2011年11月発行

水の文化 39号 小水力の底力

水の文化 39号 小水力の底力
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水は清らかに流れているだけで価値があります。
しかし、流れる水はエネルギーをも秘めています。
水力発電というと大規模ダムを思い浮かべますが、
ダムをつくらず、環境を大きく変えないで
少量の水力で発電する方法が小水力発電です。

一方、自然エネルギーの観点から見たら、
水力は、太陽光や風力同様、再生可能なエネルギー。
CO2の排出もなく、環境に優しいエネルギーで、
困った廃棄物も出しません。

こうした利点を挙げていくと、
大いに活用していきたいと思いますが、
水利用のルールがあるため、
誰もが簡単にできるというわけではありません。
水をいかに利用するかということに対し、
新しい考え方を共有していかないと
小水力発電を推進することは
まだまだ、難しいのが実状なのです。

それでも、資源がないといわれる日本において、
潤沢に恵まれた〈水〉を使わないというのは、
いかにももったいないこと。
難しい課題に取り組みながら、
小水力発電を推進するにはどうしたらいいか、
真剣に考えることで、
日本の未来のエネルギー問題に
夢を描きたいと思います。

目次

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小水力発電の未来とは 小林 久 PDFダウンロード
《地産都消》都市の役割 谷口 信雄 PDFダウンロード
体系的にみた水利権 宮ア 淳 PDFダウンロード
水の文化楽習 実践取材 32
鶴岡工業高等専門学校

工業高等専門学校の心意気
編集部 PDFダウンロード
シリーズ里川
老舗旅館のエコパワー
鈴木 純子 PDFダウンロード
小水力発電の巨人 織田史郎 沖 武宏 PDFダウンロード
高知の底力
地域密着型資源の可能性
古谷 桂信 PDFダウンロード
高知の底力
ものづくりの底力
廣林 孝一 PDFダウンロード
高知の底力
高知県高岡郡梼原町の挑戦

目指せ! 永続地帯
矢野 富夫 PDFダウンロード
文化をつくる
小水力の底力
編集部 PDFダウンロード
水の文化書誌 30
ダム文学の探求
古賀 邦雄 PDFダウンロード
里川文化塾報告とお知らせ
インフォメーション
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小水力発電の未来とは

小林 久

小林 久 こばやし ひさし
茨城大学農学部地域環境科学科教授 農学博士

1955 年生まれ。1977 年新潟大学理学部地質鉱物学科卒業、1981 年静岡大学大学院農学研究科農芸化学専攻(修士)修了、1996 年東京農工大学大学院連合農学研究科生物生産学専攻(博士)修了。民間コンサルタント会社勤務、コンサルタント事務所主宰を経て、1997 年より茨城大学農学部助教授、2007 年より現職。2000 年より東京農工大学大学院連合農学研究科教授併任。全国小水力利用推進協議会理事。専門分野は、農村計画学、地域資源計画学。
主な著書に『有機性資源の利活用(改訂農村計画学)』(農業土木学会 2003)、『地域の力で自然エネルギー!』(岩波書店 2010)、『「水」の力、「土」の力』(生産性出版 2010)ほか

小水力発電の中でも100kW以下のマイクロ水力にこそ、
できることがある、と言う小林久さん。
マイクロ水力には、かつての村の鎮守の神社のような役割があってそれはエネルギーを地域に取り戻す希望だ、と考えています。
多くの困難を乗り越えてきた小水力発電。
再生型自然エネルギーが注目される中、
等身大の可能性を探ります。

マイクロ水力にこだわる理由

 私が、中小水力発電(3万kW以下)より小水力発電(1000kW以下)やマイクロ水力発電(100kW以下)を推進しようとしているのには、理由があります。
 中小水力発電は一定の採算性が見込めるので、国が「自然エネルギーを優先する」と言いさえすれば、電力会社によってかなり開発されると思います。固定買取制度の導入により、その傾向はいっそう進みます。しかし、小水力発電(以下、1000kW以下の水力発電を「小水力」と表記)は、〈地域〉という言葉がいいのかどうかわからないのですが、それぞれの場所でやり始めないと、なかなか開発できません。経済性が低く、当面の事業としては割に合わないからです。
 小水力は、町づくり、村づくりのために市町村が、構成員の福利のために土地改良区や協同組合が、場合によっては個人が「面白いから」という理由で開発しても構いません。中小水力発電とは、求めるものが違っていいのです。

