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水の文化 54号 和船が運んだ文化

水の文化 54号 和船が運んだ文化

水の文化 54号 2016年 10月

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人や荷を積んで水上を船で行く――これは世界中のさまざまな民族がもつ昔からの「知恵」である。日本も例外ではなく、一本の木を刳(く)り抜(ぬ)いた丸木舟は縄文時代から、しかもかなり大きなものが使われていた。

江戸時代の経済・文化の隆盛を海運で支えたのは弁才船(べざいせん)、いわゆる千石船(せんごくぶね)だ(※)。これに代表されるように、幕末以降に洋式船舶が導入されるまで、移動や物流、漁業などに用いられた船を「和船」と呼ぶ。日本の主要な都市が大きな河口や海岸沿いに多いのは、海運や河川の舟運なしには成立しにくかったからだ。

船による交易で賑わい、独自の文化をもつに至った港町・湊町は枚挙にいとまがない。なかでも今回は、和船で人やものや技が伝わったことで生まれた、あるいは変容した文化に着目した。意外な結びつきのある複数の地域を巡ると、時空を超えて今日(こんにち)にも続く壮大な人の営みが見えてくる。

※弁才船と千石船について
江戸時代の海運の主力として全国的に活躍した代表的な廻船の船型が弁才船。そして1000石積前後の弁才船が普及するにつれ、積石数にかかわらず大型廻船と弁才船、両方の意味をもたせた「千石船」の呼称が一般化した。

桃崎浜文化財収蔵庫の船絵馬 胎内市教育委員会蔵桃崎浜文化財収蔵庫の船絵馬 胎内市教育委員会蔵

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