機関誌『水の文化』51号
水による心の回復力

Scene5
「水」を活かしたリゾート戦略
――しこつ湖鶴雅リゾートスパ
水の謌の「競争しない個性」

ウェルカムラウンジと客室ラウンジをつなぐ通路にある水の回廊「謌の道」。ライトアップによって幻想的な水空間が表現されている

ウェルカムラウンジと客室ラウンジをつなぐ通路にある水の回廊「謌の道」。ライトアップによって幻想的な水空間が表現されている

北の大地に「水」を前面に打ち出したリゾートホテルがある。支笏湖(しこつこ)の畔(ほとり)に建つ「しこつ湖鶴雅リゾートスパ 水の謌(うた)」だ。夏期はほぼ満員の状態が続くという。「水」をどのように活用しているのか、そして「水空間」をいかに設計しているのか。宿泊客をもてなすホスピタリティも含めて伺った。

しこつ湖鶴雅リゾートスパ 水の謌

静謐な雰囲気のなか、「水琴窟」がお出迎え

 北海道の空の玄関口・新千歳空港から車でおよそ40分。木立のなかを抜けるとレストランや土産物販売店、観光客用の広い駐車場などの一角に出る。「しこつ湖鶴雅リゾートスパ 水の謌」(以下、水の謌)は、その裏手の森のなかにひっそりと建っていた。

 玄関に車を停めると、出迎えたスタッフにキーを預けて宿泊客はそのまま館内へ。車はスタッフが駐車場まで運び、出発時も玄関まで回送する、国内では珍しい「バレーサービス」だ。

 その名を体現するがごとく、玄関からウェルカムラウンジを囲むように水路が配されている。ウェルカムラウンジの中央には、支笏湖を生み出した恵庭岳(えにわだけ)や風不死岳(ふっぷしだけ)などの火山をモチーフにした水琴窟(すいきんくつ)がある。

 ウェルカムラウンジと客室ラウンジをつなぐ通路沿いにも、ゆるやかな曲線を描く水の回廊「謌の道」が設けられている。支笏湖から流れ出る千歳川をイメージしたもので、歩いて客室ラウンジへ向かうと「コロコロコロ……」という優しい音色が聴こえる。水琴窟の奏でる音をマイクで拾って、スピーカーを通じて流しているのだ。

 このように、水の謌は「水」に焦点を絞ったリゾートホテルである。

ウェルカムラウンジにある水琴窟。奏でる音は客室ラウンジに向かう通路で聴ける

ウェルカムラウンジにある水琴窟。奏でる音は客室ラウンジに向かう通路で聴ける

競争しないために個性を備える

 道東を中心にリゾートホテルやレストランなどを手がける鶴雅グループは今年、創業60周年を迎えた。温泉旅館として開業したときまで遡ると、その歴史は100年に及ぶ。今、グループを率いる大西雅之氏(株式会社阿寒グランドホテル代表取締役社長)は1989年(平成元)に父・正昭氏から引き継いだ。その2年前から大手旅行代理店から「送客停止」の通告を受ける危機的な状況にあったものの、団体周遊型観光から個人滞在型観光への切り替えを進め、苦境を乗り越えた人物として知られる。

 水の謌は、2008年(平成20)に支笏湖観光ホテルを買収・改修して翌年5月にオープンした。岡田正巳副支配人によると、大西氏は以前から摩周湖やバイカル湖にも匹敵する透明度の支笏湖に関心を抱いていたそうだ。

「大西は『ホテル旅館業の最大の使命はお客さまの癒しだ』と考えています。そして、『人間の体の70%は水である』と常々『水の大切さ』を従業員に説いています」

 水の謌の空間設計・デザインを外部に発注する際、大西氏は「水をイメージしてほしい」と要望。「水の癒し力」をテーマとする今のスタイルになった。

 鶴雅グループは、ほかにも「森を歩く、森を感じる」をテーマとする「定山渓(じょうざんけい)鶴雅リゾートスパ 森の謌」を2010年(平成22)8月に開業。来年は庭園造景を前面に打ち出したホテルもオープンする。

 こうした独自性をもたせる背景には、経営理念の一つに掲げる「競争しない個性をもつこと」がある。

しこつ湖鶴雅リゾートスパ 水の謌の副支配人を務める岡田正巳さん。大手ホテルチェーンで勤務していた経験も活かして陣頭指揮をとる

しこつ湖鶴雅リゾートスパ 水の謌の副支配人を務める岡田正巳さん。大手ホテルチェーンで勤務していた経験も活かして陣頭指揮をとる

「水」を軸とする五感への働きかけ

 では、水の謌では「水の癒し力」を個性とするために何を設計しているのか。視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚の五感で見るとわかりやすい。

