機関誌『水の文化』27号
触発の波及

温暖化と生活意識 危機感の値段

「温暖化防止に支払ってもいい金額」を、環境経済学の視点から諸富徹さんに読み解いていただいた。環境税と比べても格段に高額な金額が出た、その調査結果の背景には、いったい何があるのだろうか。

諸富 徹さん

京都大学大学院経済研究科准教授
諸富 徹 (もろとみ とおる)さん

1968年生まれ。京都大学大学院経済研究科修了。専攻は財政学、環境経済。2004年から1年間、ミシガン大学客員研究員。 主な著書に『環境』(岩波書店2003)、『環境税の理論と実際』(有斐閣2000)、『環境税の理論と実際』(共著日本評論社1997)他。

温暖化防止策は、投資指標

地球温暖化に関する報道は、今年の初めから急に増えてきたような気がします。そんな状況下での調査結果は、興味深いですね。

まず「温暖化に対する意識」ですが、20代が一番低いのは意外でした。今の20代は、学校教育の中で、初めて環境問題を体系的に学習した世代なので、地球温暖化への関心も、もっと高いと思っていました。

ただ、温暖化の影響は、今すぐ目に見える形でやってくるものではありません。むしろ、長いスパンで発想しないと、危機を感じにくい問題です。若いときは近い将来だけに目が向きがちなので、まだ温暖化に対する危機意識が薄いのかもしれません。

そう考えると、50代の意識がもっとも高く、次が40代という結果も納得できます。この年代は子供がいる人も多いので、子供の未来まで考えて、温暖化を危惧しているのではないでしょうか。

もう一つ、40代、50代で企業に属している人は、男女を問わず企業内でも危機意識を感じていると思います。

アメリカの企業では、投資家からのプレッシャーが非常に強くなってきています。温暖化防止策を積極的に講じていることが、投資の重要な指標になってきたのです。

この傾向が顕著になったのは2005年。巨大なハリケーン・カトリーナがアメリカ本土を直撃したことで「アメリカ人の温暖化危機意識が急に高まった」といわれています。

ハリケーンの巨大化が本当に温暖化の影響なのか、因果関係の解明は難しいところですが、少なくとも温暖化を楽観視していた人たちが「やっぱり危ない」と感じるようになったのでしょう。

保険会社などは昔から気候変動に敏感でしたが、カトリーナ以降、他業種の企業も温暖化がもたらす損失額を、より深刻に考えるようになってきました。

このアメリカの流れが、日本にも波及しているのです。日本では銀行からの借り入れで運営している企業が多いので、アメリカほど投資家からのプレッシャーはきつくないかもしれません。それでもここ2、3年、日本企業に投資している欧米の投資家から、温暖化対策への質問状が矢のように寄せられているそうです。

実際、日本でも「温暖化対策はコストがかかるが、長期的には充分リターンする」と考える企業が増えてきたように思います。

つまり単に高邁な精神で「地球環境を守らなければ」と考えているわけではなく、温暖化対策はもはや企業経営の意味からも、意識せざるを得ない状態になっているのではないでしょうか。

さらに、40代、50代の人々は、身近な環境変化も体感しているかもしれません。たとえば地元の降雪量が少なくなったとか、ヒートアイランド現象が強まったとか。これらは一概に温暖化の影響だけでなく、都市化問題なども含んでいると思いますが、総合的に温暖化による変化が顕在化してきたと感じている可能性がありますね。

温暖化防止コスト

続いて「温暖化防止に払ってもいい金額」ですが、これは20代がもっとも高く、30代、50代は少ない。危機意識の調査と、矛盾します。

本来この設問は、危機感がダイレクトに表れるはずのものですが、金額で答えるため、可処分所得を反映する数字にもなっています。

つまり、この結果から推測されるのは、30代はローンがいちばんきつい年代なのかな、ということです。環境評価を所得単位で表わすと、どうしても背後の個人所得が出てきてしまう。ですから、この結果を体系的に解いていくのは、ちょっと難しいですね。

ただ、月額の平均が2000円を越しているのは、かなり高いと思います。環境省が2005年に提案した環境税は、tーC(トンカーボン)当たり2400円。これを世帯単位で計算してみると月額180円前後ですから、比較すると非常に高い。

20以上の県ですでに導入されている森林税と比べても、かなり高額だと思います。たとえば高知県の森林税は、企業も個人も均等割りで年間500円ですから。

また、ヨーロッパ諸国で始まったCO2排出量に対する税と比較しても、非常に高い数字です。

ただしこれは、「自発的に払う金額」であって、「税金」ではない点がポイントかもしれません。「温暖化防止税」として支払ってもいい額を問えば、もっと低い数字になったような気がします。

