機関誌『水の文化』58号
日々、拭く。

生活用品
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「拭くシート」から見える日本事情

汗拭きシートで腕などを拭く。近年新たに生まれた生活習慣だ

汗拭きシートで腕などを拭く。近年新たに生まれた生活習慣だ

近年、汗を拭いてさっぱりするシート、そして化粧を落とすために顔を拭くシートの普及が目立つ。こうしたシートはひと昔前にはなかったもの。その開発された経緯や背景を探ると、日本人特有のニーズや好みが見えてくるかもしれない。国内外にシートタイプの「拭く」製品を展開する花王株式会社に話を聞いた。

花王株式会社

日本ならではの「汗拭きシート」

飲食店で出されたおしぼりで、顔や首すじを豪快に拭いている男性の姿をよく見かける。行儀がいいとは言えないが、たしかに気持ちよさそうではある。高温多湿の日本だからこそ、べたつく肌を拭いてさっぱりしたいと感じる人は多いのだろう。汗をかいたとき、いつでも手軽に使える「汗拭きシート」は、そんな日本ならではのヒット商品といえる。

花王株式会社は、汗拭きシートやメーク落としなど、シートタイプの「拭く」スキンケア製品をいち早く開発、製品化してきたパイオニアだ。同社で商品開発を担当する髙鍋英信さんは、次のように言う。

「シート製品の基本は、不織布のシートに液剤を含浸させて包装するという、至ってシンプルな構造です。ただしスキンケアの場合は、ウェットシートのようにただ拭ければいい、というものではありません。目的に応じた成分の調整、液剤をしっかり保持できる素材や構造の設計、さらに肌に触れた際の感触にも高い品質が求められます」

1999年(平成11)に発売された「ビオレさらさらパウダーシート」は、汗を拭きとり肌をさらさらにすることを目的とした、業界初のシート剤型デオドラント製品(汗拭きシート)だった。なぜ、このような製品が生まれたのだろうか。

  • 花王株式会社スキンケア事業グループで商品開発担当部長を務める髙鍋英信さん

    花王株式会社スキンケア事業グループで商品開発担当部長を務める髙鍋英信さん

  • 花王株式会社の「拭く」スキンケア製品(シートタイプ)。上段が「ビオレさらさらパウダーシート」(1999年発売)。下段が「ビオレメイク落とし ふくだけコットン」(1997年発売)。いずれもボックスタイプと携帯用

    花王株式会社の「拭く」スキンケア製品(シートタイプ)。上段が「ビオレさらさらパウダーシート」(1999年発売)。下段が「ビオレメイク落とし ふくだけコットン」(1997年発売)。いずれもボックスタイプと携帯用

  • 花王株式会社スキンケア事業グループで商品開発担当部長を務める髙鍋英信さん
  • 花王株式会社の「拭く」スキンケア製品(シートタイプ)。上段が「ビオレさらさらパウダーシート」(1999年発売)。下段が「ビオレメイク落とし ふくだけコットン」(1997年発売)。いずれもボックスタイプと携帯用

拭きとりながらパウダーを残す

そもそもデオドラント製品は、大きく二つに分けられる。①汗腺を塞いで汗自体を出にくくするタイプ、②出た汗の臭いや不快感に対処するタイプだ。

「欧米やアジアでは、①汗が出るのを抑えるスティックやワックスが圧倒的に主流です。しかし日本人はそれほど体臭がきつくないこともあり、国内では従来から②の『対処型』の方が一般的でした。特に清涼感や香りが楽しめるパウダースプレーが人気で、市場の8割以上を占めていました」と髙鍋さん。

ただし、当時の使用実態を調べていくと、消費者側の目的と、実際の製品にズレがあることがわかった。

「対処型のデオドラント製品を使う理由を聞くと、『汗のべたつきや臭いが不快。できればこまめに拭きとって、肌をさらさらに保ちたい』という声が多かったのです。しかし、パウダースプレーやロールオン(塗るタイプ)は、使ってすぐは清涼感がありますが、汗を拭きとるわけではないですし、さらさら感もそれほど長くは持続しません。その点での満足度が低かった。そこで、汗拭きシートの開発を始めたのです」

