機関誌『水の文化』44号
しびれる水族館

アクリルがつくる夢の器

中国・成都に向けて水槽のアクリルパネルパーツが積み出されていく。

中国・成都に向けて水槽のアクリルパネルパーツが積み出されていく。

誰も使ったことのない素材を開発し、誰もできなかったことを、次々と実現してきた日プラ株式会社の敷山哲洋さん。化学と人の暮らしをつなげるための情熱が、水族館という癒しの空間に生かされています。縁の下の力持ちのお蔭で、迎えることができた水族館新時代。その知られざるエピソードをご紹介します。

敷山 哲洋さん

日プラ株式会社
敷山 哲洋(しきやま てつひろ)さん

1933年兵庫県生まれ。地元の工業高校を卒業し、メーカーに就職。1969年に同僚とともに現在の会社の前身である日プラ化工を設立する。同年、水族館の水槽用アクリル板生産をスタート。1970年世界初のアクリル製水槽を屋島山上水族館に納入。1994年にアメリカ・カリフォルニア州にあるモントレーベイ水族館の水槽を受注し海外進出を果たす。2007年からは新屋島水族館の経営も引き受けている。

合成樹脂の用途開発から

アクリルは、1938年(昭和13)ドイツで開発された素材です。日本では戦時中に零戦(零式艦上戦闘機)の風防ガラスにも採用されました。

私は学校で化学を学び、1952年(昭和27)からポリエステル樹脂の用途開発に携わっておりました。この年代は、ポリエステル樹脂が日本で生産開始されたころでもあり、日本における合成樹脂(注)や合成繊維の開発が本格化した時代でもありました。

私はポリエステル樹脂の化粧板の基礎研究に従事していました。そして、その発案が後に建材として、ポリエステル化粧合板、また、コタツの天板などに商品化され市場に出るようになりました。

(注)合成樹脂
人工的に製造された、高分子化合物からなる物質。可塑性を持つものが多いため金型などによる成形が簡単にできる。製品の使用目的や用途に合わせた特性を持つ樹脂を合成することが可能になってからは、幅広い用途に利用され、生産量が飛躍的に増大した。工業化に成功した合成樹脂第一号は、1909年のフェノール樹脂。植物以外の材料から初めて人工的に合成されたプラスチックである。アメリカの化学者が開発し、自らの名をつけたベークライトの商品名が広く知られる。その後、パルプなどのセルロースを原料としてレーヨンが、石炭と石灰石からできるカーバイドを原料としてポリ塩化ビニルなどが工業化された。石油化学が発達するようになると、原料は石油が主役となっていく。

  • アクリル板の厚さではなく特殊な技術で防弾するゴーグルの開発も。

    アクリル板の厚さではなく特殊な技術で防弾するゴーグルの開発も。

  • 何枚貼り合わせても透明度を失わないクリアーなアクリルキューブ。

    何枚貼り合わせても透明度を失わないクリアーなアクリルキューブ。

  • アクリル板の厚さではなく特殊な技術で防弾するゴーグルの開発も。
  • 何枚貼り合わせても透明度を失わないクリアーなアクリルキューブ。

讃岐漆器の塗料がきっかけ

合成樹脂の用途開発と平行して、高周波(マグネトロン)を利用した開発も行ないました。高周波の内部加熱する機能を利用し、乾燥及び、応用接着の研究をしていました。

香川県は讃岐漆器の産地です。漆器の量産化を目指し、漆器の木地(漆を塗る前の木製品)を大量生産するために、高周波の機能を利用し木地をつくることを考案しました。ベニヤ板(薄い単板を積層して接着した合板)をつくり、接着剤が乾燥する前に金型に入れて高周波をかけて木地をつくります。

また、木地に塗る塗料は、天然漆だけでなく、商品開発により、カシュー漆(カシューナッツの殻から抽出した油でつくった樹脂)や、透明な合成樹脂製の塗料などでつくられ、用途、目的に合わせて多様化していきました。その透明な合成樹脂塗料は、何度も塗り重ね表面仕上げをすると独特の風合いのある厚みがつくられます。しかし、その作業工程では時間がかかってしまうので、いっそのこと1枚の透明な板を木地の表面に貼って成形をしては、と思いつき技法を改良していきました。

このような技術を、大手合成樹脂メーカーの大きなアクリル化粧板の商品化に応用しました。

しかし私は技術者なので、量産ではなく一品ものをつくる仕事がやりたいと思い、1969年(昭和44)に前身である日プラ化工を創業しました。世界初となるアクリル製水槽第1号を、地元香川の屋島山上水族館に納品したのは、創業の翌年のことです。


