機関誌『水の文化』19号
合意の水位

オランダモデル
21世紀型合意形成のあり方

長坂 寿久さん

拓殖大学国際開発学部教授
長坂 寿久 (ながさか としひさ)さん

1942年生まれ。明治大学卒業後、日本貿易振興会(ジェトロ)入会。主として調査部門を歩き、シドニー、ニューヨークに駐在。1993年から1997年までアムステルダム所長。現在、ジェトロ及び(財)国際貿易投資研究所の客員研究員、NPOファミリーハウス理事長も務める。 主な著書に『オランダモデル』(日本経済新聞社 2000)他。

オランダはアルプスを源流とするライン川、マース川、スヘルデ川の三角州にできた国である。まさに低地の国である。ライン川の支流のアムステル川に堤防(ダム)を築いてアムステルダムを、マース川の支流のロッテ川に堤防を築いてロッテルダムという街をつくった。オランダは水を治めることによってこの国をつくり、17世紀にはこの国を世界最初の覇権国とし、「黄金の時代」を創出し、株式会社や金融会社の元祖をつくった。

オランダには、「政府=NGO=企業」の3者が対等なパートナーシップで話し合って合意を形成しつつ経済社会を運営していくという独特の合意形成システムがある。これを私は「オランダモデル」と呼んでいる。この3者の協働による合意に基づく意思決定システムが21世紀型モデルとして世界の大きな流れになっていると私はみている。

これまでの意思決定システムは、たとえ民主主義国でも実態的には「政府=企業」の2者の合意によって案が策定され、多数決(あるいは強行採決)によって意思決定されてきた。オランダモデルは、そこに市民の代表としてのNGO(非政府組織)が対等なパートナーとして参画するモデルである。オランダでは、こうした意思決定システムのほうが結局、より早く、より低コストで、より良い決定ができるという体験をしてきたのである。

例えば、アムステルダム飛行場の拡張計画が挙がると、政府と企業の合意による案は1〜2年ぐらいででき上がるであろう。しかし、それを提案しても地域のNGOなどから多くの問題点が指摘され、反対され実現を見ないで終わる。そして数年後にNGOの意見も取り入れたとして新しい案を出しても、結局は最後は裁判までいき、いつになったら実現できるか見通しが立たなくなる。

しかし、最初からNGOを入れて案をつくり上げていくと、案の策定には数年かかるが、いったん案が策定されると、実現に見通しが立ち、結局それが一番早く、しかもより良いものが実現されることに気づいたのである。

オランダが政策事項の議論に、最初からこうしたNGOセクターの参加を得て合意を図っていく方式は、この国の治水の歴史が大きく影響しているといえよう。オランダのような低地では堤防は一カ所でも決壊したら大問題である。しかし、アルプスからの雪解けや降雨による水害や、北海の嵐による水害はやってくる。人々は堤防の守り方について侃々諤々(かんかんがくがく)の議論をするが、水害がやってくるまでには合意をし、皆で持ち場を守る。人々は議論のための議論ではなく、合意に達するために実際的に議論しているのである。

また、この国の人々は、堤防を守るという点で、皆対等な立場に立っている。堤防は一カ所でも決壊したら終わりなのだから、皆で堤防を守るために、ヒエラルキーのある組織より、皆が対等な平たい組織をつくり上げたのである。カルビニズム(プロテスタント)はまさにそれに合致したのである。

さらに、自分たちの堤防を守ることを通じて自治組織ができ上がっていき、オランダの自治体の基礎をつくったが、同時に人々は自分自身が参加してこの国をつくり上げるという、政府だけに依存しない社会の仕組みをつくっていった。それが3者で話し合って合意しつつ運営していく経済社会システムである。

「民主主義の赤字」という言葉があるが、民主主義はそのままでは機能しないことを私たちは知っている。民主主義を機能させるサブシステムとして、この3者の合意による経済社会の運営システムは21世紀型モデルとなろうとしているのである。

オランダの治水の歴史が、オランダ社会を再び世界のモデルにしようとしている。



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