2010年6月発行

水の文化 35号 アクアツーリズム(水 環考)

水の文化 35号 アクアツーリズム(水 環考)
  • 完全版ダウンロード
    PDFダウンロード
  • 表紙ダウンロード
    PDFダウンロード
  • 目次ダウンロード
    PDFダウンロード

水は生命の源です。
人が水辺に安らぎを感じるのは、
水の根源的な意味を、知らず知らずのうちに
意識しているからかもしれません。

水が豊かな日本では、
水に親しむことができる場所、
水が育んだ暮らしの知恵や文化、
水が生み出すおいしい食べものや工芸品といった、
水にかかわる恵みを随所に見出すことができます。
訪ねていけば、
新たな価値の発見につながるかもしれません。

訪れたい人と
訪れてもらいたい人が出会うことで、
元気が生まれる地域が誕生するかもしれません。

たくさんの可能性を秘めた
水にかかわる旅、すなわちアクアツーリズム。
水が取り持つ縁を探しに、出かけてみませんか。

目次

ダウンロード
水都大阪が引き出した
シビックプライドと地域ブランド
橋爪 紳也 PDFダウンロード
多様化するニューツーリズムの潮流
水文化と結びついた旅
大隅 一志 PDFダウンロード
ツーリズムは功罪を超えるか 徳野 貞雄 PDFダウンロード
くまもと アクアツーリズム
戦略的な水資源
小嶋 一誠 PDFダウンロード
くまもと アクアツーリズム
手永制度が育んだ肥後人気質
金子 好雄 PDFダウンロード
くまもと アクアツーリズム
地下水盆と共存する政策へ
的場 弘行 PDFダウンロード
くまもと アクアツーリズム
訪れる人と共有する生業の場
山口 力男 PDFダウンロード
くまもと アクアツーリズム
景観資源は誰のものか

産業の変遷と景観保全
藤村 美穂 PDFダウンロード
水の文化楽習 実践取材 28
水俣市久木野ふるさとセンター愛林館の提言

ブラックツーリズムのススメ
編集部 PDFダウンロード
文化をつくる
アクアツーリズム - 目的は美しい暮らし方
編集部 PDFダウンロード
シリーズ里川
小金井市中央商店街「六地蔵のめぐみ 黄金の水」

マイ蛇口を持って深井戸天然水を飲もう


小金井市
中央商店街


PDFダウンロード
水の文化書誌 26
《熊本の水循環》
古賀 邦雄 PDFダウンロード
ミツカン水の文化交流フォーラム2010
「水は誰のもの?」開催のお知らせ
インフォメーション
  PDFダウンロード

水都大阪が引き出した シビックプライドと地域ブランド

橋爪 紳也

橋爪 紳也 はしづめ しんや
大阪府立大学21世紀科学研究機構教授
同大学観光産業戦略研究所所長
大阪市立大学都市研究プラザ特任教授

1960年大阪市生まれ。京都大学工学部建築学科卒業。同大学院工学研究科修士課程、大阪大学大学院工学研究科博士課程修了。工学博士。
主な著書に『倶楽部と日本人』(学芸出版社 1989)、『大阪モダン』(NTT出版 1996)、『集客都市』(日本経済新聞社 2002)、『創造するアジア都市』(NTT出版 2009)ほか

近代化の中で、
世界の各都市は同じような地域づくりをしてきました。
グローバルスタンダードな都市はできたけれど、
風土とか地域の歴史といった文脈を失ってしまった、
と橋爪紳也さんは言います。
ツーリズムは、単に観光業というビジネスだけではありません。
地域の元気を取り戻し、経済の活性化にもつながる
ツーリズムの可能性についてうかがいました。

イズムを持ったツーリズム

 旅行と旅が違うのと同様に、観光とツーリズムは違います。
 観光はサイトシーイングの日本語訳です。あくまでも狭い意味で、物見遊山という意味合いが強い。対してツーリズムというのはさまざまな目的で人が移動することの総称です。
 特に「イズム」という語尾に注目してほしい。ツーリズムってツアー、すなわち旅行にイズムがつくんですね。これはある種の主義主張を持って人が移動するということを意味します。
 アクアツーリズムは新しい、まだ充分には定義されていない言葉ですが、私は「水を媒介として何かとコミュニケーションをするために、人が移動すること」を総じて語るものだと理解しています。
 例えば、大自然の奥にある川の源流を辿るようなものもあるだろうし、海に出向くのもあれば、都会的なアクアツーリズムもあるでしょう。
 神聖なる水という概念は、世界中のどの民族、文化にもあります。多くの人が聖地に行って、水で身を清めるという行為がある。噴水であろうが滝であろうが、水辺の聖なる場所は世界のいたる所にあるのです。その水にある種の聖なる力があるから、人々は足を運ぶ。それは明らかに単なる観光旅行ではなくてツーリズムなんです。
 ボランティアでどこかに行く場合も、観光旅行ではなくてツーリズム。例えば重油が漏れたので海岸の掃除に行きましょう、というのはボランタリーなツーリズムですね。川とか水辺をきれいにしようというアクアツーリズムもあるでしょう。
 このように、人間にはある種、水を求めて移動しようとする本能があるんじゃないか。清らかな水に対する何らかの想い、水を使ったスポーツ、水を活かした新たな楽しみ、水面(みなも)に落ちる夕日を見て癒されるなど、水には「移動したい」という気持ちを喚起する動機づけが、もとから備わっているから、アクアツーリズムが成立するのだと思います。