  • ちぢみ杢(もく)が入った栃の銘木の突板(極薄板)をアクリル樹脂で固めた照明器具。50年ほど前のものだが、まったく劣化が見られない。

    ちぢみ杢(もく)が入った栃の銘木の突板(極薄板)をアクリル樹脂で固めた照明器具。50年ほど前のものだが、まったく劣化が見られない。

  • 超大型大画面も開発している。

    超大型大画面も開発している。

  • 球形のアクリルでつくられた地球。アクリルの可能性は無限大だ。

    球形のアクリルでつくられた地球。アクリルの可能性は無限大だ。

  • ちぢみ杢(もく)が入った栃の銘木の突板(極薄板)をアクリル樹脂で固めた照明器具。50年ほど前のものだが、まったく劣化が見られない。
  • 超大型大画面も開発している。
  • 球形のアクリルでつくられた地球。アクリルの可能性は無限大だ。

鶴の一声で生まれたアクリル水槽

360度ぐるりと見られる回遊型の水槽が設計されましたが、その水槽は、設計上、間柱がたくさん入ったガラス水槽でした。ところが施主会社の社長さんから、「邪魔になるから間柱を全部外せないか」と、見学者の見やすさを優先された要望が出されたのです。ガラスは構造上の問題で厚みを増すにも限界があるので、強度上ガラス製では間柱が外せないということになって、ガラスメーカーは手を引いたのですが、その社長さんはほかの素材を探してみるように、と指示されました。そこで採用されたのがアクリルでした。

薄いアクリル板を何枚も貼り合わせて分厚くすることで、水槽用のアクリルパネルが開発されました。

しかし、大型アクリル水槽第一号となった屋島山上水族館では、強度計算しようにも初めてのことですから計算式がありません。厚さ70mm以上ならいけるのではないかと考えましたが、本当にそれで水圧に耐えられるかどうかわかりません。そこで10分の1の模型をつくって実験することにしました。

しかしそこに水を入れても正確な実験になりませんので、液体の比重調整のために比重が水の約10倍の水銀を用いてアクリルパネルの歪みテストを行ないました。そうして屋島山上水族館のアクリル水槽は、結果、厚さ72mmに決定されたのです。

競合で苦戦

屋島山上水族館で成功したあと宿毛水族館、足摺水族館(ともに高知県)のアクリル工事を手がけ、その後、しばらくは日本各地の水族館工事にかかわりました。

しかし、アクリルが水族館の大型水槽に応用できるとわかってくると、大手アクリルシートメーカーなどが市場に参入するようになりました。技術では絶対に負けない自信がありましたが、当時、当社の社員はわずか15〜16人で信用力では大企業にはかないません。それで、水槽だけではやっていかれない状態になりました。

アクリルの特長を生かして、商店街のアーケードの天井ルーバー、大手電機メーカー照明器具のカバーの製作下請けをすることで、何とか会社を存続させた苦しい時代もあったのです。

光明となったモントレーベイ水族館

こういう不遇の時代にも水槽用パネルの技術開発は行なってきたのですが、日本国内ではやはり厳しい状況が続きました。それで海外に活路を見出すべく、進出を模索していたときに、アメリカ・カリフォルニア州にあるモントレーベイ水族館の増築計画の情報を入手しました。

モントレーベイ水族館は、当初、モントレー湾一帯の再開発の目玉としてつくられた施設であり、コンピュータ機器メーカーのヒューレットパッカードの創業者の一人であるデビッド・パッカードさんの娘のジュリー・パッカードさんが社長兼館長を務めていました。

メーカー選びの前段階として、パネルの強度テストを行なう、と知らされました。ジュリーさんは「会社の大きい小さいは関係ないから、テストに参加しなさい」と言ってくださって、日米の大手2社の中に加えていただきました。そして、私たちの製品の品質が一番優れていることが検査結果に表われました。

しかし品質では優れていましたが、見積額は他社より10%ほど高かったのです。それで、他社の金額に合わせるように言われるのではないか、と思いながらジュリーさんに会いに行くと、「品質が良いのですから、10%はその技術料ですから良い製品をつくってください」と言ってくださいました。

そのときの経験から、私は「品質が良ければ、その価値を認めてもらえるのだ」と素直に受け止めて、今日まで品質にとことんこだわってやってきました。

お客さんの声が直接聞こえたことが、その後の事業の方向性をはっきりと決めてくれたのです。以来、50カ国以上、海外だけでも200件ほどの水族館プロジェクトの仕事を手がけてきました。日プラが世界進出をするきっかけを与えてくれたのは、いわばジュリー・パッカードさんのお蔭であると言っても過言ではありません。

