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水の文化 51号 水による心の回復力

Scene2
日本庭園における水への眼差し――作庭家・重森千さんに聞く

重森 千さん

重森 千
(しげもり ちさを)さん
作庭家/重森庭園設計研究室 代表

祖父である重森三玲(みれい)、父の完途(かんと)に続く三代目。日本庭園についての著述、講演、講師活動および庭園の設計に携わる。1991年(平成3)、ロンドンを中心に開かれたジャパンフェスティバルの事業「ロンドン京都庭園」の作庭派遣団の一員として、ロンドン市内で日本庭園の作庭に従事。2001年(平成13)4月から、京都工芸繊維大学工芸学部造形工学科で「庭園美学論」の非常勤講師も務めている。

日本人にとって海や山、川、野、森など身近な自然の風景を限られた空間で表現する日本庭園。その歴史は飛鳥時代にまで遡る。なかでも、「枯山水(かれさんすい)」は、「水のないところに水を感じさせる」不思議な様式だ。枯山水を軸にして日本庭園を考えると、日本人にとって水がどのような価値をもっているのか、その精神性が明らかにできるかもしれない。作庭家の重森千さんに、日本庭園における「水の価値」と「精神性」について伺った。

真如堂にある枯山水様式の「随縁の庭」。重森千さんがデザインしたモダンな庭園。水の気配を感じさせる砂紋は寺務職員が引いている

よくよく見ると、水の流れを考えて仏堂側が高く、手前を低く設計しているのがわかる

真如堂にある枯山水様式の「随縁の庭」。重森千さんがデザインしたモダンな庭園。水の気配を感じさせる砂紋は寺務職員が引いている。よくよく見ると、水の流れを考えて仏堂側が高く、手前を低く設計しているのがわかる

四ツ目結の三井家の家紋があしらわれている仏堂の蟇股

四ツ目結の三井家の家紋があしらわれている仏堂の蟇股

水を使わずに水を感じさせる枯山水

京都洛東に真如堂(しんにょどう)(鈴聲山[れいしょうざん]真正極楽寺)という天台宗の寺院がある。書院から仏堂を望む「随縁の庭」は枯山水様式のモダンな庭園で、2010年(平成22)、作庭家の重森千さんがデザインした。真如堂は三井家の菩提寺。仏堂の蟇股(かえるまた)(注1)には四ツ目結(むすび)の三井家の家紋があしらわれている。そこで重森さんは家紋をモチーフに取り入れ、形も色も「四」を軸にした枯山水を作庭した。配した樹木もマキ、ヒノキ、サツキ、オトコヨウゾメと4種類。

縁石や玉砂利の仕切り石に至るまで、寺にひっそり埋もれていた石や木を使っている。鬱蒼とした仏堂前の坪庭が明るくなって檀家の三井家は喜び、元からの材料を活かした枯山水に寺としても愛着が深まった。

砂の紋様が波を表す「砂紋(さもん)」。水のないところに水を感じさせる枯山水ならではの表現だ。それを寺務職員が独自に工夫して引いている。
「日々見て感じ、手入れする方々のおかげで庭は生き生きと育ちます」と、作庭家冥利に尽きる重森さん。

(注1)蟇股
和様建築で梁や頭貫 (かしらぬき)上にあって上の荷重を支える材。

精神性と経済性が合致した知恵の産物

日本庭園は、水の動き、そして石や樹木、草花、苔によって自然を再現するものだ。身近な空間に自然を表すことによって「安寧を得たい」という精神性がある。その根幹には「自然の美しさに思いを馳せてつくる」という心構えがある。重森さんは「美しい場所を見ると、真似してつくろうと考えますが、大自然をそのまま凝縮しても無理がある。ですからその美しさに思いを馳せつつ、狭い空間でどう表現するかを試行錯誤するのです」と語る。

枯山水の庭園は、室町時代後期に禅寺を中心に多く出現した。それまでは滝や池、遣水(やりみず)(注2)などに水を使う池泉(ちせん)庭園が主流だった。枯山水は、あたかも表面に水が流れているような白い石英(せきえい)(注3)混じりの白川砂を使ったりして、水の流れを見立てる。座禅し精神統一していると、水でないものにも水を感じられるようになる。禅の精神性と結びついた庭園様式だったのだ。

しかし「実のところ枯山水はもっと時代を遡ります」と重森さんが歴史を紐解いてくれた。「平安時代末期にまとめられた日本最古の作庭書『作庭記』に〈池もなく遣水もなき所に、石をたつる事あり。これを枯山水となづく〉とあるのです」。

平安時代から残る毛越寺(もうつうじ)庭園(岩手県平泉町)。池へ張り出した築山(つきやま)の上部に多数の石で組まれた箇所がある。まさに滝などの自然風景に見立てた『作庭記』風の枯山水だ。