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《地産都消》都市の役割

谷口 信雄

谷口 信雄 たにぐち のぶお
東京都環境局 都市地球環境部 計画調整課
再生可能エネルギー推進係主任

2001 年から環境局に在籍。これまでに、大都市初の大型風力発電所立上げ、都庁から始まり国の制度となった「家電の省エネラベリング制度」などにかかわる。現在は、再生可能エネルギー拡大に向け、エネルギーのグリーン購入、再生可能エネルギー地域間連携、環境金融、低炭素建築、企業・NPO・自治体等との連携などに取り組む。総務省、環境省などの委員、他自治体、民間企業等の各種委員、アドバイザーなどを歴任。

世の中には「やればやるほど転げ落ちていくシステム」と
「やればやるほど良くなっていくシステム」がある、
と谷口信雄さんは言います。
中間の場合も皆無ではないけれど、
マイナスのスパイラルとプラスのスパイラルを合わせると
9割ぐらいになるのでは、というのが実感のようです。
東京都が持つ消費者としてのポテンシャルを、
プラスのスパイラルにいかに活かせるか。
再生可能エネルギーの政策課題をうかがいました。

〈地産都消〉は都市の救世主

 〈地産都消〉は、そもそも東京都の気候変動対策として始まりました。東京都が排出するCO2というのは世界でも群を抜いて多い。CO2を出さない再生可能エネルギーを使えば、今の生活をエンジョイしながらCO2を出さないでやっていかれます。しかし、最もCO2を出している我々の地域には、利用できる再生可能エネルギーがほとんどないんですよ。
 太陽光発電は東京都でもできますが、使う量が多いから、おそらく数%しかまかなえないでしょう。
 ゴミは都市における唯一の資源かもしれません。しかし食べ残しなどの資源は、最も有用性の高い物質です。物質をエネルギーに変えるには段階があり、有用性の高い物質をいきなり燃やして熱に変えて利用するのは、ものすごくもったいないことなんです。燃やすよりも動物の飼料にしたり、堆肥に使うほうが、原理的には、エネルギーとして効率がいいのです。したがって、段階を踏みながら利用するのが効率の良い利用法で、最後に熱利用がある。今はまだそういう仕組みにはなっておらず、手をかけて処分していますから、大いに検討の余地があります。燃やすよりも堆肥に変えるほうがエネルギーとして効率がいいかもしれません。

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体系的にみた水利権

宮ア 淳

宮ア 淳 みやざき あつし
創価大学法学部教授

1964 年生まれ。1993 年創価大学大学院法学研究科博士後期課程満期退学。創価大学助教授、英国ケンブリッジ大学客員研究員を経て、2007 年より現職。専門は、水法、民法。
主な著書に『水資源の保全と利用の法理――水法の基礎理論』(成文堂 2011)、『レクチャー民法学 債権各論』(成文堂 2006)ほか

法律ができる以前から、人は水を利用し、
また、水を利用するための秩序を形成してきました。
歴史的・社会的に生成されてきた水利用の権利は、
地域社会の慣習に基づいて成立しているため、
慣行水利権と呼ばれています。
消費型で受益者が明確である水利権を中心に組み立てられてきた、
従来の水利使用許可制度。
環境用水や小水力発電用水という
〈非消費型〉の水利使用の登場によって、
この制度は新たな局面を迎えています。

小水力発電と水利権

 小水力発電を行なうときに、必ず言われるのが〈水利権の壁〉です。河川法施行令2条3号は、発電のための水利使用については規模の大小にかかわらず、すべて特定水利使用とする旨を規定しています。河川に工作物を設置して行なう水力発電は、河川の自由使用の範囲を超える水利使用であるため、河川管理上の支障の有無をチェックする必要があるからです。
 したがって、小水力発電についても河川法による許可を受けなければなりません。この許可は、河川法23 条に定める「流水占用の許可」であり、いわゆる「許可水利権」といわれるものです。
 小規模の水力発電でも「流水占用の許可」が必要であることには変わりなく、大規模なダムを建設して行なう水力発電と同様な手続きを経なければならないことになります。しかしながら、2002年(平成14)に制定された「電気事業者による新エネルギー等の利用に関する特別措置法」(通称RPS法)により、河川管理者は小水力発電に関する許可水利権について、その手続きを緩和しました。RPS法によって、一定割合以上の新エネルギーを導入することが義務づけられたことを受けて、小水力発電を促進するためです。
 そこで、小水力発電用の許可水利権に関する手続きの緩和の背景を探りつつ、近時の水利使用許可制度の動向について考えてみたいと思います。

