機関誌『水の文化』12号
水道(みずみち)の当然(あたりまえ)

水道は当然か

編集部

水道、見えないのに安心できるシステム

交通システム、流通システム、システム家具・・・。世の中にはいろいろなシステムがある。システムは人がつくったものであるから、それをコントロールする考え方を必ずもっている。

中でも水道は厳格な考え方を要求するシステムの一つである。衛生的な水を需要に応じて安定して供給しなくてはならないからだ。大勢のいのちを支えるシステムだけに、そこには曲げることのできない大切な原理があり、水道法がその規準となっている。

以前、水道局の方に、下水道維持についての苦労話を聞いたことがある。定期的に下水道が詰まる場所があり、調べてみると近くにあるラーメン屋が原因だったそうだ。その店はテレビでも紹介される有名店で、大量のスープを流すためにラードが冷えて固まり、詰まってしまうのだ。担当者は、通報を受けると、真夜中であろうとすぐに飛んでいき、復旧にあたる。この話を聞いた時、私たちの目には見えないところで、水道は大きく暮らしと関わっているのだなと思った記憶がある。

そう、水道というシステムのキーワードは「見えない」ことにある。

そんなことはない。台所、風呂、トイレなど、すぐ見えるところに水道はあるではないか、と思うかもしれない。しかし、それは水道の末端であって、蛇口の先、つまり、取水口から浄水場までの間で水をどのようにきれいにし、我々のもとに給水するかという水道のシステムを見た人は、ほとんどいないはずだ。ましてや、水源涵養林から水がどのような経路でつながっているのかまで探っていくなど、都市の水循環と自分の家の蛇口とを結びつけるのは至難の業だ。

もしも途絶えてしまえば、日常生活が成り立たないほど大切な水を供給しているのに、システム全体が見えない。この見えないシステムをわたしたちは、なぜか当然(あたりまえ)と思い、安心してしまっている。

実は、「この見えないもの」を守っていこうというところに、水道の難しさがあり、利用する側の意識や習慣が重用視される由縁もある。

今重要視されるべきものは、私たち「利用者」が水道を使うときの感覚や、その根底にある考え方、すなわち水道利用者の文化についてである。

時代と場所により水道利用文化は異なる

数万人〜数十万人の人々に水を常時給水することが、いかにたいへんかということは、ちょっと考えただけでも容易に理解できる。これまでの歴史の中で、都市を造った人々の労力はさぞかし大きかったにちがいない。

マッシス・レヴィ/リチャード・パンシェク『都市ができるまで〜インフラストラクチュアからみた都市のはなし〜』(森北出版、2001)は、都市をどのように造るかを、子どもにもわかりやすく説明したテキストだ。内容の半分は、水の運搬、灌漑、トイレの水の処理に割かれている。水を得やすい所に都市を建設することは、為政者にとって必要不可欠なことであったのだ。

日本でも、飛鳥、平城京、平安京といった古代の都が、水を得やすい地に造られたことは、よく知られている。この原則は時代を下っても変わらず、城下町は各水系の要所につくられた。

堀越政雄の『日本の上水』(新人物往来社、1995)、『水道の文化史』(鹿島出版会、1981)では、江戸時代の城下町の水道を紹介している。水源の形態と消費地までの距離、利水や灌漑の方式、配水ルール、排水の方式などにより、水をめぐる城下町都市生活の一面を推測することができる。

  • 『都市ができるまで〜インフラストラクチュアからみた都市のはなし〜』

  • 『日本の上水』

  • 『水道の文化史』

この水道が、私たちの暮らしとどのように結びついてきたのかを語っているのが、榮森康治郎の『水と暮らしの文化史』(TOTO出版、1994)である。著者は給水技術の専門家であるだけに、技術的な解説も非常にわかりやすいが、何よりも人々の生活習慣と水道のつながりが豊富な写真・絵で当時の様子が想像できる。この中では、東京でも大正の末ごろまで、江戸川の水を飲む人が多く、その水で淹れたお茶の味もよかったと紹介されている。さらに「水売り」という商売があったことが紹介されている。