水都大阪の場合

 大阪で都市再生を考えるときに、私はどこに焦点を当てるのかということを考えました。ハード整備が都心部の川縁一帯で実施されるということもあるのですが、加えてソフトのプログラムが必要だと考えました。
 かつて大阪は水の都だった。ただ戦後の高度成長期の中で、我々は、水の都であったという誇りと対外的に価値のあるブランドイメージを捨ててきた。それをもう一度回復し、かつてのブランドとは違う、新たな物語性のあるブランドとして再構築することが大事なのではないか、と。

続きはこちらPDFダウンロード

ページの先頭に戻る

多様化するニューツーリズムの潮流 水文化と結びついた旅

大隅 一志

大隅 一志 おおすみ かずし
(財)日本交通公社 観光調査部主任研究員

1982年、(財)日本交通公社入社後、各地の観光地計画、リゾート計画などにかかわる。1990〜91年、アメリカ・コロラド州立大学にて研修(米国のアウトドア・レクリエーションの実態などを調査)。1997年より主任研究員。日本観光研究学会会員
主な著書に『観光読本』((財)日本交通公社編/東洋経済新報社 1994)ほか

価値観や旅行への要望の多様化に伴い、
着地側から発信される旅行商品が増えています。
従来のマスツーリズムに比して、
ニューツーリズムは多品種小ロット。
ニーズは増えてきているものの、
マーケティングなどに課題を残し、苦戦中です。
ニューツーリズムの現状と、ブランディングに貢献する水を、
観光資源として検証しました。

発地側から着地側へ

(財)日本交通公社は、観光文化振興のために調査研究、研修を行なう公益法人として現在に至っています。  スキー場開発、リゾート開発から始まり、バブル経済崩壊後はオートキャンプ場など自然志向の観光開発をしてきました。現在の傾向としては、どこから観光で、どこからまちづくりなのか、領域がボーダーレス化し、「観光まちづくり」が大きな流れになりつつあります。

(財)日本交通公社
(財)日本交通公社は、1912年(大正元)ジャパンツーリストビューローとして誕生。旅行部門は1963年(昭和38)に、(株)日本交通公社(現・(株)ジェイティービー)として分離された。

 新しい旅行志向としてニューツーリズムの概念が生まれてきました。
 ニューツーリズムを定義するのは難しいのですが、旅行テーマだけでなく、マスに対応できない内容を持っているということ。流通の仕組み自体もニューなのだと思います。
 従来型の観光モデルでは、旅行商品は発地側の旅行会社が、大量に宿や交通手段を仕入れて不特定多数の人に売るという、マスツーリズム型の効率のいい旅行をつくってきました。
 こうした売り方は、発地側からお客を送り込むことから「送客ビジネス」ということができます。
 こうしたマスツーリズムが地域に与える影響は大きく、今は批判されることがあります。しかし個人で手配するよりも安く安心して利用できるメリットがあります。つまり、旅行が大衆化する段階では、非常に有効なビジネスモデルだったわけです。
 一方、マイカーが普及し、インターネットで情報が安く手に入る時代になり、個人が自ら旅行を計画して手配するようになってきました。団体旅行、マスツアーの形態から、個人旅行にシフトしてきたんです。
 ちなみに現在の個人旅行と団体旅行の割合は、費用負担で8割、形態の9割が既に個人です。修学旅行以外は、ほとんど個人旅行といっていい状況です。
 送客ビジネスに対して、集客ビジネスとしての「着地型旅行」という言葉も定着しつつあります。地域側が、自ら旅行商品をつくって売る形態です。これは多様化するニーズやニッチな要望に対応できる素材や魅力を、地域で発掘して旅行商品として売っていこうとするものです。
 こうした商品を少しでも開発していかないと、これからの旅行業は継続できませんが、発地側の旅行会社には、その情報が集まりませんから商品開発する力がない。それで着地型旅行が注目されてきたのです。

続きはこちらPDFダウンロード

ページの先頭に戻る

ツーリズムは功罪を超えるか

徳野 貞雄

徳野 貞雄 とくの さだお
熊本大学文学部 総合人間学科 地域社会学教授

1949年大阪府生まれ。1987年九州大学大学院文学研究科博士課程修了。山口大学、広島県立大学、シェフィールド大学客員研究員を経て、1999年より現職。「食」と「農」の専門家として、日本全国の農村に出かけ、フィールドワークをこなす活動派。「道の駅」命名者。
主な著書に『ムラの解体新書』(林業改良普及双書 1997)、『地方からの社会学ー農と古里の再生をもとめてー』(共著/学文社 2008)、『農村(ムラ)の幸せ、都会(マチ)の幸せー家族・食・暮らし 』(日本放送出版協会 2007)ほか

受け入れ側にとっては地域活性化、
訪れる側にとっては日常からの解放として、
期待を集めるグリーンツーリズム。
しかし「スローライフ」は忙しく、
「グリーンツーリズム」は落とし穴だらけ、
それ自体は反対でないけれど、
と徳野貞雄さんは慎重論を提示します。
今までの失敗は、旧来のパラダイムに固執したことにある、
だから、突破口となる新機軸の構築が、
農村(ムラ)にも都市(マチ)にも求められています。

