機関誌『水の文化』61号
水が語る佐渡

佐渡
生物多様性

トキよ、よみがえれ!
—— 生きものひしめく共生の田んぼ

さまざまな人たちの長年にわたる努力で見事に復活した佐渡島のトキ

さまざまな人たちの長年にわたる努力で見事に復活した佐渡島のトキ

鉱山で用いられた水扱いの技術を新田開発に応用し、農業を発展させた佐渡において、画期的ともいえる試みが続けられている。トキのエサ場を確保するために2007年から「ふゆみずたんぼ(冬期湛水)」を実践。そこで育てた佐渡産コシヒカリをブランド米「朱鷺と暮らす郷」として販売し、利益の一部をトキの保全活動にあてるなどの、持続可能な農業だ。2011年、先進国初の「世界農業遺産(略称 GIAHS)」に、石川県能登地域とともに認定された佐渡の水田では、どのように共生を目指しているのだろうか?

ヒトにもトキにも「恵み」の田んぼ

遠くの田んぼに数羽、いた。エサをついばんでいるのか。羽ばたいた。上空を優雅に舞う。夕陽に映える朱鷺(とき)色の羽根が美しい。野生のトキが飛ぶのを初めて見た。

佐渡中央部、国中平野の新穂(にいぼ)青木地区。見渡す限り、広々とした水田が続く。「これが江(え)です」。地元農家の齋藤真一郎さんが指さした先は、田んぼの畦(あぜ)ぎわ。水路のような水溜まりがあった。「田んぼの水を抜く『中干(なかぼ)し期』でも、ドジョウやオタマジャクシなどの生きものがここに逃げ込んで棲めるよう、田んぼの一部に深みをつくって水を溜めてあるんです」。

生きものはトキのエサになる。そういえば、稲刈りが終わった冬なのに水を張った田んぼが散見される。こうした「ふゆみずたんぼ」も生きものが越冬する場所であり、トキのエサ場になるのだ。

「畦に除草剤をまかず、草刈機で刈っています」と齋藤さん。「トキは夏になると成長したイネが腹に当たるのを嫌って、田んぼに入りません。除草剤を使わなければ畦ぎわにミミズやバッタが棲めて、トキのエサ場になります」。

農薬や化学肥料を減らし、四季を通じて生きものが棲息できる田んぼ。それは、ヒトの毎日の食卓に安全・安心で「冷めてもおいしい」佐渡産コシヒカリの恵みをもたらすだけではない。野に放たれたトキも育んでいる。佐渡の里山ではトキとヒトが共生している。

  • 国中平野の田んぼ。手前の溝は、田の水を抜くときに生きものたちの逃げ場となる「江(え)」

    国中平野の田んぼ。手前の溝は、田の水を抜くときに生きものたちの逃げ場となる「江(え)」

  • トラクターで窪みをつけた田んぼの一角。こうしておくと水が溜まるため、冬でも生きものが棲みやすい

    トラクターで窪みをつけた田んぼの一角。こうしておくと水が溜まるため、冬でも生きものが棲みやすい

  • 農業生産法人 有限会社齋藤農園の代表取締役、齋藤真一郎さん

    農業生産法人 有限会社齋藤農園の代表取締役、齋藤真一郎さん

夕陽に舞うトキをもう一度見たい

伊勢神宮の式年遷宮で奉納される「須賀利御太刀(すがりのおんたち)」。装飾にはトキの羽根が使われている。その神々しい美しさは古くから日本人に愛され「ニッポニア・ニッポン」の学名が付された。だが、農家にとってはイネを踏み荒らす害鳥とみなされ、明治時代以降は換金性の高い羽根を目当てに乱獲が続いた。

個体数の減少に追い打ちをかけたのが日本の農業の変化である。

トキが暮らすのは里地里山。林地の木の枝で営巣し、近場の水田の生きものを食べる。農薬や化学肥料の多用、コンクリート三面張り水路、耕作放棄地の増加。これらの要因により水田から生きものが消え、トキのエサ場もなくなった。

