機関誌『水の文化』33号
だしの真髄

鰹節仲卸商が語るだし素材の新機軸

味噌汁のだしを取るために、鰹節を削るのが、かつては子供のお手伝いの日課でした。 食の嗜好の変化、調理の簡便化が進み、家庭で鰹節削り機を目にすることは、稀になりました。 築地仲卸の三代目中野克彦さんは、最前線で何を感じているのでしょうか。 だし素材の産地の現状や、だしの将来についてうかがいました。

中野 克彦さん

株式会社伏高商店代表取締役
中野 克彦 (なかの かつひこ)さん

目指せ、だしソムリエ

ワインのソムリエさんは、豊富なボキャブラリーを使って、味を表現するじゃないですか。私もだしをそういう風に表現できたらいいんですが、なかなかできないんですよね。

昆布の一般的なブランドは、日高、利尻、羅臼、函館の辺りにある真昆布、釧路のほうの長昆布。長昆布は煮て食べる昆布で、あんまりだしを取るには使いません。

日高昆布も、煮て食べるのに適しているんですが、関東ではこれをだしに使います。関西で日高昆布をだしに使う人はいません。京都は利尻、大阪は真昆布が多い。

関東で、比較的薄味の日高昆布でだしを取るのは、結局、鰹節の文化圏だからだと思います。塩気との相性を考えると、鰹節は醤油との相性がいい。

関西は昆布だしと塩だけで味つけしますから、利尻や真昆布で濃く取った昆布だしが適しているんですよ。

そんな理由だと思います。

しかし、正直に言うと、利尻と真昆布の違いなんて、プレミアムビール同士の銘柄当てみたいなもので、わかるもんじゃありません。

でもまあ、商売をしている以上、そうは言えないので「羅臼昆布は昆布の王様といわれており、濃いだしが出ます」というわけです。羅臼昆布は、確かに味も濃いけれど、色も濃い。だから黒すぎるといって、プロの料理人の中には敬遠する人もいます。

羅臼に比べ、利尻と真昆布はクリアな味わいです。じゃあ、利尻と真昆布はどう違うの? と聞かれると、これがまた、困る。利尻のほうが少し塩気がある、といわれていますから、それをそのまま引用しています。

昆布の事情

でもね、昆布は海産物ですから。ロットによって、全部味が違います。

それで、その辺の目利きが問われるかというと、実は昆布は等級がはっきり決まっていて、それを買うしかないんです。等級を決めるのは漁連で、そこがしっかりしている。

昆布は値段にものすごく差があります。値決めといって、産地の人と消費地の問屋さんが、一年に一度、一堂に会して決めているものもあります。

しかも指標となる産地があって、それが決まると、残りは等級と浜のランクで決まっていきます。昆布は権力者の贈答品として培われた長い歴史がありますから、こういう仕組みもがっちり決まっているのでしょうね。

ただ、そういう風潮もだんだん変わってきまして、浜で入札をするようになりつつあります。

小さい浜がいっぱいあって、浜によって格差がある産地では、入札にすると値崩れが起きてしまいます。値決めをするのは、そういう産地を守るためもある。つまり漁協は共同体として機能しているんです。

昆布は採取してからすぐに乾かさないと腐ってしまいます。今、100%天日干しでやっているのは、日高ぐらいじゃないでしょうか。干す場所もありませんし、乾燥機で乾かしている産地が多いのです。

鰹節の事情

では鰹節の値段がどう決まるかというと、原料である鰹の相場で決まるんです。タイ・バンコクと静岡・焼津の相場を睨んで、裁定していくんですよ。

昔は「黒潮とともに鰹が揚がってくる」といわれましたが、今はほとんど遠洋漁業で捕って、冷凍して運んでくるんです。

だから通年で操業できるようになって、漁期というのがなくなった。それでバンコクにいるツナ缶屋さんと、日本の焼津の鰹節屋さんの闘いになるんです。

鰹は腐りやすい魚で、すぐにダメになっちゃうから鰹節にしていた。それが冷凍技術が進んで、保存が楽になった今、漁師さんだって高いほうに売るのは当然でしょう。近海ものは、高く買ってくれる寿司屋さんのほうに行く。そうすると、鰹節産地には、遠洋漁業で捕ってきた鰹しか回ってきません。