役所とマスコミのためのグリーンツーリズム

 マスコミは、
「都会の暮らしがイヤになって山の中で農業をしています。収入は3分の1になりましたが、ここは自然も人情も豊かです」
 というネタが大好きです。
 しかし、農家の息子が、農業を継いでも記事にはしません。
 日本の行政は、国も県も、もはや農山村をどう活性化したらいいか、わからなくなっています。だから、取り敢えずグリーンツーリズム。それで議員と役場職員が、農家民宿のメッカ大分県・安心院に視察に行く。これでは、役所とマスコミのためのグリーンツーリズムです。
 私は、基本的にツーリズムに反対ではありません。ただ、農水省的な政策として、グリーンツーリズムによる農山村の活性化目標を立てていっても、そんなに短期でうまくはいかないだろうと考えています。
 もっと基本的に、時間がかかってもいいから、いろいろな形で農村対策を展開していくべきでしょう。農山村活性化=グリーンツーリズムという、政策的なシングルフォーカス(画一化)が、一番恐ろしいのです。

目的は何?

 厳しいことを言えば、ブームとして追いかけるのではなく、グリーンツーリズムにどんな効果があるのか、もう少し現実的、実証的に研究する時期にきているのではないでしょうか。少なくても、自分たちがやっている都市農村交流は「政策」なのか「事業」なのか「活動」なのかという性格づけが必要です。
 熊本県の山都(やまと)町のY集落では、7年前から棚田オーナー制を始めて、地域起こしの優良例として、たくさんの表彰状をもらっています。都会から150〜200人のオーナー希望者がくれば農地は守れると考えたそうですが、実際に棚田オーナーになったのは21組でした(現在は18組)。この集落の水田は54haあります。オーナー制で都会の人が耕したのは34a、全水田面積の0.6%です。これでは棚田保全にも農業の担い手にもなり得ないでしょう。そして、都市農村交流に、集落の人は「疲れ果てて」しまっています。
 しかし私は、棚田オーナー制はやめないほうがいい、と思っています。なぜなら、それは「新しい祭り(活動)」だからです。そう考えれば、赤字でも腹は立ちません。このように、都市農村交流の推進は、漠然とやるのではなく、目的や機能を明確にして進める時期にきているのです。

続きはこちらPDFダウンロード

ページの先頭に戻る

くまもと アクアツーリズム
戦略的な水資源

小嶋 一誠

小嶋 一誠 おしま いっせい
熊本県総務部市町村総室長

1952年、熊本県出身。熊本県市町村合併推進室長、交通対策副総室長、行政経営課長、水環境課長を経て現職。
主な論文等に、「熊本地域における地下水管理行政の現状」(地下水学会 2010)、「市町村合併の現状と課題について」(熊本を創る情報誌STEP 2005)、「市町村合併への取り組みについて」(自治フォーラム 2002)ほか

熊本地域では豊かな地下水資源を
戦略的に保全・活用することを目的とした
行動計画(熊本地域地下水総合保全管理計画)を作成しました。
上水道としての活用はもとより、
観光資源として、また農林水産物から工業製品に至るまで、
水とのかかわりを「物語」にして、
地域の魅力を対外的にアピールしようとしています。
優れた水資源を保全し活用するために設置された
水の戦略会議の試みは、
全国的に注目を集めています。

水の戦略会議発足

 熊本県の水の戦略会議は、2009年(平成21)7月に発足しました。
 この会議は、熊本県の豊かな水資源を戦略資源としてとらえ、健全な水循環と水環境の保全及び、活用方策を考えるフォーラムとして設置されました。
 行政機関だけでなく、水問題の研究者や経済団体や環境団体などの代表など、さまざまな立場の人が参加して、意見を出し合っています。ミツカン水の文化センターのアドバイザーを務めておられる東京大学の沖大幹先生にも加わっていただいています。
 世界的に水資源が枯渇傾向にある中で、水の宝庫である熊本県としては、水質や水量の保全対策だけに止まらず、活用にも新しいコンセプトを打ち出していく。
 水の戦略会議の議論を通して、「熊本って、素晴らしい水の宝庫で、水資源をうまく活かしているよね」と言われるように、豊かな水資源の保全と活用についてのコンセプトを共通目標に、関係機関が同じ意識で仕事を進めていこうと。特に、今回の取り組みでは、「水の宝庫熊本」の水ブランドづくり、磨き上げを目指しています。
 既に、アイデアの一つとして、豊かな湧水源地域に「水の駅」をつくろうという案も出されています。水資源を活かした地域活性化策として、水の駅を結んでシルクロードならぬアクアロード(水の道)、水街道に、といった提案もあります。水資源を戦略資源として活かそうとする、こうした特色ある熊本の取り組みは、蒲島郁夫知事自らの発想とリーダーシップを元に進められています。
 私が3月まで勤務しておりました熊本県の水環境課は、水資源対策や水質保全対策もやっています。そのドメインは、県内の山間地の湧水源から海域まで含まれています。
 熊本には、約千カ所を超える湧水源がありますが、特に熊本地域(11市町村)は、約100万人の生活用水の100%を地下水でまかなうほど、豊かな地下水資源に恵まれた地域です。
 その他にも産山(うぶやま)村の池山(いけやま)水源、南阿蘇村の白川水源、菊池市の菊池水源、さらに宇土市の轟(とどろき)水源など、昭和の名水百選に4カ所、平成の名水百選にも水前寺江津湖湧水群など4カ所が選定され、全国一となっています。
 県内の大河川は、北から菊池川、白川、緑川、球磨川。それ以外にも筑後川、大野川、五ヶ瀬川、大淀川などの源流も抱えています。
 こうした水に恵まれた熊本で、近年、水のマネージメントがより重要な課題とされ始めたのは、熊本地域における地下水位の低下や硝酸性窒素濃度の上昇などの問題が顕在化したことによります。