大型水槽ブームのきっかけ

そうこうするうちに、沖縄美ら海水族館(以下、美ら海と表記)の水槽計画が持ち上がったときに、当社に声がかかりました。

このときには、大水槽の強度を維持するために入っていたコンクリートの柱を除けられる除けられないの大問題になりました。設計者の方が「展示側の都合からいったら柱はないほうがいいし、どうしてもなくしたい」と言われました。しかし、技術的に非常に難しいものでしたから、国土交通省に呼ばれて相談を受けました。ずいぶんと時間をかけて設計を検討した結果、柱は除けてつくることが決まりました。

2002年(平成14)オープン当時、ギネス記録に登録された〈黒潮の海〉水槽は容量7500tです。この水槽が、世界の大水槽ブームの火付け役となりました。

経年変化で黄色っぽく変色するのはアクリル素材の欠点です。一般的には、古くなると色がくすんで透明度が下がります。しかし、美ら海の〈黒潮の海〉水槽はできてから既に10年以上経過していますが、透明感を保ったままです。当社では、劣化して変色する欠点を克服する技術を開発しているからです。この水槽のクリアーな状態に、海外からの視察者もとても驚かれます。

接着の秘訣

水槽のアクリルパネルを大型化するには、厚くして強度を出す必要があります。アクリル原板そのものを厚くするという発想もありますが、板厚の厚い原板には歪みがあり、中の分子構造が不安定な状態になるので破壊につながる恐れがあります。アクリル原板の一番安定した状態の厚さは30mmから40mmくらいです。その厚みの原板を水圧に合った厚さまで貼り合わせて厚いアクリルパネルをつくることで安全性を高くしています。

カーブパネルやトンネル型水槽など、さまざまな形の水槽を成形するにあたっては、アクリル板を1枚1枚カーブやトンネル型に成形してから貼り合わせているわけではありません。生産コストの関係で、先にアクリル板を接着剤で貼り合わせて所定の厚さの板をつくり、軟化温度に到達してから成形します。

接着剤は、アクリル板と同質のもので屈折率もまったく同じなので、透明度が保たれます。接着したために透明度が落ちるというのでは意味がありません。

アクリルはまったく濁りがない素材で、透明度はガラスと段違いです。一方、厚みを増すことも、透明な氷と氷の隙間に透明な水を入れて凍らせれば透明な一つの氷になるのと同じ原理で、透明度を保つことができる接着剤で貼り合わせていけば可能ですから、水圧にも耐える透明で強い板をつくることができます。

また接着してから高温で成形するので、接着剤には透明度だけでなく耐熱性も求められます。そのような耐熱性接着剤も自社で開発しました。

私たちは、アクリル板の製造から、現場取付施工、引き渡しまで、現在、80名ほどいる従業員が直接手掛けています。現地での接着作業には緻密な温度管理など、難しいノウハウが求められます。私たちは、従業員一人ひとりが現地で求められる多様な難しい作業に柔軟に対応できるよう日々教育しています。そのような従業員を現地に派遣し、品質には絶対の責任を持って臨んでいます。

しかし、何よりも前提となるのは安全です。最近、他社製品で上海のショッピングモールやマイアミのカジノの水槽が、破壊や水漏れ事故を起こして大変な騒ぎになりましたが、本来そんなことはあってはならないことです。

私たちアクリル水槽メーカーにとって、耐久性の面でのライバルは建物に使用されるコンクリートなのです。コンクリートの壁よりも、アクリルが先に壊れてはならないと考えています。幸いなことに、今のところコンクリートには勝つことができています。

  • 分子構造が安定した30mmか40mmの板を貼り合わせていくが、歪みが生じないように、保管しているときにも気を使う。

    分子構造が安定した30mmか40mmの板を貼り合わせていくが、歪みが生じないように、保管しているときにも気を使う。

  • 完璧な平滑面をつくるための削り作業。削るのも切るのも、水で冷やしながら行なう。

    完璧な平滑面をつくるための削り作業。削るのも切るのも、水で冷やしながら行なう。

  • 最後は熟練した職人による手作業だ。

    最後は熟練した職人による手作業だ。

  • 分子構造が安定した30mmか40mmの板を貼り合わせていくが、歪みが生じないように、保管しているときにも気を使う。
  • 完璧な平滑面をつくるための削り作業。削るのも切るのも、水で冷やしながら行なう。
  • 最後は熟練した職人による手作業だ。