鰹節というと「高知県」というイメージがありますが、生の鰹が揚がらなくなって、今はつくっている所も減りました。昔は鰹節の産地だった土佐清水も、今はそうだ節(そうだ鰹の鰹節)ばかりつくっています。

鹿児島の山川も、もとは遠洋漁業の基地だったので、製造家が集まってきて産地になった。だから、四国とか長崎・五島とかから移り住んできた人が多く、地元ではない人がいる地域です。

通年でつくれるようになったために、供給量が増えてしまった。需要はほとんど日本ですが、今は、海外でも鰹節をつくっていて、輸入品も多い。鰹節は昆布のような等級もないので、残念ながら、何でもありの乱売競争になっています。

1964年(昭和39)のはじめごろから、産地入札というのが始まって、僕らみたいな二次問屋というか仲卸が産地に直接行かれるようになった。これは、実に画期的なことでした。つまり鰹節業界は、規制緩和がものすごく早かったんです。

私は平成になってからずっとこの業界を見ているんですが、20年このかた、供給過剰なこういう状態が続いています。

確か1964年(昭和39)、「シマヤだしの素」という商品が発売されるのですが、あの辺りが売れ行きの分岐点なんですよ。

実は他社でも同じような商品開発をしていたらしいんですよね。ちゃんとした鰹節でつくっただしにちょっとだけ化学調味料を入れよう、と取締役会にかけたら「バカヤロー」と言われて終わっちゃったらしい。うちの親父に聞いた話なんですが、そのころも脅威に思った、と言うんですよ。

ところがこの鰹節業界の人たちはノンビリしていて「みんな味がわかるはずだから大丈夫だ」とのほほんとしていたら、こんなていたらくになってしまった。

どっこい、消費量は増えている

では、鰹節の消費量は落ちているかといったら、実は近年逆に増えているんですよ。麺つゆの原料として、ものすごい量の鰹節が使われているんです。

やはり化学調味料だけだと、騙しきれない。それに燻臭って、化学的に合成できないらしいんで、相当な量の鰹節を使っているんです。ただ、それは取引先がちゃんと決まっていて、厳しい品質管理が問われるわけです。だから我々が出る幕はありません。

私たちにとって死活問題なのは、煮炊きをする料理を出すお店が少なくなっていることです。今どきのカッコいい創作料理屋なんて、だしなんか使いませんから。

鰹節削り機

蕎麦屋さんは厚く削ったものを使います。でも、手ではあんなに厚く削れません。江戸時代は蕎麦屋さんも自分の手で削っていたから、厚削りなんて、絶対に使っていなかったはずです。

業務用の削り節製造装置ができたのが、明治の末期らしい。当時は煮干しを削っていたそうです。始めたのは、中国地方の人だったといいます。

料理屋さんも量が多いので削るのは大変。ほとんどがうちで削ったものを使っておられます。いまだに自分で削っているのは、出張の茶懐石の料理人さんぐらいでしょう。

僕らは加熱してから削りますから、あんなに薄く、長く削れる。食品ですから、殺菌の意味もあります。今は、遠赤外線を当てる、なんていう方法もあります。でも、手でも慣れればうまく削れますよ。鰹節の削り方って、コツがあるんです。私も、自分でできないとカッコ悪いんで、ずいぶん練習しました。