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第32 回 水の文化楽習 実践取材
工業高等専門学校の心意気 独立行政法人 国立高等専門学校機構 鶴岡工業高等専門学校

編集部

 2010 年(平成22)10 月16〜17 日、山梨県都留市において、第1回小水力サミットが、「流れる水で地域が輝く」をテーマに開催された。初日のシンポジウムとパネルディスカッションに続き、2日目は「自治体の課題と挑戦」「小水力による農山村のエネルギー自立」「市民エネルギー事業としての小水力」「小水力甲子園〜高専生・高校生交流会〜」の四つの分科会に分かれて、事例発表と討議が行なわれた。
 分科会4の「小水力甲子園〜高専生・高校生交流会〜」では、山形県の鶴岡工業高等専門学校と岐阜工業高等専門学校(ともに独立行政法人国立高等専門学校機構)、富山県立富山工業高等学校、山梨県立谷村工業高等学校、熊本県立球磨工業高等学校の5校から、日頃の研究の成果が発表された。
 若者の理系離れが懸念される中、自ら考え、つくり、実験を行なっている学生たちの発表からは、課題に取り組み、克服していく真摯な思いが伝わってきた。
 中でも興味を引かれたのが、鶴岡工業高等専門学校(以下、鶴岡高専)の機械工学科5年生奥泉暢之くんが発表した「開放型マイクロ水車の実証試験と水車による水路のゴミ対策」だった。実際の小水力発電所でも水路のゴミはいつも頭の痛い問題である。技術的な開発に留まらずに、実際に設置した場合の課題まで視野に入れた研究に、大いに感心させられた。
 そこで、指導教授である本橋元先生に、テーマ設定などの指導法を含め、お話をうかがってみた。

本橋 元

本橋 元 もとはし はじめ
鶴岡工業高等専門学校機械工学科教授
博士(工学)

1959年横浜生まれ。山形大学工学部を卒業後、東北大学大学院、山形大学助手、民間企業などを経て、2000 年鶴岡高専機械工学科に着任、2010 年同学科長。小型風車・マイクロ水力発電システムの開発に従事し、地方自治体等の自然エネルギー利用の取り組みを続ける。

風車から水車へ

 「私が小水力発電の研究に携わったのは、クロスフロー風車の研究から始まっています。山形県の庄内町というと、みなさん、ウィンドファーム立川を思い浮かべられますが、私の前任者である丹 省一名誉教授が立川の風車にもかかわっているものの、当校の卒業研究とは直接の関係はありません。
 そもそも高効率のプロペラ型風車は、風切り音が騒音となって住宅街には設置しづらいという問題がありました。クロスフロー風車は風切り音がほとんど発生しないため、騒音の面からは有効なのですが、出力が低い。そこでクロスフロー風車に案内羽根をつけることで、出力の向上を目指しました」
 本橋先生は、クロスフロー風車をもとに、風を水に置き換えて、効率良く回転する機構を研究してきた。その発端は、意外なことにネパールにあった。

