機関誌『水の文化』48号
減災力

雨水を溜め、安全に流す知恵
−大和川の総合治水

大和郡山城の内堀としても使われていた、農業用溜池〈鰻堀池〉を大和川総合治水対策事業の一環で整備し、1万5800Kの治水容量を持つ池へと生まれ変わらせた。

大和郡山城の内堀としても使われていた、農業用溜池〈鰻堀池〉を大和川総合治水対策事業の一環で整備し、
1万5800Kの治水容量を持つ池へと生まれ変わらせた。

青丹(あおに)よし 奈良の都は咲く花の 薫(にお)うがごとく いま盛りなりと謳われた古都 奈良を象徴する大和川。亀の瀬という世界有数の地滑り地帯を擁し、治水安全上、管理が難しい川でもあります。河川改修やダムなどのハードな治水事業だけでなく、流域内に雨水を滞留させる方策や水害に強い土地利用の推進、避難体制の強化といった、多面的で総合的な治水対策によって流域住民と新たな関係を築こうとしています。

谷口 昭一さん

国土交通省近畿地方整備局
大和川河川事務所 調査課長
谷口 昭一(たにぐち しょういち)さん

1992年入省。豊岡河川国道事務所、大戸川ダム工事事務所を経て、現職。

総合治水と大和川

奈良盆地に降った雨の出口は、〈亀の瀬〉という狭窄部1カ所しかありません。156ある奈良盆地内の支川は、すべて本川に集まり、その狭窄部から流れていくのです。

利用し尽くされてきた水使いの長い歴史がありますから、できるだけ溜めてゆっくり流すのが大和川治水の基本です。そうしないと狭窄部に負担がかかってしまいます。

しかも山が浅いですから、雨が降ってから水位が上がるのがとても速いという特徴があります。ダムの適地もほとんどありませんから、溜池などを遊水地として使うことが治水上、有効なのです。

これらの対策は、川の水を安全に流す施設整備を行なう〈治水対策〉と、地域開発によって低下した保水・遊水機能を回復させてゆっくり流す〈流域対策〉の両面から洪水被害を軽減しようとする、総合治水(注)の考え方と一致するものです。

大和川の場合、総合治水ありきではなく、流域対策なしには実現できない特性を大和川が持っていた、というべきでしょう。河川だけいじっても解決できない制約条件が大きいのです。

河川整備は上流部から着手すると、下流部の被害が大きくなってしまう性質があります。しかし下流から手をつけると、上流の被害軽減までに時間がかかるという難点があります。

そこで大和川では地域特性に合わせた対策を、上流部(奈良県側)では流域対策や洪水調整施設などの整備を行ない、下流部(大阪府側)では河道掘削や堤防整備などを進めるなどして、できるだけ効率的に、上下流の被害を軽減する方策を取ってきました。

(注)総合治水対策の推進における方針と対策
総合治水対策には、従来の連続堤防やダムといった治水施設だけに依拠して〈あふれさせない〉対策を講じるのとは異なり、流域の土地利用、住民の災害への対応などを含めた総合的観点から対処すべき内容が盛り込まれている。
具体的には、「流域を治水上の役割に応じて保水地域、遊水地域及び低地地域に区分することを原則とする」ことを方針として土地利用に応じて守り方にメリハリをつけること、保水・遊水機能の維持のために「治水緑地、多目的遊水地の設置」、「防災調節池等の設置」、「雨水貯留施設の設置」、「透水性舗装の適用等」、「下水道事業における配慮」、「市街化調整区域のうち治水上の機能を有する土地に対する配慮」、「流域住民に対する理解と協力を求める働きかけ」を促すなど。〈あふれさせない〉治水からの転換がうかがえる。

  • 大和川河川事務所提供の資料、国土地理院基盤地図情報(縮尺レベル25000)「大阪、奈良、京都、兵庫、和歌山」及び、国土交通省国土数値情報「河川データ(平成21年)、流域界データ(昭和52年)、鉄道データ(平成25年)」より編集部で作図
    この地図の作成に当たっては、国土地理院長の承認を得て、同院発行の基盤地図情報を使用した。(承認番号 平26情使、第516号)