続きはこちらPDFダウンロード

ページの先頭に戻る

くまもと アクアツーリズム
手永制度が育んだ肥後人気質

金子 好雄

金子 好雄 かねこ よしお
東海大学産業工学部環境保全学科 准教授

1951年東京都大森生まれ。1978年東海大学大学院工学研究科修士課程修了。東京理科大学理工学部助手、九州東海大学工学部都市工学科講師・助教授を経て現職。専門は水環境工学。
主な著書に『熊本発地球環境読本』(共著/東海大学出版会 1992)、『科学と環境教育』(共著/東海大学出版会 1993)、『水環境工学の基礎』(共著/森北出版 1994)、『くまもと水防人物語』(共著/槙書房 1998)、『日本の水環境7 九州・沖縄編』(日本水環境学会編/技報堂出版 2000)ほか

熊本の豊かな水は、
「水使いの仕組み」と
「肥後人気質」をも育んできました。
持続可能な開発が求められる昨今、
「肥後人気質」が力を発揮する時代が
到来したように思います。
ツアーがツーリズムに昇華するために、
まずは熊本の歴史をひもといてみましょう。

熊本との出合い

 私は、実は生まれも育ちも東京です。大田区の大森なんですが、ちょうど私が育ったころの多摩川は公害が一番ひどいころだった。生物はまったくいない。いるのは背中の曲がったような魚。堰から落ちる水が泡立って、風にちぎれて飛んでいるようなすごい風景の所で育ったんです。そんなとき父が多摩川上流に連れて行ってくれた。それで、川って良い所もあるんだなというのを知りました。それが川との出合いです。
 私は土木工学出身で、飲料水をつくる上水道工学と下水処理をして環境に還す下水道工学が専門でした。熊本に来てからは、これまで下水処理で微生物を扱っていた関係で、工学的なもの以外に保全生物学、あるいは保全生態学、生態系保護論といった科目も担当するようになりました。
 熊本を流れる大きな川に、白川があります。1994年(平成6)から年1回の調査をやっていて、今年で17年目です。白川は本流が74km、黒川という支流を合わせると100km弱あります。
 この規模の調査をやるには、人手がいります。全学から希望者を募って、大体3kmおきに31のポイントをとって採水し、生物調査も併せて行なっています。1カ所で最低4人必要ですので、31カ所で124名以上、大体今まで150名から180名規模で実施してきました。
 1985年(昭和60)から熊本におりますが、素晴らしい水環境の所です。町の中に湧水があり、73万人の熊本市民の上水道をまかなっています。日本ではこの人口規模では多分唯一、世界でも珍しいことに、水道水源が100%地下水なんです。地下水を水道水源に使っているのは全国でも20%強ぐらいですかね。
 また、浄水場もまったくありません。熊本に来て浄水場を見に行ったら、施設も何もないのです。「何にもないの?」と聞いたら、大きな着水井(ちゃくすいせい)に連れて行かれて、水がぼんぼん湧いている。「これ、自噴です」と言われてびっくりしました。この水を濾過もせず、塩素消毒だけで利用しています。水質がいいのでそれでいいんです。
 ところが熊本の人は、良い水が豊富にあるから、貴重さをあまりわかっていないことが多い。転勤や進学で県外に出て、初めて熊本の水の有り難さを知った、という人が多いんですよ。

戦国時代の熊本

 この地域は昔、加藤清正が肥後の国主になって治めるまでは、五十二人衆と呼ばれる地方ごとの国衆(在地領主)が頻繁に争い合っていて、どうもまとまった川の整備ができなかったようなのです。それで、この辺りでは米がつくれませんでした。

続きはこちらPDFダウンロード

ページの先頭に戻る

くまもと アクアツーリズム
地下水盆と共存する政策へ

的場 弘行

的場 弘行 まとば ひろゆき
熊本市企画財政局 財務部 管財課

熊本市環境保全局水保全課に7年間の在籍ののち、現在は企画財政局管財課に所属。熊本市の地下水保全政策の企画立案から実施を担当。水文化の普及にも注力し、水遺産、水検定、水守など、全国的に注目される熊本市独自の政策を牽引した。
くまもとウォーターライフホームページ
http://www.kumamoto-waterlife.jp/

阿蘇火山の自然のシステムと、
加藤清正はじめ先人がつくった人間の営みのシステムとが
熊本地域の地下水のメカニズムを生み出しました。
的場弘行さんは、熊本の水を守ることは
水が育んだ、生態系や土地のさまざまな文化という
多様性を守ること、と言います。
多様性を構成する一つひとつの資源を保存し、
後世に伝える仕組みをつくる政策についてうかがいました。

