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水の文化 47号 つなぐ橋

文化をつくる
つなぐ橋

編集部

架橋が難しかった時代

土木技術の発達によって、長大なトンネルや橋がつくれるようになったために、東京湾を車で横断することも可能になりました。

しかし、かつての橋はやすやすと架けることができませんでしたし、お金もかかることですから、利用頻度を鑑みながら費用対コストが厳密に検討されたのは当然のことです。橋を渡るのにお金を徴収するところもありました。

五十畑弘さんの指摘の通り、「そもそも近代以前の日本の橋は〈仮〉の存在でした。大水がくると流されて、また修復するということを繰り返して」いました(「ペデストリアンデッキの登場と駅前空間の変化」参照)。

そういう目で見直すと「石橋はある意味ではきわめて現代的な構造物」という片寄俊秀さんの指摘が理解できます。「石橋は、リユースが可能な、小さなポータブルな部材で大きな構造物をつくり上げる技術の結集。電気のヒューズのように、いったん飛んで力を受け流し、リセットして復活できる仕組み」なのです(「長崎・眼鏡橋復元の物語」参照)。

歴史的な存在として見ていた石橋が、実は現代的な仕組みでつくられている、と発想を転換させると、石橋の見方も変わってきます。

橋は、あって当たり前

2013年度の水にかかわる生活意識調査(ミツカン水の文化センター)で「日本を代表する橋」を聞きました。2位の瀬戸大橋(292人)は、首都圏・大阪圏・中京圏からまんべんなく挙がっていて、全国区の橋ということができます。

3位になったレインボーブリッジ(177人)は大阪圏での支持が少なく、逆に5位の明石海峡大橋(119人)は大阪圏からの支持が多いという地域性がありました。

また4位になった錦帯橋(123人)は全国的な知名度でしたが、若年層の支持がなく、世代による差があることもわかりました。

ところが1位は、「思い浮かばない(340人)」という回答。現代人にとって橋は、意識せずに渡ってしまう存在になっているようなのです。

橋が持つ文化的価値

しかし、「渡る」という機能は、橋のいわばハードとしての側面をいっているにすぎません。松村博さんは、「利用する人々の心の領域に働きかけたり、それを眺める人々に訴えかけたりする〈何か〉は、橋の文化的な価値を高めている要素の一つ」と指摘しています(「土木技術者が読み解く橋の歴史の魅力」参照)。

橋にかかわるドラマが豊富だということは、水路がたくさん張り巡らされていた証しです。実際に、大阪の藤井薫さんは、橋の歴史を学ぶことで、水都の再生を前進させています(「橋から省みる水都大阪の再生」参照)。

橋の存在を復権させることは、地域の独自性を浮き彫りにし、ネットワークを強めることにもつながります。橋の物語や履歴を学びながら、地域資源の掘り起こしやネットワークづくりに活用したらいいと思います。

舟運や水辺空間の記憶を掘り起こし、橋が何をつないできたかについて、もう一度問い直してみてはいかがでしょうか。

舞台装置としての魅力

橋はたくさんの絵に描かれたり、歌に詠まれたり、映画や物語の舞台になってきました。

橋は、こちらとあちらをつなぐと同時に、越えがたい結界でもあります。何かが溜まったり、佇んだりする磁場があるのです。また、人が集まることで賑わい空間になり、ドラマが生まれやすいということもあるでしょう。

景観デザインの視点から橋とその周辺の空間を見る藤本英子さんは、「橋に象徴される水辺空間には、劇場空間同様に『観る』『観られる』という関係性を生み出す面白さがある」といいます(「橋上の賑わい空間復活の可能性」参照)。

橋を陸からでなく川から見れば、渡るだけではなく、くぐるものでもあります。船に乗ると、いつもの見慣れた風景がぐっとドラマチックに見えるのは、非日常の魅力が高揚感を生み出すからかもしれません。

時代や社会を反映する存在

隅田川に架かる現在の永代橋と清洲橋は、関東大震災の復興のシンボルとしてつくられました。しかし、震災で疲弊した中であれだけの大事業が行なわれた背景には、「城下町江戸から近代都市としての帝都東京へと、都市の実質を変える一大プロジェクトでもあった」と中井祐さんは読み解きます(「帝都復興における橋とデザインの思想」参照)。

そういう意味からも、橋は架けられた時代を映し出す鏡であるということができます。

戦後の瓦礫処理や高度経済成長期に勃興したモータリゼーションによって、多くの水路が埋め立てられてしまいました。地名だけに橋の名前が残っている所も少なくありません。しかし斉藤理さんは、「その判断は、その時代の人たちが出した解(かい)の一つ」といいます(「川がない橋が秘めた東京の履歴」参照)。

今回の取材で、「その時代に生きた人たちが下した判断の結果として、今の都市の姿がある」という言葉を何度も聞きました。今に生きる私たちの価値観で、過去の判断結果を評価することはできないということです。

だからこそ、「私たちの時代をどうするか」という評価と判断が、今後の橋の在り方にも求められているように思います。

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目次

土木技術者が読み解く橋の歴史の魅力 松村 博
帝都復興における橋とデザインの思想 中井 祐
ペデストリアンデッキの登場と駅前空間の変化 五十畑弘
モンゴルと日本をつないだ太陽橋 小林 厚
長崎・眼鏡橋復元の物語 片寄俊秀
橋から省みる水都大阪の再生 藤井 薫
橋上の賑わい空間復活の可能性 藤本英子
川がない橋が秘めた東京の履歴 斉藤 理
わたしの里川 川医者の里川診断 島谷幸宏
水の文化書誌 38 石橋・眼鏡橋のある風景 古賀邦雄
Go!Go! 109水系 4 神荒ぶ よみがえりの熊野川 坂本貴啓
文化をつくる つなぐ橋 編集部

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