機関誌『水の文化』53号
ぼくらには妖怪が必要だ


Report2

妖怪という「共通項」に導かれて

「妖怪アートフリマ モノノケ市」に出展していた若者たち。それぞれ趣向を凝らした仮装が見事

「妖怪アートフリマ モノノケ市」に出展していた若者たち。それぞれ趣向を凝らした仮装が見事

京都と妖怪。一見ミスマッチのようだが、平安時代から続く古都には、実は妖怪の気配が色濃い。洛北にある一条通りでは妖怪にまつわるイベントが定期的に行なわれており、妖怪を創作する作家と妖怪好きが集まる「妖怪アートフリマ モノノケ市」はその一つ。訪ねると、妖怪を巡る現代の若者事情が垣間見えた。

京都・モノノケ市

妖怪をテーマにしたフリーマーケット

京都市の北、西大路通から中立売(なかだちうり)通までの約400mに商店が軒を連ねる大将軍(だいしょうぐん)商店街は、別名「一条妖怪ストリート」と呼ばれる。

この一条通りには平安京の時代、古くなって捨てられた道具類が妖怪(付喪神[つくもがみ])に化けて行進したという「百鬼夜行」の伝説がある。平安時代の人々は一条通りから南を人の住む空間、北は人以外のものが住む空間として区別した。一条通りはちょうど境界線にあたり、両者が出会ってしまう逢魔の場所だった。

商店街の中ほどに陰陽道の神・大将軍を祀る「大将軍八神社(だいしょうぐんはちじんじゃ)」がある。この境内で2008年(平成20)から定期的に開催されているのが「妖怪アートフリマ モノノケ市」(以下、モノノケ市)だ。日用雑貨からお面、アクセサリー、扇子など作家手づくりのオリジナル妖怪グッズが並ぶ。

この日初めてモノノケ市を訪れた。会場は、仮装した出展者と妖怪グッズを買い求める来場者であふれ、ある種独特の雰囲気を醸し出している。普段は閑散とした商店街や八神社の境内も、この日はごった返す。京都のみならず、近隣からも妖怪好きが集う人気のイベントなのだ。

商店街の活動を支える「百妖箱」

モノノケ市を主催するのは、妖怪藝術団体「百妖箱」。代表を務めるのは妖怪文化研究家の河野隼也(こうのじゅんや)さんだ。河野さんたちは妖怪をテーマにさまざまなイベントを企画し、大将軍商店街振興組合と連携しながら商店街の活動を支えてきた。

もともと妖怪が大好きで、アートにも興味を抱いていた河野さんは、京都嵯峨芸術大学の観光デザイン学科でデザインと妖怪文化について学ぶ。同大学院に進んで1年目の2005年(平成17)、取材で訪れたのが大将軍商店街だった。

「妖怪でまちおこしをすると聞いて話を聞きに来たところ、観光分野に詳しい人もいなければものづくりに長けた人もいない。人材不足の状態でスタートしようとしていたので、力になれないかと思ったんです」

当初は商店街スタッフとしてまちおこしに参加。最初に中心となってかかわったイベントが妖怪仮装行列の「一条百鬼夜行」だ。妖怪イベントは、今はメジャーだが当時は珍しかった。仮装行列が話題になりメディアに取り上げられたことで、嵐電(嵐山電鉄)から「妖怪電車」なるものの運行依頼が舞い込む。

「これらを機にいろいろなところに出張して京都の妖怪をPRできる団体をつくれたら」と思い立ち2008年に立ち上げたのが京都嵯峨芸術大学の学生有志で構成される「百妖箱」だった。モノノケ市は、河野さんが商店街にきちんとお金が落ちるためのしくみとして発案したものだ。

現在、モノノケ市と妖怪電車を百妖箱が主催し、仮装行列は商店街から委託される形で百妖箱が請け負う。商店街は主に資金や場所を、百妖箱はアイディアや若者のエネルギーを提供する。妖怪ストリートで「お食事処 いのうえ」を営む傍ら、商店街の理事長を務める井上明さんは言う。

「活性化の一環としてうちでは2006年から妖怪ラーメンを販売しています。商店街も活気を取り戻そうと試行錯誤していますが、年長者が多くなかなか難しい。河野君たちにはほんとうに感謝しています」

  • 泣き出す子どもが続出する「妖怪電車」

    泣き出す子どもが続出する「妖怪電車」 提供:百妖箱

  • 百妖箱の代表を務める河野隼也さん

    百妖箱の代表を務める河野隼也さん

  • 大将軍商店街の理事長、井上明さん

    大将軍商店街の理事長、井上明さん

  • 井上さんが考案した「妖怪ラーメン」

    井上さんが考案した「妖怪ラーメン」

  • 泣き出す子どもが続出する「妖怪電車」
  • 百妖箱の代表を務める河野隼也さん
  • 大将軍商店街の理事長、井上明さん
  • 井上さんが考案した「妖怪ラーメン」

