機関誌『水の文化』19号
合意の水位

コントロールする社会を支えるのが
NGO・NPOセクター オランダモデルから見た日本



長坂 寿久さん

拓殖大学国際開発学部教授
長坂 寿久 (ながさか としひさ)さん

1942年生まれ。明治大学卒業後、日本貿易振興会(ジェトロ)入会。主として調査部門を歩き、シドニー、ニューヨークに駐在。93年から97年までアムステルダム所長。現在、ジェトロ及び(財)国際貿易投資研究所の客員研究員、NPOファミリーハウス理事長も務める。 主な著書に『オランダモデル』(日本経済新聞社、2000)他。

参加型合意への転換

民主主義の赤字という言葉があります。この言葉が初めに使われた背景には、EU統治機構に属するすべての国の、一人ひとりの国民の民意を、EU議会が反映しているのかという問いかけがありました。民主主義といっても、最善の制度ではない。しかし、そうは言っても、民主主義よりも良いシステムは今のところありません。ですから民主主義をうまく機能させるためには、どのようなサブシステムが必要かを探る必要が生じるのです。

「民主主義は多数決」で決定をするわけですが、その多数派の中にも多様な意見があります。また、民主主義で選ばれた人が正しいことをするとも限らない。しかし、多数決をベースにした民主主義しかないことも事実なのです。そこでプロセスが重視されるようになりました。

20世紀には、合意とは、「みんなが同じ意見になること」でした。ところが、21世紀になると「多様な意見を認め合うこと」に変化していきます。つまり「合意」の意味合いも、時代によって変わっていくのです。合意形成のプロセスが重視されるようになって、求められるリーダー像も、「みんなの思いを形にして、仕組みをつくる」タイプの人が求められるようになりました。この潮流は、世界的なものと言ってよいでしょう。

パブリックはみんながつくる

ヨーロッパでは市民と政府、企業が話し合いで公共のことを決める文化がありますが、オランダは特にその傾向が強い国です。

なぜでしょうか。

やはり、水の管理を通した結束というのが背景にあるでしょう。堤防は1カ所でも決壊したらおしまいですから、住む人みんなが必死になって守ります。洪水がくるまではさんざん議論しますが、洪水がきたらどのように守るか結論を出さなくてはならない。ですから、議論のための議論ではなく、結論を出すための議論をします。

さらに、洪水になれば一致団結して水に立ち向かわなくてはならないので、カトリック組織のようなヒエラルキーは不要です。対等な人間としての価値観は、プロテスタントの信仰とも合致したのではないでしょうか。

また、オランダは世界で一番NGO・NPOセクターが発達している国です。予めお断りしますが、ここではNGOとNPOは同じ意味で使っています。1990年代に入ってNGO・NPOが急激に発展した背景には、ソ連の崩壊があります。米ソの冷戦構造が終結したことで、政府の役割が小さくなり、援助競争よりも地球的課題に注目が集まるようになったのです。それまで政策は政府と企業によって決められてきました。日本ではヨーロッパのようには理解されていませんが、本来NGO・NPOには、政府と企業に加えて第3のセクターとして政策に参画することが求められます。

オランダ、そしてヨーロッパのように、市民が活動する歴史がある国には、受け入れやすい存在でしょう。しかし日本におけるNGO・NPOは法的にも「特定」であって、活動もまだ低調です。

この背景には、日本が近代化する際の国づくりを間違えたことがあると思います。象徴的なことは、パブリック(Public)という言葉を「公共」と訳したことです。パブリックの本当の意味は「みんなのこと」ですが、「公共」の「公」はそれまで政府のことと教えられてきたために、「民」ではなく「お上」の意味になってしまいました。ですから、「政府が中心で、市民は何もしなくていい」という考え方で明治憲法も民法もつくられています。また、そのように学校や親から教えられ、何か社会的に悪いことがあれば政府のせいにして済ませてきたのです。

しかし、ヨーロッパなどで「政府が悪い」と言ったら、「それで、お前たちは何をするんだ?」と問われることになります。「みんなのこと」を政府がうまく処理しないならば、自分たちが代わりに行動を起こすことは当然のことです。ですから、欧米では公益活動をしようと人が集まれば、書類に記入するだけで、すぐにNGO・NPOが設立できます。

