機関誌『水の文化』28号
小水力の包蔵力(ポテンシャル)

市場原理を利用した気候変動回避への取り組み
排出量取引の現状

地球温暖化の原因とされる「温室効果ガス」の排出抑制の手法として、注目を浴びる排出量取引。 しかし、その仕組みが正しく理解されていない場合も見受けられます。 排出量取引の仲介・コンサルティングを専門に行なう、ナットソース・ジャパン(株)アドバイザリーユニットの阿部敏明さんに、排出量取引の仕組みと現状を説明してもらいました。

阿部 敏明さん

ナットソース・ジャパン(株)
アドバイザリーユニット
トランザクションユニット
阿部 敏明 (あべ としあき)さん

気候変動と排出量取引

気候変動は、今現在、実際に起こっている現象です。

地球全体の表面気温が上昇していることは間違いのない事実です。その原因は、人類が排出する二酸化炭素をはじめとする「温室効果ガス」であることは、ほぼ疑いようのない事実と断定されるまでになりました。

北極の海氷の縮小や、世界各地での氷河の融解、異常気象の頻発など、既に気候変動の影響は目に見えるまでに拡大しています。同時に、このままのペースで人類が温室効果ガス排出を続けた場合、地球表面の平均気温が21世紀末までに最大6.4℃上昇すると予想されています。

その結果、海水面の上昇や、水の需給バランスの崩壊による降水量の偏りの拡大が引き起こされ、マラリヤ蚊などの生息域の拡大によって熱帯性感染症が広がるなど、社会や健康への影響をはじめとして、地球全体の生態系、環境に深刻な影響が出ることが予想されています。

このような深刻な影響を最小限に食い止めるためには、できるだけ早い段階で温室効果ガスの排出量を削減し、自然(海洋や森林など)が吸収できる水準以内に抑制することが必要です。一つの目安として、人為的な温室効果ガス排出量を、2050年までに50%以上削減することにより「気温上昇を2℃以内に抑制できる可能性がある」という予測があります。

気温上昇を2℃以内というのは、「環境や社会への影響が破局的な水準にはならない」ギリギリの数値であるとの予測から、環境の先進地域である欧州などはこの数値を長期目標として採用しています。

温室効果ガスの排出は、経済活動を続けていく限り、ある程度不可避なものであるため、「可能な限り経済に対する負の影響を抑えながら、大幅に温室効果ガスの排出量を減らす」というのが気候変動対策の大命題となっています。この観点から生まれたのが、温室効果ガスの排出量取引という手法です。

ちなみに「排出権取引」「排出枠取引」などの呼び方もありますが、ここでは「排出量取引」で統一します。

排出量取引は、1990年代前半から酸性雨などの原因物質である硫黄酸化物の排出規制のために、アメリカで取り入れられてきた手法です。各火力発電所に硫黄酸化物の排出枠を定めた上で、排出枠を下回った発電所が、排出枠を上回った発電所に余剰となった枠を売却する制度です。

対象となる発電所は、排出枠以下に排出を抑えれば、排出枠の売却益を得ることができます。そのため、排出量、削減余地がともに大きい発電所において、硫黄酸化物除去装置の設置が進みました。この仕組みを用いることで、低コストでの効率的な硫黄酸化物の排出量の削減に大きく貢献したといわれています。

京都議定書が定める温室効果ガスの排出量取引は、この排出枠の対象を温室効果ガスに換え、対象となる発電所を各国政府に置き換えたものです。

京都議定書
気候変動に関する国際連合枠組条約(United Nations Framework Convention on Climate Change:UNFCCC)の趣旨である「1990年代末(1999年)までに温室効果ガスの排出量を1990年の水準に戻すことを目指していくこと」という取り決めに賛同した有志による議定書

京都議定書では、先進国における削減率を1990年基準として各国別に定め、共同で約束期間内(2008年〜2012年)に目標を達成することを約束しています。そして、その削減目標の遵守のために、用いることができる温室効果ガスの排出枠(クレジット) という「目に見えない価値」が世界各地で取り引きされています。

例えば、「日本政府がクレジットを購入した」という昨今の報道は、京都議定書目標(日本は1990年比マイナス6%)の達成のために、海外で余剰となっている排出枠や、海外での排出削減事業から生み出されたクレジットを購入したことを報じているものです。

京都議定書の定める制度のもとでは、主に3種類のクレジット(下表)を京都メカニズムに基づいて取引することができ、取得した国が自国の削減目標の達成の一部として利用することができます。

