機関誌『水の文化』63号
桶・樽のモノ語り

桶・樽のモノ語り
【受水槽】

米国生まれの木製水槽が生き残る理由

ビルやホテルなど多くの人が集まる建物に用いられる「受水槽」。鉄筋コンクリート製、鋼板製、合成樹脂製など多々あるが、「木製水槽」も使われている。例えば、首都圏の空港には直径10m、高さ5mを超える木製の受水槽が据えられている。木の性質を活かし、ほかにはない特徴を有しているという。

千葉県浦安市のホテルで受水槽として使われている木製水槽。直径7m×高さ4.63mの水槽が地下に4基並ぶ(総容量680?)。1986年(昭和61)11月納入(撮影協力:シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテル)

千葉県浦安市のホテルで受水槽として使われている木製水槽。直径7m×高さ4.63mの水槽が地下に4基並ぶ(総容量680m3)。1986年(昭和61)11月納入(撮影協力:シェラトン・グランデ・トーキョーベイ・ホテル)

飲料水用受水槽を木材でつくる老舗

日本木槽木管株式会社。業務内容が想像しやすい、まっすぐな名前の会社を訪ねた。木製の水道管や木製水槽(以下、木槽)といった木材を材料に大型の管、筒状の製品をつくりつづけ100年以上の歴史をもつ老舗だ。近年では都心の高級ホテル、羽田空港のターミナルビルといった日本を代表する施設の飲料水を溜める受水槽などを製造している。

横浜駅そばのオフィスで、営業部門の管理職と工場長を兼任する取締役の平川政治(まさはる)さんと会った。

「創業は大正元年(1912)。当時の主な業務は木製の水道管づくりで、社名も『大日本水道木管株式会社』としていました。その技術を使って、化学薬品を貯蔵するための木槽をつくれないかという依頼をいただいたのが木槽づくりのはじまりです」と平川さんは言う。

当時の日本は、大正初期に興隆した化学工業が発展しつつあり、100~200トンといった量の塩酸や硫酸などの薬品を溜めておくことができるタンクの需要が高まっていたという。この分野における販路が広がり、昭和2年(1927)には「木槽」の文字を入れた現在の社名に変更された。

戦後は工場などで用いる冷却水を外気にあてて冷やすための煙突状の冷却塔(クーリングタワー)の製造も手がけ、多角化を図っていた同社だったが、高層ビルが増えはじめたころより飲料水用の受水槽の需要が急増する。

「昭和39年(1964)の東京五輪に合わせて開業を目指していたホテルの関係者が、視察で赴いた米国のニューヨークで高層ビルの屋上に木製タンクが備えつけられているのを目にされたそうなんです。それで新たに建設するホテルにも木製のタンクを設置したいと声をかけてくださったのがきっかけとなりました」

ニューヨークのビルの屋上に設けられた木槽は、実際には火災時の消火のための貯水を主な目的としたものが多かったとのことだが、「薬品も水も同じ液体です。やってみようと取り組みました。当初は四角い木槽もつくりましたが、内部の水圧を均等に分散できる円筒形に落ち着きました」と平川さんは振り返る。これを機に「飲料水を溜めるタンク」という木槽の新たなマーケットが広がっていくこととなる。

  • 宮城県産の杉を用いてつくられた仙台市泉岳自然ふれあい館の受水槽。直径4m×高さ4.8mの水槽2基。総容量は102m3(提供:日本木槽木管株式会社)

    宮城県産の杉を用いてつくられた仙台市泉岳自然ふれあい館の受水槽。直径4m×高さ4.8mの水槽2基。総容量は102m3(提供:日本木槽木管株式会社)

  • 宮崎県日南市の名産・飫肥(おび)杉を使用した日南市内の病院の受水槽。直径3.9m×高さ3.65mの水槽2基で総容量は70m3(提供:日本木槽木管株式会社)

    宮崎県日南市の名産・飫肥(おび)杉を使用した日南市内の病院の受水槽。直径3.9m×高さ3.65mの水槽2基で総容量は70m3(提供:日本木槽木管株式会社)

  • 日本木槽木管株式会社で取締役と新城工場長を兼務する平川政治さん

    日本木槽木管株式会社で取締役と新城工場長を兼務する平川政治さん

桶とは似て非なる大型木槽の工法

ところで、材木を縦に筒状に連ねてつくられた木槽は、巨大な桶のようにも見える。技術は日本発祥のものなのだろうか。

「私たちがつくってきた木槽は桶とは別物です。桶は側板を丸く筒状にしたところに底板をはめ込んで完成させます。地面に置いたとき接地するのは底板ではなく側板。ですので、容量の大きなものをつくろうとすればするほど、底板が重さに耐えられず中味が漏れてしまう危険性が高まるのです」

たらいのような浅いものを除きある程度深さのある桶の場合は、直径2m程度が限界ではないかと平川さんは考えている。

「私たちがつくる木槽は、根太(ねだ)の上に底板を載せ、底板の周りに側板を組んで金属のバンドで締める構造です。根太をしっかり支えられる基礎を設ければかなりの重さに耐えられるので大型化できます」

これは欧米の木槽で用いられてきた技術。同社では戦前より、そうした工法を海外から積極的に導入し技術力を高めてきたという。

  • 側板には欠き込みが施されていて、底板にかませながら建てこんでいく。底板と側板の結合部にも接着剤などは使用しない(日本木槽木管株式会社の提供資料をもとに編集部作成)

