機関誌『水の文化』63号
桶・樽のモノ語り

桶・樽のモノ語り
【風呂桶】

体になじむ木の風呂桶

いろいろな素材を選べる立場にある建築家は、風呂桶(浴槽)をどう考えているのか?木造住宅を数多く手がけ、自身で「コウヤマキの風呂桶」もデザインしている建築家の中村好文さんに話を聞いた。

中村好文

インタビュー
建築家
中村好文(なかむら よしふみ)さん

1948年千葉県生まれ。設計事務所「レミングハウス」を主宰。「ジーンズのような流行に左右されない、普段着の定番みたいな住宅や家具」を理想として居心地のいい住まいを提唱。個人住宅を中心に伊丹十三記念館なども手がける。1993年「一連の住宅作品」で第18回吉田五十八賞特別賞を受賞。著書に『普段着の住宅術』『普通の住宅、普通の別荘』『「湖畔の山荘」設計図集』など。

相手と位置を見極めて

風呂桶の素材は、樹脂製、ホーロー、ステンレスなど木製以外にも多くの選択肢がありますが、どれを選ぶかはケースバイケースです。他の素材に比べると木の風呂桶は高価ですし、手間はそれほどではないもののメンテナンスには気を遣いますからね。

私がコウヤマキ(注)を用いた風呂桶を手がけるようになったのは、ある講演会で風呂桶をつくっている職人と出会ってからです。当時、私は卵型の風呂桶をつくりたかったのですが、つくれるところがなくて困っていたので「できますか?」と尋ねると「パソコンで正確な図面が描けるのでたぶんできます」と。そこで私がデザインした卵型の風呂桶をコウヤマキでつくってもらい、まずは自宅に据えました。それが17年前。今まで15軒ほどに納めたと思います。

木の風呂桶は「この家なら」「この住み手なら」と見込んでお勧めします。風呂の手入れを嫌う人には提案しません。浴室の位置も関係します。私は家の南側に浴室を設計することが多く、日あたりがよいので風呂桶も黒ずみにくく勧めやすいのです。私が木の風呂桶をつくることを知る住み手からは「木の風呂にしたい」と言われることもあります。

手入れに洗剤は使いません。風呂を出るときに石鹸など汚れをシャワーで流してタオルで湿り気を拭う程度。ただし、樹脂製やホーローなら流すだけですから、どうしてもひと手間はかかるんですね。

(注)コウヤマキ
コウヤマキ科の常緑高木。大きいものは高さ40m、直径1.5mに達する。材は脂気が多く、強靭、緻密で耐朽性があり、建築、土木、船舶などに用いる。名の由来は和歌山県の高野山に多いことから。

町家を改修した宿泊施設「京の温所(おんどころ)釜座(かまんざ)二条」に設置される中村好文さんデザインの「コウヤマキの風呂桶」

町家を改修した宿泊施設「京の温所(おんどころ)釜座(かまんざ)二条」に設置される中村好文さんデザインの「コウヤマキの風呂桶」

他にはない木の温もり

日本人の生活様式は大きく変わりましたが、風呂好きの気持ちは変わっていないようです。旅館が改装するときは今も木の風呂桶を選びますし、「風呂桶はいらない、シャワーだけでいい」と言う方もいません。コンクリート、鉄、ガラスを用いるのが現代建築ですが、こうした素材は人にやさしくないと思うのです。条件が許す限り建築に自然素材を使ってきた私にとって、木は人にやさしい感じを受けます。仮にコンクリートで住宅をつくったとしても、その外壁には焼杉板(やきすぎいた)などを貼って空気層を設けたりしています。室内が外気温に左右されない外断熱が可能になるという利点があるからです。

そして木の香りや手触り、温もりは他の素材にはないもの。木の風呂桶に浸かっていて思うのは、触れる部分が柔らかく感じることと、円筒状なので体になじむことです。風呂桶をつくる人は少なくなっていますが、桶は文化としてこれからも残ってほしいです。

(2019年10月16日取材)

撮影協力:「京の温所 釜座二条」(株式会社ワコール)
https://www.kyo-ondokoro.kyoto/

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