機関誌『水の文化』60号
水の守人


次世代・海

15歳が抱いた「海への夢」育む

四方を海で囲まれた島国・日本。人々は大昔から食料や塩などを海で得て、海上を舟で行き来してきた。その海を舞台に将来活躍するであろう次世代は、今どのような日常を過ごしているのか。地元企業と商品開発に取り組み、ドローンの研究で得た情報を蒲郡(がまごおり)市や大学に提供するなど、産学官や地域との連携を推進する愛知県立三谷(みや)水産高等学校を訪ねた。

向かい風をはね返し存在感示す水産高校

 自分が好きなことに取り組めている人だけが見せる表情、漂わせる穏やかな雰囲気がある。愛知県立三谷(みや)水産高等学校の生徒や先生たちと会ってそんなことを思った。

 社会の第一線で活躍できる専門的職業人の育成を目的に、文部科学省が先進的な取り組みを行なう専門高校を指定し、その実践研究を支援する事業「スーパー・プロフェッショナル・ハイスクール(略称 SPH)」。三谷水産高校は、このSPHに2016年に指定された。以来、積極的な研究活動を加速させ存在感を放っている。

 1970年代の終わりに国際的に決まった「200海里水域制限」を受け遠洋漁業が産業として停滞すると、船員の育成などを担ってきた水産高校にも逆風の時代が訪れ、長期的に閉校や統合が進むトレンドに入っていく。

 そんななかにあっても、次世代の水産・海洋分野への優れた人材輩出を目指し、ニーズを捉えた取り組みを重ねているのが三谷水産高校だ。

 取材当日は、夏休み中に設けられた登校日。船員風にアレンジされた制服を着た生徒たちが顔を見せており、すれちがうたびに笑顔で挨拶してくれた。

「増殖部」によるウナギとアワビの研究

 最初に案内されたのは別棟にあるウナギの養殖施設。そこには登校日の行事を終えた、増養殖業の専門家や水族館職員を目指す海洋資源科の3年生の生徒たちが集まっていた。大学における卒業研究にあたる課題研究を進めているところだという。彼ら彼女らの多くは「増殖部」という部の一員でもあり、課内にあたる課題研究と、課外にあたる部活動、両方の時間を使って養殖技術の研究に取り組んでいる。通称は〈ウナギ班〉。

 今行なわれている一般的なウナギの養殖は天然のシラスウナギを採取しそれを育てるものだが、そうして育てたウナギは実は90%が雄。現在目指される完全養殖のためには、まず雌を増やす技術が必要とされてきた。この「雌化」は稚魚であるシラスウナギ期に雌化ホルモンを給餌し性転換させることで可能になっており、三谷水産でも成功している。指導する小林清和(きよかず)先生がその先について話す。

「完全養殖は増やした雌を使って産卵、受精を成功させることで実現しますので、そのためにはまずは雌雄を適切に成熟させる必要があります。適切でなければ受精はしません。そこに完全養殖の一つの難しさがあります」

 この日生徒たちが行なっていたのもウナギの成熟をコントロールするためのホルモンの投与だった。

 麻酔薬を含んだ水を入れた桶にウナギを入れ、おとなしくなったところで識別タグを読みとる。重さを記録したのちに注射器を使ってサケの脳下垂体から採ったホルモンを注入していく。月に1回程度は行なう作業ということもあり生徒たちは手慣れたもの。注射をした後も、別の桶に戻したウナギがもう一度動き出すかをよく観察し、気づいたことを先生に報告している。その眼差しはすでに技術者のようでもあった。

 次に案内されたのはアワビの養殖施設だ。ここで作業しているのも海洋資源科に所属する増殖部の部員たち。挑んでいるのはクロアワビやエゾアワビの「閉鎖式完全陸上養殖」だ。この人工海水を用いた養殖手法には高度な技術が必要だが、三谷水産が築いているノウハウは国内屈指のものだという。

「ポイントは水質の維持にあります」と〈アワビ班〉を指導する小林大輝(だいき)先生が言う。

〈アワビ班〉では、かつて稚貝が大量死した事故をきっかけに水質の管理の重要性に注目。そこから水を汚さないエサ探しが進んだ。

「ワカメなど海藻類を与えると、生育と水質維持いずれにおいてもよいということを突き止めることができました。それで生残率を飛躍的に高めることができたんです」

 壁に貼られたホワイトボードには、生徒の文字でアイディアが書き連ねられており、日ごろの自発的な活動の様子が想像できた。これはもう大学の研究室と変わらないのではないか。そんな思いがした。