  • 大和川流域で取り組まれている総合治水対策

    大和川流域で取り組まれている総合治水対策

  • 大和川流域で取り組まれている総合治水対策

溜池の伝統と大和川

奈良盆地内の治水を、亀の瀬の流下能力を上げることだけで実現させようとしたら、大阪側の橋梁や堰などの施設をすべてやり直さなくてはならなくなります。それは現実的な話ではありません。

充分な容量のあるダムなどの施設もつくれない条件下で、流下能力をそれほど大きくせずに奈良盆地の治水安全度を上げるには、できるだけ溜めてゆっくり流すという総合治水対策が理にかなっています。

奈良盆地では、古くから灌漑用溜池の開発が盛んで、昭和初期には1万3000カ所を超える溜池があったと記録されています。しかし、都市化が進むにつれて数を減らし、整備が充分でないものも多くなってきました。

溜池は雨水を貯留し、洪水を抑制する効果があります。溜池の維持保全を行ない治水に役立てるのは、歴史ある奈良盆地ならではの対策といえるでしょう。

奈良盆地の年間降水量は1300mmです。全国平均が1800mmですから、雨が少ない地域といえるでしょう。その水が足りない奈良盆地で米をつくるために、徹底的にシステム化して利水を追求してきました。支流の水路が直角に交わっているのは取水しやすくする工夫ですが、自然に逆らって負荷をかけているのでそういう所があふれやすくなっています。

  • 稲作の長い伝統を持つ奈良盆地では、徹底的な灌漑が行なわれてきた。

    稲作の長い伝統を持つ奈良盆地では、徹底的な灌漑が行なわれてきた。

  • 春日大社や東大寺にほど近い鷲池と東西の荒池は、奈良市街地の洪水抑制機能を持った灌漑用溜池。

    春日大社や東大寺にほど近い鷲池と東西の荒池は、奈良市街地の洪水抑制機能を持った灌漑用溜池。中でも最大の容量を持つ西の荒池は治水安全度の面で最も重要な役割を担っていることから、〈特定保水池〉として整備が行なわれた。治水容量は1万7590m3。

  • 稲作の長い伝統を持つ奈良盆地では、徹底的な灌漑が行なわれてきた。
  • 春日大社や東大寺にほど近い鷲池と東西の荒池は、奈良市街地の洪水抑制機能を持った灌漑用溜池。

ネックとなる地滑り地帯を擁する

狭窄部があるのは、大阪府と奈良県の府県境ですが、狭いだけでなく世界的にも有数の地滑り地帯になっています。

地滑りはじわじわ滑りますので、土石流とは違って突発的には起こらないのですが、1931〜1932年(昭和6〜7)の地滑りでは、敷かれていた鉄道の線路が埋もれてしまうといった、大規模な被害も起こっています。

地滑りにより河床が隆起し大和川が堰き止められ、上流部の水位が上がって天然ダムになりあふれてしまう、という被害も起こっていました。

そのため、近畿地方整備局大和川河川事務所は、1962年(昭和37)から地滑り対策工事を直轄で行なっており、50年かけた大規模工事がやっと終了したところです。地滑り対策についての説明は、後述の〈亀の瀬地すべり資料室〉に譲ります。

大和川の特徴

河内平野は、縄文時代の前半ごろには、上町台地が半島のように突き出た湾でした。北から淀川が、南から大和川が大量の土砂を運んできたため、弥生時代後半〜古墳時代前半には湾が埋め立てられて湖ぐらいの大きさに縮小し、現在の河内平野ができ始めました。

稲作が伝わってからは、川が運んできた肥沃な土地に多くの水田が拓かれ、大和川の水は田畑の用水として利用されました。また、大坂を中心とした経済圏ができると舟運によって大きな繁栄がもたらされました。

