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水の文化 46号 都市の農業

文化をつくる
都市の農業

編集部

都市農業の環境変化

東京23区内にも、わずかに農地が残っている。

世田谷や杉並、練馬の辺りでは、畑の脇で農産物の販売が行なわれている。少し前までは無人販売所として細々売られていたが、いつのころからか売り出し前から長い列ができるようになった。農産物を並べにきた生産者から手渡しで買っていく住民が増え、すぐに売り切れてしまう日も少なくない。

西東京エリアにある直売所も大人気だ。東京都八王子市滝山町にできた〈道の駅 八王子滝山〉は平日でも駐車場がいっぱいになるほどで、新しいビジネスチャンスになっている。

食品偽装や農薬が問題になって、顔が見える生産者がつくったものに人気が集まるようになったのだろうか。はっきりとした理由はわからないが、消費者が価格だけではなく「鮮度」と「味」にも価値を求めるようになって、それを満たしている都市農業が注目を浴びているのかもしれない。

農地にも新しい評価

かつては農地より宅地、という意見が多かった都市部でも、都市化の勢いが弱まったことで、農地の価値も高く評価されるようになった。

人口密集地域においては、緑地としての保全に大きな期待が寄せられていることが、農林水産省のアンケートから明らかになった(「都市農業の現在」参照)。〈都市農地を保全する政策に対する意向〉を自治体の農政担当部局に聞いたところ、人口密度が5000人を上回るような都市圏では、「保全していくべき」という回答が多く寄せられたという。

一方、〈施設園芸〉に植物工場という新しい可能性が現われている(「植物工場の可能性 ハイテク技術の農的活用」参照)。植物工場はいわば農業と農地を切り離し、狭い都市部で効率良く栽培を可能にする仕組み。エネルギーコストをかけて遠隔地から野菜を運ぶ手間を省けることから、今後ますます注目が集まる分野である。

バブル景気のころは土地売却の攻勢が激しかったという都市農地(「命のバトンを練馬でつなぐ」参照)。今も農業を続けているのは、それを乗り越えてプロとしての誇りとやりがいを感じて、農業を続けようと決めた人だ。農産物を食べることで、その思いを応援できるのだから、おいしく有り難く頂戴したいものだ。

分岐点となった1995年

農地だけでなく農業への関心も高まっている。

都心寄りの人たちは自然との触れ合いを必要とし、里山・里海側の人たちは過疎化から人的支援を必要としている中、千葉自然学校のように双方のニーズをつなぐ役割を果たす組織も誕生している(「都市と里山・里海をつなぐ NPO法人千葉自然学校」参照)。

また、農業志向は熟年層だけではなく、若者の間にも広がっている。農業の実態を定点観測してきた農山漁村文化協会の甲斐良治さんは、阪神淡路大震災とオウム真理教の地下鉄サリン事件が起こった1995年(平成7)は一つの転機で、劇的な価値観の転換が起こって、若い人が農業に向かうようになった、と分析する(「都市的農業の時代」参照)。

実際、研修生やヘルパーとして働き、いずれ就農を目指す人たちの姿が多くの都市農園で見受けられた。

都市農業の付加価値

天然酵母を使ったパンをきっかけに、農薬や化学肥料を使った慣行栽培からEM農法に切り替えた鈴木英次郎さん(「家族で六次産業化」参照)や、収穫後の傷みが進みやすいため、鮮度を要求されるイチジクに手応えを感じている高橋尚寛さん(「新鮮・高品質が拓く来東京野菜の未来」 参照)、江戸東京野菜や新品種に次々と挑戦する井上誠一さん(「江戸東京野菜でまち興し」参照)たちのお話をうかがい、高付加価値の商品をつくる現場を知ることができた。

こうした生産者を応援する強い味方になっているのが、牧野征一郎さんの東京野菜カンパニーだ。「いずれは東京にいる1300万人の消費者に向け、直売所(B to C)事業を手がけたい」と夢を描く(「 新鮮・高品質が拓く来東京野菜の未来」参照)。今まで、つくることを主眼にしてきた農業が、いかに売るかを考え始めている。

農家として、住民として

とは言うものの、大半の都市農業は、現状ではまだ一次産業の域を出ていない。

ヒントになるのは、福岡県・大木町のきのこの里(「共同経営でかなえた 儲かる農家モデルと循環システム」参照)。農業の企業化によって経営を安定させ、カッコ良くて儲かる素敵な農家を増やすことに成功した例だ。しかも儲かるところで終わらせずに、地域の核になっているところが良い。循環型のまちづくりにも雇用促進にも大きな役目を果たし、「素敵なまちづくり」を牽引している。

農業はモノをつくっているだけではなくて、地域を良くする仕事をずっと担ってきた(「都市的農業の時代」参照)。それを可能にしたのは農業経営を行なう場所が、暮らし続ける土地だから。個人で頑張っている都市の農家が手をつなぎ合ったら、農業だけに留まらず、地域活性化にも大きな夢が実現できそうだ。

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目次

都市農業の現在 編集部
都市的農業の時代 甲斐良治
東京野菜カンパニー 新鮮・高品質が拓く来東京野菜の未来 牧野征一郎
江戸東京野菜 江戸東京野菜でまち興し 内田雄二
鈴木農園 家族で六次産業化 鈴木英次郎
小泉牧場 命のバトンを練馬でつなぐ 小泉 勝
植物工場の可能性 ハイテク技術の農的活用 古在豊樹
都市と里山・里海をつなぐ NPO法人千葉自然学校 飯田 洋
共同経営でかなえた 儲かる農家モデルと循環システム 水落重喜
文化をつくる 都市の農業 編集部
水の文化書誌 37 児童文学にみる農業用水開削の偉業 古賀邦雄
わたしの里川 里川幻想揺籃 沖 大幹
Go!Go! 109水系 145のしずくがつくる旭川 坂本貴啓

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