機関誌『水の文化』44号
しびれる水族館

竜宮城への視点

古賀 邦雄さん

古賀河川図書館長
水・河川・湖沼関係文献研究会
古賀 邦雄(こが くにお)さん

1967年西南学院大学卒業
水資源開発公団 (現・独立行政法人水資源機構)に入社
30年間にわたり水・河川・湖沼関係文献を収集
2001年退職し現在、日本河川協会、ふくおかの川と水の会に所属
2008年5月に収集した書籍を所蔵する「古賀河川図書館」を開設

2013年(平25)4月17日北九州市若松区の洞海湾で、北の海に棲むゴマフアザラシの雌の赤ちゃんが見つかった。親と離れたのかエサをもらえなく、痩せていたという。緊急に「しものせき水族館海響館」で保護された。水族館は水族たちの命を守る救急病院の役割を持つ。日本では水族館の施設は115ほど運営されている(中村元さんの著書に拠る)。幼児から高齢者まで幅広い年齢層の人たちが訪れ行楽の場である。広辞苑によると水族館について「水生生物を収集・飼育し、それを展示して公衆の利用に供する施設。水生生物に関する調査・研究も行なう」と定義する。具体的に水族館のバックヤードを覗いてみよう。

水族館の業務

西 源二郎・猿渡敏郎編著『水族館の仕事』(東海大学出版会・2007)では、飼育技術者の業務を、飼育展示するために水族を「集める」、取集された水族を「飼育する」、水族館の最大の目的である「展示する」、「見せる」。希少な水族やその環境を「保護する」。そして、水の環境と水族についての情報を多くの人に知ってもらう「広める」、さらにこの一連のために、調査研究、「調べる」に大別される、と定義する。

採集活動には、自分たちで行なう自家採集、漁業者の助けを借りる便乗採集があり、ジンベエザメやマンボウなどは漁業者の定置網にかかる。採集した水族を生きたまま輸送する。飼育には、水の適切な管理が重要である。地先の海の水を汲み上げて水槽に入れ、飼育用水として使用したのちそのまま海へ放流する開放式と、一度汲み上げた水を何度も繰り返し、水槽に注水する循環濾過方式がある。

水族の食性は動物食性、植物食性、雑食性、そしてプランクトン食性などに分けられる。水族館で与えるエサは、一般的に冷凍か生鮮状態の餌を与えるが、生きたままの餌しか食べない水族もいる。また、見せるには、展示テーマが十分に検討され、その水族館の特徴が現れてくる。

水族館では、研究として、飼育・採集・繁殖などのテーマがある。猿渡敏郎・西 源二郎編著『研究する水族館』(東海大学出版会・2009)は、フィールド調査として、深海化学合成生態系生物の飼育研究、黒潮の魚ジンベエザメ、マンボウ、ニタリ、シイラなど高知県以布利の魚、福島県いわき市の魚メヒカリについて捉える。水族館の館内研究として、八放サンゴ類の分類学と標本管理、スベスベマンジュウ蟹とアカマンジュウ蟹の個体発生、トラザメの人工授精と卵発生、クロマグロの飼育について詳論する。開館当初、高名な学者を館長または顧問に迎え、研究を行なった。1954年(昭29)開館「江ノ島水族館」では雨宮育作東大名誉教授、1964年(昭39)開館「大分マリーンパレス」では宮地伝三郎京都大名誉教授、1968年(昭43)開館「京急油壺マリーンパーク」では末廣恭雄東大名誉教授などが就いた。