しかし沖積平野(河川による堆積作用によって形成される平野)の宿命で、度重なる水害に悩まされた地域でもあります。

江戸時代には、今米村(現・東大阪市)や河内・讃良(ささら)・若江・茨田(まんだ)など各郡の代表者たちは大和川の流れを大和川と石川が合流する柏原から西へ向け、住吉・堺方面へ流す案を何度も幕府に嘆願しましたが、新川開削によって先祖伝来の家や田畑が潰される地域からは、激しい反対運動が起こりました。

結局、幕府が大和川付替えを正式に決定したのは、1703年(元禄16)10月28日です。

工事は河口にあたる堺の海側から始められ、現在の柏原市役所前で石川と合流する地点まで、西へ真っ直ぐ延ばされました。今でもかつての大和川が水路として残っており、用水として使い続けられています。

幅100間(約180m)、延長131町(約14km)の新しい川筋は、川底を掘り下げるのではなく、堤防を盛り土し高台を切り開いてつくられたので、天井川になっています。

断面図を見ていただけばわかるように、大阪平野より高い所を流れていますから堤防が切れたら大変なことになります。大阪には人口が集中していますから、我々も非常に警戒しながら治水に取り組んでいます。

大和川より低い大阪平野

大和川より低い大阪平野
資料提供/大和川河川事務所

川に親しむことで醸成

かつての大和川は、国土交通省直轄河川の中で水質ワースト1〜2の河川でした。今は環境基準を達成し、天然鮎が遡上するほどに改善しています。

下水道の普及率向上の成果もありますが、地元住民の方たちが地道に河川環境の改善に取り組んでこられたお蔭です。

その理由の一つは、水質が良くなったお蔭で、子どもたちが川に頻繁に入るようになったことがあるのではないかと思います。堺のほうで水辺の学校をやっているのですが、川に入ることは文句なしに楽しいのです。引率の親御さんたちもとても楽しそうにしています。

楽しくなかったら「また来年も来よう」とは思ってもらえません。そういう楽しい気持ちが醸成されて、1997年(平成9)からゴミ拾い運動が続いています。奈良側と大阪側で同じ日に行なっていて、1日に2万5000人が参加しました。ゴミの量も半端でなく、今年は192万t集まりました。

水環境というのは水質だけではなく、景観や自然の生態系の豊かさなど、いろいろの要素があって成り立つものですから、今後も大和川の水環境を考えたり、体験したりできる各種の取り組みを予定しています。

「絵・ポスター・作文・写真」のコンクール〈大和川コンクール〉は、今年30周年を迎えました。

大和川が汚かったときは、汚い川を描いた作品が多かったのですが、今は川の素晴らしさを実感した気持ちをダイナミックに表現したものが増えています。川がきれいになったことが、こんなところにも表われているとうれしく思っています。入賞作品集はカレンダーの形にして、多くの人の目に触れるように工夫しています。

若手職員の出前講座もあります。話の導入は環境や生きものから入るのですが、興味を引きつけたあとに治水や大和川の歴史についても話しています。

国土交通省近畿地方整備局全体でHPに〈魅せる!現場(現場を支える人々編)〉というコーナーを立ち上げ、人手不足が深刻になっている土木・建設関係の技術者養成にも努めています。

地震や豪雨などの災害時には、復旧作業にあたる土木・建設関係の技術者は不可欠ですから、人材確保は地域社会を支える上でとても重要です。

しかし、2001年(平成13)以降、公共工事の縮小傾向が加速したため、土木・建設業界は採用を控えて人材の減少が進み、次世代を担う技術者不足に悩まされています。

このように治水対策というのは、我々が一方的に土木工事で実現するわけではなく、地元のみなさんのコンセンサスを得ることや人材育成も含めて、広い視野で長期的見地に立って実現されるものです。

