機関誌『水の文化』34号
森林の流域

木も見て 森も見る

編集部

森にかかわる人の時間

今号で一番驚いたのは、森林にかかわって生きる人の時間感覚だ。東京大学生産技術研究所教授の沖大幹さんらが提唱する「千年持続学」を地でいく話が繰り広げられる。人類が農耕を始めて8000年。それ以前から脈々と続く、森林の恵みを享受しながら生きてきた記憶がそうさせるのであろうか。

確かに人類は森と共生することで、生命をつないできた。いわば、森林は「金の卵を産む鶏」だ。その鶏が、今、瀕死の危機にある。

世界も地域も

世界の森林も、日本の森林も、瀕死の危機にあることは間違いない。しかし、その中身は180度違った方向を向いている。世界の森林は使い尽くされて危機にあり、日本の森林は「使いながら守る」循環がうまく機能しないことで危機にあるのだ。

どちらも、人間の暮らしが短期間で激しく変化したことが原因だ。本来、世紀単位で生きてきた森林が、数年、数十年単位の変化に振り回されている。

拡大造林期には辻褄があっていた人工林の植林も、伐期になった現在では、少し様子が違っている。長期の予測が不可能なのは、ある意味で当たり前。だからこそ、多様性が大切なのではないだろうか。

近年になって、私たちはようやく食の安全や海産物の資源保護に関心を持つようになった。同じように、日本で消費される木材製品がどこから、どのように持ってこられているか、関心を持っていきたいものだ。

熱帯雨林を伐採して得られた木材が第三国に輸出され、合板に姿を変えて日本に輸入されることは、木材におけるバーチャルウォーターともいえる。接着剤から発生する化学物質による健康被害がきっかけになって、合板に厳しい品質基準が設けられたのだから、こうした状況の改善にも、同じぐらいの熱意を持って取り組みたいものだ。

加えて、森が耕作地や養殖場に姿を変え、木材ではない「何ものか」を生産していること、場合によっては森が宅地や砂漠に姿を変えていることにも、関心を寄せていきたい。そのための「見える化」が、どうすればできるのか知恵を絞ろう。見ることを心掛けよう。

このように、使い尽くされ風前の灯となった世界の森林の背後には、日本の木材使用の見えにくい現実がある。

世界の森林を保全することは、「使いながら守る」ことができなくなった日本の森林にも影響を与えるだろう。世界の森林の現状を知れば、経済効率からだけでない、自国の森林利用を進めるモチベーションにつながるはずだ。もちろん、経済効率を達成できれば願ってもない成功となる。

世界の森林というマクロな問題も、人と共生しながら続いてきた地域の森林というミクロな問題も、実は遠いようでつながった話なのだ。

それでも、川下の消費地から、森林への関心が高まっている事例を知ることができた。森を思う気持ちの循環が少しかなえられてきたようで、希望的で明るい兆候と思える。

川下からのラブコールだけではない。川上側からも、もっと川下の要望を受け入れようというアプローチが見える。相思相愛で心が通えば、人の交流や木材資源などの「モノ」の流通といった循環も、もっと回っていくに違いない。

木も見て、森も見る

気づいた人もいるかもしれないが、木材資源を産する場合には森林、場としては森と表記してきた。森林法によると、木材資源を産する場合、林とするのが実は正しい。

森林は、守備範囲が広すぎる。だから、問題が見えなくなりやすい。しかし、その守備範囲の広さ、多様性こそが、森林の豊かさ、包容力であったはずだ。私たちは近年、その多様性を忘れ、木を見て森を見ないでいたように思う。

森を生存のための保険と見て、地域振興の「場」として生かしていく試みも始まっている。環境林というと、理科の勉強のような気分になるが、「場」として大切にされる森は人の暮らしに寄り添って心地良い。水が飲めるのも、山が崩れないで住んでいられるのも森のお陰、家も舟も田んぼの稲架木(はさぎ)も刈敷も森の恵み、と考えれば、「生存のための保険」とは言い得て妙である。

要は林か森かという議論ではなく、世界も地域も見て、木も森も流域も見るという、複眼の見方が求められる時代になったということだ。

空間として木も見て森も見ることに加え、時間として次世代、次々世代の人たちのことも見ていかないと森は維持できない。

広く流域全体に影響を及ぼし、結果が出るのが遠い将来になるというのが森の性質。だからこそ〈守っていく責任〉は、都市住民から山地住民まで、過去の人たちから現代の私たちを経て未来の人たちまで、すべてにあるはず。渡されたバトンを次世代につないでいかれる仕組みを、真剣に模索していきたい。



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