機関誌『水の文化』21号
適当な湿気(しっけ)

涼しさを分かち合い、窓を開けるための技術
微細水滴がつくる チョット涼しい屋外環境



辻本 誠さん

東京理科大学総合研究所火災科学研究部門教授
辻本 誠 (つじもと まこと)さん

1951年生まれ。東京大学大学院工学系研究科修士課程建築学専攻修了。名古屋大学教授を経て2004年より現職。 著書に『都市の地下空間』(鹿島出版会、1998)、『検証:災害とは何か』(リバティ書房、1997)他。

なごミストとは

微小な粒径の水滴(ウォーターミスト)をわずかなエネルギーで空気中に噴霧し、それが気化することで気温降下を実現する装置。これが「なごミスト」です。都市のヒートアイランド現象抑制を目的に開発しました。屋外及び半屋外空間での夏の環境改善を目指すことで、ヒートアイランド現象の緩和、夏季における不快域からのシフト、建物の空調負荷の軽減という3つの効果が期待できます。

顔にかかっても気がつかないくらい微小粒径な水滴を使用することを強調する意味で、当初は「ドライミスト」と呼んでいたのですが、ありふれた言葉だったので私が「なごミスト」と名づけました。

愛知万博の会場には長久手会場だけで17のミスト発生設備がありましたが、その内の3か所、すなわち、「グローバルループ」と「電気事業連合会のワンダーサーカス館」と「オーストラリア館」で我々が開発した「なごミスト」が使われました。

「顔にかかってもお化粧が落ちないようにしてほしい」というのが設置者からの要望でした。ワンダーサーカス館では1300人から感想をアンケート調査した結果、99%が「続けてほしい」というほど大変な好評で、開発者のほうが驚いているというのが正直なところです。

なぜこのような装置を思いついたのか。話は3年前にさかのぼります。

2002年春、建築環境の研究者が集まる会合に出席していたのですが、そこで屋上緑化の効果について疑問が呈されたのです。どういうことかというと、一般のビルであれば、太陽光線の約3割は屋上で反射され宇宙空間に戻りますが、もし地上に深い森をつくると、太陽光線をほぼ100%吸収し、地表面での熱収支は意に反して熱くなる可能性があるのではないかというものでした。

確かに2つの立場があり、屋上に森をつくったほうがいいという人もいれば、屋上をピカピカにしてできるだけエネルギーを空に返したほうがいいという人もいます。

しかし私の実感としては「そもそも森を屋上につくっても、管理する人なんかいないのではないか。人件費がかかりすぎて続くはずがない」と感じたわけです。もちろん、毎日屋上まで登ってきて手入れするのが楽しいという人はいます。ニューヨークのセントラルパークでは、1日1ドルでボランティアをするような裕福な人がいて、公園を守っている例もあります。でも、すべてのケースにおいてそんなにうまくいくはずがない。それならば、木を植えずに水だけを蒸発させることで、気温を引き下げる効果が出せるのではないかとというのがそもそもの発想です。つまり、緑化に固執せずに夏場の環境改善ができるのではないか、と考えたのです。

いくつかの企業とコンソーシアムを組み開発を進めましたが、苦労したのは、細かい水滴をいかに少ないエネルギーでつくるかということです。ミストを作るのにエネルギーがかかりすぎては、クーラーに対抗できません。試行錯誤の結果、肌にあたっても不満の出ない水滴の大きさで、家庭用クーラーと比較して、空気の温度を下げる能力では30倍の効果を出すことに成功したわけです。これは、水を直接60気圧に加圧して噴霧することで実現しています。

愛知万博の会場ではグローバルループの約4分の1、広さにすると、東京ドームとほぼ同じ面積になごミストを吹かせています。ミストの量は、クスノキ林の真夏の蒸散量を設計値にしていますので、東京ドームほどの森ができたのと同じと考えてもらえばいいでしょう。

