機関誌『水の文化』19号
合意の水位

オランダ ジョーク

後藤 猛さん

コンサルタント(オランダ在住)
後藤 猛 (ごとう たけし)さん

1970年東北学院大学卒業。その後、オランダに渡り、ヨーロッパと日本を舞台にビジネス・コーディネーション活動を行う。司馬遼太郎著『オランダ紀行』(朝日新聞社、1991)に水先案内人として登場。

武士道、つまり真剣勝負の精神が日本の商人の規範だとすると、リラックスした微笑みと、巧みな自己宣伝がオランダのビジネス精神のようだ。真面目一点張りでは気が張りすぎてストレスがたまり、やがて過労死の原因になりかねない。情報収集を丁寧に行なったり、周りの環境に敏感に反応する点で、富山や近江の商人はオランダ的である。でも、あまりオランダ的に行き過ぎると、気ままに振る舞い、「時間にいい加減だ」、「真剣みがない」などと非難されてしまうかもしれない。

毎年、数多くのオランダ人が日本へ、東洋のビジネス哲学を学びに集まる。それがちゃんとしたビジネスになっているぐらいだから、日本人の生き方はよほど宇宙人のそれに近いと思われている。

その学習内容は別にして、日本で授業を受けているオランダ人の楽観性と期待と夢が教室内の暖かい雰囲気を醸し出しているという点で、日本のビジネススクール風景とは大きな違いがある。この環境こそが「オランダのジョーク」を生み出す媒体にもなっている。

欧米のジョークの代表は4月1日のエープリルフールだが、オランダにおけるその歴史は日本の古典落語より古く16世紀のはじめにさかのぼる。変わりやすい春の気候と聖書、ゲルマン民族の伝統が重なり合い、春の到来を喜び、身分も地位も越えたリラックスした対話やコミュニケーションがその起源になっているようだ。

今から20年前の1985年4月1日午前8時に、オランダ放送協会のVARAラジオから「今日のニュース」の第一号が飛び出た。

話題は日本のオランダ買収であった。

「数年前、日本の長崎にできたオランダ村が、オランダ最大のアーネム野外博物館を購入することが決まり、本日10時よりこれを記念してアーネム野外博物館を皆様に無料で開放し、数々の日本の伝統行事が催され、日本料理も無料で提供されることになりました。そこで長崎オランダ村の社長に代わりアムステルダム在住の後藤猛に本日の予定を簡単にインタビューします。おめでとうございます。如何ほどの価格でこの野外博物館を購入したのですか」

悪のりした私は

「くわしい数字は言えませんが、本日、オランダ中の皆様を無料招待し、すき焼き、寿司、焼き鳥、しゃぶしゃぶなどの日本料理のすべてを無料で提供しても、この購入額のかけらにもなりません」

「本日、日本から来ていただいた伝統の出し物はなんですか?」

「まずは、歌舞伎、日本舞踊、大相撲、和太鼓、空手や剣道、お茶、生け花などの日本の伝統文化が盛り沢山のイベントです」

「本日、これがアーネムの野外博物館で無料で見られるのですか?」

「もちろん、お金は頂きません」

「どうもありがとうございました」

放送後、放送局側からこの真相を午後の1時まで、誰にも話さないようにと口止めされた。

無料ということで、なんとこの放送で集まった人が午前中で3000名以上に達したと聞いた。もちろん、博物館側は放送どおり入場料は無料にした。しかし、そこには無料の日本のイベントもおいしい日本のお弁当もなかった。それでもこの3000名のオランダ人は大笑いをしても怒りはしなかったという報告を聞いた。

まさに今、日本に必要な余裕とユーモアではないだろうか。

オランダのジョークで一番頻繁に聞かれるのは、「ベルギー人が如何に抜けていて、粗忽者であるか」とか、「ドイツ人が如何に不器用で、機転がきかない国民か」などだが、相手も相手で、それを聞いて一緒に笑い、お返しに「オランダ人が如何にけちで、淡白であるか」を語る。

