機関誌『水の文化』53号
ぼくらには妖怪が必要だ


災害

大災害を呼ぶ
大蛇と法螺貝の伝承

水にかかわる妖怪は、河童のように人間と同じスケールの妖怪だけではない。怪物と言ってもよいほど巨大な「蛇」や「法螺貝」に関する言い伝えも多く残っている。人間は自然に対するどんな恐れを蛇や法螺貝に投影していたのか。天変地異を起こす巨大な存在について齊藤純さんに解説していただいた。

齊藤 純さん

天理大学文学部歴史文化学科 教授
齊藤 純(さいとう じゅん)さん

1958年京都府生まれ。1986年筑波大学大学院修士課程修了。足立区立郷土博物館学芸員、兵庫県立歴史博物館学芸員を経て1999年4月から天理大学文学部助教授。2006年から現職。2015年に学部長就任。専門分野は博物館学、日本民俗学。共著に『モノと図像から探る妖怪・怪獣の誕生』(勉誠出版 2016)、『モノと図像から探る怪異・妖怪の世界』(勉誠出版 2015)などがある。

超自然的な力をもつ水の支配者としての蛇

土石流や崖崩れなど、水害による天変地異を大蛇や法螺貝のしわざと考える「蛇抜(じゃぬ)け」「法螺抜(ほらぬ)け」の伝説が各地に伝わっています。長い年を経た大蛇や法螺貝が暴風雨を呼び、大地を抜けて昇天した、海へ出た、などと言い伝えられているのです。地名として「蛇抜」や「蛇崩(じゃくずれ)」が残されているところもあります。なぜ昔の人は天変地異の原因を蛇や法螺貝の化身に求めたのでしょうか。

まず蛇は世界中で不思議な霊力をもつと考えられてきました。手足がないのに動き回り、魚でもないのにウロコがある。猛毒種がいるので人間に敵対する力ももつ。さらには、形が生殖器に似ていることから産出力が強い、脱皮をして冬眠もするから生死を繰り返す、といった連想も生みました。こうした理由によって、蛇は不思議な能力をもつ生きものと古くから思われてきたようです。

蛇が宗教に取り込まれると、西洋のキリスト教文化圏では、アダムとイヴをそそのかして禁断のリンゴを食べさせる悪い神様の象徴となりました。インドでは逆に仏教の守護神「ナーガ」と呼ばれ、それが中国へ伝わり「龍王」になったわけです。

多神教の日本では「自然の力を表す神様」として蛇を捉えていました。『古事記』『日本書紀』の神話でも蛇は雨を降らしたり雲を呼んだり雷を鳴らす山の神様になっています。

水の恵みをもたらす神様であると同時に、洪水や土砂崩れなど水の脅威も引き起こす神様ですから、日本では守護者というよりは、水のよい面と悪い面をコントロールする超自然的な存在、つまり〈水の支配者〉といった方が適切かもしれません。

法螺貝の中身が抜け龍や大蛇になって昇天

東京都大田区の厳正寺(ごんしょうじ)で毎年7月14日に行なわれる「水止舞(みずどめのまい)」は、東京都無形民俗文化財に指定されている、雨を止めるための獅子舞です。

まず藁縄でとぐろを巻いた筒状のつくり物が登場します。白装束の人が中に入って法螺貝を吹きまくり、周囲の人々は水を浴びせかけ、寺まで行進します。境内の舞台に着くと解体され、藁縄で土俵のように舞台を取り囲み、獅子舞が始まるのです。

地元の人の説明では、藁縄のつくり物は「とぐろを巻いた龍」とのことですが、これは「法螺貝」とも解釈できるのではないでしょうか。法螺貝の中身が殻から抜け出し、龍になって天に昇り、暴風雨をもたらす。そんな様子を描いた江戸時代の絵図が残されているのです。