水族館の歴史

鈴木克美著『水族館』(法政大学出版局・2003)では、世界最初の水族館は1853年(嘉永6)ロンドン・リジェント・パークの動物園内につくられたと。当時の新聞報道によると、60×20フィートの敷地に、ガラスと鉄骨でできた明るい軽やかな建物があり、その透明な壁面の周囲に板ガラスの水槽が14個置かれ、水槽内には、甲殻類、ヒトデ、シラヒゲウニ、イソギンチャク、ホヤが自然のままに活動とある。1853年は日本では、嘉永6年江戸末期である。ロンドンの水族館のオープン以来、パリ・ブーローニュ、ハンブルク、ブリュッセル、ベルリン、ルアーヴル、アムステルダムと西ヨーロッパでは水族館建設の大流行が始まった。アメリカでも1888年(明治21)以降ワシントン、ボストン、サンフランシスコなどで建設が始まった。

日本の最初の水族館は1882年(明治15)上野動物園の付属施設として、観魚室・うをのぞきの水族館ができた。これは長方形の建物の一方の壁に水槽10個が一列に並べられ、水槽内の魚の遊泳を観るにすぎなかった。淡水魚でその水は千川上水であった。

1885年(明治18)民営の浅草水族館、1890年(明治23)日本初の海水循環飼育システム採用、東京大学三崎臨海実験所水族館が開設し、1898年(明治31)実験所は油壺へ移転し油壺水族館として、1972(昭47)まで存続し、その業績は我が国の海洋動物学をリードした。さらにこの書では、日本に水族館をおこした人々として、和田水族館(兵庫県和田岬)の飯島魁、堺水族館の西川藤吉、産業振興を図る共進会での水族館設置と『水族志』の著者の一人 田中芳男、水族館の充実を説きつづけた棚橋源太郎の業績を述べている。

  • 水族館の仕事

    水族館の仕事

  • 水族館

    水族館

  • 水族館の仕事
  • 水族館

水族館学の確立

水族館を論理的に、実践的な学問の両面から追究する、鈴木克美・西 源二郎著『新版水族館学』(東海大学出版会・2010)がある。

その内容は、水族館と水族館学、水族館の歴史、水族館の建設、水族館の職員、水族館と社会、水族館と自然理解、水族とは、水族の収集、水族の飼育、水族標本の保存、水族館の研究、水族館の教育、そして関係資料として、日本の水族館年表、1960年(昭35)に現存した1930年(昭5)以前開館の海外水族館一覧、日本動物園水族館協会・日本博物館協会に加盟の現存水族館(2008)、現存が確認された(日本を除く)世界の水族館となっている。水族館を行楽や生涯学習だけでなく、水産における漁業増養殖による地域振興の核、生物の飼育環境の保持に関わる野生生物保全の拠点など、幅広い社会的役割と利用価値があると主張する。水族館の理論と実践に関わるバイブル書である。

水族館の魅力を論じた堀由紀子著『水族館のはなし』(岩波新書・1998)、鈴木克美著『水族館への招待』(丸善・1994)、鳥羽山照夫編著『新・水族館へ行きたくなる本』(リバティ書房・1996)がある。

新版 水族館学

新版 水族館学

日本の水族館

現在の日本における水族館を追って見たい。中村 元著・写真『中村元の全国水族館ガイド115』(長崎出版・2012)は、北海道から沖縄までの115の水族館を水塊度、ショー、海獣度、海水生物、淡水生物の5項目で満足度をチェックしている。

水塊とは、水中という非日常世界、水の圧倒的な存在感による潤いや清涼感、その内に立体的に泳ぎ浮かぶ命の姿を表わす。私たちは水族館内の青い水塊のまえで、茫然とたたずむことが多い、これは水塊での水族たちの浮遊の姿に圧倒され、癒されるからであろう。まさしく浦島太郎が竜宮城で遊んだ心持ちであろうか。著者中村元氏は全国水族館のランキングとして、「名古屋港水族館」北館の超弩級の水塊とイルカの仲間の水中世界、圧倒的な水量と水中に注ぐ太陽光による水塊と巨大なジンベエザメをも水中の景観の一つとする「沖縄美ら海水族館」、大人が求める美しく気持ちのいい水塊をバリエーション豊かに配慮した「サンシャイン水族館」、フグにこだわった下関ならではの地域性と亜南極ペンギンの「しものせき水族館海響館」、空を泳ぐイルカやマイワシの群れによる水塊度抜群の「横浜・八景島シーパラダイス」をベスト5に選ぶ。