  1. あらかじめ各国に割り当てられた排出枠(AAU:Assigned Amount Unit)
  2. 先進国が協力して実施する排出削減事業(JI:共同実施Joint Implementation)の実施により創出されたクレジット(ERU:Emissions Reduction Unit)
  3. 途上国における排出削減事業(クリーン開発メカニズム)(CDM:Clean Development Mechanism)の実施により創出されたクレジット(CER:Certified Emissions Reduction)

これらをまとめて京都クレジットと呼びます。

しかし今日、排出量取引といった多くの場合には下表の2つのいずれかを指し、世界中で取引されている排出枠(クレジット)のほとんどがどちらかに相当しています。

  1. 1途上国における排出削減事業(CDM)の実施により創出されたクレジット(CER)の取引
  2. 2EUA(EUアローワンス)EU域内で通用する排出枠の取引

京都議定書によって直接定められている排出量取引の制度とは別に、地域レベルでの排出量取引も動き出しています。EUAというのは、地域レベルでの排出量取引の代表的なものである欧州排出量取引制度(EU-ETS)が定めた排出枠です。

欧州排出量取引制度(EU-ETS)は、EU域内の施設に排出枠(EUA)を割り振り、余剰のEUAの取引を認める制度

EU-ETSは、欧州連合が京都議定書の自国・地域の目標(1990年比マイナス8%)を、費用対効果の高い形で実現するために導入しました。EU域内の一定規模以上の発電所や製鉄所、製油所など、一定規模以上の工場、1万1000カ所以上の施設に排出枠(EUA)を割り振り、各施設に余剰のEUAの取引を認める制度です。

この制度は2005年1月から運用を開始しており、金融機関や取引所も参加した大きな市場が生まれつつあります。なお、EU-ETSにおいては特定の条件の下で、CERやERUといった京都クレジットを、EUAの代わりとして用いることもできます。

実際に世界中で取引が行なわれている、CERとEUAの2つについて、簡単にご紹介するとともに、排出量取引制度自体の展望に関しても触れてみたいと思います。

排出量取引市場(既存・計画)

クリーン開発メカニズム(CDM)由来のクレジット(CER)の取引

CDMは、京都議定書において定められている制度の一つで、途上国において適切と認められる排出削減事業に対して、国連がCDMとしての認定を行ない、実際の排出削減量に応じてCERを付与するものです。

途上国の非効率的な設備の改善や、再生可能エネルギー(風力や水力など)の開発、化学工場からの温室効果ガス排出の削減などが、CDMの対象となり得る事業です。途上国での排出削減コストは、先進国の数十〜数百分の一に留まるため、日欧の企業や政府は、CERを購入することにより、自国で行なうより低コストで排出削減目標を達成することができます。また、今日ではこうした政府や企業の需要を見越して、転売ビジネスとして購入している企業もあります。

CDMには、現行の京都議定書では排出削減目標を有していない途上国に対して、CERというインセンティブを付与することにより「排出削減事業活性化を促進させる」という側面もあることから、多くの途上国において政府の後押しを受けながら急速な広がりを見せています。

CERの取引は、2006年における排出量取引全体の取引高(約US$300億)のうち、約18%を占めています。

この種のクレジット購入者は、2005年には日本企業がその主役でしたが、2006年にはイギリスの企業などに抜かれてしまいました。これは、ロンドンの投資銀行やファンドなどが、日欧の削減目標保有企業に対して転売する目的などで、積極的に市場に参加してきていることを意味しています。

CERを生み出すCDMプロジェクト自体は、現在、目覚ましい経済発展を続けるインド、南米、中国などを中心に広がっていますが、実際に取引の中心となっているのは大部分が中国のCDMから創出されたCERです。中国のCERは、約60%のシェアを占めています。

中国は国策として国内企業のCDM実施を支援しており、各省にCDMセンターを置き、省内企業のCDM実施を支援しています。

また、中国政府はCDMプロジェクトのできるだけ早い段階、つまり国連による認定が行なわれる前の段階で、CERの売買契約を締結するように国内企業を指導しています。そのため、CDMとして認定されるかどうか、また、きちんと事業が進むかどうかが不明確なまま売買契約を締結することになるため、リスク分だけ価格が割り引かれ、他地域に比して安い価格でCERを売らざるを得ない状況に置かれています。

この状況も、安くクレジットを調達したい日欧の企業にとっては都合がよく、CERの取引の大部分が中国に集中する要因になっています。

一方で、南米やインドのCDM事業者は、中国のような政府の指導がなく、できるだけ高い値段でCERを売却しようとするため、CDMプロジェクトがある程度進み、発行が済んだCERを売却しようとします。この場合、国連認定前のCERを売却する際と比べるとリスクが小さくなり、その分の割引も小さくなるため、比較的高い値段で売却することも可能となります。ただ、コスト増を嫌う日欧の企業からは敬遠されており、CER購入を希望する顧客を中国に取られる構図となっています。

