機関誌『水の文化』58号
日々、拭く。

地域
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「雑巾がけ」の速さを競う勇者たち

「日本一長い」との呼び声高い宇和米博物館の木造廊下。109mあるため、スタート地点から眺めてもゴールが見通せない

「日本一長い」との呼び声高い宇和米博物館の木造廊下。 109mあるため、スタート地点から眺めてもゴールが見通せない

愛媛県西予市宇和町では、全国的にも珍しい「雑巾がけ」のレースが毎年開催されている。その名も「Z-1グランプリ」。Zとはもちろん「雑巾」の頭文字だ。主催は西予市商工会青年部。いったい、どのようなレースなのか。台風22号が接近するなか、宇和町を訪ねた。

Z-1グランプリ

「雑巾がけ」と呼ぶ地元の人たち

「Z-1グランプリ」の開催前日、西予市宇和町に着いたのは夜7時過ぎだった。宇和町は本誌55号で紹介した肱川(ひじかわ)が流れるまちであり、弥生時代から稲作文化が根づく県内屈指の米どころでもある。旅館に荷物を置き、夕食を食べるために外へ出ると、台風特有の生暖かい風が吹いていた。

旅館の人に勧められた料理屋に入る。個人宅を増築したようなこぢんまりとした店で、先客が5名いた。おかみさんにZ-1グランプリの取材で訪れたことを告げると、「ああ、『雑巾がけ』の取材かい? 私も2回出たことあるけど、あれはつらいのよ〜」とこともなげに言う。

えっ、出たことがある?

配膳係としておかみさんをサポートする女性も「そうそう!半分くらいまで行くと、もう体が動かなくなるのよね。もう出たくないわ」と笑う。

どうやら、このまちの人たちにとってZ-1グランプリはかなり身近なものらしい。おかみさんが、以前は「雑巾がけレース」と呼ばれていたことも教えてくれた。

旅館に戻ってフロント係の男性に聞いてみると、「参加したことはないけれど、会場は見に行ったことがあるよ。あんなに長い廊下を雑巾がけしようなんて気はまったく起こらないけどね」と苦笑いする。

Z-1グランプリは、かなり過酷なレースのようである。

挑戦者を待ち構える直線109mの木造廊下

翌朝は少し早めに会場の「宇和米博物館」へ向かった。台風による雨風が強まっていて中止になるのではないかと心配したが、準備が進められていたのでホッとする。

Z-1グランプリの実行委員長を務める岡村康弘さんによると、西予市(当時は宇和町)商工会青年部が2004年から毎年開催している。宇和米博物館にある109mの木造廊下を雑巾がけ(乾拭き)で駆け抜け、そのタイムを競うもの。宇和米博物館は、かつて宇和町小学校の校舎だった建物を高台に移築し、米づくりの伝統と歴史を紹介する博物館だ。1928年(昭和3)に建てられたというので、90年ほどの歴史をもつ。

Z-1グランプリのきっかけはかつてこの木造校舎で学んだ人が「この長い廊下で雑巾がけ体験をやったらおもしろいよ」と観光客から言われたこと。その人は商工会青年部OBだったことから、「やってみようか!」と盛り上がった。ちょうど「えひめ町並博2004」(注)を控えていた時期でもあり、「自主企画イベント」として商工会青年部が軸となり、予選と決勝の日程を分けて開催した。

「最初の年(2004年)は合計5回実施したと聞いています」と岡村さん。それから年4回、年3回と続き、今は年に1回開催している。

木造廊下109mのうち100mをタイムトライアルする。残りの9mは、スタート地点とゴール地点の緩衝帯で、特にゴール地点はスペースを広めに設けている。かつてゴールした後に勢い余って壁に頭をぶつけた人がいるからだ。木造廊下のスタート地点に行ってみたが、ゴールははるかかなた。昨夜聞いた「半分くらいで動けなくなる」という話は決して大げさではない。

(注)えひめ町並博2004
事業名は「愛媛県南予地域観光振興イベント」。大洲、内子、宇和を中心に宇和島市や八幡浜市など南予一円で2004年4月29日から同年10月31日までの186日間にわたって実施された。地域の資源や地元の住民、団体の活動を基盤とした「まちづくり型観光博覧会」に位置づけられる。