さらに、ほとんどの先進国にはチャリティーの発想が根づいています。寄付行為も、所得の1割までは領収書があれば税額控除できます。でも、日本ではそういうことは考えられていないし、そういう国づくりになっていません。教育や社会構造がこれでは、チャリティーやボランティアの精神が育つはずもない。多様な意見を社会に反映させようと考えるのならば、政府と企業に加えて、NGO・NPOの層を厚くすることは不可欠なのです。

NGO・NPOのパワー

合意の変化、NGO・NPOの役割の増大という具体的な例は、オリンピックの歴史に見ることができます。

2000年(平成12)に開催されたシドニーオリンピックは、環境NGOが最初から参加した初めてのオリンピックでした。環境ガイドラインをオリンピック委員会とNGOが一緒になってつくり、それを開発業者や関係者に守らせました。

かつて国際オリンピック委員会は、二つの問題を抱えていました。一つはなかなか資金が集まらず、採算が取れないこと。これについては、1984年(昭和59)のロサンゼルス大会のときに、大幅な事業民営化で解決し、以後、オリンピックは世界最大のスポーツイベント化していきます。もう一つの問題は、自然環境が破壊されるため、開催地の住民から必ず反対運動が起きることです。テレビで見ている限りでは気づきませんが、これまでの大会では、反対派のデモ隊が開会式のスタジアムの外に詰めかけていたのです。この問題を解決するために、シドニー大会では、準備の最初の段階から環境NGOが参加し、ガイドラインをつくりました。その結果、シドニーではデモが起きませんでした。

シドニーオリンピックは「グリーンゲーム」と呼ばれ、国際的に評価されました。以来オリンピック委員会は、シドニー方式をオリンピック誘致のための条件にします。アテネオリンピックはシドニー方式を誘致条件にする以前に決まっていたので、2008年(平成20)の北京大会は、グリーンゲーム方式で誘致が決められた初めてのオリンピックとなり、中国では「緑色五輪」と呼ばれています。中国ではNGO・NPOが発展し、政府とのパートナーシップが進んでいるところです。

しかし、シドニー大会のことも、北京の「緑色五輪」のことも、日本には伝わってきません。関心が低いため、ニュースにしても注目されないので取り上げられないからです。教育や社会構造が変わらないとNGO・NPOの活動も盛り上がらないのです。

政府との協働

政府、企業、NGO・NPOの3者間の合意関係を見ると、政府と企業の合意は歴史も古く、盛んに行なわれてきました。しかし、政府とNGO・NPOの合意は多くはありませんでした。

ところが最近では、政府が、国際的な援助政策を発表するときに、事前に国内NGOと打ち合わせすることも多くなりました。なぜなら、政策発表後、国内のNGOが反対したら、国際的にもうまく政策を実現できないからです。

政府とNGOの合意により、世界の流れが変わることもあります。最近の例ですと、対人地雷禁止条約(1997年署名、1999年発効)が挙げられます。これは30年前から議論されてきた案件ですが、なかなか合意に達することができませんでした。ところが、NGOの国際ネットワーク「対人地雷禁止国際キャンペーン(ICBL)」が1992年(平成4)に全面禁止を提唱すると、その主張に賛成するカナダ、オランダ、ノルウェーなどの政府が一緒になり国際会議を開催しました。この時点で規範のカスケードと表現される、ある臨界点に達すると支持が一気に増大する現象が起きたのです。いつの間にか、「賛成しないほうがおかしい」という国際的な雰囲気ができ上がり、1年半のうちに採決されました。同時にこれは、国際機関以外の場で初めて成立した条約でもあります。ちなみに、ICBLは1997年(平成9)にノーベル平和賞を受賞しています。

また、気候変動枠組み条約(1992年署名)と京都議定書(1997年締結)に取り組んだ、NGO「気候行動ネットワーク(CAN:Climate Action Network)」の役割も大きかった。CANがなければ、京都議定書に数値目標まで盛り込まれることはなかったでしょうね。

NGOが参加し、提案権を持ち、政府が役割を広げていく。特定の政府とNGOが協働して新しい枠組みをつくるという例もあるのです。

パートナーシップ戦略へ

政府に続いて、NGO・NPOは企業ともパートナーシップをとるようになりました。

NGO・NPOは、かつて企業や政府を激しく攻撃する戦略をとっていました。これが、企業などとパートナーシップを組む戦略に転換されるようになったのは1990年代です。1992年(平成4)にブラジルのリオデジャネイロで開催された地球サミットで、政府とNGOはパートナーであるという決議が行なわれています。これを機に、NGO・NPOの側も、パートナーシップ戦略をとるようになっていきます。

