機関誌『水の文化』58号
日々、拭く。

水の文化書誌 49
生と死と共に流るるガンジス川

古賀 邦雄さん

古賀河川図書館長
水・河川・湖沼関係文献研究会
古賀 邦雄(こが くにお)

1967年西南学院大学卒業。水資源開発公団(現・独立行政法人水資源機構)に入社。30年間にわたり水・河川・湖沼関係文献を収集。2001年退職し現在、日本河川協会、ふくおかの川と水の会に所属。2008年5月に収集した書籍を所蔵する「古賀河川図書館」を開設。
平成26年公益社団法人日本河川協会の河川功労者表彰を受賞。

ガンジス川の流れ

ガンジス川の流れは、延長約2500km、流域面積約173万km2であり、その水源から河口まで、中国、ネパール、ブータン、インド、バングラデシュの5ヵ国を流域に抱える国際河川である。その流れを、児童書、デイビッド・カミング著『ガンジス川』(偕成社・1995年)から追ってみる。

ガンジス川の水源である、ヒマラヤ山脈のガンゴトリ氷河(標高4255m)から溶けた水が、バーギラティ川を下りアラカナンダ川と合流し、ここからガンジス川となる。氷河から500km下るとハルドワールの町に入り、この地は氷河との標高差が3800mもあり、平坦な土地をゆったり流れる。ベンガル湾に注ぐまでの残りの約2000kmでは、高度差は300mしかない。ハルドワールに1854年に建設された上ガンジス用水路は、灌漑用水として60万7500haを潤し、水力発電用のダムにも使われている。

ガンジス川は、バラナシ(ベナレス)を下り、さらに、沐浴の街パトナでは、ガガラ川、ガンダク川、ソン川などと合流する。大河になったガンジス川はヒンドスタン平原を蛇行しながら流れ、このあたりは頻繁に氾濫し流れを変えてしまったところである。

パトナから下ると、ガンジス川は、二つの流れに分かれる。一つはインドの国境を越え、ブラマプトラ川と合流してバングラデシュに向かって流れるパドマ川、もう一つは南へ向かうフーグリ川である。ガンジス川の河口(パドマ川・フーグリ川)は、7700km2に及ぶ広大なデルタ地帯である。川は、たくさんの細い流れになって50以上もある島の間を迷路のように流れる。海水と混じり合った世界最大級のマングローブの密林が広がる。また、上流からの土砂の流れが海底扇状地を形成している。

ガンジスの気候は、冬は温暖で雨はほとんど降らない。春は日中の気温が40゚Cまで上がる。夏はモンスーンの影響で、ヒンドスタン平原で300〜400mmほど雨が降り、モンスーンの勢力が強すぎると、バングラデシュは低平地のため国土の80%が水びたしとなる。インドの農業はモンスーンの雨が頼りで、雨が少ないと1500万人の農民が失業するという。

ジーナ・ダグラス著『ガンジス川』(帝国書院・1987年)では、ガンジスの流れに沿って、都市を紹介する。最初の聖地プラヤーグから下り、ハルドワールで「ビシュヌ神の門」という峡谷を抜け出てカーンプルを下り、デリーやアグラの都市を流れてきたジャナム川がガンジス川と合流するアラハバードは、聖地であり、陰暦の12年ごとに行なわれるクンブメラの祭りでは、最盛時には1000万人が沐浴したという。さらに下り、シヴァの神の都バラナシは川幅が広くなり、釈迦が初説法したことでも知られ、巡礼者の聖地である。ガンジス川はパトナを下り、モンギールを過ぎ、デルタ地帯のバングラデシュに入り、ベンガル湾に注ぎ、延長2500kmの旅を終える。

『ガンジス川』

『ガンジス川』

ガンジス巡礼

インドの人口は、2013年現在13億3900万人で、そのうちの約78%がヒンドゥー教徒である。ヒンドゥー教は、身分の低い階級の者でも、生きている間よいことをしておけば、死んだ後でも生まれ変わると信じられている。たくさんの神が崇拝される多神教である。ヒンドゥー教では、ガンジス川は神聖な川となされ、教徒たちは、毎日ガンガーの女神に祈りを捧げ、死後は死体を焼いた灰を川にまいてほしいとの願いをもっている。