いちばんの課題は、「肌のべたつきを拭きとりながら、肌をさらさらにするパウダーを付着させる」という、相反する二つの機能を1枚のシートで両立させることだった。さまざまな素材のなかから、パウダーが繊維に入り込まず表面に留まりやすいパルプシートを選定。さらに、液剤やパウダーの保持力を高めるためにシートを4層構造にし、エンボス加工を施すなどして、「汗を拭きとる」「パウダーを肌にのせる」という二つの条件をクリアした。

  • デオドラント剤の使用目的

    デオドラント剤の使用目的

  • デオドラント剤使用者の期待度と満足度

    デオドラント剤使用者の期待度と満足度
    汗を抑える、消臭、肌触感に対する期待度と満足度の乖離が大きい

  • 汗拭きシート開発当時のデオドラント剤の種類と使用率

    汗拭きシート開発当時のデオドラント剤の種類と使用率

  • デオドラント剤使用者の期待度と満足度

    パルプ4層シートの理由

  • デオドラント剤使用者の期待度と満足度

    「ビオレさらさらパウダーシート」独自の技術

  • デオドラント剤の使用目的
  • デオドラント剤使用者の期待度と満足度
  • 汗拭きシート開発当時のデオドラント剤の種類と使用率
  • デオドラント剤使用者の期待度と満足度
  • デオドラント剤使用者の期待度と満足度

グラフはすべて花王株式会社調べ。開発当時の調査のため最新のデータではない

汗を抑えたい海外 汗を拭きたい日本

花王が開発した汗拭きシートは、画期的な製品として急速に普及していった。当時、汗拭きシートが広く受け入れられた社会的背景を、髙鍋さんは「1990年代はエチケットに対する人々の意識が高まった時期だった」と分析する。

「社会が成熟して豊かになると、身だしなみに気を配るようになります。特に日本人は清潔好きで、また他人に迷惑をかけたくないという意識が強いため、汗拭きシートでこまめに汗を拭いて肌を清浄に保つことが、一つのマナーとして捉えられたのでしょう」

なお、同製品は海外にも展開しているが、日本ほどの需要は今のところ見込めないという。前述のように「出た汗をなんとかしたい」と考える日本と「汗が出ることを抑えたい」と考える海外とで意識が異なるからだ。

「例えば、こまめにハンカチで拭くよりも、シャワーを浴びる習慣が多いアジアの暖かい国では、汗をかいたら一日に何度もシャワーを浴びます。そして欧米は、そもそもデオドラントに対する意識が違って、あくまでも汗は止めるべきもの。それでも出てしまった汗は、やはりシャワーで洗い流すのが基本なのです」

しかし、アジアや中東の人々の意識が変われば、拭くシートが定着する可能性は十分あると髙鍋さんは考えている。

  • 「汗拭きシート」の使用状況

    既存の制汗剤とは異なった目的・部位で使用された

  • スキンケアシートの市場規模トレンド

    スキンケアシートの市場規模トレンド

  • 「汗拭きシート」の使用状況
  • スキンケアシートの市場規模トレンド

グラフはすべて花王株式会社調べ。開発当時の調査のため最新のデータではない

女性の社会進出でメーク落としに変化

一方、シートタイプのメーク落としが開発された背景には、メークのトレンドや女性のライフスタイルの変化が大きく関係していた。

「ビオレメイク落とし ふくだけコットン」が発売されたのは、1997年(平成9)。当時は強めのアイメークが流行で、落ちにくいウオータープルーフのメークアイテムが重宝されていた。落ちにくいということは、落としにくいということ。ポイントメーク専用の強力なメーク落としやダブル洗顔があたりまえだった。