1981年(昭和56)、日本では佐渡だけに残された野生のトキ5羽が捕獲され、人工飼育下に置かれた。日本の野生のトキは、この時点で絶滅したわけである。

一方、絶滅寸前までトキの営巣地だった旧・新穂村では昭和30年代から住民による愛護活動が盛んだった。行谷(ぎょうや)小学校ではケガをしたトキを保護し、飼育していた。1999年(平成11)、中国からトキのつがいが贈呈され、オスのヒナが誕生。日本初の人工繁殖の成功だ。このとき新穂村の村長が「佐渡の空にトキが放たれる日に備えて環境整備を」と訴えた。翌年、村は東京のNPO法人の提案を受けて農家に呼びかけ、無農薬で生きものを増やす不耕起(ふこうき)栽培(耕さない水田)に取り組んだ。

この「佐渡トキの田んぼを守る会」7名中の1人が、齋藤さんにほかならない。「夕陽に映えるトキの空を飛ぶ美しさをもう一度見たい、というのが6人の先輩共通の思いでした。私自身は小学1年生のとき行谷小学校で飼育されていたトキを見た記憶はありますが、自然界で見た覚えはなかったですね。不耕起栽培という農業技術に興味があり、そこからトキにかかわるようになったわけです」。

成果の検証のため生きもの調査を実施し、2年目にはふゆみずたんぼを導入。多様な生きものが棲める水田を目指した。齋藤さんは「おもしろいことに平場にはあまりいないヤマアカガエルやイモリ、水生昆虫も増えました」と言う。

トキの保護と野生復帰 略年表
西暦年号出来事
奈良時代『日本書紀』にトキの名が記される
1922大正11『日本鳥類目録』で学名Nipponia nipponを採用し定着
1926大正15『新潟県天産誌』で「濫獲の為め其の跡を絶てり」とされる
1927昭和2佐渡支庁、トキ発見を懸賞で呼びかける
1931昭和6佐渡金沢村(旧 金井町)で2羽のトキが再発見される
1934昭和9トキ、天然記念物に指定される
1959昭和34旧 新穂村、旧 両津市でトキの給餌を開始
1967昭和42トキ保護センターを建設し、トキ3羽の飼育を開始
1968昭和43「キン」が捕獲され、トキ保護センターで飼育開始
1981昭和56野生のトキ5羽を一斉捕獲。国内の野生のトキは絶滅
1985昭和60「ホアホア」を中国から借用
1993平成5旧 新穂村長畝に佐渡トキ保護センター開設
1999平成11中国から「友友」「洋洋」のペアが到着。人工繁殖により「優優」誕生。翌年に「新新」「愛愛」も生まれ、これ以降は順調に増える
2003平成15日本産最後のトキ「キン」が36歳で死亡
2008平成20野生復帰に向けて第1回目の試験放鳥(10羽)実施。また「朱鷺と暮らす郷づくり」認証制度開始
2011平成23「トキと共生する佐渡の里山」が国内初の「世界農業遺産」に認定される
2012平成24放鳥されたトキのうち3組が繁殖に成功、8羽のヒナが巣立つ
2018平成30300羽以上のトキが佐渡島内で棲息中

環境省、佐渡トキ保護センター、我孫子市鳥の博物館のホームページなどを参考に編集部作成

  • 国中平野を舞うトキ

    国中平野を舞うトキ

  • 片隅に水が残る初冬の田んぼでエサを探すトキ

    片隅に水が残る初冬の田んぼでエサを探すトキ

雨降って地固まり佐渡が一つに

だが、トキのエサ場となる田んぼづくりは広がらなかった。「当時、魚沼産に次いで高く売れたのが佐渡産のコシヒカリでしたから」と齋藤さんはその理由を語る。

「生きもの調査やふゆみずたんぼは手間がかかります。減農薬や無農薬にすれば収量は減るし、普通に栽培しても佐渡の米は高く売れる。わざわざ無理して経済効率の悪いことはできなかったわけです」