中国、インド、南米のように、CDMの利用が着実に拡大している地域がある一方、アフリカでのCDMはその数もCERの量も非常に少ない状況です。それは、次のような理由があるからです。

・実施受け入れ国の政府に、CDM実施のためのプロジェクトの精査や、受け入れ制度の確立、国連との連絡などの能力が不足していること。

・風力などの再生可能エネルギープロジェクトを受け入れるだけの余力のある電力網(グリッド)が整備されていないこと。

・そもそも排出量が少なく、削減余地が少ないこと。

気候変動によってもっとも大きな影響を受け、最貧国が多く存在するアフリカに、排出量取引の恩恵がほとんどもたらされていない、というのは皮肉なことです。このようなCDMプロジェクトの偏在は、市場メカニズムである排出量取引には避けては通れないことではあります。しかしEU-ETSでは、2013年以降の制度において最貧国からのCERを優遇するなどの対策を講じて、徐々に是正を行なっていこうとしています。排出量取引の現状また、国際交渉の場でも対策が議論される見通しとなっています。

京都クレジット買手国取引額排出削減クレジットの取引総量とCER平均価格

京都クレジット買手国取引額排出削減クレジットの取引総量とCER平均価格

欧州排出量取引制度(EU-ETS)における、排出枠(EUA)の取引

EU-ETSは、現在では欧州27カ国で実施されています。この制度の下での排出枠(EUA)の取引は、2006年における排出量取引総額の約82%を占めており、現在の排出量取引の中心ともいうことができます。

先程述べましたように、対象となる施設にはこれまでの排出実績に応じたEUAが配分されています。各施設はこのEUAを下回る排出量に留めることにより、余剰が生じたEUAを売却することが可能となります。なお、EUAの代わりに、途上国からCERを用いることもできますが、この場合、特定のCDMプロジェクト(大規模水力発電・植林など)からのCERは認められないか、認められても制限が加わることになります。

2005年から2007年までが、試行期間である第一フェーズ、2008年から2012年が第二フェーズ、2013年からが第三フェーズとなっており、保有するEUA以上の温室効果ガス排出をしてしまった企業には、その超過量に応じて罰金が課せられます。

第一フェーズ: 40ユーロ/tCO2
第二フェーズ:100ユーロ/tCO2

実際に、イギリスの製鉄業者の中には、この制度の下で数億円の罰金を支払うことになってしまった企業もあり、欧州は既に「温室効果ガス排出はコスト」という社会通念が生まれている、といえると思います。

なお、EUAは、制度開始時に各対象施設に配布されるものであるため、CERとは異なり、事業者が最初から排出権を持っている状態からスタートします。

対象施設を保有する事業者が、仲介業者や取引所、銀行などを介してEUAの売買を行なっているほか、トレーディング目的のファンドや投資銀行なども取引に参加しており、株式や為替のように、日々売買が行なわれています。対象となっている施設は、大きな規模のものでは発電所や製油所など、小さい規模のものでは大学や病院などとさまざまです。

現在はまだ始まっていませんが、イギリスでは近い将来、個人にも排出枠を課して、国全体で削減に取り組んでいこうという動きが見られます。

EU-ETSをご紹介する上で避けては通れないのが、2006年4月〜5月にかけて起きたEUA価格の暴落です。グラフ(下図)を見ていただけばわかるとおり、この期間の前には1t当たり30ユーロを越える価格帯で取引されていたEUAの価格が急激に下がっているのがわかります。この時期を境にして、EUA(厳密には、「EUAの一部」である第一フェーズ用のEUA)の価格は下落を続け、2007年12月時点の取引価格は0.03ユーロと、最高値の時期の1000分の一程度にまで下落してしまいました。

この暴落は、この時期にEU-ETS制度全体で「EUAが余っている」ことが明らかになったために起きたものです。EU全体の対象施設が、制度管理者である欧州委員会から必要な量以上にEUAを受け取ってしまっていたことが原因です。結果として、EU-ETS対象施設は安価なEUAを購入して、大量に排出を行なうことができるようになってしまっていたことから「第一フェーズは排出削減策としてうまく機能していなかった」と言えるかもしれません。

第二フェーズ以降はこの教訓を生かして、大幅にEUAの配布量が削減されているほか、第三フェーズからは、配布量の60%を有償で配布するという計画もあり、これにより対象業者の排出削減圧力がより一層強化されていく見通しとなっています。「今後はEUAは不足するだろう」という見通しから、2008年以降に有効なEUA(第二フェーズ用のEUA)の価格は、2008年1月時点で20ユーロ前後と、堅調に推移しています。