しかも使用水量は、家庭用水道の蛇口が4つ。ポンプに使われる電気の量は家庭用クーラーの20台分しか消費していません。

屋上緑化による水分蒸散効果と、屋上緑化していないビルの反射は、ともに太陽エネルギーの3割を宇宙へ返す。どちらの方法でも地上やビルへの蓄熱は太陽エネルギーの7割。

屋上緑化による水分蒸散効果と、屋上緑化していないビルの反射は、ともに太陽エネルギーの3割を宇宙へ返す。どちらの方法でも地上やビルへの蓄熱は太陽エネルギーの7割。

とても暑いから少し暑いへ

心配されたことは、高温多湿の日本では、なごミストによって湿度が上がってしまい、蒸し暑くなるだけではないか、という点です。

実際に、気温30度以上、湿度70%以上の条件では、ミスト噴霧の効果が薄れます。

実験データでは、低い温度のときは、「暑い、寒い」といった体感温度は湿度に左右されないという結果が得られています。25度を過ぎたあたりから湿度の影響を受け始め、気温が高くなるほど、その影響は大きくなります。もしも気温35度の日になごミストを吹かせて32度に下げたとしても、とても暑いと感じさせるぐらい湿度が高い条件下では効果はありません。しかし、湿度が低く、なごミストを吹かせても70%以下に抑えられる程度の条件であれば、暑さは確実に減じます。

つまり、なごミストによる気温抑制効果(メリット)と湿度を上昇させるデメリットのせめぎ合いを考えた場合、気温30度以上、湿度70%以上というのが、一つのボーダーラインになるということです。

しかし、このような条件になるのは、名古屋地方気象台の1時間毎のデータで調べると、2001年では13時間、2002年は0時間でした。これなら十分に対応できる範囲です。

我々はあくまでも冷房と言わずに、環境改善と言っています。外はすごく暑く、内部は涼しい。その中間で、外部空間を「とても暑い」から「少し暑い」程度に涼しくすることを狙っているわけです。ちょっと涼しい空気が上から降りてきて、35度の外気を32度ぐらいまでに下げるという具合です。

もう一つ、なごミストのような水滴で加湿すると「ものすごく暑いけれど、湿度が低い」という状態、例えばバグダッドのような場所では、冷房効果を高めることができるということです。イランやイラクの留学生に話を聞くと「確かに、お金持ちは庭に大量に水を撒く」と話してくれました。

左図では、縦軸は気温、横軸は空気中の水蒸気の量をグラムで表している(絶対湿度)。青い曲線は、それぞれの気温における、湿度(相対湿度)100%の状態。

左図では、縦軸は気温、横軸は空気中の水蒸気の量をグラムで表している(絶対湿度)。青い曲線は、それぞれの気温における、湿度(相対湿度)100%の状態。補足であるが、空気は気温が高くなるほど、水分をより多く含むことができる。仮に気温25度で湿度100%(この時の水分量が飽和水蒸気量)のとき、同じ水分量でも30度になると湿度の数値は下がる理屈になる。このようにある気温の飽和水蒸気量に対する実際の水分量の割合いをパーセンテージで表したものが相対湿度である。なごミストを吹かせると、これら白い点は右下に移動する。つまり、気温は下がるが湿度は上昇するということである。
では、気温が下がり涼しくなる分と、湿度が上がり不快になる分との間には、どのような関係があるのか。横に伸びる3本の色線は暑さの感じが等しい点を結んだもの。気温が23度ぐらいのときは線が真横になっていて、気温が低ければ「暑い、寒い」は湿度に左右されないということがわかる。気温が25度を超えたぐらいから湿度の高くなった時点で線がカーブするようになり、「暑い、寒い」の感じ方が湿度の影響を受けることを示す。赤線より上では50%の人がとても暑いと感じる。ここでミストを使うと「とても暑い」環境から、「少し暑い」環境へシフトすることができる。