熊本市と地下水

 熊本市は豊富で良質な地下水資源に恵まれ、「日本一の地下水都市」といわれています。事実、73万市民の上水道をすべて地下水でまかなっています。蛇口をひねればミネラルウォーター、ダムも浄水場もない、こういう都市はほかにはないと思います。しかし裏を返せば、都市の需要を十分に満たす水資源は、地下水しかない。従って、熊本市は地下水と共存する道を歩まざるを得ないのです。
 地下水が地表に露出したものを湧水と呼ぶわけですが、熊本市とその周辺には大湧水地帯があり、市内にある水前寺成趣園や江津湖などはその代表格です。白川や緑川といった大河川も、熊本市に集まっています。それゆえに、濃厚な水文化も育ちました。物質としての水だけでなく、生態系はもちろん、食、風習、伝統文化など多様な水文化、これらをすべて含めて水資源ととらえるべきだと思っています。

ダイナミックな地下水流動系

 熊本市は、阿蘇山の西側に位置し、地形・地質は、阿蘇火山の影響を強く受けています。阿蘇外輪西麓から有明海に至る1041km²のエリアは熊本地域と呼ばれ、熊本市を含む11市町村で構成されています。ここに広域の地下水盆(地下水流動系)が存在します。主要な帯水層は、第四紀の阿蘇火山の噴出物などで、火砕流堆積物や溶岩、砂礫層などが中心です。つまり巨大な地下水の容れ物を阿蘇火山がつくってくれたということです。熊本地域の地下水は阿蘇の恵みなのです。
 そして約400年前、肥後に加藤清正が入国し、数々の土木事業を広域に展開していきます。その一つに、白川中流域の水田開発があります。白川は、阿蘇カルデラ内に発し、西流して熊本市を貫流し、有明海に注ぐ一級河川です。清正はその中流部に井堰(いぜき)をつくり、水田の開発に着手しました。それは大規模なものでしたので、子の忠弘や細川治世に引き継がれ、完成に至ります。
 さて、この水田開発が地下水に大きくプラスに作用するんですね。阿蘇火山の噴出物で形成された土地ですから、水田は非常に浸透性が高く、「ザル田」と形容されます。水田に張られた水がどんどん地下に入っていく。通常の水田の5倍以上の浸透能力があります。水田としては出来の悪い水田ですが、重要な地下水涵養域となるのです。
 さらに、白川中流域の地下構造は、地下水の貯留タンクのような水文地質になっていて、しかも中間の粘土層が欠如しているため、深層に直接、地下水を補給します。熊本市の水道水源は深層地下水が主ですから、より重要な涵養(かんよう)域といえます。「土木の神様」といわれる清正公といえども、このことは知らなかったと思います。

続きはこちらPDFダウンロード

ページの先頭に戻る

くまもと アクアツーリズム
訪れる人と共有する生業の場

山口 力男

山口 力男 やまぐち りきお
阿蘇百姓村村長

1947年熊本県阿蘇の赤水に生まれる。
同志社大学法学部へ進むが中退。世界各国を放浪。1973年に帰郷、30歳を前に農業を決意。1993年「阿蘇百姓村」開村。農業の振興と、都市生活者との交流の拠点にする。1987年全国農協青年組織協議会委員長、熊本県阿蘇町農協理事となる。阿蘇山麓の農業経営者らと農作物の宅配、農作業請負などのグループを結成し、農村と都市との交流に努める。

高齢化と後継者不足から、存続の危機が取り沙汰される農村。
阿蘇でも、草原保全に不可欠な
野焼き作業が続けられない地区があります。
「景観資源」として保全したい観光産業の思惑と
農家が生業として牛を飼うことで、
結果として草原保全を行なってきた事実。
とかく対立の構図で語られる農村と都会、
地元の暮らしと観光産業ですが、
「それは不毛の議論」、
と言う山口力男さんの目指す先をうかがいました。

周年放牧の試み

 繁殖農家が子牛を産ませて、肥育農家が子牛を買い取って太らせて出荷し、食肉業者が解体して商品にすることで、牛肉は皆さんの食卓に上がります。
 私は米をつくったり牛をつくったりしている。この地域の畜産家は、私も含めてほとんどが繁殖農家です。
 阿蘇の繁殖農家は、普通、夏山冬里方式といって、夏は山に放牧して、冬になる前、11月ぐらいに家に連れて帰って牛舎で飼う。
 しかし私はズボラから出ている動機で、一年中、山に置いておったらまずいんだろうか、牛は嫌がるんだろうか、と考えた。もしそれができたら、コストも下がる、と始めてみたんですよ。だから、今は周年放牧といって、一年中、山に置いておく。子牛も山で産ませて、離乳期が済む3カ月齢ぐらいのときに、家に連れてくるんです。それで10カ月齢になるまで育てて市場に持っていきます。
 近隣の何軒かの農家もやるようになりましたが、家で飼っているよりも、いなくなったり死んでしまったりというリスクはあります。
 牛は生きものですから、食べものと水が不可欠。冬場に山の水が確保できることが、周年放牧の条件になります。冬山の草は枯れてしまいますから、サイレージを定期的に山に持っていっています。

サイレージ (silage)
サイロ(収蔵倉庫)に牧草などを詰め、発酵させ、密閉することでカビや腐敗を防いで、長期保存を可能にした家畜用飼料の一種。水分量の調整や乳酸菌などを添加するなど、農家によって工夫が凝らされる。