鰹節削りって、結構力仕事なんです。速く動かしているうちに摩擦熱で鰹節が温かくなっていって、うまく削れるような状態になります。

カビ付け効果

鰹節を燻(いぶ)すと、タールと言うと語弊があるんですが、まあそのようなタール状のものが付くんです。

だから戦国武将が戦地に持って行っていたのは、そのタール状のものが付いた黒い鰹節。江戸時代になって、それを物理的に削ぐようになった。我々はそれを裸節と呼んでいます。

輸送中に変なカビが生えると、非常に臭くなる。しかし、偶然に「ある種のカビ」が生えると、逆に良い匂いがした。これなら、いいと。

毒を盛って毒を制す、じゃないですけど、いったんカビを生やしておくと、ほかのカビが寄り付かない。それで、江戸時代中期からカビ付けが始まった。

これは別においしくするためではなく、保存のためです。だからカビ付けは1回だけ。ところが江戸まで持ってきて保存している途中で、またカビが付いておいしくなった。それで、生産地で1回、消費地で1回。

カビというのは、鰹節の中の水分を吸って生きている。何回かカビを付けていくと水分が抜けて、カビが生きていけないぐらいまで乾燥する。多分、それを本枯れといったのでしょう。

今は法律で「本枯れと呼べるのはカビ付けを2回したもの」と決めてしまったわけですが、1回のカビ付けで本枯れになっちゃう場合もあるんですよ。カビ付けの前に日乾をよくすれば、ちゃんと水分は落ちていきますから。

よくマスコミで紹介されている例として「5回カビ付けしています」とかいうけれど、作為的に付けようとすれば別ですが、実際に5回も7回も付かないですよ。含水率を下げるのが目的であって、別に回数を競うものじゃない。

まあ、3回は付けないとダメですけどね。2回までだと、まだ柔らかいんです。

話によると、明治時代に化学の知識が入ってきて、カビの効果を調べていったところ、脂肪を分解してうま味成分に変えるとか、香りを良くするとかいった効用がわかった。そういう話を聞いたんで、単純に「いっぱい付ければいいだろう」と思ったんじゃないですか。

そうはいっても本枯れ節が、日本全国津々浦々に流通するようになるのは、戦後かもしれませんね。昭和30年代、40年代まではこれが主流です。

うちでは店頭に6つの箱を置いていますが、いわゆる枯れ節というカビ付けした鰹節は1つだけです。

インターネット通販の効用

マスコミなんかで取り上げてくれて、1980年代(昭和55)ぐらいから、築地に買いに来てくれるお客様が徐々に増えてきました。

町の乾物屋さんがなくなって、欲しいとなると築地に来るしかない、という事情もあり、一般のお客さんも増えました。

通販事業自体は、1998年(平成10)の11月に立ち上げたんですよ。最初に打ったDMは、ちょうど暮れだったんで反響があった。カタログも印刷した。ところが、年が開けたら売れなくてねえ。

仕方がないから、ホームページ作成講座というのを半日受講して、暇にあかせてつくっちゃったのが始まりです。インターネットの通販は1999年(平成11)3月からやっています。

でも、私が自分の趣味でつくっているんで、女性が面白がってくれるようなページは、なかなかつくれないんです。そのせいか、男性客が圧倒的に多いですね。

どの年代の人が買っているのかは、わかりません。昔は生年月日を聞いていたんですが、「なんで鰹節を買うのに生年月日が必要なんだ」と言われて止めてしまいましたから。本当は興味があるところですよね。

私は1989年(平成元)、消費税導入の日に鰹節屋になったんです。その前は銀行員でした。一番ギャップを感じたのは、売る側と買う側の立場。もっと対等だと思っていたんだけれど、私が始めたころは、築地の力が落ち切ったときだったから、お客さんの言いなりでしか商売が成り立たなかった。

