機関誌『水の文化』19号
合意の水位

オランダNGOが考える人の手 コントロールされた自然

コントロールされた自然



編集部

農業は自然を守ることにつながらない

アムステルダムの南東に車で20分ほど走ると、ナーデルメーアと呼ばれる自然保護地域がある。ここを管理しているのが、自然保全を目的に活動しているNGO、ナチュールモニュメンテンだ。

このNGOが設立されたのは1905年(明治38)。今年で、ちょうど創立100年を迎えることになる。設立のきっかけはアムステルダムの都市問題だ。この時期アムステルダムは急速に人口が増え、都市域が拡大していった。そして、このナーデルメーアをゴミ処理場にしようという計画が持ち上がったのだ。その反対運動に端を発するのがこのNGOである。結局、ナショナルトラストのように、ゴミ処理場計画に反対するメンバーがお金を出し合い、土地を購入して管理保全が始まった。

そのNGOも今や95万人の会員を擁するまでに成長した。オランダ家庭の4分の1が加入しているというから驚きだ。この支持を背景に、常時500人が勤務する大組織となっている。

ナチュールモニュメンテン協会のステラーホフさんは、オランダの自然保護政策を次のように説明する。

「オランダ政府は、あと25万haの自然環境を確保しないと、自然が人に侵されていくと言っています。それを、当初2000年(平成12)までに達成しようとしましたが、3%しか達成できませんでした。その25万haをどう捻出するかは、農地を自然保護地域に転換するしかありません。この25万haという数字は、政府と農家と自然保護団体の合意で出された数字です」

さらに、

「オランダの背骨は自然環境にあります。海、島々、ポルダーなど、失われそうな自然を私たちは買ってきました。しかし、買って守るだけでは充分ではないということに気づきました。生きものが生きていくためには、それを囲む環境までケアをしないといけない。なぜかといえば、農地として使われれば水を汚し、空気を汚す。道路と交通が発達すれば環境が汚される。2018年(平成30)までには、当初の目標を達成しようとしています」

ここでは、農業も自然環境を汚す要因として意識されている。

「今のオランダ政府は、同じ温暖化の影響でも洪水のほうを問題視していますが、洪水を救うのは自然地域であって、自然地域が乾燥してなくなれば遊水池もなくなり、洪水は防げません。今までは洪水を防ぐのに、コストがかさむ土木工事に依存していました。しかし我々は自然地域を遊水池として保全することで、洪水を防ごうと考えています。この方法の有効性をわかっているから、オランダ家庭の4分の1が、ナチュールモニュメンテンの会員になっているのです」

洪水を防ぐのに、遊水池は有効という観点からは、よく理解できる話だ。

ただ気になったのは、農地を守ることは、そのまま自然を守ることにもつながるのではないだろうか。

「確かに、オランダでも100年前は、農地を守ればよいと考えていました。100年前の農地には、確かに、草が生えていて、カエルがいて、魚がいました。でも、今は農薬等が使われたためか、草は生えないし、動物もいなくなってしまった。これは自然とはいえません」

これがステラーホフさんの答えだった。

  • ナチュールモニュメンテン協会 ニコスさん(左)ステラーホフさん(右)

    ナチュールモニュメンテン協会 ニコスさん(左)ステラーホフさん(右)

  • ナチュールモニュメンテン協会 ニコスさん(左)ステラーホフさん(右)

コントロールされた自然

自然保全地帯ナーデルメーアは広大な湿地帯となっており、その中に池が点在している。ボートで中に分け入ると、水と草が生い茂った遠方には森が見え、鳥の声しか聞こえてこないというような環境だ。環境への影響を最大限に考慮して電動ボートを使っているが、わずかなモーターの振動もスイッチを切るとまったくの静寂が訪れる。しかも水は、底まで見える透明度だ。このような所がアムステルダムから16kmの場所に保全されているのに驚きを覚える。

浄化した水を入れているから、と平然と答えるステラーホフさんにさらに訊くと、周囲の水草も定期的に刈っているという。自然に遷移して森にならないように手を入れているというのだ。

日本で、「尾瀬沼の水は浄化処理して、余計な草も刈り取っています」と言われたら、かなりの人が違和感を覚えると思うのだが、いったい、彼らの考えるnatureとはどういう意味なのだろう。

「人の手が加わっていない自然は世界中探してもほとんどないでしょう。自然というものは、絶えず人の手が加わっているものです。要は人と自然のバランスが大事なのです」

ナチュールモニュメンテンは水管理委員会(ウォーターズカップ)とは仲が良いという。さらに、オランダ人なら誰でもがウォーターズカップとは仲良しだろうともいう。

オランダでは、NGOが水管理の一端を「自然保全」という形で担っている。ただ、その場合の「自然」の意味は、日本人が思う「自然」とは違っているように思う。オランダでは人工的にコントロールされていても、生態系のバランスさえとれていれば、それが「自然」なのだ。日本では、使うことで生活と調和して維持されるという自然観や、何も手がつけられていないことを良しとする自然観が存在する。

このように国によって、時代や背後の条件によって自然観が変わることはよくわかる。これから目指すべき「自然」の姿とは、いったいどのようなものなのだろうか。



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