「妖怪が好き」という価値観を共有

今でこそ妖怪好きの間で反響のあるモノノケ市だが、最初は出展者も少なく、地べたに「ゴザ」を敷いただけの簡素なものだった。ところが、今は出展希望者が殺到するため抽選を行なうほどだ。

ブースを一周すると、オリジナルの妖怪を作品にして販売する出展者もいれば、古典的な妖怪をモチーフにした作品も多い。河野さんによると、「妖怪には著作権がない分、好きに使えてものづくりには便利」なのだそう。過去には沖縄や北海道からの出展者もいたというから驚く。

〈ときめき吐血雑貨アーティスト〉として活動する大江清子さんは、感情が昂ぶると吐血するという独自の妖怪「ぽっぴんたろう」をモチーフに、さまざまな雑貨を展開する。

妖怪絵師の蘭陵亭(らんりょうてい)さんは、その場で扇子に妖怪の絵を描いて販売していた。隣でお面を売る沙月さんとはモノノケ市で出会い、結婚した。

また、造形作家の起優衣(おこしゆい)さんの世界観に惹かれ3年前から売り子で参加する八夢(はちむ)さんは、「皆共通の趣味をもっているので話すのが楽しく、ここで多くの友人ができた」と話す。

来場者にも話を聞いた。お面やイヤリングを購入していた女子高生2人組は、「学校には妖怪好きがいないので勇気を出して大阪から来てみた」そう。「想像以上に楽しかった」と話す男女も、ツイッターでモノノケ市の情報を知り大阪から駆けつけた。

「インターネットの普及でコアな価値観や趣味をもつ人が情報を共有できるようになりました。SNSでやりとりしていた人たちが実際に会う場がモノノケ市になっていたりする」と河野さんは言う。

ストーリーやキャラクターが自由につくれる妖怪は「何かを表現したい」という若手作家にはうってつけの素材。妖怪好きの来場者とのやりとりも盛り上がる。モノノケ市は、妖怪という共通項が導く「創作活動の発表の場」であり、「価値観を共有する出会いの場」でもある。

  • 「ぽっぴんたろう」を手にする大江清子さん

    「ぽっぴんたろう」を手にする大江清子さん

  • 「ぽっぴんたろう」をはじめとするグッズ類

    大江清子さんのオリジナル妖怪キャラクター「ぽっぴんたろう」をはじめとするグッズ類

  • 妖怪が縁で結婚した蘭陵亭さん(右)と沙月さん

    妖怪が縁で結婚した蘭陵亭さん(右)と沙月さん

  • 造形作家の起優衣さん(左)と売り子役の八夢さん

    造形作家の起優衣さん(左)と売り子役の八夢さん

  • 「ぽっぴんたろう」を手にする大江清子さん
  • 「ぽっぴんたろう」をはじめとするグッズ類
  • 妖怪が縁で結婚した蘭陵亭さん(右)と沙月さん
  • 造形作家の起優衣さん(左)と売り子役の八夢さん

京都観光の一つとして妖怪を定着させたい

当初は年2回の開催だったモノノケ市も出展者からの要望で徐々に回数を増やし、今年は5回開く。2015年の夏からは渋谷の東急ハンズでの開催も始まった。インターネットでモノノケ市を知った東急ハンズ側から開催依頼が舞い込んだという。

河野さんが渋谷でモノノケ市をやって興味深いと感じたことがある。会場で妖怪のお面をつくるワークショップを開くと、渋谷の子どもたちは妖怪ウォッチのキャラクターを描くが、京都の子どもは本格的な妖怪を描く傾向が強いという。それだけ地域に妖怪が根づいているのだ。

今後は妖怪ツアーを企画したいと河野さんは考える。妖怪ストリートの界隈には、一条戻橋(いちじょうもどりばし)(注1)や下御霊(しもごりょう)神社(注2)など怪異にちなんだスポットが多い。

遡れば河野さんが大学1年生のとき、『陰陽師』の映画化で晴明(せいめい)神社(注3)に観光客が押し寄せた。そのときに、これが一過性ではなく定着すればいいと漠然と感じたという。

「出張も増えましたが、今後も地元をPRしながらホームグラウンドに人が集まる動き方ができれば。最終的には妖怪が京都観光の一ジャンルとして定着してくれたらうれしいです。昼は通常の観光、夜は妖怪スポットを巡れば、京都のおもしろさも倍増すると思いませんか?」

「ゴザ」からスタートしたモノノケ市の可能性を考えれば、そのポテンシャルは十分にありそうだ。

(注1)一条戻橋
京都市上京区の堀川に架かる橋。平安京のもっとも北にあたる一条通りに、洛中と洛外を分ける橋として架けられた。渡辺綱が鬼の腕を切り落とした伝説の舞台としても知られる。
(注2)下御霊神社
平安時代に冤罪を被り亡くなった貴人の怨霊を御霊として、その当時から祀っていた神社。御所の鎮守として御霊八所神を祀る。
(注3)晴明神社
安倍晴明を祀る「魔除け」「厄除け」の神社。晴明は平安中期の天文学者として六代の天皇に仕え、当時の天文暦学から独特の陰陽道を確立したとされる。

(2016年4月10〜11日取材)

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