機関誌『水の文化』21号
適当な湿気(しっけ)

良好な外部空間をコモンズとしてつくりだす
屋内気候とまち内気候の調和

野沢 正光さん

建築家
野沢 正光 (のざわ まさみつ)さん

1944年生まれ。東京芸術大学建築科卒業。大高建築設計事務所を経て、野沢正光建築工房を設立、現在に至る。 主な作品に「長池ネイチャーセンター(2001)」、「いわむらかずお絵本の丘美術館(1998)」他。また、著書に『地球と生きる家』(インデックス・コミュニケーションズ、2005)、『住宅は骨と皮とマシンからできている』(OM出版、2003)等。

湿気との闘いは宿命

日本は湿気の国といわれますが、建築家としてもよくわかる気がします。地図上で日本列島をヨーロッパに重ねると、北海道の北がミラノで、九州はモロッコのあたりと同じ緯度に位置します。

さらに、日本は偏西風の下にある。このため梅雨がある上に、冬にも大雪が降り、湿っぽい。気候が「どたばたする」と形容してもよいでしょう。

日本人は降雪を当たり前と思っていますが、日本のような豪雪は世界的にも類を見ないものです。北欧は寒い国だから雪が降っているだろうと我々は思いがちですが、これは間違いです。水源とそれを運ぶ風がないと雪は降りません。水源から上がった湿った空気が風に吹かれて山にぶつかったときに、降雨や降雪になります。この条件に合うのは日本以外では、トルコ北部、アメリカ五大湖周辺で、世界三大豪雪地帯と呼ばれています。中でも、日本で一年の積雪が3mというのは、群を抜いています。

湿気と暑さがある所は、伝染病や病害虫が発生しやすいため、人類はそれらを逃れて北へ移動したのではないでしょうか。ヨーロッパは緯度としては北に位置していますが、先に述べたような降雪の条件がないため、意外なほど冬は穏やかな気候です。だから文明はヨーロッパで開花したと考えることもできるでしょう。

北ヨーロッパに行くとおとなしい気候の所だなと、つくづく思います。暑さはもちろん、風がないせいか寒さもそうきつく感じません。もちろん暖房が発達していますから室内環境は快適なわけです。しかし、日本はそうはいきません。日本建築における湿気との闘いは、いわば宿命のようなものです。

それでも比較的文明的な地域として、日本が例外的に南に位置しているのは、夏が暑いとはいっても冬は雪も降り、極めて寒いので、いったんリセットされるからではないでしょうか。暑さも湿気も伝染病も病害虫も、冬の寒さでいったんリセットされる。「暑さ寒さも彼岸まで」で秋風や春風が吹くと救われます。

主な豪雪地帯

主な豪雪地帯

屋内気候に注目するべき

湿気を完全にシャットアウトしようとしたら「完璧な閉鎖」を目指さなくてはなりません。オフィスビルのように、建物の気密性を高めることで「閉じた空間」を人工的に造り、室温を調整し調湿するという考え方が生まれます。この点は住宅でも同じで、完璧に湿度をコントロールしようと考えれば、完璧な気密空間を前提に考えざるをえません。住宅のいたるところが外に開いていたら、いくら湿度を抜いても効果がありませんからね。これが、現在の空調設計の考え方です。

しかし、気密性の高い空間で温度と湿度を調整すると膨大なエネルギーが必要なことも事実で、現在では閉じないオフィスビルを考えようという気運が生まれる時代になってきています。住宅も同じで、通気性を良くして調湿することが求められています。

湿気は住宅の中でも発生します。料理をしたり、汗をかけば部屋の湿度は上がりますが、最近では防犯上の理由で窓が開けられない場合が多くなっています。昼間は窓も玄関ドアも閉め切って、仕事から帰宅していくら換気扇を回しても、入ってくる空気がなければ空気は動きませんから換気はされません。

こうした場合、屋内の空気の質は、極めて悪くなっています。窓を開けない限り、一切の空気が入ってこないのは気密性が高いためです。こういう住宅が造られるのは、隙間風が入るようなあばら家を否定して住環境を良くしようとしたあまり、高気密高断熱を目指した結果です。

屋内の湿度、温度、空気の質、これらを「屋内気候」と言ってもよいと思いますが、これを良好に保つことは大いに注目すべき問題だと思います。

  • 野沢正光さんが設計した、斜面に建つ住宅。

    野沢正光さんが設計した、斜面に建つ住宅。

  • 玄関から室内に足を一歩踏み入れると、南北に開いた開口部が、風の通り道になっているのがよくわかる。「夏をもって旨とすべし」の、野沢さん流現代版住宅だ。

    玄関から室内に足を一歩踏み入れると、南北に開いた開口部が、風の通り道になっているのがよくわかる。「夏をもって旨とすべし」の、野沢さん流現代版住宅だ。

  • 野沢正光さんが設計した、斜面に建つ住宅。
  • 玄関から室内に足を一歩踏み入れると、南北に開いた開口部が、風の通り道になっているのがよくわかる。「夏をもって旨とすべし」の、野沢さん流現代版住宅だ。