「商売人にはいろいろある中で、水売りほど珍しいものはないであろう。売るのも珍しいが買うのも珍しい。もし、世の中にこのような商売があると言えば、いなかにいて水に不自由なく生活している人は、うその話と思うだろうけれど、東京ではよくこれを見る。(中略)その商売をする者は土工または桶屋等、いずれも本業を持って片手間にやっているが、桶の長さ90センチばかりの細長いもので、上に蓋を覆い、砂塵の入るのを防ぎ、一荷2〜3厘で売り歩くのもあるけれども、多くは月決めで毎朝水瓶いっぱい汲み入れ、一カ月25銭ぐらいと定めているという。だから、水に不自由していない者は、桶に二杯三杯の水をいたずらにまき捨てているが、一年3円に近い値を払って水売りの水を買い入れる者を見れば、どんな気持ちになるのであろうか。世の人は水を買う人の不自由を思って、一滴の水も無駄にしてはならない」
(『世事画報』明治31年10月)

この話は、かつて都市生活者にとっても水はあたりまえのものではなく、「苦労して獲得するもの」であったことがよくわかる。この記事が書かれた年の12月に、東京の近代水道、すなわち「鉄管を用い、濾過した浄水を連続して供給する有圧の水道」が通水する。水道利用文化に時代の差があるように、国による差があるのも当然といえる。鯖田豊之の『水道の思想〜都市と水の文化史〜』(中央公論社、1996)は、日本の水道が海外、特にヨーロッパと異なるのは、ヨーロッパが水源の選択を重視すること、そして、水質汚染のリスク分散のために水源を分散することと述べ、チューリッヒやシュツットガルトの水道事例を紹介している。

確かに日本の水道法では、水道の目的を「清浄にして豊富低廉な水の供給を図り、もつて公衆衛生の向上と生活環境の改善と寄与すること」としており、水源の選択については、ほとんど視野の外におかれている。日本の水道は確かに衛生施設なのであるが、衛生を実現するためにとった手段が、ヨーロッパとは大いに異なるのである。

さらにこの書では、食事の際に水を飲む習慣が、ヨーロッパには元々なかったことを紹介している。代わりに飲んでいたのはアルコール。その代用品として後に登場したのが、ミネラルウォーターである。その点は日本でも同様で、かつて食事のときに飲んでいたのはお茶であった。そのお茶が水に代わるのは戦後のことで、アメリカ人の食生活スタイルが普及してきたためであるという。水での洋風食事に次第に慣れた日本人は、1970年代に塩素の過剰投与で水道水の味が落ちると、ミネラルウォーターの購入に走るようになる。1980年代のミネラルウォーターブームの要因はここにあるという記述を読むと、「衛生的な水道水を飲む」ということが、当たり前には感じられなくなってくるのだ。

  • 『水と暮らしの文化史』

  • 『水道の思想』

水道の安心と水道への信用は別

さて、衛生的であることが当たり前のはずの日本の水道について、生活者の意識調査がよく新聞に掲載されている。その中には「水道水には不満がある人が何%」という結果が必ずと言っていいほど見受けられ、当センターで実施した「第8回水にかかわる生活意識調査(2002年)」でも、水道に10点評価をつけてもらう質問での全国平均点数は6.3点。不満の要因で一番上げられた第1位が「おいしくない」で60%だった。

だが、これを見て、そういうものかと水道に漠然とした不満を覚えるのは早すぎる。水道への安心と、水道への信用は、全く別の事柄だからだ。

安心と信用の区別を注意深く説明したのが山岸俊男の『信頼の構造〜こころと社会の進化ゲーム』(東京大学出版会、1998)だ。本人の言葉を借りて要旨のみを述べるなら、「信用する」とは、不確実な状況を自分で判断して「大丈夫」と思うこと。これに対して、「安心する」とは、そのような不確実性は存在しないものと思い「あたりまえ」と思うことである、という。つまり、水道水を例にとれば、自分で蛇口の水を判断して「大丈夫」と思うことが、水道を信用することであり、判断もせずに大丈夫なことが当たり前と思っていることが、水道水に安心を抱くことである。

だから、水道に一定の合格点を与えながらも、供給された水に不満を抱いている調査結果は、「水道に安心を抱いているが(つまり、当たり前と思っているが)信用はしていない」ということとも受け取れる

