機関誌『水の文化』33号
だしの真髄

だしソムリエに挑戦

プロである伏高商店の中野克彦さんでさえ、「明確には違いを表現できない」という、だしの微妙な味わい。素人の我々がわかるはずもない。 しかし、ビールならともかく、だしを飲み比べる機会なんて、滅多にあるものではない。 そこで、23号「水商売の理」に続いて、今号でも編集部の“ベロメーター”による実験を敢行してみた。さて、その結果はいかに?。

編集部

ブラインドテスト

うま味成分発見の立役者となった昆布に敬意を表して、昆布だしのブラインドテストをメインの実験とした。

ブラインドテストといっても、違いを判定できるはずはないから、日高、利尻、羅臼、真昆布、利尻の2年ものという5種類のだしを味わって、「一番おいしく感じただし」を選んでみた。

結果は、9名の被験者の内、8名までが羅臼をチョイス。1名だけが真昆布を選んだ。その理由は「羅臼昆布はあまりにも濃い味で、洗練されていないと思ったから」。つまり、濃いほどおいしいと感じる人と、多少淡白な中に表われる上品さをおいしいと感じる人がいて、「おいしさ」の定義にも個人差があるということだ。伏木亨さんがいう、「おいしさは味わう人の側にある」という論理が、見事に証明される結果となった。

2位は、真昆布が3名、日高が3名、2年ものの利尻が2名。ちなみに、以上の8名は関東出身者。

1名だけ2位に羅臼を選んだのは、真昆布を1位に選んだのと同じ被験者で、中京圏の出身だった。

この結果だけ見ると、昆布の王様は羅臼、クイーンは真昆布といってもいいかもしれないが、関西出身者の評価も入れないと、公正な評価にはならない気もする。

中野さんお勧めの2年ものは、残念ながら、2位に2名が選んでいるに留まった。確かに「角の取れたこなれた味」だったが、羅臼を一番に選ぶ嗜好を持つ我々には、少し上品すぎて物足りなく感じたのかもしれない。

要は、使い方によって相性があり、「おいしさ」は不動ではない、ということである。

味の記憶

味わっていて不思議だったのは、どこかで食べたことがある、というデジャヴ感覚だ。

羅臼昆布では大阪のうどんを思い出したし、日高昆布ではおでんを思い出した。こうした「食べたことがある」という経験(もちろん、まずかった思い出ではなく、おいしかった思い出)も、おいしさを感じるためには重要なのだろう。

超硬水と軟水

次に行なったのは、硬水と軟水による、だしの濁りの検証。硬度1468の超硬水と84の軟水で比較した。ガラスピッチャーに入れて目視しただけでも、超硬水では濁りが見られる。

しかも、苦いというか渋いというか、味にも雑味が出ていて、おいしく感じられなかった。やはり、だしは軟水系の日本の水と出会うことで、ここまで発展してきたことが実験からも明らかとなった。

硬度1468の超硬水と84の軟水と水道水で一番だしを引き、濁りや味を比べてみた。右から、超硬水、水道水、軟水。

硬度1468の超硬水と84の軟水と水道水で一番だしを引き、濁りや味を比べてみた。右から、超硬水、水道水、軟水。

相乗効果

アミノ酸系のうま味成分であるグルタミン酸ナトリウムと、核酸系のうま味成分であるイノシン酸の相乗効果を確かめる実験もした。

昆布と鰹節のだしを合わせると、相乗効果でうま味が5倍、昆布と干し椎茸の戻し汁を合わせると相乗効果でうま味が7倍、といわれているが、そんなに微妙なことはわからない。

まあ、「おお、おいしくなった」と言うのが関の山だ。ついでに煮干しのだしもつくって、いろいろ合わせてみたけれど、飲めば飲むほど、だんだんわからなくなってしまうのだった。

ちなみに昆布だしのブラインドテストでは、一番最初に口に含んだときに「だしって、こんなに濃く、おいしかったんだ」と感じた。普段何気なく口にしているときには、単に「おいしいな」と思う程度で済ませていたが、じっくり味わってみると、今さらながら奥深いだしの味、芳醇な香りに感心してしまった。飲み比べてみなければ、どんな種類のだしでも、満足しておいしくいただけるなあ、と思った。

ここでもやはり、干し椎茸の戻し汁には茶碗蒸しの記憶が、煮干しには味噌汁の記憶がよみがえり、味に対してなのか、においに対してなのかは定かでないが、「おいしかった思い出」の重要性を確認する結果となった。

だし・調味料の支出金額の変遷

だし・調味料の支出金額の変遷
「家計調査」(財務省統計局)より作成

塩分が欲しい

今回の実験で得た教訓は、先程から述べているように、「おいしかった思い出」の重要性だ。

それに加えてもう一つ。だしには塩分が不可欠だということ。昆布にも鰹節にもわずかに塩分が含まれているのだが、飲み続けているうちに、胸がもやもやしてきた。「ああ、塩分がもう少し欲しい」と、薄まった血液が要求しているのだろうか? そして、塩ではなくうま味たっぷりで香り高い醤油が欲しい、と思ったのは、やはり関東の人間だからであろうか。次の機会があれば、是非、だしの東西対決官能実験を行ないたいと思った。

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