  • 〈ウナギ班〉が育てるウナギ。水槽の隅にあるゲージに練り餌を放り込むと身をくねらせて食べる。共食いを避けるため、大きさによって水槽を分けている

  • 注射の前は麻酔薬を溶かした水にウナギを浸す

  • 麻酔が効いて動けなくなったウナギの血管を探って注射する。ホルモンを投与してウナギの成熟を促すためだ

  • 慣れた手つきでウナギを扱っていた〈ウナギ班〉の生徒たちと指導役の小林清和先生(右端)

  • 〈アワビ班〉が世話をする水槽。海藻をエサにすることで生残率が高まった。稚貝を約50gまで育てて養殖業者に出荷している

  • 〈アワビ班〉の作業風景。アワビの陸上養殖では人工海水の水質をいかに保つかがカギ

  • 壁のホワイトボードには、生徒によるアイディアがこのように記されている

  • 水質をチェックしていた〈アワビ班〉の生徒たちと指導役の小林大輝先生(左端)

「海」に抱いた夢を大きく広げる学びの場

「水産の分野では、大学の下に高校があるという見方は適当ではないかもしれません」

 増殖部に対する「ほとんど大学レベルではないか?」という感想を伝えると、丸﨑敏夫校長から返ってきたのはそんな答えだった。

「今日見ていただいたウナギやアワビの養殖はいずれもSPHとしての研究テーマですが、同じくSPHのテーマとして申請している『マルチコプターによる水質リモートセンシング』の研究では、情報通信科の生徒が大学との連携を盛んに行なっています。ある室内飛行ロボットコンテストでは自作機で挑んで大学生を抑えて優勝し、また珍しい三枚翼で三位になったこともあるんです」

 そのほかにも海洋科学科が取り組む「小型海洋調査用水中ロボットの活用」に関する研究は、海洋研究開発機構(略称 JAMSTEC)や地元の水産試験場と連携。水産食品科による「水産物加工の六次産業化」というテーマの研究でも、地元の食品メーカーとの産学連携が進んでおり、保有する練習船・愛知丸が実習で釣り上げてきたカツオを使った佃煮「愛知丸ごはん」の開発などを行ない、高い評価を受けているという。

「こうした一連の取り組みの根底には、海洋立国日本を支える人材を育てたいという思いがあります。また、地域社会に貢献できる人材づくりも目指しています。地元の企業・漁業者などとの連携は特に重視していますが、一過性ではなく長期にわたって続けていくことが大事だと考えています」

 実は、佃煮「愛知丸ごはん」はSPHとは関係なく、7年前から三谷水産が自主的に地元企業と始めた協働によって生まれた商品だ。今では生徒たちのインターンシップも盛んだという。

 こうした積極的に外部とかかわっていこうとする取り組みは、水産・海洋分野で働きたいと本気で考えている中学生を強く惹きつけているようだ。滋賀県など遠方から入学する生徒もおり、入試倍率は2倍を超える。

「魚が好き」「水族館で働きたい」という思いを抱き入学したという増殖部の生徒たちも、その多くがこの世界のプロフェッショナルを目指したいと話していた。その声こそが15歳が抱いた夢を大きく育むために、適切な学びを提供できている証しだろう。

 帰り際、教頭を務める柿原弘明さんが「これはぜひ見て行ってほしいんですよね」という部屋に足を運んだ。大きな水槽が並びさまざまな生きものが泳いでいる。

「ここは生徒たちが持ってきた魚や水棲生物を自由に飼っていいよというスペースなんです。みんな思い思いに好きな生きものを持ち寄っては育てているんですよ」

 生徒たちの興味や関心に寄り添おうとする三谷水産の姿勢。水産業に携わる人材を育てる場として、こうした学校があることは心強い。もちろん15歳の夢なので進路が変わることもあるだろう。しかし、この教育を受けた生徒ならば、きっと別の形で水を守り育てる人になるのではないかと感じた。

  • 教育方針や独自の取り組みについて話す丸﨑敏夫校長と三谷水産高校が地元食品メーカーと開発した「愛知丸ごはん」。実習船「愛知丸」で釣ったカツオを用いたこの商品はMONDE SELECTION®の金賞を5年連続で受賞

  • ウナギの養殖施設の上階にある生徒たちが自由に使える水槽群。海の魚だけでなく淡水魚やカメなどさまざまな生きものがいた



(2018年8月1日取材)

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