例えば『絵本百物語』の「出世ほら」の図。暴風雨のなか、奇妙な生きものが貝殻から抜け出て水を吹いています。頭に貝の蓋をかぶっており、どうやら貝の中身、つまり本体のようです。馬面で蛇腹、ウロコや牙、爪も見えます。図に添えられた詞書(ことばがき)は、次のとおりです。

「深山にはほら貝有(あり)て、山に三千年、里に三千年、海に三千年を経て龍と成る。是(これ)を出世のほらと云(いふ)。昔より有(ある)ことにて、遠州今切(いまぎれ)(注1)のわたしもほらのぬけたる跡(あと)也と云」

(注1)今切
浜名湖が海に通じるあたりの名称。明応7年(1498)の地震・津波で砂州が切れ、海とつながった。江戸時代は渡し舟があり、この水路は法螺貝が抜けてできたといわれていた。

  • 「水止舞」で水をかけられながら法螺貝を吹く若者たち

    「水止舞」で水をかけられながら法螺貝を吹く若者たち
    提供:厳正寺水止舞保存協力会

  • 桃山人筆・竹原春泉画『絵本百物語』より「出世ほら」

    桃山人筆・竹原春泉画『絵本百物語』より「出世ほら」 川崎市市民ミュージアム蔵

  • 「水止舞」で水をかけられながら法螺貝を吹く若者たち
  • 桃山人筆・竹原春泉画『絵本百物語』より「出世ほら」

日本列島の地下には巨大な水界がある?

こうして見ると、どうやら昔の人にとって、法螺貝と大蛇や龍は近縁の妖怪変化(へんげ)だったようです。

「蛇抜」という地名が表すように、水の支配者である大蛇や龍が大地から抜け出してくると土砂崩れや大水が起きます。同じように、法螺貝からも本体が抜け出して龍や大蛇となり、水害を引き起こすわけです。

つまりは、大蛇も龍も法螺貝も、一緒に大地のなかにいたわけです。しかも「出世ほら」の詞書が述べるように、何千年もの長きにわたって。

こうした伝承から想定されるのは、「大地の下の巨大な水界」です。昔の人は、大地の下に水の満ちた世界があって、そこに大蛇も龍も法螺貝も一緒にいると考えていたのではないでしょうか。日本の神話時代には、日本列島は水の上に浮いているという世界観がありました。中世にも、地震を起こす龍や蛇が日本列島を支えているという観念はあった。それが江戸時代には鯰(なまず)に変わりました。考えてみれば、なぜ川にいるはずの鯰が地面の下にいて暴れるのか。大地の下の海底のような世界に大蛇や龍や法螺貝や鯰がいる、と昔の人は考えていたのかもしれません。その名残が各地に伝承として残っているのではないか。

言葉からの連想もあると思います。「洞穴」のような跡が残ったことから「法螺貝」がイメージされたはず。轟音はおそらく法螺貝を吹く音からきている。そうした連想を支えたのが、地下の巨大な水界からやってくる妖怪変化の観念だったのでしょう。

「小字名」を手がかりに地域の隠れた歴史を探る

「蛇抜」や「蛇崩」などの地名、「法螺抜け」などの伝承には、その地域に起きた災害の記憶が留められています。関心をもって調べることで、地域のさまざまな歴史が明らかになるかもしれません。

探索の手がかりは、今はもう使われていない「小字名(こあざ)」(注2)です。地域の市町村史に、小字名一覧のような地図が載っていればすぐにわかりますし、役所には台帳などもあるはずです。注意すべきは、地名解釈には当たり外れがあり、後からこじつけた地名もあること。災害にかかわる小字名がついているからといって、鵜呑みにしない方がよいでしょう。研究者の説にも誤りはあります。その地域で災害が起きる可能性が高いとは必ずしも言えません。

しかし個人的に小字名から災害の歴史を学ぶのは有意義です。それをきっかけに地域の成り立ちに関心をもつのはよいことに違いありません。

(注2)小字
町や村のなかの一区画の名。大字(おおあざ)をさらに細分化したもの。たんに字(あざ)ともいう。

(2016年4月22日取材)

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