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シリーズ里川
老舗旅館のエコパワー

鈴木 純子 すずき じゅんこ
箱根 塔ノ沢温泉 元湯 環翠楼
フロントマネージャー

 塔ノ沢は、湯本・宮ノ下・堂ヶ島・ 芦之湯・底倉・木賀と並んで箱根七湯と呼ばれ、一般の方が来られる湯治場としては、箱根の中でも古い温泉です。1614年(慶長19)開湯といわれて、あと3年で400年目でございます。昔は掘削技術がありませんでしたから、お湯が湧いている場所があったら、その上に建物を建てて温泉宿にしたんですね。今は掘る技術があるので、言ってみればどこにでも温泉地がつくれるんです。それで、今は、大平台、小涌谷、強羅、宮城野、二ノ平、仙石原、姥子、湯ノ花沢、蛸川、芦ノ湖、早雲山、大涌谷、湖尻を加えて、箱根二十湯といわれています。
 環翠楼は「元湯」。ですから初期に掘り当てられた温泉です。NHKの大河ドラマで「篤姫」が放映されたときに(2008年〈平成20〉)、皇女和宮様だけではなく、篤姫様も環翠楼に来られたことがわかって、NHKの問い合わせがあったんです。それで従業員一同、江戸東京博物館に行って勉強しました。お客様から質問されたときに、ちゃんと答えられないと困りますから。
 明治の元勲伊藤博文や西園寺公望、井上馨など政界の大物や島崎藤村などの文人も多く訪れて、掛け軸や額などを書いてくださいました。勝海舟の書いたものも、たくさん残っています。

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小水力発電の巨人 織田史郎

沖 武宏

沖 武宏 おき たけひろ
株式会社イームル工業 顧問

1941 年生まれ。1958 年中国電気学院卒業、イームル工業入社。
小水力発電所地点調査業務、建設現場責任者を10 年間担当。
1970 年から技術営業担当として電力会社、公営企業部門の開拓に取り組む。1993 年取締役営業部長となり専務取締役を最後に退任。2005 年から顧問として全国の小水力発電開発啓蒙に取り組む。

農村を電化し、振興するという志を持って、
戦後の日本で、小水力運動を展開した人がいます。
それは、三段跳びで日本に初の金メダルをもたらした
織田幹雄さんの実兄、織田史郎さん。
石油は地球の限りある資源だし、
ましてや外国から買ってこなくてはならない。
コストは多少高くても、国産のエネルギーということに、
水力の価値があるんだ、と訴え、
後半生を捧げた織田史郎さんの働きを
身近で支えた沖武宏さんにうかがいました。

創業の経緯

 イームル工業は、イームル商会として1947年(昭和22)創業しました。創業者は、織田史郎。中国電力の前身である中国配電にいたのですが、敗戦の翌年に50 歳で電力会社を退社して、新しい人生を歩もうとしたのです。
 織田は、19 歳で広島呉電力に入社。広島呉電力は1921年(大正10)広島電燈と合併して広島電気に、1942年(昭和17)配電統制令によって中国配電を経て、1951年(昭和26)日本発送電株式会社中国支社と中国配電株式会社が合併して、現在の中国電力になっています。
 社名のEAMLは、創業当時はElectric(電気)、Apparatus(器具)、Machine(機械)、Light(照明)の頭文字を並べたもので、イームル商会が取り扱った電気製品を表わしていました。
 入社以来、ずっと水力発電畑でやってきたので、自分の能力を生かして何かするには水力発電だろうと思ったわけですが、水力発電というのは電力会社がやる仕事です。それでいろいろ考えた結果、農村に小さな川がたくさんあるんだから、そこに発電所をつくって地域の発展に貢献できないかと思い至ります。イームル商会を立ち上げたのも、小水力運動の資金づくりというのが主な動機です。しかし、戦後の物不足の中で、商品は思うように集まりませんでしたから、資金づくりにはほど遠く、会社経営と小水力運動は両立しなくなりました。

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高知の底力 地域密着型資源の可能性

古谷 桂信

古谷 桂信 ふるや けいしん
環境フォトジャーナリスト

1965 年、高知県生まれ。関西学院大学社会学部で鳥越皓之教授のゼミに入る。海外ではグアテマラのマヤ民族、国内では水環境などをテーマに活動。高知小水力利用推進協議会事務局長、全国小水力利用推進協議会理事。
主な著書に『生活環境主義でいこう!』(共著/岩波書店 2008)、『どうしてもダムなんですか?』(岩波書店 2009)、『地域の力で自然エネルギー!』(岩波書店 2010)ほか

生活環境主義の視点から、
写真を撮り、文章を書いて発表してきた古谷桂信さん。
その心に、ぐっと迫ってきたのは、小水力発電でした。
小さな水の流れが力を秘めている。
そのこと自体は間違いのない事実。
しかも、物理的なエネルギーだけではなく、
疲弊した地域を、
資源の宝庫に変えるエネルギーをも秘めています。
郷里・高知で、小水力利用推進協議会を立ち上げた経緯から、
小水力利用の実際を学びます。

