機関誌『水の文化』38号
記憶の重合

測量の歴史とその現場

測量の歴史とその現場

測量の歴史とその現場

近代国家を成立させるために不可欠だった、測量に基づく国土の地図。 国土地理院の地図は、さまざまな場面でオリジナルな原図として活用されてきました。 アナログ・紙の時代から、デジタル・データの時代へ変わろうとも、その膨大なストックは、これからも大いに生かされていくでしょう。

政春 尋志さん

国土交通省 国土地理院 基本図情報部長
政春 尋志(まさはる ひろし)さん

1955年大阪府生まれ。1978年京都大学理学部卒業、1980年京都大学大学院理学研究科物理学第一専攻修了。国土地理院地理地殻活動研究センター長を経て、2011年から現職。1999年から早稲田大学教育学部非常勤講師、2009年から東京大学空間情報科学研究センター客員教授。
主な著書に『地理情報科学事典』(共著/朝倉書店 2004)、『基礎からわかるリモートセンシング』(共著/理工図書 2011)ほか。

国土地理院の前身

測量に基づく地図作製は、明治になって、日本が近代国家の礎を築く上でどうしても不可欠でした。

測量にかかわる機関は、当時、さまざまな省の中にできたので、国土地理院の源流とされる省はいくつもあります。民部省、内務省、軍隊のほうでは兵部省、陸軍省、工業振興のための工部省。測量は、北海道開拓のためにも行なわれています。

1884年(明治17)には、陸軍の参謀本部に陸上の地図作製の機能が集約されていくようになります。さらに1888年(明治21)、参謀本部の内部組織だった測量部を陸地測量部という独立機関にしています。

初代陸地測量部長になった小菅智淵(こすげともひろ) (注1)によって、全国を2万分の1地形図で整備しよう、という計画がつくられました。

しかし、これはあまりに遠大な計画だったものですから改定され、5万分の1地形図で整備することになりました。5万分の1地形図による全国整備は、1924年(大正13)にほぼ完了します。

(注1)小菅智淵 (1832〜1888年)
日本の陸軍軍人。工兵隊の創成者で、陸軍参謀本部初代陸地測量部長を務めた。

2万5000分の1地形図で全国整備

戦後、1949年(昭和24)に測量法が公布され、国土地理院は現在もこの法律に基づいて仕事をしています。この測量法の下に、基本測量長期計画があります。1964年(昭和39)に策定された第二次基本測量長期計画で、2万5000分の1地形図で全国整備しよう、と決められました。高度経済成長と時を同じくして、詳細な地図で日本全国を整備しようという計画がスタートしました。小菅案で始まった2万分の1地形図もあったことから、最初のころは2万分の1と2万5000分の1とが混在する状況もありました。

1983年(昭和58)に、概ね、全国整備が完了しています。無人島・離島も含めて、国土地理院が測量可能な場所は、2万5000分の1地形図で整備されました。

戦後の2万5000分の1地形図の作成には空中写真による写真測量が全面的に用いられました。明治・大正時代に5万分の1地形図を作成したときには、平板測量という方法で作成されました。これは三脚の上に設置した平板上の図紙に現地で方位を測って直接縮小した地図を描いていく方法です。現地を歩いて地図を作製したという点は、伊能忠敬(いのうただたか)と同じです。伊能忠敬は、方位を磁石で測り、歩測や鉄鎖(てっさ)によって距離を測りました。折れ線で表わすわけですね。そうやって海岸線の形を、ある程度、正確に表現しました。

日本の世界測地系

地球は、まん丸ではなく少し扁平な回転楕円体の形をしています。19世紀前半から、この回転楕円体(地球楕円体)の形と大きさを求めようと、測量で得られたデータを整理して算出が試みられてきました。その内の一つが、ベッセル楕円体です。ドイツ人の天文学者であるベッセル(注2)が1841年(天保12)に定めたもので、明治時代に日本人の測量技師たちが留学したときに、プロイセンなどで採用されていたため、日本では長い間ベッセル楕円体が位置を表わす基準として用いられてきました(旧・日本測地系)(注3)。

もともと、最初に経緯度を決めるのに用いられたのは、天文測量でした。経緯度原点は旧・東京天文台の子午環があった位置にあります。ただ天文測量は重力の反対方向にある天頂を見るわけですから、その場所の重力の影響を受けてしまう。重力というのは日本の内側に傾いているので、旧・日本測地系はその誤差の影響を相当受けていて、500mぐらいずれていたんです。まあ、日本全体が500mずれていても日常生活には関係がないですし、100年間、それでやってきたわけです。