中村 元・肥塚 隆著『ガンジスの聖地』(講談社・1979年)には、「ガンジス川の降下」の神話が記されている。ガンジス川は、元は天界のメール山頂にあるブラフマー神の都城を巡って流れる川であったが、バギーラタの長年にわたる苛酷な苦行によってシヴァ神の頭上に降り、その頭髪から地上に流れ出したという。ガンジス川は、すべての汚れと罪を洗い流してくれる地上の聖河となり、巡礼者はガンジス川の沐浴祭に参加する。児童書として、寮美千子・文『天からおりてきた河―インド・ガンジス神話』(長崎出版・2013年)がある。

直田龍作著『河への祈り ガンジス巡礼』(クレオ・1997年)は、ガンジス川源流ゴームクから小川で洗濯する女たち(スキ村)、沐浴祭で野営する巡礼者(プラヤーグ)、ガンジス川に祈りを捧げる男(バラナシ)、荼毘(だび)に付される死者(コルカタ)、水を運ぶ女と農村の風景(ハルディア)、祭りの日、聖なる水を被る女達(ガンガサーガル)など、沐浴で輪廻に生きる人々を捉える。巡礼者の若者が、老いた母を川まで運び、沐浴させて、そこで安らかな死を迎えさせるのが親孝行と言われる。

同様に、ラグビール・シン著『ガンジス』(岩波書店・1992年)は、ガンジスの巡礼者を撮った写真集であるが、あえて、その道すがらの風景として、ガンゴトリ氷河、ガンゴトの滝、ダム計画(テーリ)、村の学校(シンギラプール)、穀倉(パトナ)、モンスーンの雨に遭った女達(モンギール)、チェスをさす人(バラナシ)、漁師と小舟(西ベンガル)、ハウラ橋のラッシュアワー(コルカタ)、トラックに描かれた川に浮かぶ船(バングラデシュ)、帆かけ舟とフェリー・ボート(バングラデシュ河口部)などを追っている。これらの光景は巡礼者たちと密接にかかわっている。洪水の川に浸りながら、なお、祈りつづける巡礼者には驚く。

野町和嘉著『ガンジス』(新潮社・2011年)は、ガンジス川での巡礼者沐浴の写真集である。ヒマラヤ:氷河の一滴よりはじまる神話、クンブメラ:奇跡の水、いのちの輝き、バラナシ:彼岸と此岸を結ぶガート、ビハール:田園を貫く巡礼の道、ベンガル:大河の終焉、永遠の大海へと、穢れを流す数千万の巡礼者の生と死を3年間にわたって執拗に写し出す。

この書の終わりに、野町和嘉氏は述べている。

「ヒマラヤの雪解け水に始まるガンジスの流れ、生命を育み、人々の願望と来世への祈りを託されて流れゆく間に、その底流には、インド社会に堆積した悲惨や汚穢からなる泥の層を堆積させ、河口へと押し流してきたのである。
 恍惚の沐浴絵図を眺めながら、おびただしい数の巡礼者たちがこうして一同に祈ることによって、彼ら自身の心の浄化の一方で、汚穢を底流に含んだガンジスの流れを、じつは精神のフィルターにより、浄め海に還しているのでないか、と思えるようになった。そう、浄化された水はやがて天にのぼり、モンスーンの雨となってヒマラヤの峰々に降り注ぎ、ガンジスの聖水として甦るのである。ガンガー女神、永遠の輪廻転生。」

白石凌海著『インド 輪廻に生きる 大沐浴祭』(明石書店・2002年)によると、人生生老病死であり、死すべき時が来たとき、インドの古い聖典には、死への決心をして、東北に旅立つ。肉体を放棄した者は、悲しみと恐れのない、梵天に向上するという。ガンジスの流れに浸り、ただガンガーの女神に祈りつづける、それがまた輪廻転生につながるのであろうか。