我々は「身近なこんなことも総合治水です 〜家庭でもできる工夫〜」をパンフレットなどで紹介してきました。

国、市町村、個人と、それぞれのレベルでできることがあります。総合治水基本骨子の4番目、「流域住民に治水上の問題について理解と協力を求める働きかけを行う」というのは、まさに私たちが行なってきた広報活動にほかなりません。

雨水貯留や植物を育てること、大雨のときにお風呂の水を流さないなど、小さなことですが個人でも取り組めることを実践して、川や治水への意識を醸成していただきたいと考えています。

建設事務次官通達(当時)として1980年(昭和55)に出された〈総合治水対策の推進について〉。
総合治水の基本骨子

1 総合治水対策特定河川に係る河川改修事業を積極的に推進する。
2 1の河川改修事業並びに河川流域における適正な保水・遊水機能の維持、確保等についての方針及び対策等を内容とする流域整備計画を策定し、これに基づき諸対策を講じる。
3 適正な土地利用の誘導と緊急時の水防、避難等の便に資するため洪水による浸水実績を公表する。
4 流域住民に治水上の問題について理解と協力を求める働きかけを行う。

  • 大和川河川事務所では、「大和川を知る」「大和川を治める」「大和川とくらす」「大和川を守る」という四つのカテゴリーのリーフレットを発行して、地元の川への理解を深めてもらう努力を行なっている。

    大和川河川事務所では、「大和川を知る」「大和川を治める」「大和川とくらす」「大和川を守る」という四つのカテゴリーのリーフレットを発行して、地元の川への理解を深めてもらう努力を行なっている。

  • 〈大和川コンクール〉の入賞作品で構成されたカレンダー。

    〈大和川コンクール〉の入賞作品で構成されたカレンダー。これも、大和川に愛着を持ってもらうための広報活動の一環だ。

  • 大和川河川事務所では、「大和川を知る」「大和川を治める」「大和川とくらす」「大和川を守る」という四つのカテゴリーのリーフレットを発行して、地元の川への理解を深めてもらう努力を行なっている。
  • 〈大和川コンクール〉の入賞作品で構成されたカレンダー。


(取材日:2014年7月28日)

亀の瀬地すべり資料室
調査課建設専門官 北方 泰憲さん

地滑り対策について説明する北方泰憲さん。

地滑り対策について説明する
北方泰憲さん。



河床を持ち上げる特殊な地形

亀の瀬地滑り地帯は、大阪府柏原市峠地区・雁多尾畑(かりんどおばた)地区にあり、大阪湾の河口から24〜25kmの距離にあります。地滑りの規模は、長さ約1100m、幅約1000m、最大厚さ(滑り面の深度)70mで、移動土塊量は1500万m3と推定されています。

大和川の河床が何度も隆起している原因は、亀の瀬の地滑り面が大和川の下にまで広がっているためです。

地滑りにより河床がせり上がり、川が堰き止められるため上流に水が溜まって水害をもたらします。

特に1931〜1932年(昭和6〜7)の災害時には、河床が9mも上昇し、奈良県王寺町が浸水してしまいました。また、1967年(昭和42)に発生した地滑りでは国道25号線もせり上がりましたが、この土砂をどけると重しがなくなって押さえる力が弱くなり、再び地滑りを誘発するので、国道のせり上がり部分は残したままになっています。道路を走っているときに、せり上がった所が感じられますから意識して通ってみてください。

地滑りと崖崩れの違いは、じわじわ滑り、何度も繰り返されるか突発的に起きるか、というところにあります。亀の瀬の地滑りは、滑ってきた土が大和川に運び去られることで重しが取れて、新たな土が再び滑り始めるという構造になっています。

向かって右が地滑り面。大和川の河床下の地盤ごと動かすようにして滑っていく。

向かって右が地滑り面。大和川の河床下の地盤ごと動かすようにして滑っていく。



巨大な深礎工(しんそこう)