しかし、GPS(Global Positioning System:全地球測位システム)が使われるようになって、それとの乖離が大きいと飛行機や船の安全運航にも問題になってくるので、世界測地系に合わせようということになり、改訂されました。2002年(平成14)以降は、測量法が改正になって、日本の緯度経度の基準が世界測地系(注4)に変わっています。

(注2)フリードリヒ・ヴィルヘルム・ベッセル (Friedrich Wilhelm Bessel 1784〜1846年)
ドイツの数学者、天文学者。大学教育は受けておらず、海運業で航海上の諸問題を解くうちに、海上での経度を決める手段として使われた天文学にも興味を持つようになった。のちにリリエンタール天文台の助手を務め、26歳でケーニヒスベルク天文台長に就任。恒星の年周視差を発見し、ベッセル関数を分類した。自然科学分野での多大な功績を讃え、月のにある最大のクレーターをはじめ、多くのものに彼の名が冠されている。
(注3)旧・日本測地系(Tokyo Datum)
局所座標系の範疇に属する測地系であり、準拠楕円体をベッセル楕円体、測地座標系を独自の天文観測に基づく座標系とし、標高の基準を東京湾平均海面とするのが特徴。WGS84(注5)の経緯度と日本測地系の経緯度とでは、東京付近の地表面で500m程度のずれが存在する。これらのずれは、海図の国際利用や、精密な位置情報にもとづくGISデータの整備の障害になりつつあったため、2002年4月1日に測量法が改正され、世界測地系に変更された。
(注4)日本の世界測地系(The Japanese Geodetic Datum 2000)
全地球的測地系の範疇に属する測地系であり、準拠楕円体をGRS80楕円体、測地座標系はITRF94座標系とし、基準ジオイド面を東京湾平均海面とする。全地球的測地系の範疇に属する測地系に変更したことから、世界測地系という法令名であるが、あくまでも日本で採用されている測地系である。同様に、日本以外にも世界測地系という呼称を持つものが多くある。
(注5)WGS84(World Geodetic System)
1984年に大きく改訂されたアメリカの世界測地系。2004年にも小改訂が加えられたが、名称は引き続きWGS84が用いられている。GPSで採用され、グーグルマップもWGS84でつくられている。

ジオイドとは

地球の形は回転楕円体であるといいましたが、実際には、山や海があって凹凸があります。そこで、本当の地球の形とは何かが問題になります。そして、平均海水面を陸地にも仮想的に延長した面を考え、これを地球の形と考えることにしました。これをジオイド(geoid)と呼びます。地球内部の物質の分布の不均一のため重力が不均一になるので、ジオイドには凹凸があります。

GPSは、地球の中心を基準として3次元空間中の位置を測っています。GPSで直接求められる高さは標高ではなくて、地球を回転楕円体として表わしたときの楕円体表面からの高さです。しかし、日常で用いられる高さ、すなわち標高はあくまで重力に基づくジオイド面からの高さです。このように、ジオイドは高さの基準なのです。

ジオイドの面は、常に鉛直方向(重力の働く方向)に対して垂直です。地球楕円体とほぼ同じ形ですが、世界全体では±100m程度の凹凸があります。また、実際の平均海面は海流や海水温の違いなどの影響で、厳密なジオイド面と実際に観測される平均海面との間には差が生じます。

例えば日本海側では、海流の影響で東京湾より平均海面が高い。地球の自転によるコリオリの力というものが知られていて、北半球と南半球で低気圧に吹き込む風の回転が逆になる現象などがありますが、北半球では進行方向に右向きに力が働くので北東に流れる黒潮は太平洋側では海流が陸から離れていき、日本海側では海流が引き寄せられます。もちろん、湾の形などの影響があって、そんなに単純ではないのですが、一般的には日本海側の海面は太平洋側よりも、およそ30cmほど高くなるのです。

離島の場合は東京湾の平均海面ではなく、その場所で測った海面高さを基準にしています。水準測量でつないでいくことは、余程近くないと難しいのです。北海道、本州、四国、九州の4島では、距離は遠いですが、対岸で高さをつなぐような測量をしています。

昔は相手が見えないと測量できなかったので、離島の場合は高さだけでなく位置を決めるのも難しかった。ですから、その島で独自に天文測量する場合もありました。今のように人工衛星から測ると、島の位置も正確に決められます。

地表面とジオイドと地球楕円体の関係

地表面とジオイドと地球楕円体の関係
ジオイド上のある点から地球楕円体に垂直な線分を地球楕円体表面まで伸ばしたとき、その線分の長さをその点のジオイド高、ジオイド上のある点からジオイド面に垂直な線分を地表まで伸ばしたとき、その長さを標高と呼ぶ。 (国土地理院HPをもとに編集部で作図)