『信頼の構造〜こころと社会の進化ゲーム』

いつから水道は当然になったのだろう

このように考えてみると、コレラ流行を止める衛生的必要を大きな目的としてできた近代水道は、人々に安心できる水を与え続けてきたと言えるかもしれない。それ以前の川の水、井戸の水など水道の他にも「近くてきれいな水」があったころは、用途に応じて使い分けることはごく普通のことだっただろう。しかし時代は下り、高度成長期に8 割まで広がった水道の普及率は、2000年には96.5%を越え、いつのまにか蛇口は見慣れた風景となった。一方、川の汚染が進み、都市河川に蓋がされ、使える井戸も減少し、水は蛇口をひねることでのみ得られるものになった。現在40歳より下の世代にとっては、居住地に差があったとしても、そのような水道が当たり前だったはずだ。こうして、水について判断する場面もなくなっていった。

そして今、水道水への当たり前感が揺らいできている。と言っても、揺らいでいるのは水道水の質への安心感であって、量に対してではない。利用者は蛇口からまずい水が出るかもしれないとは思っても、断水したり、シャワーを流しっぱなしにして頭を洗うと1週間分の飲み水に相当する量の水が消費されるなどとは思っていないだろう。つまり質は信用できないが、量に対しては安心しているのである。

水資源 水使用形態の区分

水資源 水使用形態の区分

水が貴重になる時代の水道とのつきあい方

現在の社会の水消費量は、高度成長期から30年以上たつにもかかわらず、相変わらず減る気配がない。しかし、海外に目を転じると、中国の黄河が干上がる事例でも分かるとおり、灌漑用水すらも不足する地域が続出している。世界人口の3分の1は水不足に悩まされ、10億人以上がきれいな水を手に入れられない状態だ。水不足が問題となっている今、現代社会に生きる人間は、水循環に敏感にならざるをえない。つまり、水が「当たり前」のものから、徐々に、「貴重なもの」に変わりつつあるのだ。阪神淡路大震災の時、蛇口の水が実際に止まった。水が「当たり前」から「貴重なもの」に変わった時、人々は自分が調達した水を「安心」して使うのではなく「信用」して使うようになった。不確実・絶対的な水不足の中で、取水、浄化、利用、排水を自分の判断で行った。

一方、江戸時代のように浄水していない水を判断し、飲んでいた時代があったし、現在でもそのように水に接している土地がある。

震災と江戸時代の水道。時代も事例もまったく異なるけれども、ここには水が貴重であるがために、水を自分で判断し信用して使うという、人々と水とのつきあい方が共通して垣間見える。

とは言え、何もそのような昔の水道に戻れと言っているわけではない。水が貴重となってきた中で、蛇口から豊富な水が出るのは当たり前と感じてしまう「安心の水道」から、自らが水道水に責任を持つという「信用の水道」に私たちの見方を変えるにはどうしたらいいのかを問い直したいのだ。

農業用水、工業用水、生活用水というように何にでも水道の水を使うシステムが浪費を招くことは、容易に想像がつくことだ。この貴重な水の取水・給配水の方法として、これまでのような集中管理方式の水道や、現在の水道をあたりまえと安心して使うライフスタイルを見直してみたらどうだろう。

いろいろな水の一つとして「水道」を信用して使うことは、水消費量に大きな差が出てくるだけでなく、ライフラインとしての水資源を「見える水」として水使用者の手に取り戻すことにもつながっていくのではないだろうか。水道、川、地下水、水蒸気、すべての水の通り道があることを踏まえて、自分達のくらしている土地で多様な水資源を目的に応じて利用することは、水を生かす使い方、水の循環利用につながることだろう。

水道(すいどう)から水道(みずみち)

多様な水資源を目的に応じて利用することは、利用者にとってどのようなことを意味するのだろうか。この考え方を早くから提唱したのが押田勇雄編・ソーラーシステム研究グループの『都市の水循環』(NHK出版、1982年)。この中では「都市の中に水源を」と雨水利用の提言を行うなど、身近な水を使用することを提唱している。以後、この中の共著者でもある村瀬誠のグループは、雨水利用に関して積極的に提言を行っている。