また、女性たちの社会進出が進んで、仕事に遊びに忙しい生活を送るようになっていた。

「化粧を落とさないのは肌に悪いとわかっていても、疲れて帰宅した後、わざわざ洗面所や風呂場へ行ってメークを落とすのはけっこう面倒です。できればリビングで簡単にメークを落としたい……。女性たちのそんな声から、シートタイプのメーク落としが生まれたのです」

同商品はアジア各国でも販売しているが、国によって化粧事情はさまざまだ。日本をはじめ台湾や香港、シンガポールなどはファンデーションでベースから整えるフルメークが基本で、メーク落としは必須だ。ところが、インドネシアやベトナムなどは、アイシャドーや口紅などのポイントメークだけで化粧を済ませる人が多いという。

「メークのトレンドは、女性の社会進出や生活水準に応じて、ポイントメークからフルメークへと進化していく傾向があるので、東南アジアの化粧事情も今後、変わっていくでしょう。ただし、アメリカでは日焼けした素肌も美しいと考える人たちも少なくありません。美しい素肌には地域や人、また個人の考え方によって違います。このように美の基準は一つではないので、完全な予測は難しいですね」

  • 女性たちのメーク方法、そしてライフスタイルの変容がシートタイプのメーク落としを生んだ

    女性たちのメーク方法、そしてライフスタイルの変容がシートタイプのメーク落としを生んだ

  • シートタイプを使用していないユーザーに高く評価された

    シートタイプを使用していないユーザーに高く評価された
    花王調べ 16〜49 歳女性(N=73) シートタイプ非使用者・WPマスカラ使用者
    グラフはすべて花王株式会社調べ。開発当時の調査のため最新のデータではない

  • 女性たちのメーク方法、そしてライフスタイルの変容がシートタイプのメーク落としを生んだ
  • シートタイプを使用していないユーザーに高く評価された

使い方に現れる拭くことへのこだわり

こうしたスキンケアシート製品は、2011年の震災以降、販売量が大きく伸びている。水場が近くにない、お湯が出ないことを想定すると、水なしで使えるシート製品の利便性が注目されているのだろう。

また、最近の傾向として、10代、20代の若い男性の利用が目立つ。

「母親や彼女など、周囲の女性の影響でスキンケアを始める男性が多いようです。昔の男性に比べてかなり衛生意識が高く、製品のこともよく知っていますね」

ところで、シート製品が「意外とエコ」であることはあまり知られていない。

「シートは使い捨てなので環境によくないと思われがちですが、CO2排出量という観点で見れば、もっとも効率が悪いのは長時間流しっぱなしで使うお湯です」と髙鍋さん。シャワーを浴びる代わりに汗拭きシートで体を拭き、できるだけお湯を使わないで、体を清潔に保つことで、CO2排出量をかなり抑えることも可能という。そう聞くと、シート製品の印象が少し変わってこないだろうか。

「都心は年々暑くなっています。最近のビルは内部に熱がこもらないよう太陽光線を反射する素材を取り入れていますし、自動車のUVカットガラスは日光を乱反射させるので、真夏の路上は砂漠より暑いほど。少し歩いただけで汗をかきます。簡単にシャワーを浴びられる環境はそうありませんから、『拭く』機会はこれからますます増えるのではないでしょうか」

さまざまな国でスキンケアシート製品を扱ってきた花王のスキンケアチームは、ある興味深い事実に気づいた。

「汗拭きシートでもメーク落としでも、海外の人はシートを広げたままざっと拭きます。ところが日本人は必ずと言っていいほどシートを折り畳んで、きれいな面を出しながら、裏表まんべんなく使うのです。ですから両面をしっかり使えて、指の力も伝えやすい製品にする必要があります」

花王のスキンケアチームが発見した、そんな細かな動作からも、日本人の「拭く」ことへのこだわりが見えてくる。

(2017年12月18日取材)

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