三角測量

広い地域を正確に測ろうとしたら、その位置の骨格を正確に測らなくてはなりません。局所的に測ったものを積み重ねると、誤差が累積してしまいます。そこで採用されたのが一等三角測量です。

これは40〜50kmを一辺とするような三角形の網で日本全国を覆う方法です。全国で976点が設置されています。

一等三角点を精密に測量して、その中を二等三角点、三等三角点で埋めていきます。一等三角点の位置が精密なら、二等、三等はそれよりも測量の精度が甘くてもいいわけです。測量は何回も行なって誤差を少なくしたり、何カ所かで測って矛盾がないかを精査していくんですが、二等、三等では、その回数を減らしたり許容範囲を緩やかにし、軽便な機器を使って、スピーディに測量を行なうように考えられていたということです。

三角測量の場合も、当然、地球は楕円体であるという前提で行ないます。この計算は結構大変なんですが、こういう計算で決められた位置に基づいて地図を作成します。今は計算機がやってくれますが、昔は対数表を使って人間が計算しなくてはならなかったので、本当に大変でした。測量した技師が自分で計算したんです。

  • 〈地図と測量の科学館〉の屋外。

    〈地図と測量の科学館〉の屋外。左から、筑波基準点を覆うコンクリート製のやぐら、電子基準点、筑波基準点。三角点間を測量する際に目印として建てられるやぐらは使用後に撤去されるが、筑波基準点の場合は恒久的なものなのでコンクリートで建てられた。

  • 屋内展示。左から、図化機、日本列島空中散歩マップ。

    屋内展示。左から、図化機、日本列島空中散歩マップ。

  • 〈地図と測量の科学館〉の屋外。
  • 屋内展示。左から、図化機、日本列島空中散歩マップ。

写真測量

現在は写真測量が地図作成のための標準的な方法となっています。意外と知られていないことですが、航空写真から3D画像をつくるんですよ。

フィルム幅が24cmで、1枚の画像の大きさが23cm×23cmという大きなカメラを使います。撮影高度とカメラの焦点距離の比率で縮小されますから、焦点距離15cmの広角レンズを使った場合、高度1500mですと写真の縮尺が1万分の1、高度3000mですと2万分の1になります。

連続して撮るときに、半分ずつ重複させていきます。ちょうど半分だと、端の部分が立体にならないので、実際には60%重複させます。こうすると連続撮影した写真は、ある地点が2カ所から撮影されることになります。その2枚の写真をそれぞれ左右の目で見れば、立体画像が得られる、というわけなんです。図化機という機械を使って、3D画像を精密に描き起こします。図化機は、画像から三次元計測をして精密に図に復元する機械なのです。これで等高線も描けますし、道路なども高さによる浮き沈みを測りながら、真上から見た正確な位置に描いていくことができます。

19世紀に写真が発明されると、すぐに気球に乗って測量しようと考えた人がいるらしいですね。戦前の日本でも写真測量はあったのですが、国内においてはあまり採用されず、むしろ中国東北部など、海外で使ったという例が知られています。

戦後、写真測量が使われるようになったのは、サンフランシスコ条約が結ばれて、自由に航空機を使うことができるようになってからです。そして、先程述べた、第二次基本測量長期計画によって、積極的に推進されました。

写真測量の場合、2万5000分の1地図ですと、1枚の写真の撮影範囲が一辺9kmぐらいになります。こうなると地球の丸みで中央部が高くなる効果が無視できず、中央と周縁で高さの誤差が生じます。それは計算して補正しなくてはなりません。もっと縮尺の大きな地図を作成する場合には、1枚の写真に写る範囲が小さいため、高さの誤差はそれほど生じません。

写真から計測される位置を地上の位置と対応させるために、三角点を写真に写しこみます。三角点そのものは空中写真に写るほど大きなものではありませんので、対空標識といって、1m四方ぐらいの白い発泡スチロールのボードを三角点の上に設置して撮影します。このようにして地上で測量された位置の基準をもとに地図がつくられるのです。

最近では写真測量もデジタル画像を用いるデジタル写真測量が主流になり、作業が効率化されています。航空カメラもデジタルカメラになり、数千万から1億画素を超えるような大きな計測用デジタルカメラで撮影しています。

三角点設置の苦労

長い間、地上の精密な測量は三角測量が主流でした。角度を測る機械でしか、測量ができなかったのです。1960年代末〜1970年はじめぐらいから、光波測距儀が発達して、レーザー光線を発射して鏡からの反射光で距離を測れるようになりました。そうなると三角形は三角形なんですが、むしろ三辺測量になっていくんですよ。角度を測るのではなく、距離を測るんですね。トラバース測量といって、折れ線状に測量していく方法もあります。これは、角度と同時に距離も測る方法です。測量分野ではトータルステーションと呼んでいるのですが、角度と距離を同時に測る機械がずいぶん普及しています。