亀の瀬地滑りの対策では、地下水排除工(排水トンネル工、集水井工、集水ボーリング工)と排土工で地滑り活動を沈静化させ、深礎工(しんそこう)という巨大な杭を滑り面より下の固い安定した地層まで打ち込んで、滑ろうとする土の塊をせき止める工事を行ないました。滑り面が浅い部分については、鋼管杭工を用いて地滑り活動を抑止しています。

亀の瀬では直径6.5m、深さ最大96m(大阪の通天閣の高さとほぼ同じ)の大規模な構造を採用しており、我が国最大規模の深礎工となっています。亀の瀬の深礎工には6000tの抑止力があります。

この深礎工をつくる工程は、非常に手間がかかり、1本完成させるのに、3年の年月を要します。

土が崩れないように1m掘るごとに周囲をコンクリートで固めながら、直径6.5mで深さ約100mの空洞ができるまで掘り進めていきます。空洞ができたら、底から順に工場から運び込まれた長さ12mの鉄筋(太さは直径51mm)を36cm間隔で立て込みます。

垂直方向に延ばすには、12mの鉄筋をネジ切りしてつなぎ合わせて使います。溶接では強度が維持できないためです。円周方向には太さ22mmの鉄筋を15cm間隔でぐるりと回し、12m打ち込むごとにコンクリートで固めます。

地中に埋まっているから見えませんが、亀の瀬の大和川沿いの地中には深礎工42本を含めて170本もの杭が打ち込まれています。これらの大規模な土木工事は50年の歳月を要して、2010年(平成22)にやっと完遂の目処が立ったところです。

地滑りを防止するための工事は終了しましたが、この先何があるかわからないので、工事完了後も観測を続けています。地上の土地の伸縮と、地中の滑り面の動き、そして地下水がしっかり抜けているかを見極めるために地下水位も計っています。

亀の瀬の地滑りメカニズム 地滑り面が大和川の河底を上げる 亀の瀬で行われた主な地滑り対策工

亀の瀬の地滑りメカニズム 地滑り面が大和川の河底を上げる 亀の瀬で行われた主な地滑り対策工



発見された煉瓦トンネル

地滑り地帯の中にトンネルをつくって通っていた旧・国鉄(現在のJR)関西本線も、1931〜1932年(昭和6〜7)のときの地滑りで押し潰されてしまいました。

ところが地滑りで圧壊したと思われていた亀の瀬隧道の遺構が、2008年(平成20)の11月に発見されたのです。レールや枕木がないのは、地滑りは1日に最大でも52cmしか動かないので、充分に持ち出す時間があったからではないかと考えられます。

先程、谷口がお話しした「魅せる!現場」で、大和川河川事務所から亀の瀬をご紹介したところ、煉瓦でできた当時の隧道の中に入って見学もできるため鉄道ファンに大人気となり、2013年度(平成25)には、全国から1000人を超える見学者が来場されました。

大和川が世界有数の地滑り地帯を擁することや、先進的な土木技術で大規模な地滑り地帯を治めていることを知っていただく良い機会になっています。

(資料室並びに鉄道トンネルなどの見学については事前申込み制)


  • 排水トンネル内部を見学。

    排水トンネル内部を見学。

  • コンクリートと鉄筋で固められた深礎工の実物大模型。上に乗っている太い鉄筋が使われている。

    コンクリートと鉄筋で固められた深礎工の実物大模型。上に乗っている太い鉄筋が使われている。

  • トンネルの一部を窓抜きにして、偶然発見された地滑り面を見せている。

    トンネルの一部を窓抜きにして、偶然発見された地滑り面を見せている。

  • 関西本線 亀の瀬隧道跡。

    関西本線 亀の瀬隧道跡。

  • 排水トンネル内部を見学。
  • コンクリートと鉄筋で固められた深礎工の実物大模型。上に乗っている太い鉄筋が使われている。
  • トンネルの一部を窓抜きにして、偶然発見された地滑り面を見せている。
  • 関西本線 亀の瀬隧道跡。

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