企業とNGO・NPOがどのようなパートナーシップをつくるのか。その典型的な例となったのが、1995年(平成7)にロイヤルダッチシェル(以下、シェル)とグリーンピースの間で起こった、ブレントスパー事件です。

ブレントスパーとは、北海のブレント油田(シェトランド諸島の北北東190km)で採掘された石油を貯油するためにシェルが所有していた井桁(スパー)のことです。シェルは耐用年数が過ぎたスパーの処理を、専門家と相談して深海投棄が一番よいと判断し、イギリス政府の了承も取りつけました。

しかしそのすぐ後に、グリーンピースが「これから10年間に耐用年数をすぎるスパーが300本ある」と情報を流し始めたのです。それを全部深海投棄するのか、と問題になり、全欧でシェルの不買運動が起きました。ドイツのコール首相(当時)も反対を唱え始め、シェルの売り上げは一時的に7割も下がりました。

そこでシェルは決定を撤回し、その後2年間かかり企業理念をつくり直したのです。1997年(平成9)、その答えとして出したシェルのコンセプトが「トリプルボトムライン」です。「我が社は経済的な利益だけではなく、環境と社会を全経営プロセスに組み入れる」つまり経済的利益、環境、社会という三つの機軸を持つという考え方です。

実は、CSR(企業の社会的責任Corporate Social Responsibility)の理論化は、このコンセプトに端を発しています。CSRというのは、企業とNGOがパートナーシップを組んでつくり出した新しい経営システム論なのです。

一方、シェルを告発したグリーンピースも、そのときの扇動的なやり方が公平ではなかったため、ダメージを受けます。そこで、双方が歩み寄ってパートナーシップを組もう、という解決策がその後中心になっていきます。

実際に何かを変えようと思えば、国際条約を変えねばならない。条約署名権を持っているのは政府ですから、政府と一緒に活動しなくてはできることに限界があります。さらに、企業が持っている社会的影響力は実に大きく、政府と企業とパートナーシップを組むことが、社会を良くしていく早道だと理解するようになったのです。日本におけるグリーンピースのイメージは、1995年(平成7)以前の先鋭的な団体、というところで止まっています。こうした情報が伝わってこないことも、NGO・NPO活動の妨げになりますね。

企業の社会貢献も、かつては従業員や株主に利益を配分し、同時に社会にも配分するという考え方でした。現在は、経営のすべてのプロセスで環境と社会の問題を意識しなければ社会貢献ではない、というところまで変わってきています。

コンセンサス社会のプロセスマネジメント

オランダで、政府、企業、NGOの三者のパートナーシップで、コンセンサスをつくる仕組みができ上がってくるのは、19世紀末ごろからです。各省が政策案件毎に審議委員会を設置し、その数は500にも達しました。現在では、NGO・NPOも委員会に参加しています。変化に素早く対応するために、500あった委員会を80ぐらいに減らそうという動きもあります。

政府の役割は、委員会の出した報告を執行することといってよいでしょう。オランダは計画の国とよくいわれます。オランダでは政府が緩やかな計画をつくり、実行は自治体がすればいいという考え方があり、都市計画もその一つです。そのほうがより良いものができるという考え方で、財源も自治体が持っている。計画も3年ぐらい毎に変えられています。

オランダの合意形成ですが、合意というのは三者の譲歩によってwin - win 状態をつくることです。いかに人の話を聞き、信頼関係をつくれるかが重要なポイント。合意形成の前提としては、次のようなルールがあります。

(1)最初の段階からNGOの参加を得る。
(2)参加者は対等のパートナーシップである。
(3)ギブ・アンド・テイクによるwin - win状態の達成。
(4)担当者は合意への交渉の事前研修を受ける。
(5)プロセス・マネージャーが実質的な権限を持つ。

このプロセスマネージャーというのは、話し合いの全プロセスを承知し、問題解決のための提案を行なう役割を担います。事前の根回し、考え方の提示、規制案の提案、必要な行政的措置(法的措置等)への提案等も、各プロセスに応じて行ないます。プロセスマネージャーに求められる資質は、課題への専門性、行政的知識、NGO・NPOへの理解など。

都市計画を例にしますと、NGO、開発業者、政府、建築家などをうまく束ね、必要に応じて議会に要求しなければなりませんから、力のある人間が求められます。ですから、この仕事には、自治体の助役級の人間が就いています。今、NGO・NPOのマネージャーを養成する大学院が世界中でつくられていますが、オランダではプロセスマネージャーを養成するコースもあります。