  • 『河への祈り ガンジス巡礼』

    『河への祈り ガンジス巡礼』

  • 『ガンジス』

    『ガンジス』

  • 『インド 輪廻に生きる 大沐浴祭』

    『インド 輪廻に生きる 大沐浴祭』

  • 『河への祈り ガンジス巡礼』
  • 『ガンジス』
  • 『インド 輪廻に生きる 大沐浴祭』

インドの農業用水と水問題

インドの灌漑地面積は、1985年において純作付面積1億4000万haの30%にあたる4200万haが灌漑されている。多田博一著『インドの大地と水』(日本経済評論社・1992年)には、灌漑用水として、ヤムナー河から分水する西ヤムナー用水路、東ヤムナー用水路、ガンガー河から引水する上ガンガー用水路などにより、導水されているとある。

イギリス統治下における近代的な河川用水路の灌漑技術の確立過程、ガンガー用水路建設などのイギリスにおける灌漑技術の拡大、独立後のインドにおける灌漑技術の問題(連邦と州との関係、政府灌漑施設の維持管理)などを述べる。

同著『インドの水問題―州際河川水紛争を中心に』(創土社・2005年)では、1947年イギリス植民地から独立後、インドの人口は増加の一途をたどり、産業の発展に伴い水の需要もまた増大し、州際の水紛争が生じた。インド政府は1956年州際水紛争法を制定し、州際河川、流域の水資源保全、灌漑、排水、水力発電、舟運、植林、土壌保全、水質汚濁防止を図っている。五つの河川、クリシュナー河、ゴダーヴァリ河、ラーヴィー・ビアース河、ナルマダー河はこの法が適用された。水不足に対応するために、河川連結・流域変更のことも詳述する。

  • 『インドの大地と水』

    『インドの大地と水』

  • 『インドの水問題―州際河川水紛争を中心に』

    『インドの水問題―州際河川水紛争を中心に』

  • 『インドの大地と水』
  • 『インドの水問題―州際河川水紛争を中心に』

ガンジス川の国際水紛争

インドでは州際の水紛争の協議がなされているものの、ガンジス川は国際河川であることから、中国、ネパール、ブータン、バングラデシュとの国家間の利害の争いは絶えない。

ヘザー・L・ビーチ他著『国際水紛争事典』(アサヒビール・2003年)、アシット・K・ビスワス/橋本強司編著『21世紀のアジア国際河川開発』(勁草書房・1999年)により、水紛争を見てみたい。インドはバングラデシュの合意なしに、ガンジス川分流のファラッカにダムを建設・運営している。このため、「ガンジス川水協定」が締結された。ファラッカにおいてガンジス川の水を分け合うこと、乾期におけるガンジス川の増水について、長期的な解決策を編み出すこと。なお、協議が続いている。

エレン・ウォール著(穴水由紀子訳)『世界の大河で何が起きているのか―河川の開発と分断がもたらす環境への影響』(一灯舎・2015年)は、インドのファラッカダムがバングラデシュに悪影響を及ぼしていることは河川改修を巡る問題であり、特に乾期の流量が少ない期間に国家間および地域間で水を公平に分配することの必要性を、さらにガンジス川沿岸の洪水被害を減らす必要性を説いている。

バングラデシュの洪水対策については、リバーフロント整備センター編・発行『FRONT 特集ガンジス河』(2003年)で、井山聡氏は、各国の援助により、NGOと住民の連携による、避難場所兼学校、道路の建設などの洪水対策、あるいは職業訓練、小規模融資などの生活向上対策を図り、住民の自助、互助の力も引き出させるシステムづくりが肝要であると説く。

最後に、洪水にめげずに生活する人々の姿を描く、写真・吉村 繁/文・白石かずこ、臼田雅之『水と大地の詩―バングラデシュ』(岩波書店・1995年)を掲げる。生と死を共に流るるガンジス川の流れに想いは尽きない。

〈ガンジスは動詞の川ぞ歯を磨く体を洗う洗濯物をする〉
(俵 万智著『チョコレート革命』より)

  • 『国際水紛争事典』

    『国際水紛争事典』

  • 『世界の大河で何が起きているのか―河川の開発と分断がもたらす環境への影響』

    『世界の大河で何が起きているのか―河川の開発と分断がもたらす環境への影響』

  • 『国際水紛争事典』
  • 『世界の大河で何が起きているのか―河川の開発と分断がもたらす環境への影響』


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