昔は築地も力があったんですよ。需要より供給のほうが少なかったから、築地に来ないと買い物ができなかった。並べて置きゃ、売れる。いい商売ですよね。

それが世の中が変わってきて、供給過多になってしまった。そうなれば、お客さんの言うことを聞くしかないですよ。

通信販売をやっているのは、築地の仲卸の気概みたいなものを、満足させるためかもしれませんね。

付加価値をつける

いわゆる「削り節原料」といわれるものについては、比較的、跡継ぎがいるんです。問題は、自分で削るのに使う本節とか亀節(注1)とかをつくる人が、本当にいなくてねえ。

普通の品物と、その人たちがつくるものとの違いは、丁寧さ。ひたすら手をかける。だからコストが上がってしまうんです。

ホームページでも紹介している生産者さんも、腰が痛いからそろそろ止めたいって言い出して、あせっているんです。

通販を10年やってきて、あの人を訪ねていったお客さんが2人もいる。「枕崎の井上さん」って、これだけで探し歩いて。

こだわりの人って、すごいですよね。でも、人間って、それだけ先入観で食べているってことなんですよ。食品にもストーリーが求められているんです。

面白いお父さんがいましてね、「やっぱり昆布は寝かせるとうまいよね」って言うんです。

私もそういう話は聞いたことがあるんですが、実際に試したことはなかった。それに来シーズンまで、在庫なんて持てないじゃないですか。そうしたらそのお父さんが、自分で大切に寝かしていた5年もの〜2年ものの昆布を、ポンと送ってくれた。

それでだしを取って比べてみたら、本当に違ってビックリです。新しい昆布は味は濃いけれど、昆布昆布している。それが、だんだん、まろやかになっていくんです。

それ以来、まるまる2年ぐらい在庫するようにして、通販で売っています。

お陰で昆布の在庫がえらいことになっちゃって。これで相場が下がった日には、どうしようかと思っています。

保存に関しては、昆布は乾燥させておけばいい。

鰹節は20℃を越えると虫がつくので、うちはエアコンを15℃設定にした部屋の中で保管しています。冷蔵庫に入れると乾燥しすぎて、割れるし、削れなくなります。

家庭では、風通しのいいところに置いて、2週間に一度ぐらい日に当てて天日消毒したら大丈夫ですよ。

(注1)
鰹を三枚に下ろしたものを亀節、三枚から背と腹に下ろしたものを本節、本節の中でも背側を使ったものを雄節(または背節)、腹側を使ったものを雌節という。

四半世紀使い続けている業務用鰹節削り機

だしの将来

ここ数年、健康ブームとか和食回帰とかで、ずいぶんマスコミに取り上げていただきましたが、「じゃあ、さぞかし売れるんではないか」と皮算用を弾いても、まったく売上に影響してくれない。

本物のおいしいだしといっても、比べてみれば確かに違うけれど、単独で味わった場合、死ぬほど感動を与えられる味かどうかといったら難しい。

だから、情緒的な付加価値をつけていくしかない。ただ、小売りをしている分には情緒的な付加価値で何とかなるんですが、卸売りで飲食店さんに売るには、そういうものは役に立ちません。経済効果に結びつかないと。

だしは、あくまでも脇役だ、というところが難しいんですよ。

私はうちで売っている鰹節は、日々の糧でなくてもいい、とまで割り切っています。ここぞというときに、使ってもらえればいい。趣味のこだわりでいいんです。

だって、インスタントコーヒーを飲む人も、自分で焙煎までする人もいて、それが共存しているのが世の中ですから。

ですから私は、コーヒー豆を自分で焙煎して、挽いて、淹(い)れるようなタイプの人に、鰹節や昆布を売っている。

直営の飲食店で「本物のだし」を売り物にするとか、「だしバーとかはどうだろう」なんて、いろいろ考えたんです。

でもね、自分の専門のことだから慎重になる。もしも門外漢のお酢を売れ、と言われたら、結構無責任に「これが日本一のお酢だ」と言い切れてしまうかもしれません。鰹節や昆布に関して、それは、うかつには言えないことなんですよ。



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