    側板には欠き込みが施されていて、底板にかませながら建てこんでいく。底板と側板の結合部にも接着剤などは使用しない(日本木槽木管株式会社の提供資料をもとに編集部作成)

  • 床板を支える根太(ねだ)を組む(提供:日本木槽木管株式会社)

    床板を支える根太(ねだ)を組む(提供:日本木槽木管株式会社)

  • 次に底板を並べる(提供:日本木槽木管株式会社)

    次に底板を並べる(提供:日本木槽木管株式会社)

  • 側板を立て込んでいく(提供:日本木槽木管株式会社)

    側板を立て込んでいく(提供:日本木槽木管株式会社)

  • 側板同士に接着剤は使用しない(提供:日本木槽木管株式会社)

    側板同士に接着剤は使用しない(提供:日本木槽木管株式会社)

  • 後にバンドで締め上げる(提供:日本木槽木管株式会社)

    後にバンドで締め上げる(提供:日本木槽木管株式会社)

新素材が普及しても曲げなかったものづくり

木製の受水槽は広がりを見せ、新宿副都心の超高層ビル群などでも導入されていく。だが、当初は高価だったステンレスの価格が下がり、また繊維強化プラスチック(FRP)など新たな材料が誕生・普及しはじめると、木槽は徐々にシェアを落としはじめる。

「昭和50年(1975)を過ぎたころから、新しい材料に押されはじめました。背景には材料の入手で問題を抱えはじめたということもあります。それまでは確保できていた樹齢を重ねたダグラスファー(米松)などが、手に入りにくくなったのです」

木槽の寿命は樹齢と同じ程度と言われるが、内容物が液体の場合はその半分程度が目安とされる。つまり、用いる木材の質が下がれば耐久性も下がってしまうのだ。市場の変化により、木槽の品質を維持できる木材の確保にこれまで以上の手間暇がかかるようになると、事業における大きな負荷となっていった。

このとき、販路をもっていたタンクに固執し、木材以外の材料で受水槽をつくる方向もあったはずだが、その道を選ぶことはなかった。それは木槽が新しい素材を使ったタンクに負けない部分も多くもっていたからだという。

木槽は補修がたやすく、優れた材を用いれば、ステンレスやFRPよりも長く使いつづけることができる。また60~70mmという厚さをつくりだせるため断熱性が高く、内部の水温があまり変わらないので、溜めた飲料水を新鮮に保つことができるメリットもある。内部に飲料水の大敵である藻が生えることもほぼないという。

ただし、断熱性と保温性の高さは、裏を返すと温度をコントロールするには不向きということでもある。発酵食品など温度管理を要するものには用いにくいという弱点もあるにはあるが、メリットの部分に着目した発注も多いそうだ。

「飲料水の貯水以外の用途では、ペーハー(pH)の守備範囲が広いことも長所になります。2~11くらいまで対応でき耐酸性、耐アルカリ性、いずれも優秀なのでさまざまなものを溜めておくことができます。化学薬品を溜めておくタンクなどでは、木槽本体よりも金属製の配管の方が先に傷み、交換が必要になりますからね」

現代ならではの「水の味」への対応

近年、同社が直面した現代ならではの課題がある。それは飲料水への木香の溶出防止だ。

「浄水施設の性能が向上し、またミネラルウオーターが普及したことで無味無臭に近い飲料水が一般的になったからでしょう。木槽の水にわずかに残る木の香りを指摘されることが増えてきたのです」

水質上は問題のない範囲だったが、より安心して使うことのできる木槽とするため、さまざまな対策を検討。行き着いたのは水と接する木槽内部への漆の塗布だ。

これにより抗菌作用の影響や、木のアクや木香が水に溶出しにくくなるなどのよい効果も得られている。さらに、漆の塗膜は木槽側への吸水も抑えるため、木槽もより長もちするという。

また耐震性能も探究している。東日本大震災で既設の木槽にダメージは出なかったが、安全性を実証すべく大学の研究室と実験を行ない、信頼性を確認している。

近年のトレンドは、地場産の杉材などを使った貯水槽だ。環境配慮と地産地消を同時にかなえる施策として、公共施設を中心に全国に広がっている。

「よい材に恵まれていたころは、それを用いて高い品質を追求することにこだわり仕事をしてきました。それは少し変わりつつあります。手に入る材の長所を活かして、用途に合った優れたものをつくっていく。そんな姿勢に変わりつつありますね」

何かにつけて進化が求められる時代だ。未来を予測し、変化に適用しようと誰もがもがいている。だが、同社の木槽づくりのように、自らの強みと価値を見失わず、その時代に合わせて磨き上げていくこともまた尊い。そう感じた。

  • 漆を2回塗布した木製水槽の内部(提供:日本木槽木管株式会社)

    漆を2回塗布した木製水槽の内部(提供:日本木槽木管株式会社)

  • 漆を塗った板(右)と塗っていない板(左)

    漆を塗った板(右)と塗っていない板(左)

  • 年輪と木目が細かい材(上)とやや粗い材(下)。質のよい材を確保することは年々厳しくなっている

    年輪と木目が細かい材(上)とやや粗い材(下)。質のよい材を確保することは年々厳しくなっている

(2019年9月19日取材)

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