ヒートアイランド緩和に

なごミスト開発の第一の目的は、都市のヒートアイランド化を緩和することです。『水の文化17号』で、「汚れた水は自分で処理」と書いてありますが、下水を出すと下水料を取られるのに、クーラーの排熱を外にそのまま出してなぜ許されるのか、私にはわかりません。東京が大量に熱を使い、隣接した熊谷市が暑さでひどい目にあうのはおかしいのではないかと思っています。

一般に外気温が2度下がると、建物の空調負荷は5.6%低減され、空調機器の効率は5%向上すると言われています。この結果から言えば、なごミストが稼働しているときは、周辺の建物の空調エネルギーは約10%削減されることになります。

そこで、50m四方のオープンスペースでなごミストを使わせてくれれば、周囲の空調負荷が下がるので電気代が減ります。つまり、空間全体のエネルギー量はとんとんで、気温は35度から33度に下がります。

そのような場所を多数設ければ、熊谷に行く熱はぐんと下がるでしょう。都市の間でも、お互いに迷惑をかけるわけにはいきません。それを解消するためにミストを使ってくれとお願いしています。使う水は雨水でもOKです。

この方法によれば、全体のエネルギー消費を増やさずに都市の気温を下げることができるということで、ヒートアイランドの緩和につながります。

また、なごミストを使って局所的に気温を下げると、ダウンフロー(下降気流)が起こって、空気が動きます。京都の町家を思い起こしてください。うなぎの寝床のような奥行の長い構造の中ほどに井戸があって、ここで空気が冷やされてダウンフローが起こります。このダウンフローが表と裏の暑い外気に向かって動くことで、風が起こり涼感が生じます。つまり、なごミストは気温を下げることだけではなく、風を起こすことにも役立つのです。

住宅で使う場合は、大きい窓のある軒先の真下にミストが吹き出すようにします。ミストによる気温の抑制はいくつもの国ですでに行なわれています。

パリのポンピドーセンターの裏のパスタ屋の軒先でも使っています。ただ、問題は60気圧もかけて家でミストを作ろうとすると、かなりのコストがかかることです。これを何とか安くすることが、現在の課題です。ヨーロッパではノズルを工夫して微小粒径のミストを作ろうという系統と、水が掛かっても仕方がないという系統に分かれていて、後者はセーヌ河岸に砂浜を作るイベントなどに使われています。

面白いのは、駐車場につけてくれないかというパチンコ屋さんからの引き合いの話です。よく車に残された子供が暑さで亡くなるという痛ましい事故が報道されますが、そのような事態を防ぎたいということなのでしょうね。

パリのポンピドーセンターの裏のパスタ屋の軒先でも使われているミスト噴霧。

パリのポンピドーセンターの裏のパスタ屋の軒先でも使われているミスト噴霧。

なごミストと打ち水の違い

ミストと打ち水の効果は異なります。簡単に言うと、木の蒸散量と池の蒸散量は、微風状態ですと木のほうが3倍も多いのです。ですから池のそばにいても、実はあまり涼しくありません。言い換えれば森は池の3倍のミストを吹いてくれるともいえます。そういう意味で、打ち水と森を比べると、蒸散量では森、すなわちミストのほうが効果的です。

ただし、打ち水は日射が落ちたときに行なうと地表の表面温度をぐんと下げる効果があります。ですから、打ち水をするのは日が落ちたころに決まっていて、昼間にする人はいないわけです。適切なタイミングですれば、打ち水は地面の表面温度を下げる効果が高いのです。

緑化というのはその意味で効果が高く、木を植えるのに越したことはありません。しかし、名古屋でいったら繁華街の栄にいきなり森を造るのは不可能です。なごミストはあくまでも、ヒートアイランド現象の抑制を、緑化ではない方法で行なう、都市向きの現実的な対症療法と考えてください。