EUA受渡期日別価格推移

EUA受渡期日別価格推移

排出量取引の今後の展望

EU-ETSも、CDMをはじめとする京都メカニズムも、京都議定書に基づく温室効果ガスの排出削減数値目標が存在して初めて生きてくる制度です。国や企業に課せられた数値目標を達成するための手段の一つとして、排出量の取引という手法を使うというものですので、当然といえば当然なのですが、おおもととなる国別の排出削減数値目標が存在しなければ、排出量取引制度自体が意味を成さないこととなってしまいます。

京都議定書では、アメリカを除く先進各国が排出削減目標を受け入れ、今年から始まった第一約束期間の目標達成に向けて、削減努力を続けています。しかし、第一約束期間以降、すなわち2013年以降の数値目標に関しては、欧州以外はまだ白紙といわざるを得ません。

いち早く排出量取引制度の運用を開始した欧州は、「2020年までに1990年比20%削減」という数値目標を掲げ、EU-ETSをその達成のための最重要施策として用いながら、中長期的な排出削減を行なっていくという姿勢を明確にしています。

一方、削減目標の設定に慎重な日本やカナダ、「自国の経済に不利益を与える」と反対の姿勢を明確にするアメリカなど、先進国内部で鋭い対立があります。

さらに2013年以降の枠組みを不確実にしているのは、途上国、特に中国やインドといった大排出国の意向です。こうした国々は、自国に対する数値目標の設定を拒絶する一方で、「現在起きている気候変動は、先進国のこれまでの温室効果ガス排出が原因」との視点から、先進国に対して気候変動対応技術・資金の移転を迫っており、「途上国も削減を進めなければ、気候変動は抑制できない」とする先進国との間で対立が生じています。

こうした各国の対立から、昨年暮れに行なわれたインドネシア・バリのCOP/MOP13では、「まず、2013年以降の先進国全体でどの程度の削減目標とするか」という点に焦点をあてて、会期を延長してまで議論が行なわれたものの、ついに決着がつきませんでした。

この目標を設定してしまうと、結局は国別目標を受け入れざるを得なくなると判断するアメリカなどが反対したものです。現時点で世界最大の排出国であるアメリカが数値目標を設定した排出削減に対して消極的であるまま、先進国全体に、そしてさらには途上国にまで、数値目標の設定の対象を広げていくことは、非常に困難であるといえるでしょう。

世界全体が気候変動問題に一丸となって対処していくためには、アメリカの姿勢が現時点では最大の鍵を握っているといえます。なお、バリでの会議では、これから約2年間をかけて、「どのようなスケジュールで、国際的な削減のための合意をつくり上げるか」という行程表が決定されています。

ただ、頑なに数値目標の設定を拒絶しつづけるアメリカにも、徐々に変化が生まれています。京都議定書から離脱した現在のブッシュ政権の方針とは異なり、カリフォルニア州や、北東部や中西部の諸州などが、独自の削減数値目標設定と、EU-ETS型の排出量取引制度の導入に動き出しています。こうした取り組みに参加、ないし参加を検討している州の数は、既にアメリカ全州の半分を超えています。また、アメリカ国内の複数の大企業が、連邦政府に対して排出量取引制度の導入を訴える、アメリカ合衆国クライメット・アクション・パートナーシップ(USCAP:United StatesClimate Action Partnership)という活動を展開しています。

さらに、昨年12月には、アメリカに削減数値目標の設定と排出量取引制度の導入を義務づける「気候安全保障法案」が、議会上院の環境委員会を通過し、上院を通過する可能性もあるともいわれています。また、現在、大統領選挙が行なわれていますが、民主党・共和党に限らず、多くの候補が削減数値目標の設定と排出量取引制度の導入を公約として掲げています。

こうした、産業界、議会、次期大統領選といったアメリカの動きを見ていると、ブッシュ政権以後のアメリカは、気候変動問題に対する姿勢に大きな変化が生じる可能性が高いと考えています。この変化は、気候変動問題と排出量取引制度の拡大にとって、プラスとなることはあっても、マイナスとなることはないとも思います。

気候変動の影響を破局的な水準になる前に食い止めることは、いかに迅速に現在の世界の排出量を削減していくか、という点にかかっています。

2050年までに世界で半減、という欧州や日本の提案をベースに、各国が数値目標を負い「排出量取引などの方策を取り入れながら効率的に削減していく」という手法は、現時点では気候変動回避のためにもっとも合理的な道ではないか、と個人的には考えています。

「京都議定書」目標達成に向けての対策

「京都議定書」目標達成に向けての対策



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