水とのかかわり

 私は大学に入るまで高知県で育ち、子どものころから水辺で遊ぶことが好きでした。夏になったら水中眼鏡をつけて、川に潜って魚を捕ったり、エビを突いたりしてきました。関西学院大学に入って関西に来たら、そもそも近くに泳げる川がない。夏になっても「あっついのに、水にも入れんがか」と残念に思いました。
 3年生のゼミのグループ研究でテーマを決めて研究することになったのですが、私は「四万十川に興味がある」と、みんなに言ったんです。グループの他のメンバーから意見がなかったので、遠いのに私のグループは四万十川をテーマにすることが決まってしまいました。それが1988年(昭和63)のことです。1983年(昭和58)に、NHK特集「最後の清流 土佐・四万十川〜清流と魚と人と〜」という番組が放映され、世間の注目が四万十川に集まり始めたころでした。
 鳥越皓之ゼミの実習は琵琶湖でのフィールドワークで、その指導をしてくれたのが、現在の滋賀県知事、嘉田由紀子さん。当時、嘉田さんは、琵琶湖研究所の研究員でした。その後、嘉田さんを通じて、琵琶湖博物館の仕事として、水辺の暮らしの今と昔を比較する今昔比較写真の撮影もさせていただきました。
 グアテマラをはじめとするラテンアメリカのこともやりながら、同時進行的に、水辺にはかかわり続けてきたんです。

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高知の底力 ものづくりの底力

廣林 孝一

廣林 孝一 ひろばやし たかかず
株式会社スカイ電子代表取締役社長

1941 年山口県生まれ。1959 年北村電機工業所(のちに株式会社旭電機製作所)入社。1967 年旭電機新見工場操業に伴い、本社より工場責任者として出向。1973 年旭産業株式会社設立に伴い、取締役部長として出向。1977 年台湾旭電機股份有限公司設立に伴い、総経理として出向。1980 年旭電機新見工場へ常務取締役として復社。1981 年旭産業へ専務取締役として出向。1984 年旭電機高知工場操業に伴い、専務取締役工場長として出向。1986 年同社を退社し、1987 年スカイ電子工業を設立。3 月に株式会社に組織変更。

生産拠点の海外移転による、日本国内でのものづくりの空洞化。
長年、日本の経済基盤を支えてきた中小企業は、
厳しい状況に陥っています。
スカイ電子の廣林孝一さんは、そんな逆境を逆手に取って、
技術力によって、新機軸を見出しています。
中小企業にとって希望の星となる〈コアレス発電機〉は、
小水力発電にとっても、救世主になるかもしれません。

海外生産品との闘い

 弊社は、今年、創業25 周年を迎えます。それ以前は大手企業の協力会社で電子部品メーカーに勤務して、製品開発や新工場立ち上げに携わりました。1984年(昭和59)に四万十町(旧・窪川町)への新工場設立をきっかけに、高知に住居を移しました。約2年半後、新部門の立ち上げの話があったとき、今がターニングポイントであると考え、独立してスカイ電子を設立。CDのヘッドの駆動コイルやハードディスク用のコイルを手がけ、1993年(平成5)ごろまでは右肩上がりに販売を伸ばしておりましたが、その後、徐々に取引先の海外進出が進み、1994年(平成6)にCDのピックアップ関係の仕事が海外にシフトしてしまい、販売金額4億円ほどの仕事が、1億5000万円ほどの減収益になってしまいました。それで何かほかの仕事での補填を考え、携帯電話市場に向けて、扁平型の振動用モーターの駆動コイルを開発することにより回復を図りました。国内では現在、ほとんど円筒形の振動用モーターが使われているのですが、韓国のメーカーでは扁平型が使われています。

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高知の底力 目指せ! 永続地帯 高知県高岡郡梼原町の挑戦

矢野 富夫

矢野 富夫 やの とみお
高知県高岡郡梼原町長

1973 年高知市立商業高等学校卒業後、梼原町役場に勤務。産業建設課長、総務課長を経て2001 年退職し、梼原町助役就任(2007 年自治法改正により副町長)。2009 年第4代の梼原町長就任。高知県水源林造林協議会会長、全国森林環境税創設促進連盟理事。