潮目が変わりはじめたのは2004年(平成16)、市町村合併で一島一市となり佐渡市が誕生してから。髙野宏一郎前市長は、人と自然が共存する豊かな島づくりこそ「野生のトキが最後の生息地として選んだ佐渡の使命」であるとして、大型ヘリによる空中農薬散布の停止などの施策を打ち出した。

折しもアクシデントが起きる。市町村合併の年の夏、フェーン現象で熱風が佐渡島を襲い「籾(もみ)に水分が入る時季に田んぼがカラカラに乾いてしまい、佐渡米はほぼ全滅でした」と齋藤さん。

小売店の棚は他産地の米に奪われた。翌年も翌々年も佐渡の米は売れない。減反政策による生産調整が強化され、米価は下落。農家もJAも市も危機感を強めた。

それが結果的に「雨降って地固まる。佐渡が一つになるきっかけ」だったと齋藤さんは想起する。人工繁殖のトキが最初に放鳥された2008年(平成20)、「朱鷺と暮らす郷づくり」認証米制度が発足した。トキのエサ場づくりを通じ、生きものと共生してつくった米をブランド化して付加価値を高め、環境保護を生産者の利益につなげる戦略だ。認証米の売り上げの一部を佐渡市トキ環境整備基金に寄付する。

目的はトキとヒトが共生できる里山環境を取り戻すこと。そのため水田の生態系を豊かにする農法を取り入れる。「朱鷺と暮らす郷づくり」認証米の要件は次の通り。

  • 生きものを育む農法で栽培
  • 生きもの調査を年2回実施
  • 減農薬・減化学肥料(地域慣行比5割以上の削減)で栽培
  • 県からエコファーマー(安全・安心な農業の実践者)の認定
  • 除草剤を散布しない(2017年産からの新要件)
  • 佐渡島内で栽培

「生きものを育む農法」とは、江、ふゆみずたんぼ、魚道の設置、および2017年産からの新要件として無農薬・無化学肥料栽培。このうちどれか一つを実践していればよい。例えば田んぼの一角を江にすると、そのぶん収量が減るので市から補償金も支給される。

トキと佐渡の里山を保全する認証米「朱鷺と暮らす郷」(佐渡産コシヒカリ)

トキと佐渡の里山を保全する認証米「朱鷺と暮らす郷」(佐渡産コシヒカリ)

「トキと共生する里山」が日本初の世界農業遺産へ

認証米制度に参加する農家は初年度から256戸、面積426haに上り、「蓋を開けてみたら予想外に集まった」と齋藤さんは語る。

2011年(平成23)には「トキと共生する佐渡の里山」が、豊かな生態系や地域固有の文化を背景とする伝統的な農業システムを時代と環境の変化に適応させながら維持・継続させているとして、FAO(国連食糧農業機関)から「能登の里山里海」とともに日本初の「世界農業遺産」に認定された。

同年の認証米制度参加農家は685戸、面積1307ha。現在でも全農家数の10%、面積にして25%前後を維持している。佐渡市役所農業政策課里山振興係の宇治美徳(うじよしのり)さんは「島の農家数全体が減っているなか、生物多様性を豊かにする共通認識のもと認証米制度に取り組むことで、農業を続ける意義の厚みが少し増しているのかもしれない」と手ごたえを感じる。

「行政がやらせているのでは?とよく言われるのですが、そうではありません。農家さんの主体的な取り組みを核に、関係者が一体となって協議し進めています」

長年の経験を経て、全面的に水を張るふゆみずたんぼよりも、部分的に湿ったところを設けた方がトキにもヒトにもよいことがわかった。びっしり水を張ると、足の短いトキは近寄らないし、ヒトにとっては水はけが悪く土壌が柔らかくなり農機が動かない。