戦後住宅建築と屋内気候

そもそも、日本の伝統的な民家では、外と屋内気候はつながっていました。戦争直後ぐらいまでは、大工さんがつくった、結果として湿気対応を旨としたスカスカの木造の家に我々は住んでいたのです。屋内で利用する熱源は炭でCO2やNOxが発生しますが、風がヒューヒュー抜けていくので、屋内気候を損なうことはなかったのです。

日本の住宅建築の一番の問題点は、この伝統的なスカスカの木造の家をやめて、問題が起きるたびにその場しのぎで対応してきたことにあるのかもしれません。

石油ストーブのように高カロリーの熱源を持つ暖房器具が登場すると、熱がどんどん外に流れ出てもったいないと感じてしまうようになる。そこでアルミサッシが登場します。その結果、気密にはなったけれど、断熱性は低く、窓ガラスが結露します。冷気が窓からやってくるからです。

もちろん、このことは壁の断熱、気密にもいえるのです。アルミサッシの採用はグラスウールによる壁の断熱につながっていきます。こうしていつの間にか日本の家は断熱、気密型の家に変わっていったのです。比較的開口部の少ないこうした家は、どちらかというと室内に熱が溜まりやすい北欧型=蓄熱型の家に近づいているともいえます。こうした家は夏の暑さを秋に持ち越し、いつまでも蓄熱しているから暑いままです。

高断熱とセットで奨励された高気密では、換気の機能が損なわれたために屋内の空気の質が悪化し、シックハウス症候群が生まれる下地になりました。こうした一連の対応は、形だけ欧米から持ってきて、風土を無視してきたことにあります。

パリやバルセロナなどヨーロッパでオープンエアレストランが繁盛するのは、なぜだかわかりますか? 彼等は石の住宅に住んでいるので、建物に夏の暑さが溜まり、特に秋は暑くて屋内にいられないからです。ひと夏をかけ暖められて蓄熱するので、いつまでも熱気が屋内にこもるのです。家の中を冷やす方法は換気しかない。開口部の小さい住宅に暮らすヨーロッパでは、温暖化の影響でエアコンが飛ぶように売れているそうです。

断熱性が高いほど文明的でいい、と思うのは勘違いです。OMソーラーでは、蓄熱を暖房に使うのと同じ発想で、放射冷却を利用して夜間冷却を行ないます。こういうことは、北欧に住んでいる人にとっては必要がないことなので、出てこない発想です。つまり、「この場」の良さを見出すことが、試行錯誤を続けてきた戦後建築が気づかなくてはいけないことではないでしょうか。

それでも、戦後20年ぐらいまでに建てられた集合住宅ですと、部屋の内部の仕切りは襖ですから、閉めたつもりでも、南の窓と北の窓の間には空気的なつながりができていた。それが壁で区切られるようになると、空気が抜けないという事態が生まれます。そうすると熱源を使う台所周辺は高温で高湿度な場所になります。

さらに、コンクリートの住宅というのは石の住宅と同様、蓄熱量が大きい建物です。この「コンクリートに熱が溜まる」という現象は、高度成長期以前の建築家の体験にはないし、研究者も同様でした。しかも分業で研究が行なわれているので、耐震の専門家は、屋内の温度や湿度には関心がありません。地震に強いということで、コンクリートの住宅を奨励しても、屋内環境という点ではどうかとは、検証されないできています。

戦後建築の変遷は、新たな問題も生み出しました。私は、団地再生研究会というNPOのメンバーですが、所属している学生の多くは集合住宅で育っています。私たちの世代だと、コンクリートの家で生まれ育ったという人はほとんどいません。ところが現在では、マンション等の集合住宅で生まれ、そこがなつかしいという人達がかなりの比率でいます。つまり、黙っていても一時間に5回、10回と空気が入れ替わるような日本古来の木造民家に住んだ経験のある人が少なくなっているのです。

伝統的な建築材料がマイナスになる?