なぜ三角点が山の上に多いかというと、昔は相手の点が見えないと測れなかったからです。だから、お互いが見通せる山の頂上に、大変な苦労をしながら三角点を据えたのです。

互いの視認が天候に左右されますから、山にテントを張って何日も籠ってチャンスを待つ、という苦労もありました。観測手と記録手、それに観測用の櫓を建てたり、さまざまな仕事をこなす測量助手が必要で、大きな経費のかかるプロジェクトだったことがうかがえます。それほどの金額と人手をかけるのは、三角点を置く位置をとにかく正確に測って基準とするためで、ちょっとでも動かしてしまったら意味がないんです。

柱石と呼ばれる石の下には盤石と呼ばれる平らな石を据えています。盤石にも十字を切って、1mほど掘って地中に埋め、盤石の十字と柱石の十字の位置を合わせてあります。実際に地面に出ている部分は10cmか20cmですが、地中に埋まっている部分がたくさんあるので、柱石の上部が万一破損しても大丈夫なように工夫されているのです。柱石には小豆島の花崗岩が一番良い、といわれています。

電子基準点

現在はGPSで測るようになって、本当の基準は電子基準点に変わっています。国土地理院では、各種測量の基準として利用するために、全国に約1240カ所の電子基準点を設置していて、ここから得られたデータは、地震や火山などの調査研究のための地殻変動監視にも用いられています。

電子基準点は、高さ5mのステンレス製のタワーに、GPS衛星からの電波を受信するアンテナと受信機、通信機が内蔵されています。GPS観測データは常時接続回線を通じて全国から集められ、国土地理院のホームページを介してダウンロードすることができます。

VLBI(Very Long Baseline Interferometry:超長基線電波干渉法)というのは、数十億光年の彼方にある電波天体からくるノイズのような電波を、複数のアンテナで同時に受信し、到達時刻の差を精密に計測するものです。電波天体は準星ともいわれ、その正体は不明確ですが、おそらくブラックホールだといわれています。

国土地理院は国際協力にも積極的に取り組んでおり、世界各国で同じ電波天体を同時に狙って、到達時刻の差で正確な位置を測ります。例えばハワイが日本に年に何センチ近づいているか、などということも精密に計測できます。相対的に見て、この方式は一番精度が高い方法です。

国土地理院が行なっている測地目的のVLBIは、茨城県のつくばと鹿児島県の姶良(あいら)、北海道の新十津川、父島の4カ所です。これらの地点ではその近くに設置したGPS受信局との位置関係も、精査しています。VLBIで精密に位置を計測した場所でGPSを観測したデータによって、GPSの軌道を精密に決めるためのデータを提供することができるのです。

こうした相互の位置関係から、全国約1240カ所の電子基準点の位置が精密に決められています。ここでは日々、観測が続けられており、地殻変動などがあったらすぐにわかります。

地震で大きな地殻変動が起きた場合は、三角点をはじめとする基準点を測り直して位置のデータを修正する必要が生じます。今までで上下方向に一番大きく動いたのは、岩手宮城内陸地震で2m(2011年2月現在)。たまたま電子基準点の付近で、上のほうに大きく跳ね上がるような地殻変動が起きました。

四国や紀伊半島、駿河湾周辺、宮城など、海溝型地震の頻発地帯には、監視のために電子基準点も多めに設置されています。太平洋プレートの影響で、やはり太平洋側の地殻変動が大きくなっていますね。

明治からの蓄積

日本では、東京湾平均海面がジオイドに一致するものと定め、離島を除き、標高の基準としています。具体的に、高さの基準を与える施設を設ける必要があり、それを水準原点といいます。

水準原点がつくられたのは、1891年(明治24)。元は陸地測量部の構内です。鉄製の扉を開くと、中に水晶板の目盛りがあり、0の所が高さの基準で、東京湾平均海面(Tokyo Peil:TP)標高+24.4140mです。

水準原点は、原点の高さに狂いが生じることがないように、地盤沈下の影響を避けるために台地上にあり、また地下10m余の安定地層から原点の基礎を築いています。基準は動かせませんから、今も同じ場所にあります。一種の神殿様式で建てられた水準原点標庫という建屋(設計:佐立七次郎)は、東京都の文化財になっています。

三角測量が始まって100年余り。地殻変動を裏づけるなど、多くのデータの蓄積が貴重な記録となっています。

時代がGPSに変わっても、石の基準点の上にGPSを置いて測量するなど、新しい測量体系の骨格を、一等三角点だけではなく二等、三等も活用しながらつくっています。

(取材:2011年2月10日)

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