常に改良を加えながら進めているのが佐渡の認証米制度だ。要件も例外ではなく「申請書が煩雑で拡大計画も必要なエコファーマー認定を外し、実質的な品質基準のみにすればもっと広がる」といった方策も検討されている。

環境省の当時のロードマップでは2020年までに佐渡で220羽のトキを野生に定着させる予定だったが、すでに350羽を超えた(注)。「朱鷺と暮らす郷づくり」がさらに進めば、若い農業志望者も佐渡に惹かれ、生物多様性豊かな里山環境が末長く持続していくに違いない。

(注)トキの生息数
2019年1月、環境省はトキの生息数が増えたとして、国内での評価を「野生絶滅」から1ランク危険性が低い「絶滅危惧1A類」へと21年ぶりに見直した。日本の動物で「野生絶滅」を脱したのはトキが初となる。

  • 農家による「生きもの調査研修会」

    トキのエサ場となる田んぼの生態系再生への取り組み
    農家による「生きもの調査研修会」(提供:佐渡市役所)

  • 生きものの生息環境を確保する「江」の補修

    トキのエサ場となる田んぼの生態系再生への取り組み
    生きものの生息環境を確保する「江」の補修(提供:佐渡市役所)

  • トキのエサ場となる田んぼの生態系再生への取り組み
    農家同士でグループワークなど研修会も実施(提供:佐渡市役所)

  • 佐渡市役所産業観光部 農業政策課里山振興係の係長、宇治美徳さん

    佐渡市役所産業観光部 農業政策課里山振興係の係長、宇治美徳さん

(2018年11月13日取材)

なぜ佐渡の里山は世界農業遺産に認定されたか

ボリコ M・チャールズ

国際連合食糧農業機関駐日連絡事務所長
ボリコ M・チャールズさん

昔から人間は、生活する地域の環境に適応し、持続可能な食料生産の工夫を重ね、その知恵を継承してきました。こうした伝統的な価値の高い農林水産システムが世界農業遺産(以下、GIAHS=ジアス)に認定されます。

認定基準は次の五つ。①食料と生計を保障するシステムであること、②生物多様性と遺伝資源が豊富であること、③地域の伝統的な知識・慣習・技術を継承していること、④地域を特徴づける文化・風土・社会組織を背景としていること、⑤人間と自然の相互作用によって発達してきた里山・里海の景観があること。

各国・地域からの申請に基づき、世界中から選ばれた7人の専門家による世界農業遺産科学助言グループ(SAG)が調査して、国連食糧農業機関(FAO)がGIAHSを認定します。2002年から始まり、2018年12月現在、世界21カ国で57地域が認定されています。

ユネスコが認定する世界遺産との違いは「動的保全」が特徴であること。気候・環境・技術・人材が変化するなかで、いかに将来の子孫に残していける持続可能な農林水産システムを維持していくか。続けられるように変える、そのダイナミズムが評価されます。

「トキと共生する佐渡の里山」は、まさしくダイナミックな持続可能性を実現しています。トキが棲めなくなったのは環境が悪化したせいだと気づき、誰かに命じられたのではなく自分たちで決めて農薬や化学肥料を減らし、江などをつくって水を溜め、生きものを増やす田んぼづくりへと転換しました。すると、放鳥され野生化したトキがやってきてエサにする。これはすばらしい考え方であり、取り組みです。私も子どもたちと一緒に田んぼに入って「生きもの調査」に参加しました。楽しかったですよ。景観もすばらしい。

GIAHSにもっとも多く認定されているのは中国で15地域ですが、日本は狭い国土にもかかわらず11地域で世界第2位。とても優秀だと思います。2013年には石川県七尾市でGIAHSの第1回国際会議を開催しました。採択された能登コミュニケのなかに「認定されている地域間の交流やネットワーク化の促進」が盛り込まれています。

その後、日本の認定地域にウガンダやエチオピア、ブラジルなど途上国の研修生が招かれ、多くのことを学んで帰りました。これからも世界の持続可能な農業に日本は貢献できると思います。

(2018年12月5日取材)

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