シックハウス症候群のことは先ほども触れましたが、気密性の高い住宅では、過去の当たり前の建築材料も、気をつけて使わないと大きな問題につながることがあります。

蒸暑気候の私たちの国の建材には、よく防腐剤が塗られています。高気密住宅の場合、暑くなって防腐剤が蒸散し始めると抜けるところがないので危険です。この問題に対応するために、今度は空気の質を整えるため、通気性が求められるようになります。現在24時間換気を、法で義務づけるまでになっています。

畳も問題です。部屋を閉めきっている状態で温度が上昇すると、マンションのように吸湿性のない建物の中では畳が吸湿剤の役割をします。昔の家では、畳の下にはすのこを敷き、さらにその下は縁の下でした。厚さ60mmの畳の上下には通気性があったのです。

ところが今はコンクリートの床に畳が敷いてあるだけなので、当然のことながら空気は流れません。高湿度になると腐るし、ダニが発生しやすくハウスダストの原因になります。仕方がないので、湿るのは覚悟の上で畳の裏に防虫シートを貼りつけたり、吸水性が低く断熱性能が高いスチロール板を入れたりしてしのいでいるのが現状です。

換気というライフスタイル

戦後の住宅建築においては、湿気は高気密・高断熱空間の中で最大の難問になってしまったわけですが、現在の住宅で、低エネルギーで効率的で快適に暮らすにはどうしたらよいかが次の問題です。

湿度に限っていえば、これは換気以外に方法はないと思います。今の家は採光と断熱には注意を払われていますが、換気のための十分な開口部も必要と思います。

部屋というのは、たとえてみれば、湿地がたくさんある平地みたいなもので、空気が流れている所もあれば澱んでしまう部分もある。しかし、対流が起きて相当量の換気ができるような開口部を初めから設計に取り入れることは、効果があります。例えば高窓は、空気の移動量が大きくなるので、大変効果的です。そういう空気の移動は、あちこちの空気を引っぱるので、澱んで残るところがなくなります。

私が設計するときは、まずアメダスのデータを見ます。アメダスには風向、風速のデータがあって、これを見ると夏の卓越風(ある地域で、最も高い頻度で吹く風向きの風)がどちらから吹くかすぐにわかります。そして現場に行って確認すれば、間違いなく夏にきちんと風が抜ける家が造れます。今は防犯の問題が大きいので、施主も気にすることが多いため、開口部に格子をはめるといった防犯上の工夫もします。留守のときにも、ある程度の空気の入れ換えを可能にするためです。

  • 大きく南に向いたベランダから入った風は、天井に沿って流れ、北側の天井近くにある小窓へ抜ける。

    大きく南に向いたベランダから入った風は、天井に沿って流れ、北側の天井近くにある小窓へ抜ける。

  • 大きく南に向いたベランダから入った風は、天井に沿って流れ、北側の天井近くにある小窓へ抜ける。

    造り付けの戸棚は高さを低く抑え、寝室、キッチン、リビングは戸棚で仕切られてはいるものの、天井部分ではつながっている。空気のよどみを室内に作らない工夫だ。

  • 大きく南に向いたベランダから入った風は、天井に沿って流れ、北側の天井近くにある小窓へ抜ける。

    左:屋根から落ちる雨水は、地中に染み込むように、縦に埋められたコンクリート管に落下する。

  • 大きく南に向いたベランダから入った風は、天井に沿って流れ、北側の天井近くにある小窓へ抜ける。
  • 大きく南に向いたベランダから入った風は、天井に沿って流れ、北側の天井近くにある小窓へ抜ける。
  • 大きく南に向いたベランダから入った風は、天井に沿って流れ、北側の天井近くにある小窓へ抜ける。

「まち内気候」を整える緑の蒸発散

「屋内気候」だけではなく、それを取り巻く「まち内気候」も考えなくてはならない時期にきています。周囲がコンクリート舗装で、そばにクーラーの室外機が4台も5台も並んでいるような家では、窓を開けても入ってくるのは質の悪いものになってしまいます。コンクリートや排熱機など人工的な環境から少し距離をおくような外部環境が実現したら、大きく窓を開けるべきです。卓越風の方向に必ず大きな窓があり、部屋の間にはスリットがあって、通気が確保されているような家はいいですね。また、夜間の冷気を溜められるように、南の窓が開くというのもいい。たまにはカブトムシが飛び込んでくるかもしれない。高層か中層の集合住宅のほうが、防犯の心配がなくそれが容易にできますから、良質の集合住宅のあり方がもっと研究されるべきでしょう。

樹木の蒸発散によるほどよい湿度は、空気中の埃っぽさも制御してくれます。東京にも、40年ぐらい前まではそんな近郊があったわけですが。

亡くなった建築家の宮脇檀さんが、かつてある分譲地の基幹街路の中に盛んに緑を植えていました。「あなたの宅地は緑を植えるために3割減ります」と言えば資産価値が下がるので、施主が許容する程度のことしかしていませんが、それでも15年たつと緑が育ち、素晴らしい成果が目に見えるようになりました。宮脇さんが民間の分譲地を設計している当時、私たちは「何をやっているのだろう」と思って見ていました。本人は「今にわかる」と思っていたのでしょう。それが今、緑の外部空間として見えてきたのです。

