機関誌『水の文化』53号
ぼくらには妖怪が必要だ


文化をつくる

妖怪が伝える、命をつなぐ術と記憶

編集部

水辺・自然への意識と妖怪

「妖怪」をテーマに選んだのは「怖い」から「かわいい」存在となった妖怪の変遷をたどることで、人の自然観などの変化を探りたかったからだ。ところが取材を始めると「そうだったのか!」と驚くことばかり。編集部の予想をはるかに超えて、妖怪は私たちの生活や文化に深く根ざしていた。

そもそも妖怪は、たびたび起こる不思議な現象に、人が安心するために姿形を与えたものだった。だから、文明が発展するなかで自然への畏怖が薄らぐと、妖怪の意味合いも変わっていく。人が水辺・自然を技術的にある程度コントロールできるようになると、例えば河童が親しみを感じさせる存在となったように、妖怪全般が人に楽しみを提供する大衆文化となっていく。

妖怪を追っていくと、人々の、水辺を含む自然への意識の変化はたしかに読みとれる。そのうえで、なおも取材を進めていくと、妖怪は私たちの暮らしのなかで今も生きつづけている存在であり、また今だからこそ必要とされる理由があることも、徐々に明らかになっていった。

妖怪伝説の光と陰

かの宮本常一や山本周五郎が監修した『日本残酷物語』(平凡社)という書籍がある。日本の昔の民の暮らしがいかに辛く厳しかったかを綴った本だが、似た話は今も生きている。

例えば「天狗にさらわれた」という話。昔むかし、大きな杉の梢にちょんまげと着物の一部が引っかかっていた。修行僧が天狗にさらわれたのだと伝えられているが、実はよそから来て乱暴狼藉をはたらいた不届き者を村人たちがこっそり始末したもの。「あの家の者がやったらしい」という話まで残っているという。

「鬼子」という伝承もある。生まれたときから歯が生えていて、すぐに歩き出し、ごはんも食べる。じきに裏山へ消えていった……のは事実ではなく、その姿に驚いた親が焼き殺して埋めたそうだ。これに類似した「鬼子殺し」の話は全国にある。

そして「神隠し」のある種の真実。村人が行きずりの異性と恋に落ちて夜逃げしても、皆が「神隠しだね」と知らないふりをすれば、残された夫もしくは妻は再婚しやすい。人手を確保し、共同体を維持する知恵だ。

現代からすれば、いずれも「とんでもない話」だが、侵入者から身を守る自衛手段であり、「生きていても苦労するから」という苦しい親心であり、「気を落とさずに再出発しなさいよ」という親切心でもある。

今も必要な「生きる術」

暗い話だが、いずれも取材で聞いたことである。さほど昔の出来事ではないこれらの話から透けて見えるのは生き抜くための「知恵」と他者への「寛容」の心。特に「知恵」を後世につないできたのが、妖怪を軸としたさまざまな口頭伝承だった。危険な場所や忘れてはならない事実を、日本では妖怪話として口承してきた。しかも、決して昔話ではない。

徳島の山城町に「青石の青坊主」が棲むと伝わる場所がある。昔から水害や溺死が相次ぎ、旧国道で狭かったころは車の転落事故も多かったが、道路が拡幅した今でも車の事故はなくならない。それどころか「ガードレールに傷一つつけず」に宙を飛ぶ不思議なことが起きている。「同じところで事故しよんなぁ。不思議やな」(妖怪村・平田政廣さん)。妖怪は古びた伝承ではないのだ。

生きづらさの解消へ

今、子どもたちの間で、物事がうまくいかないと妖怪のせいにする風潮があるそうだ。「教育的にどうなの?」と心配する向きもあるが、子どもには逃げ場が必要かもしれない。

それは大人も同じこと。会社では成果が常に求められ、失敗はできない。コミュニケーションを円滑にする手段であるはずのSNSでも「いいね!しなければ……」など妙に気を遣う。殺伐とした空気が漂うのは、互いに対する寛容さが、私たちに足りないからではないだろうか。

日常のささいな失敗をとがめだて、他人を窮地に追い込むのは得策ではない。人と人が支え合わなければこの社会は成り立たないからだ。かつて人々は、妖怪を緩衝材として他人を責めない寛容さをもっていた。

一方、創作面を考えても、著作権のない妖怪は自由だ。「モノノケ市」で出会った若き作家たちは「買ってください」とは言わない物静かな人たちだが、自分が創造した妖怪作品を通じて言葉を交わし、購入されることで自身の存在意義をも確認しているように思えた。現代の妖怪は、人と人をつなぐこうした可能性も秘めている。

生きづらい世の中だからこそ、心が自由になるような、もう一つの世界が求められているのかもしれない。そう、私たちには妖怪が必要なのだ。



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