 視覚は先に述べた水の回廊だろう。水琴窟は言うまでもなく聴覚に訴えるもの。触覚は、中庭に設けた足湯が挙げられる。足湯は、宿泊客だけでなく、日帰り・デイユースプランの利用客も気軽に楽しめる。

 味覚は、約30種類のミネラルウォーターが楽しめるアクアバーだ。アクアバーは約30種類の枕を貸し出すピロギャラリーと併設している。それは眠る前、そして目覚めのとき、水を飲むことで体内から健康になってもらおうという意図がある。岡田氏は「国内はもちろんのこと、イタリアやフランスなどの海外からも仕入れて展示・販売しています」と明かす。

 嗅覚は、ウェルカムラウンジ周辺でほのかに漂う水の匂い。このように、五感から「水の癒し力」を設計しているのがわかる。

 また、水の謌はホテルとしては珍しい「素足で過ごす」スタイル。もともと外国人観光客に日本文化を体験してほしいとのコンセプトだったが、日本人にも好評だ。「ご自宅にいるようなくつろぎを」(岡田氏)との思いからオリジナルの作務衣(さむえ)も用意。宿泊客のおよそ9割が作務衣で散策する。靴を脱いで素足で歩き、体を締めつけない衣をまとう。そうした仕掛けからのリラックス空間を提供している。

 一方、鶴雅グループ全体としてホスピタリティで気を配っているのは「痒いところ」に手が届く接客。
「例えばチェックインの際に、開催中のお祭りやイベント、見どころなど、地域の情報をお伝えするといった気遣いですね」と岡田氏。さらに、居住地や家族構成、来訪の目的など宿泊客の情報を詳しく記した名簿を毎日つくり、前日の夕方には全従業員に配布している。名簿作成の専属者がいるほどの徹底ぶりだ。

  • 中庭にある足湯「草々(そうそう)の湯」で楽しそうに語らっていた女性たち。もとは職場の同僚で、久しぶりに集まったそう

    中庭にある足湯「草々(そうそう)の湯」で楽しそうに語らっていた女性たち。もとは職場の同僚で、久しぶりに集まったそう

  • 硬水、軟水、スパークリングウォーターなど約30種類のミネラルウォーターを販売するアクアバー

    硬水、軟水、スパークリングウォーターなど約30種類のミネラルウォーターを販売するアクアバー

  • 中庭にある足湯「草々(そうそう)の湯」で楽しそうに語らっていた女性たち。もとは職場の同僚で、久しぶりに集まったそう
  • 硬水、軟水、スパークリングウォーターなど約30種類のミネラルウォーターを販売するアクアバー

大自然のなかで引き出されるもの

 支笏湖は国立公園にあり、勝手に木を伐ることができない。そのため、部屋から湖面は見えないが、ほんの少し歩けば畔に出られる。宿泊客は日中、主にゴルフとアウトドアスポーツを楽しむので、水の謌は季刊広報紙『Mizuno Uta PRESS』を発行し、アクティビティへの誘導も行なう。カヌーや釣りはもちろん、支笏湖は透明度が高いので淡水湖にもかかわらずダイビングやシュノーケリングが楽しめる。館内はもちろんのこと、滞在中のアクティビティまで一貫して楽しんでもらおうとするのが水の謌のリゾート戦略なのだ。

 編集部は、夜のライトアップを待つ間、夕闇迫る湖畔に出た。カヌーを借りて湖水に漕ぎ出す。一人で浮かんでいると、空と大地の広さを感じる。自分が水に溶けていくような感覚すらあった。

 最大の使命を「お客さまの癒し」と捉え、そのために人体のおよそ7割を占める水を活かしたリゾート戦略。空港から40分という地の利。支笏湖と山々が織りなす美しいロケーション。宿泊客の要望を汲みとるホスピタリティ。五感を刺激する館内の設計。そして、一歩外に出ると、夢中になるさまざまなアクティビティがある。これらが一体となったのが、水の謌の「水の癒し力」だった。

中央に高さ約7mの暖炉を備えた客室ラウンジ「アペソ」

中央に高さ約7mの暖炉を備えた客室ラウンジ「アペソ」。アペソとはアイヌ語で囲炉裏の意味。エゾシカの皮を用いたクッションの上で本を読むなどくつろげる



(2015年8月20日取材)

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