 熊本市は、阿蘇山の西側に位置し、地形・地質 行方不明はこの10年で2頭。周年放牧が原因と考えられる死亡は、ここ20年で8、9頭です。
 牛の場合は役目を終えたら屠殺されますが、うちでは引退させて死ぬまで飼う。20年というと人間でいえば80〜90歳です。
 周年放牧で一番肝要なのは、種付けです。種付けしないと、子牛は産まれませんから。本来、牛の種付けは99%人工授精。人工授精の免許を持った人が、優れた遺伝子を持った雄牛の精子を人工授精させ、より高く売れる牛を交配でつくっていきます。
 毎年、県で、種牛の候補となる雄を選抜していくんですが、だんだん絞られてきた段階で落選する雄が何頭か出ます。その雄は屠殺されるわけですが、それもなんですから貸してもらえませんか、とお願いして連れてきます。ですから、周年放牧プラス自然交配。だから、雌牛は私に感謝状をくれる。
 畜産農家の都合でいえば、1年1産してくれたら、その牛はパーフェクト。30年、40年の経験を持っている名人でも、13カ月か14カ月1産が限界です。12カ月で子供を産んだら、可能な限り早く乳離れをさせて子宮を回復させて、受胎可能な状態に雌牛の状態を整えて、人工授精して次の子供をつくる。ものすごく条件を整えてやっても、1年1産は難しい。

続きはこちらPDFダウンロード

ページの先頭に戻る

くまもと アクアツーリズム
景観資源は誰のものか 産業の変遷と景観保全

藤村 美穂

藤村 美穂 ふじむら みほ
佐賀大学農学部准教授

1965年生まれ。関西学院大学社会学研究科博士後期課程単位取得退学。社会学博士。
主な著書に『環境民俗学―新しいフィールド学へ』(共著/昭和堂 2008)、『東アジアモンスーン域の湖沼と流域―水源環境保全のために』(共著/名古屋大学出版会 2006)、『景観形成と地域コミュニティ―地域資本を増やす景観政策 』(共著/農文協 2009)ほか

阿蘇をフィールドとして、生活環境主義の視点から
景観を見つめた藤村美穂さん。
「使いながら守る」ことが難しくなった草原を
いかに維持・保全していくのか。
解決への第一歩は、
「人間の営み」を大切にすることにあるのかもしれません。

阿蘇の草原と赤牛の意味

 環境省が2001年(平成13)に行なったアンケートでは、観光客は阿蘇の魅力について「草原が広がる風景」77%、「山の連なりやカルデラの風景」50%、「牛馬のいる風景」38%と答えています。
 火山の噴火によって形成されたこの草原は、年平均気温10℃、降水量3000mmを超えるという気象条件から考えると、度重なる火山灰の影響があったとはいえ、現在ではうっそうとした森林に覆われていてもおかしくありません。
 それにもかかわらず、10世紀ごろから今日に至るまで、約1000年もの間、広大な面積の草原が維持されてきたのは、人間の絶え間ない働きかけが続けられてきた結果です。
 ここは、火山灰で覆われた酸性土壌であったために、水田の肥料として大量の草や家畜の糞が不可欠でした。多くの地域で勃発した水争いですが、阿蘇では草が、それに匹敵するぐらい重要な価値を持っていました。いくつかの村が入り合って利用してきた阿蘇の草原は、草が不足した時期には、利用権を巡って度重なる領土争いが起こったことが記録されています。
 阿蘇の草原景観に大きく関与してきたのは、赤牛です。

褐毛和種 あかげわしゅ
一般に赤牛といわれる。熊本系と高知系に分けられ、いずれも起源は韓牛といわれている。現在の「くまもとあか牛」は阿蘇、矢部及び、球磨地方で飼われていた在来種とシンメンタール種の交配により改良された固有種で、1944年(昭和19)に和牛として登録された。肥育において、黒毛和牛は約5tの飼料が必要なのに対し、赤牛は約4tと、成長効率の良い品種である。

 赤牛は、耐寒・耐暑性に優れているため放牧に適し、性格がおとなしいので群れで飼いやすい。また、ダニに強いという特性のために、長らく阿蘇で飼い続けられてきた品種です。
 戦後、農業機器の機械化や化学肥料の導入で、耕作用の赤牛は役能力としての役目を終え、畜産用に飼われるようになりました。1950年代半ば(昭和30年代はじめ)からは、広大な草地を持つ阿蘇は、国政や県政からも畜産基地として注目されるようになりました。
 1970年代(昭和45〜)になると、農家はサラリーマンに転職して兼業化が増える一方、規模を拡大する畜産業者も出て、牛の頭数が増えて農家の数が減少するという傾向になりました。
 ところが1991年(平成3)4月に輸入枠が撤廃され牛肉の輸入が自由化されてからは、国内の畜産頭数は激減しました。阿蘇も例外ではなく、既に畜産農家がいなくなった地区もあります。