苔寺の愛称で有名な京都の西芳寺(さいほうじ)庭園にも、石組(いしぐみ)の配置だけで豊かな水量を感じさせる「枯滝(かれたき)石組」の一角がある。『作庭記』でいう池から離れ独立した枯山水にほかならない。

ではなぜ室町時代後期に、現代の私たちが枯山水と聞けば思い浮かべる、砂と石だけで構成した庭園が突如として続出したのだろうか。

「京都の3分の2が焼失したといわれる応仁の乱が原因です」と重森さんは解き明かす。「池泉庭園を復興するのは大変な作業です。今のように電動ポンプなどないので、川や湧き水から水を引いてくるのは大工事。しかも、すべての箇所でレベルを合わせなければ水は澱んでしまいます。澱む=不浄ですから、水を扱う庭園で絶対にやってはいけません。池の水があふれないようにしかるべきところに水を流す排水設備も必要です。防水加工もコンクリートがないから粘土打ちです。私は古い池泉庭園の修復を経験しましたが、粘土を玉にして打ち付けていくので跳ね返ってドロドロになり、猛暑の夏にカッパを着て地獄のような重労働でした。当時、どうすればお金と労力をかけずに庭園を復興できるか、と考えて行き着いたのが、庭園すべてを枯山水にするアイディアだったわけです」

水のないところに水を感じる禅の精神性。池泉庭園よりも簡便につくれる経済性。枯山水は二つを巧妙に合致させた知恵の産物といえよう。

(注2)遣水
庭園などに水を導き入れ、流れるようにしたもの。水の流れを変えるため、横石の配置などさまざまな工夫が凝らされた。
(注3)石英
二酸化ケイ素からなる鉱物。六角柱状または錐状の結晶。無色もしくは白色でガラス光沢がある。

疲れ切ったニューヨーカーが滝の前でボーッと過ごす

洛北の禅寺で茶の湯の聖地として知られる大徳寺。そのなかの塔頭(たっちゅう)である大仙院庭園は、龍安寺庭園と並んで枯山水の代表的な庭園である。その構成は、水墨画のような山岳風景に枯滝、枯流(かれながれ)を備え、大自然の水景が表現されている。

「日本庭園は池泉・枯山水・路地の三つに大別されますが、いずれもキーワードは水。水がないと始まりません。近ごろ西洋庭園で流行している、雨水を有効利用し川の流れのように見せるレインガーデンの趣向も、日本庭園にはとっくの昔からありました。雨が多く水が豊富にある恩恵を慈しみ、水のよさを引き出すことが、日本庭園に脈々と流れる重要な伝統です」と重森さんは話す。

水の音色も日本庭園では大切な要素。夏の暑さを少しでも和らげようと、手水鉢(ちょうずばち)の柄杓(ひしゃく)を取って手を洗ったときコロコロと涼やかな水の反響音がする水琴窟(すいきんくつ)(注4)は、茶人の繊細な気配りによって生まれた工夫だ。

回遊式池泉庭園を代表する桂離宮庭園に「鼓の滝」という見逃すほどの小さな滝がある。そばに橋がかかっており、名前のとおり、鼓のようにあでやかな音がするので「橋を渡るのが楽しみ」(重森さん)という。

ところが、このように水の音を巧みに扱うのは日本人だけではない。重森さんが一例として挙げたのは、ニューヨークのペイリーパーク。公園の奥にある6mの落差の滝は、日本庭園の滝にヒントを得て設計されたものだ。
 訪れた重森さんによれば「間近に行くと都市の雑踏音がすべてかき消され、落水の音しかしません。疲れ切ったニューヨーカーたちが滝の前に陣取ってボーッとしていました」。

都市生活で溜まった澱(おり)を、滝の落水と水音が洗い流してくれる。水のもつ清らかさや落水が奏でる音は、人間にとって絶対的に必要なものだと重森さんは言う。「中国は池泉庭園が中心ですし、さらに西へ向かってもどの国の庭園にも水がある。インドのタージ・マハルもそうですね。暑い国ならば水を大量に扱うことで己の権力を誇示する意味もありますが、清々しい空間にするにはどうしても水が必要だったのです」。庭園の水は古今東西を問わず、荒んだ心に染み込み、活力を呼び戻すようだ。

(注4)水琴窟
水音を楽しむため、庭園に仕掛けられた装置。手水鉢の排水口の下に、小さな穴を底に開けた水瓶などを伏せて埋め、その中にたまった水に滴が落ちて、琴のような音が聞こえる。

上空から見た桂離宮。池のまわりに書院や茶亭を配している。

上空から見た桂離宮。池のまわりに書院や茶亭を配している。庭と建築の構成が見事で、その回遊式池泉庭園は日本庭園の美の集大成ともいわれる。敷地は約6万9400m2 
写真:首藤光一/アフロ