NGO・NPOを支えるサブシステム

さて、日本に目を向けると、こうした状態とはだいぶ異なります。何しろ、日本のNGO・NPOセクターの歴史はここ10年、始まったばかりです。

企業セクターには、それを支えるサブシステムが充実しています。融資制度、政府の補助金制度、中小企業庁の設立、業界団体の存在など、いくらでも挙げられます。 政府セクターも、公益法人の存在や、企業や大学などとの連携など、そのサブシステムはぶ厚い。

では、NGO・NPOセクターを支えるサブシステムがあるかというと、まだ何もない。やっと1998年(平成10)に特定非営利活動促進法が施行されただけです。「市民団体も法人になれるようになった」ことですべてが決着と思っているのが今の日本の状態です。

本当は、企業セクターと同様のサブシステムが、NPOにも必要なのです。

例えば、NPOに対して無担保低利で融資するような制度があるべきでしょうね。さらに、企業には「トリプルA」などといった評価制度があるわけですが、NPOにはありません。もちろん、無理してNPOを評価しなくてもいいのですが、募金を集めたいNPOに信用を与えるためには、評価機関というのは有効です。自分の家に「募金お願いします」と訪ねてきたNPOが確かな団体なのかどうか、評価機関に問い合わせできるような仕組みがあれば、もっと寄付する人も増えるでしょう。寄付金を集めるときは、評価機関でそのような評価をもらってから行くべきです。実際、ヨーロッパではそれが当たり前で、自治体が戸別訪問の募金を認めるのは、評価機関で評価されたNGOだけです。具体的な評価機関の事例としては、オランダ募金中央委員会があります。ここでちゃんと評価された団体には、中央委員会のロゴの描かれたシールの使用が許可されます。これにより、評価を得たNGOであるという証明になる。オランダ募金中央委員会はNGOで、このような評価機関はオランダにはここしかありません。ですから、信用が担保されているわけです。企業がお金を出し合いつくった組織で、設立から10年間ほど、政府も資金を出していましたが、今はほとんど出していません。

日本で評価機関をつくろうというと、多くのNPOが反対します。第三者が勝手に評価すると思っているからですが、募金を集めるというような場合、こうした評価機関は必要でしょう。また評価を受ける団体側も、経営計画、ポリシープランをつくることが必要でしょう。

コントロールの思想

オランダ方式というのは、社会的な問題をどのようにコントロールするかという考え方の上に成り立っています。これはオランダの文化というものでしょう。水にかかわることですから、立ち向かうべき問題の多くは、なくなることなどあり得ません。ならば、問題をなくそうとするのではなく、コントロールして小さくしようという発想で対処してきました。

麻薬問題も、マリファナを合法化し表面化させることでコントロールする。安楽死も実態として存在する以上、それを手続き的に認めた上でコントロールすべきという考え方なのです。

日本は、問題は起きないほうがいいと考えがちですが、問題は表面化させておいたほうがいいというのがオランダ的発想です。そして、その問題をアメリカは外科的に切除することで解決しようとしますが、オランダではいかにコントロールするかに知恵を絞ります。

コントロールを目的とした問題解決の方法は、21世紀には考えてみる価値があると思いますね。というのも、環境問題はまさにコントロールすべき問題だからです。日本において、本当の意味での改革がなされるためには、NGO・NPOセクターの層を厚くする必要があります。しかし日本のNGO・NPOは、アメリカからコンサルタントを下敷きにして入ってきているので、ヨーロッパ型とも少し違っています。京都議定書を批准したヨーロッパと批准しなかったアメリカの違いは、両者の問題解決思想の差を表わしていますから、日本も見直しが迫られてくるでしょう。

コントロール型問題解決のためには、できるだけ多様な意見、多様な問題が表面に出て、意見の違いを認め合いながら歩み寄るというシステムが求められます。それには企業とNGO・NPO間にもっと緊張関係が築かれて、合意形成の中でのNGO・NPOの責任性が明確になる必要があります。ギブ&テイクの世界で、NGO・NPOはいったい何をギブするのか。「民は何もしなくてもいい」という政府の仕組みを変え、国民のボランティア精神を引き出す仕組みづくりから始めなくてはならないでしょう。

人は体験によって変わっていきます。人が変われば、国も変わると思います。

スヘルデ川河口東スヘルデダムのネーヤンス博物館には、重たいものを工夫してコントロールすることを体感できる遊具が設置されている。

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