続きはこちらPDFダウンロード

ページの先頭に戻る

第28回 水の文化楽習 実践取材
ブラックツーリズムのススメ 熊本県水俣市久木野ふるさとセンター愛林館の提言

編集部

 新しいツーリズム・地域活性策として有望視される「アクアツーリズム」。
 実際にアクアツーリズムと謳っている例はまだないが、これに先行するグリーンツーリズムは、農林水産省や環境省にも推奨され、各地で行なわれている。
 教育旅行に代表される受注型企画旅行で、ある程度の収益を上げないと成立しないといわれるグリーンツーリズムだが、観光産業の側面からではなく、「公益的機能に金を払う」という世論形成活動として位置づけるとしたら、話は別だ。
 実際に、世論形成のためにグリーンツーリズムを実践し、観光の光の部分だけでなく影も見せる「ブラックツーリズム」を提唱している、熊本県の水俣市久木野(くぎの)ふるさとセンター 愛林館(以下、愛林館)の活動を紹介しよう。
 まずは、編集部のグリーンツーリズム体験から。

沢畑 亨

沢畑 亨さん さわはた とおる
水俣市久木野ふるさとセンター 愛林館館長

1961年熊本県生まれ。東京大学農学系大学院林学専攻修士課程を修了。農学修士。修士論文「80年代後半のむらおこし運動の考察」
卒業後、西武百貨店に入社。1988年に退社、今井俊博さんと「熱帯文化研究開発機構」を創設し、コンサルテーション・執筆・編集などを行なう。1994年、愛林館の館長に全国公募で選ばれ現在に至る。水俣市環境審議委員、熊本県地域づくりコーディネーター、熊本大学講師など。
主な著書に『森と棚田で考えたー水俣発 山里のエコロジー』(不知火書房 2005)

おもてなし

 昼近く、愛林館に到着。この日は月に2回の食堂営業日。地元の女性たちが、地場の野菜や米を使っておいしい定食をつくっている。タイカレーなどのエスニック料理の日もあるが、この日は棚田でとれた餅米とあずきで炊いた赤飯、九州産の小麦粉でつくった団子汁に地域で採れた柚子でつくった柚子胡椒といった、100%国産どころか100%地場産の和定食だった。
 館長は、愛林館ができたときに公募で選ばれた沢畑亨さん。
「この割り箸も熊本産の間伐材でできていますから、どんどん使ってください。杉の良い香りがしますね。白い割り箸は、ポプラや柳、シラカバなどが材料で、防カビ材を使っているから要注意ですよ」
 と、食事にかかわる話にも、環境を学ぶ要素はたくさんある。
 赤飯に使ったあずきは、研修生の村田佐代子さんが手塩にかけて育てたもの。
「あずきの花は、バラバラと咲きます。 そこで、実もいっせいには完熟せず、収穫時期がバラバラなので、ものすごく手間がかかりました。サヤの中のあずきを取り出す作業もひと苦労。あずきの国内生産が減った理由が、栽培してみてわかりました」
 と村田さん。
 餅米は万石(まんごく)という品種の香り米だ。久木野地区の棚田では、昔からうるち米と餅米の2種の香り米がつくられてきた。うるち種の香り米は草丈が2mと高く、長い藁(わら)が取れるため、細工用としても栽培されていたが、背が高いということは倒れやすく、栽培が難しい。
 どちらも収穫量が少ない、高価な稀少品。普通の米に1割ほど混ぜて炊いて食べる。
 香り米は付加価値をつけられるので、愛林館では、つくり手のいない水田を預かって香り米を栽培し、物産館や道の駅で販売したり、ホームページでのPRなどに取り組んでいる。

続きはこちらPDFダウンロード

ページの先頭に戻る

文化をつくる
アクアツーリズム - 目的は美しい暮らし方

編集部

見聞を広める旅

 日本人は旅好きだ。江戸時代には、お伊勢参りや熊野詣、善光寺参りやお遍路さんといった巡礼がきっかけになって旅が発達した。巡礼といっても、五体投地でチベットのラサを目指す仏教徒や、イスラム教徒のハッジ(メッカ巡礼)のように禁欲的な苦行ではない。道中の楽しみを目的とした、いわゆる「物見遊山」の旅である。
 従来型のマスツーリズムでは地域住民が翻弄されるといった弊害が生じたことも事実であり、近年、物見遊山を否定的に語る人もいる。
 しかし、生まれ在所を離れることが稀だった当時は、見聞を広め、蒙を啓くチャンスだったのである。

水の力

 人は、水の持つ根源的な価値を無意識に感じて、水辺に安らぎを感じるのかもしれない。
 水の魅力は、そうした癒し効果を伴う自然景観以外にもたくさんある。温泉はもちろん、アクティビティの対象である海・湖・川・プール。米を筆頭とした農産物。魚介類や日本酒、豆腐、蕎麦といった食べものも、水が与えてくれた恩恵だ。
 こうしてみると、水にかかわる旅―アクアツーリズムは、日本中、どこにでも成立可能。アクアツーリズムになり得る資源は、どこにでもある。
 ところが、その価値に気づいていないか、わかっていても外に向けて発信していない場合がほとんどだ。熊本のように一丸となって発信しようとしているのは、先進例といえよう。

目的は美しい暮らし方

 当センターでは、昨年(2009年)の交流フォーラムで「アクアツーリズム」をテーマに取り上げた。
 他地域の人との交流は、地元に埋もれた宝の再発見につながり、プライドの醸成にも役立つ。人と人との交流がきっかけで、それまで気づかなかった身近な宝を発見できれば、地域が活性化できるかもしれない。
 しかしそれは、交流人口を増やして観光収入を得ることだけが目的ではない。そこに生きる人たちが水資源を愛し、活用することで、生き生きとした美しい暮らし方が実現されるのを願ってのことだ。そうでなければ、外から訪れた人に安らぎや癒しを提供できるはずもない。