2基の風車の売電収入が、環境基金につながった梼原町。
そのほかにも県や国の補助金をうまく組み合わせ、
温水器やペアガラスをはじめ、
エネルギー問題や地球温暖化にかかわる
すべてのことに対して、補助金、支援金を出してきました。
大きなものをドンとやる力は、都市に負けるけれど、
小さい町だからこそ、
コンパクトな組み合わせができる、と矢野町長。
小水力発電も、地域密着型の醍醐味の一つです。

木とともに幸せになる町

 梼原って、字を読めましたか? 梼というのは、イスの木とも呼ばれる樹木の名前で、そろばんの珠に使われています。大変成長が遅いために、堅くて目が詰まって、重みがあります。宮崎地域が主産地なんですが、地域にこの木が多いことから名づけられたのでしょう。今は減ってしまって、植樹をするようにしています。
 梼の字は、木偏に寿と書くのです。ですから私は「木とともに幸せになる町だ」と言っております。梼原町は91%が森林ですから、そう言い聞かせて頑張っているわけです。
 梼原では、1929年(昭和4)に村が電気利用組合という組織をつくって発電していました。小水力発電の出発点は、そこから始まっています。その後、国の法律が変わって、発電所は1936年(昭和11)に県に移管、1942年(昭和17)に電気事業者に移管しました。
 森林セラピーもやっていて、基地とロードを三つ整備しました。人混みに疲れている都市住民のみなさんにリフレッシュしていただく。元気になって、再生して帰っていただく。光・風・水・土・森林と森林セラピーを含めて、梼原町全体がクリニックだと思っているんですよ。その機能を創生しようとしています。森林セラピーの効果も科学的に立証されつつあり、その認定をいただいています。

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文化をつくる
小水力の底力

編集部

利用可能包蔵水力

 前回、私たちが小水力発電を特集したのは(28 号)、CO2削減のための救世主になり得るのでは、という期待からだった。自然エネルギー推進の中で、小水力発電の評価が不当に低いことも気がかりだった。急峻な地形を持ち、豊富な水量を誇る日本で、そのポテンシャルはもっと有効に利用されて然るべき、という思いは、水系ごとに算出された〈利用可能包蔵水力〉を足し合わせると2003年(平成15)の民生用電力使用量の65%をまかなえるだけのエネルギー量になる、という千葉大学の倉阪秀史さんの研究によって勇気づけられた。一つひとつは国のエネルギー政策を左右するような存在ではないが、ベースフローを水力メインにしようという意気込みで取り組めば、不可能ではあるまい。デンマークの国土にあまねく広がる風力発電所を見たら(12 ページ)、持てる資源を最大限使わずにいて、初めから無理というのはもったいないというものだ。

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水の文化書誌 30
《ダム文学の探求》

古賀 邦雄

古賀 邦雄 こが くにお
水・河川・湖沼関係文献研究会

1967 年西南学院大学卒業
水資源開発公団(現・独立行政法人水資源機構)に入社
30 年間にわたり水・河川・湖沼関係文献を収集
2001 年退職し現在、日本河川開発調査会筑後川水問題研究会に所属
2008 年5 月に収集した書籍を所蔵する「古賀河川図書館」を開設
URL:http://mymy.jp/koga/

 日本のダム(堤高15m以上)は、約2700基が築造されている。その用途は江戸期までは灌漑用水が主で、明治期以降は水道用水、水力発電、工業用水が加わり、さらに、近年これらの用途に治水目的を含めた多目的ダムが建設されるようになった。
 これらのダム建設をめぐって、必ずや利害関係の衝突が起こってくる。それは造られる側と造る側との確執や葛藤であり、造られる側と造る側の内部にも悶着が起こる。さらにダム建設地点の行政側の苦渋も尽きない。このような紛争が大きければ大きいほど社会的に反響を呼ぶ。ここに、石川達三や城山三郎、三島由紀夫などの著名な作家たちが、ダムをテーマとして過酷な自然環境を捉えながら、ダム建設に挑む人たちと、家族を含めてその人間像を描き出す。これらの作品がダム文学といえるだろう。
 このダム文学を五つのテーマに分類して紹介しよう。

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