湧き水で、なごミストを運転したかった

私はセンブリの花が大好きで、道端でセンブリの花の咲く海上(かいしょ)の森で当初、愛知万博が開かれるという案には反対でした。

実は私は、反対派でもいいということで万博の企画委員を務めていて、1997年に「蚊や蠅と共生する共同住宅」という案も提案しています。

当時の建設省が主導して、跡地は住宅開発すると言っていたころに、「ビオトープを造りたいというなら、蚊や蠅と共生する気合いがないとできませんよ」と言って提案しました。これは当然のことながら、見事に落とされました。しかし自然がいいと言うのなら、メリットもデメリットも受け入れる覚悟がなければ、実際に暮らすことはできないと私は本気で考えているのです。

「2000〜3000万円のマンション代金に加えて、自分たちでも薪が取れて、手入れができるという里山の使用権(所有権はいらない)に3000万円出す人間が100人集まれば宅地開発として可能だ。最初はおれが買うから」と説明したのですが、受け入れてもらえませんでした。今なら通るかもしれませんね。

高温多湿はいつから?

日本は高温多湿と言われますが、このような説明のされ方は、いつごろから始まったのか、ということが最近気になっています。比較対象がないのに、自分たちが住む場所を高温多湿と思っているわけがないでしょう。おそらくヨーロッパ人が日本に来てからだと思うのです。

それでも第二次世界大戦前までは、ヨーロッパ人も、例えばインドでは天井を上げ扇風機を回すなどして、風土に合わせて柔軟に気候に適応しようとしていました。

見田宗介の『現代社会の理論』(岩波新書、1996)を読んでいたら、1958年のアメリカ・タイム誌に「減税して浮いた金で、消費者が扇風機をエアコンに買い換えた」と記しているという記述を見つけました。このあたりの経緯を追いかけると、高温多湿を理由に日本がエアコン社会にシフトさせられた理由も見えてくるのではないでしょうか。ちなみに当初会場に予定されていた海上の森は、夏でも湧き水が切れない場所で、なごミストが必要とする1分当たり90リットルの水を簡単に得ることがでます。その湧き水でなごミストを動かしてみたかったですね。

冷房不要論

現在の住宅が、高断熱・高気密で、強制換気を求める方向にあることは認めます。ただ、日本は、昔から暑いときには汗をかいて、浴衣で過ごすのが本来の生活でした。窓を閉めてクーラーを動かして、外の室外機で排熱をするという生活が本当にしたかったのか、ということを強く訴えたいですね。いわば冷房不要論です。

私は26年間、名古屋の自宅でも研究室でもクーラーを使っていません。あまりに暑くてどうにもならないときは、扇風機の後ろから霧吹きをして涼をとって過ごしました。

暖房も最小限のホットカーペットしかありませんが、集合住宅なので周りの家から熱が伝わってきます。茨城県のつくばに住んでいたときも同じように暖房を入れずにいたら、遊びに来た子供の友達が皆、風邪をひいて「辻本の家には行くな」と寄りつかなくなりました。「これではまずい」と思い買ったのが火鉢です。最初は、一酸化炭素中毒が恐くて、子供たちも嫌がっていたけれど、次の年はみんな火鉢が大好きになりました。火鉢はいいですよ。でも肝心の炭がだんだん買えなくなってきた。バーベキュー用の炭では、質が悪いため煙が出るし、臭いが強くてだめなんです。ちゃんと里山で作っていたような炭でなくては利用に耐えないのです。

私自身は、家族も含めてずっとそんな生活をしています。

これからは、なごミストを住宅の軒先につけてミストで気温を下げ、さらに打ち水も併用して、少し暑い環境で夏を我慢していただく。そうすれば、クーラーの排熱でまわりに迷惑をかけることもなくなり、さわやかさをわかち合いながら窓を開けて暮らすことが、環境への負荷を増やさずに実現できます。

窓を閉め切ってクーラーを使うのではなく、みんなでなごミストを使ったら、涼しさをわかち合えるし、窓が開けられるんですよ。

極言すれば、なごミストは、生き方を変える技術と言ってよいかもしれません。



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