機関誌『水の文化』36号
愛知用水50年

愛知用水 - 愛される地域用水として

編集部

「谷」と「森」の知恵

今夏は記録破りの猛暑であった。夕立も少なかった。愛知用水がなかったら、知多の作物はほとんど干上がっていたに違いない。

知多の取材で知ったのは、ほんのわずかな窪みでも「谷」と呼ぶことだ。「この谷になった所に溜め池があったんですよ」と言われて、水が溜まるのは窪地であり、ほんのわずかな木立も「森」と呼び集水域の涵養林にしていた知恵を、改めて思った。

おぢいさんのランプ

知多・岩滑(やなめ)の出身である童話作家 新美南吉は、身近な溜め池をよく描いた。『おぢいさんのランプ』は、生前に刊行された唯一の童話集に収録されている話で、孤児だった祖父 巳之助が文明開化のシンボルとしてランプ売りになるが、やがて村に電気がくることで失業してしまう。一時は逆恨みする巳之助だが、思い直して、古い自分と決別して本屋になる。

巳之助は孫に「日本がすすんで、自分の古いしょうばいがお役に立たなくなったら、すっぱりそいつをすてるのだ。いつまでもきたなく古いしょうばいにかじりついていたり、自分のしょうばいがはやっていたむかしの方がよかったといったり、世の中のすすんだことをうらんだり、そんな意気地のねえことはけっしてしないということだ」と言い聞かせている。

ランプを割って商売を辞める決心をする舞台には、知多の象徴としての溜め池が選ばれている。そこには「後ろを振り向かないで、前を見る」という気概が描かれているように思う。

南吉の物語はいつも切ないのだが、読み直して改めて気づいたことがあった。ごんぎつねも含めて南吉の童話の登場人物は、いつも過ちを犯してしまう。しかし、そのままでは終わらずに自らの非を詫びるのだ。詫びられたほうも、謝罪を受け入れ許してやる。人間は弱い存在で、互いに弱さがわかるから思いやることができる。そして、互いがあるから諦めずに前進できる、という南吉の希(ねが)いが込められているような気がする。

愛知用水運動の中心となった久野庄太郎さんは、牧尾ダムの工事で56人の犠牲者が出たことにずっと苦悩し続けたが、〈不老会〉をつくることで供養の道筋を見出した。自分たちが水を得た代わりに、家がダムの底に沈み故郷を離れざるを得なかった人たちのことも、生涯忘れなかったに違いない。

歴史に「もしも」は禁句だが、久野さんという人がいなかったら愛知用水は実現されなかったかもしれない。しかし南吉の童話を読むと、何年か待てば久野さんのような人物がまた立ち上がってくるかもしれない、と思わせる希望が湧いてくるのである。

公共に働く熱心さ

今どきの公共事業は、住民不在で予算ありきのプロジェクト、という悪い印象を持って語られることが多い。愛知用水は、そんな先入観を気持ちよく覆してくれた。

久野さんは発信媒体だった『躬行者(きゅうこうしゃ)』に、次のような言葉を記している。

「わが国には古来、あてがい扶持ということばがあります。自ら進んでかちとろうともせず、もらえるだけもらって満足している習慣がありました。公共事業においても、政府や県が一方的に必要と見た事業を、適当と思われる場所へ勝手に建設した。これで不満はなかった。わが国で初めてこの旧習を打破して、住民の希望によってつくられたものが、愛知用水であった。…(中略)…このような牛歩的な公共事業が、全国にたくさんある。なぜ遅れるかとただせば、その受益地区民の熱心さが足らないからです」

歯車を回転させるように次々と起こった幸運、備えられた人材。こうしたことを振り返ると、まるでドラマの台本のように物語ができ上がっていく。しかしそこには、水に困った長年の苦労を共有する者にしかわからない「熱心さ」がある。久野さんが私財を投げ打ち、浜島辰雄さんが職を辞してまで愛知用水運動に没頭したのは、隣村との水争いにとどまらず、コミュニティ内でさえ水泥棒が起こる切なさを何としてでも解消したい、と願ったからと思えてならない。

苦労が人を磨くことを、今回、多くの人との出会いの中で実感した。私(わたくし)ではなく公共に働く「熱心さ」を、今に引き継ぐ、志ある人がいた。その志は、吉田恒昭さん(参照:「公共事業の原点回帰」)がいうように、コミュニティの成員が互いにどれだけ信頼しているかという「目に見えない信頼のネットワーク」があって育まれたことだろう。愛知用水が「あてがい扶持」でなく実現できたのは、まさにそこに秘訣がある。

では、愛知用水によって苦労を取り除かれた今の世代、次の世代は、何をもって「熱心さ」を維持し、引き継いでいったらいいのだろうか。南吉の描いた、人として当たり前のことが当たり前でなくなりつつある時代に、公共事業が再び「あてがい扶持」になってしまった多くの例を見ると、その実現はとても難しいことと思える。

受益者の概念を広げること、例えば愛知用水で育てられた野菜を食べた人も自らが受益者と認識したら、「目に見えない信頼のネットワーク」も広がるのではないか。強いて言うなら、地域用水として大切に思う人を増やすことが、通水50周年を迎えた愛知用水が、次なるステップとして目指すところかもしれない。



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