さかなクン著『さかなクンの水族館ガイド』(ブックマン社・2012)は、イタチザメ、エイなどをカラフルにわかりやすく解説する。

  • 『中村元の全国水族館ガイド115』

    『中村元の全国水族館ガイド115』

  • 『さかなクンの水族館ガイド』

    『さかなクンの水族館ガイド』

  • 『中村元の全国水族館ガイド115』
  • 『さかなクンの水族館ガイド』

池田まき子著『男鹿水族館GAOの本』(無名舎出版・2004)は、水族館の舞台裏を見せてくれる。地下室や水槽の裏側には電気設備や空気・水などの冷暖房施設、水槽に酸素を送るブロアー設備、金属製の大タンクが数えきれないほど並ぶ。水族たちもまた人間と同様に、水と食糧とエネルギーの3つが欠乏すると生きていけない。

2011年(平23)3月11日の東日本大地震と福島原発の災害で、これらが一時供給できなくなった。いわき市小名浜港にある「アクアマリンふくしま」には、750種類、20万点の水族が飼育されていたが、地震や津波による停電で非常用発電機も動かせず、水の浄化も水槽の調節も酸素の供給もできず、カツオやマグロなど高速で泳ぐ回遊魚やサンゴ礁の生物などがつぎつぎと死んだ。中村庸夫著『がんばっぺ!アクアマリンふくしま』(フレーベル館・2012)は、その被災の状況と、動物たちの救助、生きものの飼育施設の復興と職員たちの活躍を描いている。

水族館をリニューアルする場合、水族たちを一時仮水槽等に移し、施設が出来上がったときに再度水族館に戻す。それを東京都ど真ん中の池袋の水族館が行なった。それを記録した深光富士男著『サンシャイン水族館リニューアル大作戦』(佼成出版社・2012)は、ほかの水族館にあげるイワシ、ほかの水族館に一時預けるラッコ、屋上へ移動するアシカ、ペンギン、と、さまざまな難題を克服した。

内田詮三著『沖縄美ら海水族館が日本一になった理由』(光文社新書・2012)、深光富士男編著、吉田健二漫画『沖縄美ら海水族館物語』(PHP研究所・2010)は、ともに巨大水槽のジンベエザメの複数飼育、ナンヨウマンタの繁殖、深海魚飼育を描き、年間270万人も訪れる人気の秘密を捉える。

児童書として福武 忍著『すいぞくかんにいこう』(文溪堂・2003)、志賀克行クラフト制作・山本ミカコイラスト・解説『つくれるえほん水族館のなかまたち』(マリン企画・2007)がある。

以上、水族館の書をいくつか挙げてきた。人は、幼児のころは、犬や自動車とか動くものに、そして、花とか生物に、年を取ってくると堅い石に興味が移るといわれる。だが、水族館への関心はすべての世代に共通する。

実際に大水槽の水塊の前に立ったとき、浦島太郎が竜宮城に夢うつつながら、浮遊しているような感じを受ける不思議な世界だ。水族館はただ単なる行楽の場でなく、その役割について、環境保全を含め水族の命を守り育てる意義があることを大いに認識せざるを得なかった。そして、バックヤードでは、水族を育てる水と食糧とエネルギーの3つの循環を動かしている若い人たちの姿が見えてくる。

  • 『がんばっぺ!アクアマリンふくしま』

    『がんばっぺ!アクアマリンふくしま』

  • 『サンシャイン水族館リニューアル大作戦』

    『サンシャイン水族館リニューアル大作戦』

  • 『沖縄美ら海水族館物語』

    『沖縄美ら海水族館物語』

  • 『がんばっぺ!アクアマリンふくしま』
  • 『サンシャイン水族館リニューアル大作戦』
  • 『沖縄美ら海水族館物語』

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