何よりも良い外部空間というのは緑なんです。蒸発散と日射を遮ることで、地表の温度は目立って違ってきます。緑覆率が大事で、アスファルト等の被覆はなるべくゼロが一番いい。駐車場でも轍だけ、最小限しか被服しないのがいい。

雨水は自分の敷地の土に返すことも大事でしょう。現状では、地下浸透は減る一方です。雨が降っても都市下水に流し込み、飲料水やトイレに使う水は遠くの水源から持ってきて、それをまた下水に流している。このため、都市から排出される水量は相当な量になるのに、地面はどんどん乾いていきます。これでは、良質な「まち内気候」が生まれるはずがありません。

例えば、公団などによって計画的に作られたニュータウンのように緑地が広い所は、まち内気候のポテンシャルは大きいですよ。そのような住環境を、住民が自分たちで経営するという時代がやってくるかもしれません。

  • 建築家の宮脇檀さんは、東京郊外の分譲地の中に盛んに緑を植えていた。当時この仕事を理解する人は少なかったが、15年以上経ってから改めて見ると、宮脇さんの意図したことは実に先見の明があった。

  • 一番下の写真は、ゴミの集積所。価格がつけられない基幹街路などの緩衝地帯は、ディベロッパーにとって当初は無駄な空間と映るかもしれないが、こうなってみると大変な付加価値を生む財産に成長したことがわかるというものだ。

    一番下の写真は、ゴミの集積所。価格がつけられない基幹街路などの緩衝地帯は、ディベロッパーにとって当初は無駄な空間と映るかもしれないが、こうなってみると大変な付加価値を生む財産に成長したことがわかるというものだ。

  • 建築家の宮脇檀さんは、東京郊外の分譲地の中に盛んに緑を植えていた。当時この仕事を理解する人は少なかったが、15年以上経ってから改めて見ると、宮脇さんの意図したことは実に先見の明があった。一番下の写真は、ゴミの集積所。価格がつけられない基幹街路などの緩衝地帯は、ディベロッパーにとって当初は無駄な空間と映るかもしれないが、こうなってみると大変な付加価値を生む財産に成長したことがわかるというものだ。

どのように住むかが大切

先日、ドイツに行って、住宅を建てる場合の必要最小敷地面積が600平方メートルと定められていると聞いて驚きました。約180坪ですね。ただひとつの敷地の中に2軒長屋があってもいいし、数戸の集合住宅でも構わない。要は土地を600平方メートル以下に区切るな、ということです。日本では相続税を払うために、もともと150坪あった屋敷を6つも8つもに切り分けて、鉛筆のような三階建ての建売住宅を並べるようなやりかたが普通のことですが、それとは対照的です。

ドイツのやり方だと庭がまとまり緑地を広くとって、屋内気候を守ってくれる外側の気候をつくることができます。敷地内に降った雨水を、土に返すこともできます。大きな木が生えていても、落ち葉を掃いたり樋が詰まったりすることに煩わされなくてもいいだけの間合いがとれます。外部気候を高い質に保つことができれば、屋内に入ってくるのは新鮮で良い香りのする空気や、美しい自然の景色といった良質なものになります。

日本のように「暑いから窓を開けたら、隣の家が見えてしまうので、窓は開けない」というほど敷地が狭いのでは困るわけです。これでは「家の中の気候をどうする?」とか「ライフスタイルをどうするの?」と問われても、選択肢が少なくて答えようがありません。

実は、根本的に考えなくてはならないのは「自分がどう暮らすか」ではなく「どう共に住むか」なのです。どういう友達をつくり、どういう地域社会をつくって、どういうエゴは我慢して、どういう自己主張をするのかという合意の臨界点を探らなくてはなりません。そこまで目が及べば、ドイツのように多くの人が広い敷地を共有することができるようになるかもしれません。600平方メートルの樹木で覆われた土地に、並んだ家。家は平屋でも、集合住宅でもいいでしょう。

適度のセントラルヒーティングの家ではお風呂に入るよりシャワーで済ませるから水と熱源の節約になる、というデータがあります。室内が一定温度に保たれていることで、体が冷えたり、汗をかいたりしないため、湯舟に浸かりたいという気持ちがあまり起こらないためかもしれません。セントラルヒーティングは個別暖房よりコストとエネルギーが余計にかかると考えられがちですが、総合的に考えると、節約になっている。こうした例でわかるように広い視野、長いスパンでたくさんのことを判断していくのが、これからの住まい方を考える原点になると思います。その際必要になる意識は、公共の公ではなく、共という新しい合意の仕方です。

これからは、長い目で見たら「共」としてどちらが得かと、いう視点が大切になっていくでしょう。



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