大徳寺の大仙院庭園。大徳寺の大仙院庭園。水墨画を立体化したような山水風景が特徴。重森さんいわく「枯山水の美に深く接したいのならば、まずは龍安寺庭園と大仙院庭園を拝見しなければいけません」 写真:山本健三/アフロ

ニューヨーク・ペイリーパークの滝のそばでくつろぐ人たち。ニューヨーク・ペイリーパークの滝のそばでくつろぐ人たち。設計者はアメリカ人だが、日本庭園の滝からヒントを得たという 写真:Alamy/アフロ

四季折々の色づきと庭園の構成を楽しむ

日本庭園のよさを味わうにはどんな見方をすればよいのだろうか。 「花咲く春、新緑の夏、紅葉の秋に出かけて〈ああきれいだな〉で最初はいいと思うのです。季節ごとの草木の色づきを堪能したら、今度は庭園全体の構成に目を向けてみる」

例えば海外にも名高い龍安寺の石庭。きわめてシンプルな構成の枯山水だが、五つのブロックの石が巧みな遠近法を司り視線を誘導する。

また池泉庭園では自然の山並を石で表す。山並なら築山で十分なのに、その上へさらに石を据えるのは、険しくそびえ立つ山を表現している。

「そこまで気づけば、人がたどりつけない深山幽谷(しんざんゆうこく)すなわち不老不死の仙人がいる蓬莱山(ほうらいさん)を表していることがわかります。理想郷としての蓬莱神仙思想を表す寺院庭園は多い」

この思想には長寿の象徴である鶴と亀の石組や島を設ける。そのような象徴を見つけ出すのも楽しみ方の一つ、と重森さんは言う。

龍安寺の庭園。敷き詰めた白砂は大海で、点在する石は海に浮かぶ島のように見える。石の大きさと配置の妙で、奥行きのある美しい空間となっている 写真提供:龍安寺龍安寺の庭園。敷き詰めた白砂は大海で、点在する石は海に浮かぶ島のように見える。石の大きさと配置の妙で、奥行きのある美しい空間となっている 写真提供:龍安寺

お気に入りの庭へ足繁く何度も通う

天候や時間帯で光線の具合が異なり、庭は時々刻々と風情を変える。 「お気に入りの庭ができたら足繁く何度も通うと、そのたびに発見があるはず」と重森さんは強調する。

著名な作庭家・庭園研究家である重森三玲(みれい)を祖父にもつ重森家は代々作庭に携わる。父親からよく「美しい景色は真冬にわかる」と言われたという。落葉し、花も咲かず、何もない景色。風は冷たく、京都の冬は身を切るように寒い。そんな〈すっぴん〉の状況でも美しい景色なら、春や秋は当然美しいのである。

「これは庭園も同じで、落葉樹の枝先に至るまで、冬のピンと張り詰めた空気と繊細な枝ぶりの景色は最高です」 

重森さんは「そこまで行ったら、いったん自分の知識をすべてリセットし、頭を空っぽにして庭に向き合ってほしい」と最後に付言した。
 空っぽにして見えてくるものは何だろうか。それはやはり、どの様式の日本庭園にも共通する水のイメージかもしれない。

真如堂にはもう一つ枯山水の庭園がある。比叡山など東山三十六峰を借景とした「涅槃の庭」

真如堂にはもう一つ枯山水の庭園がある。比叡山など東山三十六峰を借景とした「涅槃の庭」

(2015年7月31日取材)

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目次

ひとしずく(巻頭エッセイ)
川の話
梨木香歩
概説
生きづらい社会における水辺の価値
上田紀行
Interview
日ごろ使わない神経を「水辺」が刺激する
古賀良彦
Scene1
水中を浮遊するクラゲに癒される
新江ノ島水族館
Scene2
日本庭園における水への眼差し
重森千
Scene3
感性を刺激する「滝時間」
坂ア絢子
Scene4
「御舟かもめ」クルーズに見る 〈都市の川面〉の魅力
御舟かもめ
Scene5
「水」を活かしたリゾート戦略
しこつ湖鶴雅リゾートスパ
水の謌
Scene6
人と人をつなぐ健康ランド
平針東海健康センター
文化をつくる
「水空間」に浸ると身も心も軽くなる
編集部
水の文化書誌42
河川の復元を図る
古賀邦雄
食の風土記 3
米と杉と鉱山が生んだ「きりたんぽ」
編集部
魅力づくりの教え 3
出る杭がつくる「選ばれるまちづくり」
中庭光彦
Go!Go! 109水系 8
恐ろしくも美しい魔性の川 黒部川
坂本貴啓

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