  • 宇和米博物館の外観。耐震工事は完了したので、これからもZ‐1グランプリは続けられる

    宇和米博物館の外観。耐震工事は完了したので、これからもZ‐1グランプリは続けられる

  • 宇和米博物館の外観。耐震工事は完了したので、これからもZ‐1グランプリは続けられる

    2017年のZ‐1グランプリ実行委員長を務めた岡村康弘さん。唯一の課題は「青年部の人手不足」という

  • 宇和米博物館の外観。耐震工事は完了したので、これからもZ‐1グランプリは続けられる
  • 宇和米博物館の外観。耐震工事は完了したので、これからもZ‐1グランプリは続けられる

誰でも参加できる6つのカテゴリー

風雨は強まる一方だったが、開会式が近づくにつれて続々と参加者が到着し、講堂はあっというまに人で埋め尽くされた。家族連れやスポーツ少年団の子どもたちのほか、若者のグループや年配の方もいる。

その理由は、あらゆる年齢層が雑巾がけを楽しめるように、年齢と性別でカテゴリーを分けているからだ。小学三年生以下の部、小学四年生以上の部、ダブルス(ペアの一人が小学生以下)、女子の部、マスターズ男子(40歳以上)の部、一般男子(中学生〜39歳)の部と6つのカテゴリーがある。

西予市三瓶(みかめ)町に住んでいる小学生の姉と弟、母、祖父母の五人家族に話を聞くと、Z-1グランプリは地元でかなり有名なイベントで、開催日は必ずテレビニュースで取り上げられるそうだ。

入念にストレッチを行なっていた男性に声をかけると、隣の宇和島市からの参加者だった。

「おもしろそうだと思って初めて参加します。去年も出場するつもりでしたが、気づいたら締め切りが過ぎていて。どれくらいのタイムが出せるか、楽しみです」と笑う。腕立て伏せや腹筋運動を欠かさず、自宅の廊下で雑巾がけも練習してきたそうだ。

開会式では、前回の1.5倍の申し込み人数(約150人)となったことが明かされた。また、遠方からの参加も増えている。岡村さんによると、台風の影響で不参加になったが、大分県から申し込みがあったそうだ。

今回、もっとも遠くから参加したのは、名古屋に住む倉田秀健(ひでたけ)さん、岡田銀河(ぎんが)さん、堀田繁さんの三人組。倉田さんは社会人、岡田さんと堀田さんは大学院生で、ともに大学生だった3年前にZ-1グランプリを知り、「参加の機会を窺っていた」とのこと。目標タイムは、これまでの最速記録(17秒44)を上回る17秒フラット。大学でアメフト部員だった三人ならば、記録更新も期待できそうだ。

「小学四年生以上の部」に出場した子どもたち。

「小学四年生以上の部」に出場した子どもたち。基本的には二人一組で雑巾がけ(乾拭き)してタイムを競う

「こんなにきついのか!」雪辱を誓う参加者たち

小学三年生以下の部が始まった。二人一組でスタートしてタイムを計測する。力を入れすぎてつんのめる子、途中でバテてよろける子もいる。40秒台が多いが、一位の子は31秒台を叩き出した。

二人で1枚の長い雑巾を押すダブルスは親子、特にお母さんと子どものペアが多い。たいていお母さんが先にへばる。隣にいる子どもに「がんばれ〜」と言われながらゴールを目指す。ゴール地点で実況中継する地元のタレントさんたちも「お母さん、つらそう!今夜は外食決定でしょう!」と声を張り上げて笑いを誘う。ゴールした人たちのホッとしたような笑顔が印象的だった。

ラストは一般男子の部。最速記録を狙う人たちが多いので、緊張感がみなぎる。名古屋から参加した倉田さんと堀田さんが同組で競い、岡田さんもタイムトライアルしたが記録更新はならず。三人とも悔しさを隠せない。「きつかった」「もっと速いタイムが出せると思っていたのに」「次はちゃんと練習して体をつくってきます」と雪辱を誓った。

一般男子の部の優勝者は今治市在住の定由(さだよし)征司さん。タイムは18秒30。自己記録を0.02秒更新しての優勝だった。奥さんと娘さん二人の一家四人で参加し、ダブルスとダブルエントリー。宇和町まではクルマで2時間ほどかかる。