「日本人と中国人や韓国人の間には、このようなジョークのコミュニケーションはないのか」とよく尋ねられるが、そんなことを言ったら喧嘩や戦争になるのが関の山である。アジアでは、残念ながらこの手のジョークは差別待遇としかみられない。

日本人とオランダ人の一番の違い。それは自己紹介能力の違いだ。自己紹介はできるだけ楽しく、興味を誘う個人プレーでなくてはならない。ここでジョークが大きな社会的コミュニケーションの役割を果たす。

戦国時代の戦では、日本人も個人プレーをした。それが江戸時代に忘れ去られ、明治になると個性が重んじられない大国式軍隊教育が導入され、今では世界で最も個性がなく、自己主張や自己展開ができない国民になってしまった。日本のビジネスマンも、ジョークを学ぶことで、ストレスのあまりない個人プレイヤーになれるのではないだろうか。

そこで一つ、「ガソリンの高値が続く、今日のオランダ人とベルギー人の会話」


最近、ガソリン代が高くなり、ベルギーのガソリンスタンド(オランダではガソリンスタンドはすべてセルフサービス)をオランダ人が車でうろうろしている。オランダよりベルギーのほうがガソリン代が安いからだろう! それもそうだが、前の人の残ったガソリンを、ただで(無料で)給油しようとして、スタンド内をうろうろしているのさ。


 ガソリン代が高くなった上、渋滞もひどくなり、車は売れない。特に中古車は頭打ち。そんなオランダの中古車会社にベルギー女性が中古車を買いにきている。

「オランダで中古を買うとだまされると聞いたの。ちょっと試し乗りしていい?」

「もちろんですとも」

しばらくして

「あのベルギー女性は半日も経つけども、まだ戻ってこない。どうしたんだろう? ヤン、見て来い!」

「はい」

いました。いました。

ヤンは海岸で彼女と車を見つける。

「どうして裸になって、ここでお休みですか?」

「中古に乗るとだまされると言ったでしょう」
(オランダ語ではだまされると襲われるは同義語)

ヤンは続ける。

「いや、だましてはいませんよ! ちゃんとベルギー人用にワイパーを車の内側へつけていますよ(ベルギー人は、いつもつばを飛ばしながら大声で話すとからかわれる)。それにカーブを切るためにナイフもちゃんとつけておきましたからね」

「まぁ、オランダ人って本当に親切ね!」

(カーブを切る、とナイフの掛け言葉)

  • アムステルダム港に浮かぶニュータウン、ジャワアイランド。街並みには、オランダ人とは切っても切れない関係にある運河や橋が、近代デザインで再現されている。

    アムステルダム港に浮かぶニュータウン、ジャワアイランド。街並みには、オランダ人とは切っても切れない関係にある運河や橋が、近代デザインで再現されている。

  • オランダ国内にはここ以外にも、奇妙とも思えるオブジェがあちこちにある。実は、公共事業を行なう際に「芸術」を取り入れること、という法律があって、芸術家に予算が割り当てられ、結果的に芸術保護となっているそうだ。

    オランダ国内にはここ以外にも、奇妙とも思えるオブジェがあちこちにある。実は、公共事業を行なう際に「芸術」を取り入れること、という法律があって、芸術家に予算が割り当てられ、結果的に芸術保護となっているそうだ。

  • ゼーランド州ミデルブルグ広場の片隅に何か怪しげなモニュメント。

    ゼーランド州ミデルブルグ広場の片隅に何か怪しげなモニュメント。「椅子に座って、穴を覗いてみてください」 プレートに書かれたとおり、素直に椅子に座ると、椅子の下からいきなり水が吹き出してビックリ。

  • アムステルダム港に浮かぶニュータウン、ジャワアイランド。街並みには、オランダ人とは切っても切れない関係にある運河や橋が、近代デザインで再現されている。
  • オランダ国内にはここ以外にも、奇妙とも思えるオブジェがあちこちにある。実は、公共事業を行なう際に「芸術」を取り入れること、という法律があって、芸術家に予算が割り当てられ、結果的に芸術保護となっているそうだ。
  • ゼーランド州ミデルブルグ広場の片隅に何か怪しげなモニュメント。


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