巨大プロジェクトのエピソード

マカオと隣接している、中国の広東省南部にある珠海で建築中の水族館には、美ら海の約2倍の幅にあたる40mのアクリルパネルが入ります。

さらに、その水槽の中にはオールアクリル製の回遊展望型の展示ドームを組み込んでいるのですが、その直径は12mもあります。

直径12mのアクリルドームというのは、現場では形状と大きさの問題でつくれませんし、工場で製作したら、日本国内では陸上輸送できません。それで神戸港の岸壁に、貨物コンテナを利用して仮設工場をつくりました。たくさんのコンテナで周囲を囲み、特殊シートで天井を覆った仮設工場の中で、アクリル板の製作を行なったのです。完成後の積み込みは、岸壁に6000tの船を接岸し、仮設工場のコンテナを撤去して、そこにある直径12mの製品を200tクレーンでダイレクトに吊り上げて船積みを行ないました。つまり日本国内では一切陸上輸送を行なわずに出荷したわけです。中国側で陸揚げしてからは大型トレーラーで真ん中、そして左右に1台ずつ連結した上にドームを乗せて現地まで運びました。

珠海の次に、今度は四川省の省都である成都からもオファーがきました。成都から「珠海よりも大きなものをつくってくれませんか」と頼まれたのですが、私はオープンして3年間はそれ以上のものはつくらない約束ですから、とお断りしたのです。すると、ある日突然「じゃあ、同じサイズのものをつくってください。それならいいでしょう」と言ってきました。私が断れないようにあちらも譲歩してきたのです。それで今、工場で製作中です。

サウジアラビアのジェッダ空港からは、円柱型で直径が10m、高さが13.6mの水槽を受注しています。周長31.4mのアクリル板を10等分して現場に運び、現場で接着をします。その接着層が3mmなので、接着を成功させるために、切断精度が求められます。アクリル製水槽の製作は、それぞれの工程で高度な技術が要求される作業なので下請けも外注もできない、こだわりの職人技と特殊技術の賜物なのです。

展示のノウハウも

施設計画の企画段階から相談にこられることも多くなりました。

例えば、シロクマが飛び込む屋外プールは、外気がマイナスに下がれば氷が張って膨張します。ですから、強度計算では水槽に入った水の水圧だけではなく、氷が膨張して展示窓を押す力も考えなくてはなりません。しかし、プールの壁側を斜めに立ち上げてやれば、凍った水は膨張しても斜めに迫り上がっていきますから、氷の膨張を受け止めるために、余計な厚みのあるアクリル板を使う必要はありません。

ペンギン用トンネル水槽も蒲鉾型よりもチューブ型にしてペンギンが通り抜けられるほうが、ペンギンも喜ぶしお客さんも見ていて楽しいはずです。ペンギンは、スムーズに縦横無尽に泳ぎたいのですが、蒲鉾型にしてしまったら、トンネル上部を行ったり来たりすることしかできないからです。

展示の仕方というものは単に大型化すればいいというものではありません。私はよく「魚類や海獣の立場から考えてあげてください」と言うのですが、生息環境に合ったものにするのが、生きものの魅力を一番引き出せると考えています。

生きものの環境をつくる

私たちの子どものころはアミューズメントパークも何もない時代でしたけれど、お祭りで金魚すくいをして、捕った金魚をビニール袋に入れて持ち帰るのが何よりもうれしいことでした。今の子どもたちも、そのときの私の気持ちと同じ思いで水族館に来てくれているのかなあ、と思います。

海外に活路を見出そうとヨーロッパに行ったときには、ローカルな夜店や市場に行って、市場調査しました。日本の金魚すくいのようなものはあるのだろうか、ないとしたら金魚に替わるものは何なのか、とヒントを探しに行ったのです。

そのときの経験が、各地のオリジナリティの理解につながりました。海外の施設では、やはり展示しているものの身になって考えるという思想が、各地のオリジナリティに反映しているように思います。魚の生息行動がよくわかるように展示されていて、それを見て楽しんだり学んだりしているのです。

私がいくら立派な水槽を納めても、水が汚かったり、魚に元気がなかったら意味がありません。生き生きした姿を陸上の水槽の中で再現していくのが、水族館の仕事です。我々もハードを納入したら終わりというのではなく、水槽という器の中で生きものをどのようにして飼育していくかということも含めて、これからも、展示物の生活環境をつくることにもかかわっていきたいと思います。

(取材:2013年4月16日)

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