「私は3回目の出場です。去年、子どもたちも参加して『楽しかった』というので今年も来ました」

定由さんは44歳だが、筋骨隆々とした体つきだ。聞けば世界マスターズ陸上競技選手権大会にも出場しているという。日ごろの鍛錬がいかに大切かを思い知らされる。

4時間にわたって熱戦が繰り広げられたZ-1グランプリ。閉会式で驚いたのは景品の豪華さ。そしてお楽しみ抽選会では参加者ほぼ全員がなにかしらお土産をもらっていた。岡村さんによると、すべての品はスポンサーが提供してくれたもの。

「昔から支えてくださるスポンサーには感謝しております。Z-1グランプリは、市内では広く知られていますので、今後は県内外からより多くの人々に来ていただけるようにしたいです」と岡村さん。参加者が泊まることで、西予市には賑わいと経済効果が生まれるからだ。

日本人にとって雑巾がけは身近なものだが、実はつらい。「こんなはずじゃ……」と音を上げる人が後を絶たなかった。考えてみれば、雑巾がけは僧侶の修行の一環でもある。簡単そうに見える「拭く」という行為の奥深さを感じる。

そしてなによりも、かつて小学生時代にやらされていた雑巾がけを、タイムを競うスポーツとして一般化したことの功績は大きい。「つらいけれど楽しいもの」として次の世代に受け継がれていくはずだ。

宇和米博物館では、Z-1グランプリに限らず、開館中はいつでも木造廊下で雑巾がけが体験できるという。またここ数年、愛知県や奈良県でも雑巾がけレースが始まったようだ。物は試し。興味のある人はチャレンジしてはどうか。

  • 各部門の優勝タイム
    小学三年生以下の部 31秒14
    小学四年生以上の部 24秒00
    ダブルス 26秒66
    女子の部 23秒01
    マスターズ男子の部 22秒12
    一般男子の部 18秒30

  • 定由さんと次女の組み合わせでダブルスにも出場した

    定由さんと次女の組み合わせでダブルスにも出場した

  • 一般男子の部で優勝を飾った定由征司さん(右端)とご家族。

    一般男子の部で優勝を飾った定由征司さん(右端)とご家族。奥さんと長女、定由さんと次女の組み合わせでダブルスにも出場した

  • 元アメフト部の猛者たちも、木造廊下の雑巾がけでは大苦戦。記録は20秒台半ばとなり、悔しそうだった

    元アメフト部の猛者たちも、木造廊下の雑巾がけでは大苦戦。記録は20秒台半ばとなり、悔しそうだった

  • 名古屋から車に乗って参戦した倉田秀健さん(左)、岡田銀河さん(中)、堀田繁さん(右)。

    名古屋から車に乗って参戦した倉田秀健さん(左)、岡田銀河さん(中)、堀田繁さん(右)。元アメフト部の猛者たちも、木造廊下の雑巾がけでは大苦戦。記録は20秒台半ばとなり、悔しそうだった

  • ゴール地点の様子。実況役のタレント二人がマイクを通じて声援を送り、出走者たちを励ましていた

    ゴール地点の様子。実況役のタレント二人がマイクを通じて声援を送り、出走者たちを励ましていた

  • 一般男子の部の優勝者、定由征司さんには宇和米一俵が贈られた

    一般男子の部の優勝者、定由征司さんには宇和米一俵が贈られた

  • 講堂で開かれた表彰式。

    講堂で開かれた表彰式。一般男子の部の優勝者、定由征司さんには宇和米一俵が贈られた

  • 定由さんと次女の組み合わせでダブルスにも出場した
  • 一般男子の部で優勝を飾った定由征司さん(右端)とご家族。
  • 元アメフト部の猛者たちも、木造廊下の雑巾がけでは大苦戦。記録は20秒台半ばとなり、悔しそうだった
  • 名古屋から車に乗って参戦した倉田秀健さん(左)、岡田銀河さん(中)、堀田繁さん(右)。
  • ゴール地点の様子。実況役のタレント二人がマイクを通じて声援を送り、出走者たちを励ましていた
  • 一般男子の部の優勝者、定由征司さんには宇和米一俵が贈られた
  • 講堂で開かれた表彰式。


(2017年10月28〜29日取材)

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