学習の申し出に積極的に応じてくれたのです。

  • 長喜城のイグネは、数少ない『水』との境界線が見当らない住宅環境と呼べるでしょう。 日本の原風景をしっかり心に焼きつけてほしいと「イグネ探検」は開催されました。
    右下:水路にはザリガニが沢山いるのだが、近づくと泥の中に隠れてしまう。写真中央に、泥の中からハサミを2本右下の方へ突き出しているのが見えるでしょうか。

運河で子どもたちと船にのる

西條さんたちは、今年は子どもたちと運河で遊ぼうと計画しています。

「若林区には貞山運河というものがあります。木曳堀、新堀、御舟入堀の総称で、木曳堀は1 6 0 1年に開削されました。これは北上川から松島湾を通って続いていたのですが、その一部が現在も残っています。秋にはそこで子どもたちと船に乗り、地引き網を引いて楽しもうと思っています。運河ができたのは今から4 0 0 年ほど前。そういうまちの歴史とまちづくりを考えるのに、プロジェクト・ワイルドの技術は参考になります。仙台の人々でも、北上川からこの運河を使って米を運んだということを知っている人は、意外といません。仙台港を作ったために、途中で途切れていますが、かつては阿武隈川と北上川が運河でつながっていたことも、知らない人のほうが多い」

西條さんは、子どもに期待しています。「やはり、ふれあう機会を増やさないとね。子どもはおもしろいことを考えるから。子どもたちが自分たちのまち、若林区をどうしていくのか考えてもらわないと、われわれ大人の明日もないですから」

こう語る西條さんに、高橋さんは一見正反対の言葉を返します。「将来を子どもに託するのは、今の大人のエゴ。今の大人が、きちんと自分たちの住み良い環境を作らなかったら将来はないのに、将来の大人に将来のことを考えてもらおうというのは、責任放棄もいいところ。大人が自分の責任を果たして、子どもは自由に次を生きていく。渡す人が、次のことを子どもに考えてもらうというのは、虫がいいのではありませんか」そして、水環境ネットとしては、大人たちが今やるべきことをきちんとやるということが、未来を作ることにつながると考えています。「伝えることはできても、教えたり変えたりすることはできないし、だいたいおこがましいでしょう。だからこそ自分が楽しいことは、積極的にするのです。決して『あなたも楽しいでしょう』とは押しつけないことが大切です」と高橋さんは言います。

でも、実は二人の言っていることは「大人が楽しまないと、子どもに伝わるわけがない」という共通した思い。それこそが「子どもにどうしたら伝わるか」ということを考え抜いて達した結論と言えるでしょう。

プロジェクト・ワイルドという環境教育プログラムが、イグネを題材にした水の文化を子どもたちに伝える活動として「地元化」していった秘密。それは、「自分が楽しいと思ったことをする」という大人が忘れかけた、人間本来の姿にあるようです。

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