機関誌『水の文化』41号
和紙の表情

心遣いも味のうち
心優しい人たちが守るアカタンの水

五十川 嘉美さん

福井県越前市赤谷町
五十川 嘉美(いそかわ よしみ)さん

お地蔵さんのお告げから

赤谷の名水は、別名 瓜割清水と呼ばれています。その昔、瓜を水につけたところ、あまりの水の冷たさに瓜が割れてしまったことからその名がつきました。地元の人は、赤谷をアカタンと呼んで、親しんでいます。

そもそもアカタンの水がなぜ有名になったかというと、お地蔵さんを大変信仰している村の人の夢に、お地蔵さんが出てきて、「アカタンの水はとても良いのだぞ」とおっしゃった、というのです。

それで北陸衛生研究所で水の成分調査を思い立ちましたが、直接持っていっても調べてくれないのだそうです。しかし、その人は運があって、取り引きのある会社にいとこがいたもんで、調べてもらうことができた。調べるのに6万円も払ったそうです。

看板にも書いてある効能は、その調査結果に照らして〈北陸のエジソン〉といわれた故・酒井弥(みつる)(理学博士)先生から教えていただいて加えたものです。

ここの湧き水にはゲルマニウムの成分が含まれていて、そのことを福井駅前の電光掲示板に「赤谷の名水」として紹介した人がいてね、それで一気に有名になりました。ゲルマニウムが含まれる水は、とても珍しいのだそうです。

以前は、湧き水の所へ行くには、狭い路地を通るしかなく、来る人は道路に車を停めていたのです。狭い道ですから、誰かが車を停めると行き違いできなくて。湧き水が口コミで広がると、大勢の人が水を汲みにきて渋滞が起きました。

村の人は、「かなわんで、どうかしてくれ」ということになって。

実はここらは僕の田んぼだった。僕は土地を提供して駐車場をつくろうと思ったんだけれど、入口の所がほかの人の土地にもかかる。区長さんが「水汲みに来る人のために駐車場をつくろうと思うんだが、土地を提供してもらえないか」とお願いすると、「どうせ、あの世に行くときに持っていかれるわけでもないし、喜んで提供しよう」と言ってくれました。

名古屋、大阪なんかからは、頼まれて汲みに来るんだと思うけど、赤帽の人がいっぱい来なさるわ。静岡やら横浜からも来ます。

そこら辺に染み込んだ雨水ではなく、遠い所に降った雨が何年もかけて岩石の間を通ってきたから、こんな成分になっている、という人もいますよ。

笑顔がうれしい

アカタンの水の温度は、夏も冬も11゚C。昔は籾種をこの水につけて発芽させました。湧き水だから春先には暖かいのです。

魚も飼っていたんですよ。でも、お客さんが来なさるようになって、全部やめなさいと言って。人が来なさると、魚がピュッと動くでしょ。そうすると、池の水が濁る。汲むのは流れ出てくる水だから関係ないんだけれど、やっぱり水が悪いから濁る、と思われるもんだから。

どんな高い山にのぼらなあかんのか、と思って来てみたら、車で横まで来られて良かったって言って、汲みに来なさる人にものすごく喜ばれる。行きは空のポリタンクだけれど、汲んだあとの水がいっぱい入ったポリタンクを、この狭い路地を運ぶのは難儀だでね。公民館にトイレもつくって、案内板も出しました。

水は一人しか汲めないから、待っている人のために農産物を置く売店もつくりました。そこで話し相手になっていると、「病気でこの水を飲んでいたんだけれど、検査に行ったら医者が首を傾げるほど良くなっていた」とうれしそうに話してくれる人もいなさる。

「お金を取ったらいい」と言う人もいますけど、そんなことまでしてアカタンの在所が金儲けしようとは思わない。駐車場だけだってずいぶんかかりましたが、ここのお不動さんのお賽銭を区のほうに全部納めますから、少しずつ返してもらっているようなもんです。

なんでそんなに親切なんだ、と言われますけど、喜んでもらえるのがうれしいからね。



(取材:2012年4月22日)

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