機関誌『水の文化』52号
食物保存の水抜き加減

文化をつくる
「水を抜く食べもの」を支える
プライドとニーズ

編集部

水の果たす役割

文化人類学者の故・西江雅之によれば、「食べること」の文化とは、身の回りの食べられるものから選び、入手し、保存したうえで料理して食べるという営みを「どう行なうか」に差異があり、その多様性こそが文化だという。今号は「食べること」の文化のなかで「保存」に着目した。現地に行くと、高温多湿な日本では「水を抜く」という行為そのものが難しいことがわかった。2015年の秋から冬は雨が多く、しかも暖かかったため、市田柿はカビが生えて大量に廃棄せざるを得なかった。

取材日程を組むことも難航した。ゆでぼし大根は北西の風が吹かないのでスタートが遅れ、凍みこんにゃくも最低気温が氷点下になる日が続くのを待っていた。保存食は気候と密接な関係にあるのだと実感する。

水分活性を下げると保存性が高まることを畑江敬子さんは教えてくれたが、「水を抜く」ことだけでなく「水が豊富にある」ことの恩恵も改めて感じた。概論をお願いした江原絢子さんは、あくを抜くために水にさらす行為を「水の豊かな国ならではの食文化」と言った。たしかに野菜は水(雨)なしでは育たないし、ゆでぼし大根のゆがきも、凍みこんにゃくの一日に三度行なう水まきも、水が豊富でなければ成り立たない。寒暖の差で発生する天竜川の川霧は、河岸段丘という地形ゆえに市田柿をなでておいしくさせるといわれている。これらはすべて水の恵みだ。

地域に対する誇り

著書『塩の道』で「これほど文化がたかまっても、案外と地域性は失われないもの」と書き残したのは民俗学者の故・宮本常一だが、取材中に何度もこの言葉を想起した。保存食をつくる人たちから、地域や製法への「プライド」を感じたからだ。

保存食は、効率第一のこの時代に逆行するかのような地道な作業を、人の手で繰り返して生み出されている。昔ながらの手火山式焙乾法を守る伊豆田子節は、職人が炉につきっきりで火を調整するが、危険な方法を変えないのは「もっともおいしくするやり方」との自信ゆえだった。

干物づくりが盛んな静岡県の網代地区では、天日干しと無添加にこだわる人が多いが「親の代からやってきたあたりまえのこと」とさらりと言う。そして「地域の名物なので守っていきたい」とも。すべての取材先で同じように強い誇りを感じた。

しかし、事業として続けるためにはプライドだけでは難しい。支えているものは何か。カネサ鰹節商店の芹沢安久さんはこう言った。

「かつおぶしなら田子節。そうおっしゃるお客さまがいるから」

その味に惚れこんで買いつづける人がいるからこそ、歯を食いしばってでもつくるのだ。

クリタの栗田晋一さんは、山形の置賜地方の取引先から「なくなると困る」と言われ、凍みこんにゃく最後の職人から製法を受け継いだ。これほど多様な食べものが生まれても置賜地方の人々は今も凍みこんにゃくを食べつづけている。宮本が言うように、人の生活や習慣に根ざす地域性はそう簡単には変わらない。だからこそ次代に受け継ぐには、子どものころからその食べものに慣れ親しむ環境が必要となる。現代風のレシピを考案するゆでぼし大根や市田柿など各産地の努力は尊い。

進化していく保存食

天日干しを「気候風土に合わない」と判断し、最初から機械で乾燥野菜をつくっているのが野菜農家の女性グループ「つむぎ屋」だ。干し野菜という先人の知恵に、乾燥機という技術の進歩を組み合わせた乾燥野菜は、子育て中の働く女性をターゲットにしていたが、実際には一人暮らしの若者や単身赴任者、重いものが運びにくい高齢者にもニーズが高かったという事実は興味深い。

今、結婚をしない若者と一人暮らしの高齢者が増えている。つまり生活様式が変わっていくなかで、保存食は、従来にはない新たな役割を担う可能性がある。海外に販路を求める挑戦者がいることを見ても、保存食という古来の文化のなかに「新しい芽」が育っていると感じた。



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