神奈川県に水源環境税が導入されたとき、私も少しかかわったのですが、その際、地元のNGOの人からこんな発言がありました。

「県が水質を改善してくれるなら、積極的にコストを負担する用意があります。ただし、税収を特別会計に入れて、使い道が県民にわからないようでは困る」

つまり、「税」として納めると不透明な使い方をされる、という懸念が根強いんですね。これは神奈川県だけの傾向ではなく、日本国民全般にいえることだと思います。

では、もし私が温暖化防止に個人でお金を払うとしたら、いくらを想定するか。ぱっと頭に浮かんだ額は1000円。特に根拠はなく、直感的な数字です。家計を圧迫せず、自分の昼食代から出そうとか、そのぐらいの感覚。

もし、「温暖化対策にはこのぐらいコストがかかるので、個人レベルでこのぐらい出せば可能」という指針が示された上での回答なら、別の数字になった可能性があります。この設問も、そんな情報が提示されていれば、違う結果が得られたかもしれないですね。

私は、環境を保護するには社会の仕組みを変えないといけないと思っています。考え方の問題として、個人の努力を強調する政策は長続きしないと思うので、企業のCO2排出量を減らすとか、社会全体の仕組みを改善して、そこに個人の努力を組み合わせるほうが効果的だと思うのです。

温暖化意識 温暖化に支払っていい金額

温暖化意識 温暖化に支払っていい金額
「温暖化に対する意識が非常にある」という人を年代別に見ると、年代が高いほど意識が高いが、支払ってもよい金額は逆に低くなっている。回答方式は、金額を自由に書き込むようになっているが、なんと10,000円以上と書いた人が5.9%もいる。
水に関わる生活意識調査 2007年 第13回調査結果より

「環境には最悪」の快適さ

最後に「100年後の水をとりまく環境」ですが、「環境税が導入されている」が1位になっていますね。それを「望ましい」と思っているのか、「やむを得ない」と思っているのかは不明ですが、多分多くの方は、客観的な情勢から「導入せざるを得ない」と考えているのではないでしょうか。

水に関しては、さらに汚染が進んでいる、と予想している人が多い。それは飲み水にする際の高度処理にお金がかかり、それに伴って水道料金が高騰するだろう、との判断でしょうね。

ただし、水にまつわる技術開発に関しては、皆さん楽観的。確かに海水を飲めるようにする技術は日本がすでに実現していますし、人工雨も降らせられるだろうと考えている。そうした技術がありながら、やはり水汚染は進み、その処理に対する市民の負担額は増えるだろう、という予想ですね。

全体的に見ると、私が思っていたより、どの年代の人も温暖化が進む未来を深刻に認識していると思います。こうした認識があれば、環境に関する政策が示されたとき、冷静に判断して受容しやすくなるかもしれませんね。

私自身が考える100年後ですか? 詳しい分析をしているわけではありませんが、理想通りの社会を実現するのは難しいかな、と思います。というのも、快適な生活に馴染んでしまうと、その習慣を変えるのは容易でないからです。

私は一昨年、アメリカ・ミシガン州のデトロイト近郊で1年間暮らした経験があります。広い家は、使わない部屋にも冷暖房が効いていて、移動はすべて車。ショッピングモールも役所も郊外ですし、鉄道やバスは発達していないので、移動手段は車しかありません。当然CO2排出が非常に多く、「環境には最悪」のライフスタイルです。ところが、そう思いつつも、これがかなり快適だった。時刻表にとらわれず、好きなときに好きな場所にハイスピードで走って行ける自由さ。これに慣れたら、燃費の問題も温暖化の危機意識も、いつの間にか薄れてしまったんです。

デトロイトにはかつて黒人暴動があって、郊外に住人が移住したから中心地が空洞化した、という成り立ちがあります。長い自動車通勤を強いられているのは、そのため。コンパクトな町に戻すのに大変な労力がかかる。ここでは、私も、温暖化のためにライフスタイルを変えることは難しかったですね。

ただ、そんな生活を体験したことで、アメリカ人より日本人のほうが、はるかにエネルギー効率を考えた暮らしをしていると感じました。現在でも、温暖化問題に対する情報量は日本のほうが多いような気がします。今後、決定的に町の構造や生活を変えるのは無理だとしても、「100年あれば何とか改善できるはず」と考えたいですね。

100年後の水を取り巻く環境は?

100年後の水を取り巻く環境は?
水に関わる生活意識調査 2007年 第13回調査結果より



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