機関誌『水の文化』50号
雨に寄り添う傘

食の風土記2
水車によって広まった
ほうとう

煮立ったほうとうをいただく。

煮立ったほうとうをいただく。もっちりした幅広の麺に、かぼちゃなどの風味が絡み合う、奥行きのある味

水と風土が織りなす食文化の今を訪ねる「食の風土記」。今回は関東を中心に山梨県の郷土食として知られる「ほうとう」を取り上げます。小麦粉を水で練り込み、包丁で幅広に切った麺を、かぼちゃなどの野菜の味噌汁のなかに入れて一緒に煮込むほうとう。そのルーツは、思いのほか古いものでした。

うどんとは似て非なるもの

 周囲を山に囲まれ、大小の河川が流れる山梨県。郷土食「ほうとう」は、うどんと同じく小麦粉を水で練るが似て非なるものだ。その特徴は、①生地を寝かさない、②麺が幅広で少し扁平(うどんは主に丸型)、③練るときにほとんど塩を使わず、湯に通さないでそのまま煮込む、④味付けは味噌が一般的など。また、ほうとうはかぼちゃを用いるため冬の料理のイメージが強いが、実は季節の野菜を用いて年中食される料理である。

 甲斐国あるいは甲州と呼ばれた江戸時代、すでに果樹の産地として知られていたが、ほうとうもまた甲州名物として名が通っていた。

「1815年(文化12)にこの地を訪れた修験者の泉光院(せんこういん)(野田成亮(しげすけ))が『今夕は當國(当国)の名物ハウトウ(ほうとう)と云う馳走あり』と書き残しています」

 そう話すのは山梨県教育庁学術文化財課の中山誠二さん。山梨県立博物館の学芸課長だった2008年(平成20)、企画展「甲州食べもの紀行」開催にあたって調べたのだ。ほうとうは「餺飥(はくたく)」が訛った言葉とされているが、中山さんが文献で辿ると6世紀の中国・北魏の農書『斉民要術(せいみんようじゅつ)』(注1)に『調味した肉汁で小麦粉を練りあわせて平らにし、煮立った湯のなかに入れて食べるとおいしい』という餺飥の説明があった。小麦粉を使うこと、平たく延ばす点は今と変わらない。

注1)『斉民要術』
中国の現存する最古の農業技術書。五穀の種植法から酒、醤油の製法など農業生産物の加工まで、広範囲に及ぶ農業技術を説く。

  • 山梨県教育庁 学術文化財課 文化財指導監 中山誠二さん

    山梨県教育庁 学術文化財課 文化財指導監 中山誠二さん
    「藤原頼長は『小豆の汁で食べる』と書き残していますが、北杜市須玉町のほうとう祭りでは今も『小豆ぼうとう』を食べています」

  • 平地の少ない山梨県はかつて畑作が中心で、主食は小麦だった。


    平地の少ない山梨県はかつて畑作が中心で、主食は小麦だった。限られた平地では果樹が優先。わずかに残った土地で野菜を育て、ほうとうにして食した

  • 餺飥・はうたう記載記事文献一覧(近世以前)


    餺飥・はうたう記載記事文献一覧(近世以前)
    図録『甲州食べもの紀行』(山梨県立博物館 2008)から一部抜粋し、編集部で作成

  • 山梨県教育庁 学術文化財課 文化財指導監 中山誠二さん
  • 平地の少ない山梨県はかつて畑作が中心で、主食は小麦だった。
  • 餺飥・はうたう記載記事文献一覧(近世以前)

水車の普及で家庭食に

 餺飥を最初に記した日本人は、9世紀に遣唐使と中国に渡った天台宗の僧侶・円仁。また清少納言や藤原道長の日記にも登場している。「当時は寺院などで貴族の儀礼食、つまり〈ハレ〉の食べものだったようです」と中山さん。ほうとうに近い「はうたう」という発音は、12世紀の辞書『伊呂波字類抄(いろはじるいしょう)』(注2)に見られる。

 鎌倉時代、戦国時代を飛び越え、ほうとうの名前が再び史料に出てくるのは製粉技術が一気に普及する江戸時代。「武田信玄がいた戦国時代は小麦などの穀物を粉にする石臼などの道具が普及します。記述こそないもののほうとうも食べられていたはず。しかし庶民が家で日常的に食べるようになったのは水車のおかげです」と中山さん。18世紀、甲州では水車が爆発的に増えた。水は豊富で地形は起伏に富む。小麦から粉を挽く動力を得るにはもってこいだった。

 平地が少なく稲作は不向きだったことも家庭食として根づいた理由だ。撮影に協力してくれた専門店「ほうとう蔵 歩成(ふなり)」の榎原誠さんは子どものころ、多いときには週に3〜4回はほうとうを食べていたという。

「初日はほうとう、2日目はごはんを入れて食べる『煮返しのほうとう』でした。おもしろいのは、ひいおばあちゃんがつくるのはすいとん状で、おばあちゃんは長くて太い麺だったこと。家ごとに味も、野菜もさまざまだったはず。給食にも出ましたよ」

 ほうとうは粉食料理なので工夫の余地が大きく、榎原さんが話すようにさまざまに形を変えてきた。中山さんは「ずっと同じ料理ではないですが、小麦粉で練る平らな麺という特徴は変わっていませんね」と話す。

 食が多様化した今、地元の人たちは家でほうとうを食べないそうだ。そばやうどんよりも長い歴史をもつほうとうを、ぜひ受け継いでほしい。

(注2)『伊呂波字類抄』
平安時代末期につくられた日本の古辞書。ことばの配列をいろは順にしたことは、その後数百年にわたる辞書の構成のもととなった。

  • 株式会社歩成 取締役 榎原 誠さん

    株式会社歩成 取締役 榎原 誠さん
    「県民が自宅でほうとうを食べること自体少なくなっている今、専門店には食文化を次代につなぐ使命もあると考えています」

  • ①幅広で平らなほうとうの麺


    ①幅広で平らなほうとうの麺

  • ②専門店では衛生面に配慮してさっと湯に通す


    ②専門店では衛生面に配慮してさっと湯に通す

  • ③味のメインは味噌。県内にはしょうゆベースの汁を使うところもある


    ③味のメインは味噌。県内にはしょうゆベースの汁を使うところもある
    ほうとう専門店「ほうとう蔵 歩成」にて撮影

  • ④専門店では衛生面に配慮してさっと湯に通す


    ④季節ごとに野菜や根菜類、きのこ類を使う。肉を入れるようになったのは近年から

  • 株式会社歩成 取締役 榎原 誠さん
  • ①幅広で平らなほうとうの麺
  • ②専門店では衛生面に配慮してさっと湯に通す
  • ③味のメインは味噌。県内にはしょうゆベースの汁を使うところもある
  • ④専門店では衛生面に配慮してさっと湯に通す


(2015年4月22日取材)

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