『都市の水循環』

水みちを支えるのは、とりもなおさずユーザーである水道の利用者に他ならないし、目に見える範囲で近い水を守ろうという試みともいえるだろう。それには、まず何から始めればよいのだろうか。

第一は、多様な水源の水を、用途を判断して使用してみる。水道、雨水、井戸水など、いろいろな水を、飲み水、トイレの水、洗い物などの用途に応じて利用してみる。阪神淡路大震災の時に、苦労して集めたポリタンク2個分の水(1日の生活必要量)が、水洗トイレを2回流せばなくなってしまったという言葉の持つ意味を噛みしめたい。

第二は、身近にある水を守ること。雨水、井戸水などは使っていないと、メンテナンスはおろか、その利用に必要な知恵も伝えることができない。

郡上八幡でも観光のためにだけ水が残されたエリアはいつのまにか景観として「見られるだけの水」に変化してしまった。一方、水を使い続けているエリアの居住者は、地域と水に愛着を持ち続けている。井戸は使い続けていないと涸れてしまうし、それに伴う知恵も忘れられてしまう。

水を守る上では、「水があること」と「水を使うこと」はまったく違うということに気づくべきだろう。水に愛着をもつためには、水を使い続けることが一番有効なのだ。

水道(すいどう)を単なる水の出口ではなく、多様な水道(みずみち)の一つとして捉え直してみたらどうだろうか。

水道(みずみち)は誰が守るのか

水道(すいどう)を水道(みずみち)として捉え直してみると、水を公(おおやけ)で守っていけばよいのか、同じ地域に住む人々の力で守っていけばよいのか、市場の力で守っていけばよいのか、それらのミックスがよいのかという問題にも目を向けざるをえない。実は、決まった答えがあるわけではなく、考え方は各国がばらばらに持っている。海賀信好『世界の水道〜安全な飲料水を求めて〜』(技報堂出版、2002)を読むと、水道の衛生管理方法が国によって異なることがわかるし、三本木健治『公共空間論〜水と都市をめぐって〜』(山海堂、1992)では、水空間がなぜ公なのか、公のものを管理する主体・理由がどこにあるのかという発想から、国による意識の多様性を知らしてくれる。

さて、もし自分がまちのマネージャーになったら、どのような理想の水道システムを考えるだろうか。

第三に考えたい点だ。飲み水はどこから取るか。防火用水はどのように配置するか。用水はどのように保全活用するか。誰が何を目的に管理するのか。いわば夢の水道システムを自分で造って、理想のまちを考えてみるのだ。

現在のまちづくりにおいて、水はほとんどの場合、景観要素として意識されているにすぎない。しかし本来は、都市を守る上で重要な役割を持っていたはずである。

そう考えてみると、川、湧水、井戸、雨水などの水資源や、飲料、洗濯、トイレ、工業用水、農業用水など、多様な組合せに、改めて敏感にならざるをえないだろう。

  • 『世界の水道〜安全な飲料水を求めて〜』

  • 『公共空間論〜水と都市をめぐって〜』

パートナーシップで水道を守る

水道は地域と時代の個性を反映させた、つまり利用者の文化が反映されたシステムである。所変われば水道も変わる。途上国においては、都市衛生環境は、政府による上からのインフラ整備だけでもなく、住民による下からの参加だけでもなく、双方のパートナーシップにより整備していくことの重要性が認識されている。そのことは、人と水との距離が、より近いということを物語ってはいないだろうか。

パートナーシップというとあやふやに感じるかもしれないが、阪神淡路大震災の成果と言われた「自律と連帯」により生まれる人間関係と呼んでよいし、協力関係と呼んでもよいだろう。「使うこと」とともに、信用を取り戻すためのもう一つのキーワードは「パートナーシップ」であると言っても過言ではないと思う。

みんなの財産として水道(すいどう)を守ろうと思えば、水道(みずみち)の一つとして自分の蛇口を意識し、社会全体の水消費量を減少させることを無視することはできない。これこそが「信用の水道」への第一歩である。

蛇口の水がもしも止まったら、わたしたちの暮らしはどうなるのだろう。当たり前と思って今まで気が付かなかった、ちょっとした発想の転換で、みんながそれぞれの場所で自分の水利用を見直してほしいものだ。それが、水道を信用することへの出発点になるのではないだろうか。

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