続きはこちらPDFダウンロード

ページの先頭に戻る

シリーズ里川
小金井市中央商店街「六地蔵のめぐみ 黄金の水」 マイ蛇口を持って深井戸天然水を飲もう

小金井市中央商店街

 JR中央線の武蔵小金井駅南口から、徒歩3分。小金井市中央商店街を過ぎ、小金井街道と連雀通りが交差する前原坂上交差点を左折すると、六地蔵と井戸があります。
「商店街っていっても、みんな通り過ぎちゃうよね。みんなが足を止めてくれる何かいい方法はないかな」と、商店街の活性化に悩む商店主たちが集まって勉強会を始めました。小金井は「水と緑のまち」がキャッチフレーズだから、水か緑で何かできないか、と言い出したのがきっかけです。
 緑といっても立地的に難しい。水も国分寺崖線は有名だけれど、湧いて出るのはもっと下の野川のほうだし、という話になって、みんなであちらこちら視察に行ったりしました。すると結構井戸があって、自噴していたりしたんです。それで井戸を掘れないだろうか、ということになり、小金井市中央商店街協同組合で管理していた六地蔵の敷地に掘ることにしました。
 六地蔵というのは、1707年(宝永4)に奉納された笠付きの六面地蔵尊のこと。前原坂上交差点は、かつて東西に延びる江戸道と南北の志木街道などが交わる六つの辻でした。
 仏教では地獄界、餓鬼界、畜生界、修羅界、人間界、天界の六道があって、人間はこの迷界を生まれ変わって輪廻転生するとされています。六つの辻は六道の辻と見なされ、人が迷わないように六地蔵が祀られたのです。
 浅井戸だと雑菌が入る恐れがありますね。不特定多数の人に利用してもらうためには、生の水を安心して飲める水質の井戸でなくちゃいけない。そこで小金井市と東京都から補助を受け、2004年(平成16)暮れに100mの深井戸を掘りました。

続きはこちらPDFダウンロード

ページの先頭に戻る

水の文化書誌 26
《熊本の水循環》

古賀 邦雄

古賀 邦雄 こが くにお
古賀河川図書館長
水・河川・湖沼関係文献研究会

1967年西南学院大学卒業
水資源開発公団(現・独立行政法人水資源機構)に入社
30年間にわたり水・河川・湖沼関係文献を収集
2001年退職し現在、
日本河川協会、ふくおかの川と水の会に所属
2008年5月に収集した書籍を所蔵する
「古賀河川図書館」を開設
URL:http://mymy.jp/koga/

 夏目漱石は29歳のとき、第五高等学校教授として熊本に赴任した。桃山様式の回遊式庭園や江津湖周辺の散策を楽しんだことであろう。漱石は水前寺公園の水景を眺め〈湧くからに流るゝからに春の水〉の句を残し、また高浜年尾は〈江津の水浮藻を流し止まざりし〉と詠んだ。熊本県はいたる処で湧水に遭遇する。阿蘇山に降った雨は地下水となり、やがて伏流水として表われる。豊かな地下水を涵養する九州山地の広葉樹林帯を有する熊本県は、水源地や湧水群の宝庫である。肥後は「火の国」と言われるが「水の国」でもある。昭和60年選定、昭和の名水に轟渓流、白川水源、菊池水源、池山水源が選ばれ、日本の水をきれいにする会編『平成の名水百選』(ぎようせい 2009)には、水前寺江津湖湧水群、金峰山湧水群、南阿蘇村湧水群、六嘉湧水群・浮島の4地点が掲載されている。名水の書として、田中伸廣著『阿蘇山と水』(一の宮町 2000)、熊本日日新聞社編・発行『熊本の名水』(1998)、同『くまもと水と緑の百景』(1986)がある。嘉島町下六嘉の六嘉湧水群の中に、縦25m、横20m、7コースの天然プールがある。ローマオリンピック100m背泳ぎで銅メダルを獲得した田中聡子さんは、中学時代この湧水天然プールで練習を重ねた。阿蘇の湧水がオリンピック水泳選手を育てたといえる。
 数ある名水のなかで上益城郡御船町田代の吉無田(よしむた)水源を取り上げてみる。阿蘇外輪山の裾野にある水源で、吉無田の国有林地の伏流水と地下水が一緒になり湧水となっている。周囲に茂っている大木は、文化12年(1815)に当時の細川藩山支配役が、水不足解消の一大植林事業を興し、杉や檜などがうっそうと林立し、水を蓄え、それが八勢(やせ)川に注ぎ、農業用水に利用され、村の人々の暮らしを助けた。200年経た今でも役立っている。湧水量は一日当たり約1.3万t、水温14℃(水温は湧水地の温度と同じだという)、水質も良く多くの人が水汲みに訪れる。水源のそばには、道を隔てて「水神社」と「山神社」が祀られてあり、さきに「水神社」にお参りして、湧水を戴き、帰りには「山神社」にお礼をするという。

続きはこちらPDFダウンロード

ページの先頭に戻る