機関誌『水の文化』55号
その先の藍へ

ひとしずく
ひとしずく(巻頭エッセイ)

自然のエレガンス

ひとしずく

写真家 映像人類学 多摩美術大学情報デザイン学科教授
港 千尋さん

1960年神奈川県生まれ。「群衆」「移動」などをテーマに写真を撮りながら多彩な評論を行なう。写真展「市民の色 chromatic citizen」で第31回伊奈信男賞受賞。2007年イタリアで行なわれたヴェネツィア・ビエンナーレで日本館コミッショナーを、2016年のあいちトリエンナーレ2016では芸術監督を務める。主な著書に『記憶』(講談社 1996)、『パリを歩く』(NTT出版 2011)、『革命のつくり方』(インスクリプト 2014)、『フランスの色景―写真と色彩を巡る旅』(編著/青幻社 2014)などがある。

かれこれ30年ほど前になるが、ユベール・ド・ジヴァンシー氏をパリのアトリエに訪ねたことがある。20世紀を代表するファッションデザイナーのひとりであり、フランス人にとって「ジヴァンシー」の名は、エレガンスの代名詞だった。でも具体的にそれは何なのだろう。わたしのやや直截な質問を受けて、ジヴァンシー氏は、自分がエレガントと感じるのは馬に乗る人の身ぶりと答えた。オードリー・ヘップバーンが馬上でぐっと背筋を伸ばす凛とした姿が浮かんでくる。では服ではどうでしょう。しばらく考えて彼はマリンブルーの服、と答えた。

わたしはその日たまたま紺のジャケットを羽織っていたが、それが理由ではあるまい。ブルーはフランスでもっとも好まれる色である。現代フランスの色彩論を代表するミシェル・パストゥロー著『青』には、時代と社会の変遷を超えていかにブルーが国民色となるに至ったかが、明快に語られている。だがジヴァンシーが「マリンブルーの服」に究極のエレガンスを認める理由は、おそらく彼が一生涯職人(アルチザン)を貫いたことと関係がある。それは「日々の活動」に結びついた色なのである。

日本人としても納得のいく答えだった。藍色ほど日本人の生活に密着した色はないだろう。着物に浴衣、手ぬぐいに風呂敷。夏は涼しく、冬は温かい木綿の色。子どもの頃からわたしは剣道を習っていたので、藍染め道着には特別な感覚があり、濃い藍色はいまも竹刀の音と結びついている。だがジヴァンシー的な意味でのブルーがもっとも美しかったのは、野良着、仕事着の世界にちがいない。それは自然を前にした人間の永きにわたる活動の色である。

もっとも同じブルーが、フランスと日本ではかなり差異があることも事実だ。わたしは『フランスの色景』という本で、写真から色名を抽出するソフトを使い、色名と色彩の分布を比較してみた。日本との差は歴然で、たとえばピンクやムラサキ系の色名は、フランスのほうが圧倒的に豊かである。逆にグレー系統には、和名のほうに微妙な表現が多い。日本の伝統色には植物起源のものが多いが、ブルー系統のフランス語には、鉱物や使用の歴史に由来するものがある。「デニム」もそのひとつである。

もともと南仏の都市ニーム産のサージ生地に由来すると言われる。インディゴ染めの経糸を使った生地の名称だが、それがジーンズの同義語になり、さらに色の名として定着してしまうほどの大流行になった。デニムを身につけた若者たちの姿は、特に1968年に宇宙から撮影された一枚の写真、アポロ8号の宇宙船から見た月面の彼方に浮かぶ青い地球のイメージと重なり、まさにグローバルな環境意識を生むことになった。地球はブルーに染め上げられたと言えるかもしれない。だが21世紀の現在、かけがえのない「生命の星」の色は、そこで活動するわたしたち人間に、果たしてエレガンスがあるのかどうかと、問うているような気もするのである。

フランス大西洋岸にある世界遺産モン・サン=ミシェルの大階段からの眺め。

フランス大西洋岸にある世界遺産モン・サン=ミシェルの大階段からの眺め。島に夕暮れが訪れると、空と海が美しいブルーのパレットをつくる。『フランスの色景』より 撮影:港 千尋さん



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