機関誌『水の文化』65号
船乗りたちの水意識

船乗りたちの水意識
概論

世界を行き来する船乗りたち

船に乗り込んで仕事をする人たちのことを一般的に「船乗り」あるいは「船員」と呼ぶ。ここでは船長の職務権限、船内規律、船員の労働条件を定めた「船員法」が対象とする大型船(総トン数5トン未満の船舶、湖・川・港のみを航行する船舶、小型の漁船、スポーツやレクリエーション用途は含まない)で働く船員に着目した。長期にわたり海上にいる外航貨物船の組織から船員たちの「水(真水)」意識まで、東京海洋大学教授で外航船の船長経験者でもある逸見真さんにお聞きした。

海技教育機構の練習船で航海訓練を積む未来の船乗りたち(提供:独立行政法人 海技教育機構)

海技教育機構の練習船で航海訓練を積む未来の船乗りたち(提供:独立行政法人 海技教育機構)

逸見 真

インタビュー
東京海洋大学教授
一級海技士(航海)
博士(法学)
逸見 真(へんみ しん)さん

1985年3月東京商船大学商船学部航海学科卒業。1985年9月東京商船大学乗船実習科修了。2001年3月筑波大学大学院経営・政策科学研究科企業法学専攻課程(修士課程)修了。2006年3月筑波大学大学院ビジネス科学研究科企業科学専攻課程企業法コース(博士課程)修了。新和海運(株)船長を経て、2009年4月~2014年3月(独)海技大学校(現(独)海技教育機構)講師、助教授、准教授を務め、2014年4月より現職。著書に『船長論』がある。

船乗りに必要な「船員手帳」

船員は「船舶職員」と「部員」で構成されています。いずれも「船員法」に定められた「船員手帳」を保有し、乗船中は必ずこれを所持していなければなりません。また、船舶職員は「船舶職員及び小型船舶操縦者法」でこう規定されています。

「船長の職務を行う者(小型船舶操縦者を除く。)並びに航海士、機関長、機関士、通信長及び通信士の職務を行う者をいう」

航海士は航海中の見張りや操船、出入港・荷役の指揮監督など、機関士は航海中のエンジンなど機器類の運転、監視が主たる業務です。モールス信号を使っていた時代には無線部がありましたが、電子通信の技術が発達した現在では、通信長・通信士の業務は船長や航海士が兼務しています。こうした船舶職員になるためには、国土交通省が所管する国家試験に合格し「海技士(かいぎし)」の免許を取得しなければなりません。

日本と外国との間で物や人を運ぶ「外航海運」の場合、一つの船には、船長以下、一等から三等まで3人の航海士(甲板部)、1人の機関長と一等から三等まで3人の機関士(機関部)が乗り組みます。貨物船の場合、船舶職員と部員を合わせ、外国人を含めて総勢二十数名程度の乗組員で運航することが多いです。その船舶職員の下には、甲板部、機関部それぞれに「部員」が配属されます。司厨(しちゅう)(調理場)のスタッフも部員です。部員に海技士免許は必要ありません。

  • 図1 外航貨物船の航行組織例

    図1 外航貨物船の航行組織例
    船舶職員=海技士の資格を持ち、指揮を執る人
    部員=船舶職員を補助して船内業務を行なう人
    出典:国土交通省、公益財団法人 日本海事広報協会などの資料を参考に編集部作成

  • 図2 航行中の当直体制(外航船)

    図2 航行中の当直体制(外航船)
    航海中は操船を担当する航海士と甲板部員が2人一組となり、4時間当直して8時間休憩する。三等航海士の当直は、船長がサポートできる時間帯とするのが一般的
    出典:公益財団法人 日本海事広報協会などの資料を参考に編集部作成

  • 総トン数20トン以上の船舶の職員は「海技士」という国家資格が必要。その資格を証明するのがこの「海技免状」

    総トン数20トン以上の船舶の職員は「海技士」という国家資格が必要。その資格を証明するのがこの「海技免状」

  • 船員法第50条によって保有が義務づけられている「船員手帳」

    船員法第50条によって保有が義務づけられている「船員手帳」

造水器が発達しても節水意識は大原則

私が乗った船では、真水を「清水(せいすい)」と呼んでいました。清水はさらに、飲用や料理に用いる「飲料水」と、清掃や洗濯などに利用する「雑用清水」に分けられます。飲料水は港に立ち寄ったときに専用の給水設備から補給します。積み込み前には港の元栓と船積みのホースを洗浄することなどを定めた「船員労働安全衛生規則」という規定があります。

日本のようにどこでも水道から安心して水が飲める国は少ないので、日本に立ち寄らない外航船はどこの港で飲料水を確保するか、船長は腐心しなければなりません。

飲料水の積み込み時には港の環境にも注意が必要です。例えば清水の採水岸壁が危険物、有毒物の荷役岸壁でもあったりする場合には、布製の採水ホースなどを介してそれらの漏洩物を取り込まないよう、留意しなければなりません。

一方、体に直接取り込まない雑用清水は、海水を真水に変える造水器から得ています。トイレの水はかつて海水を使っていましたが、造水器の能力が高まったため、今は使用しません。

ただし、どんなに造水器の性能がよくなったとしても、船員として節水意識をもつことは大原則です。私が実習した練習帆船では士官が清水管理グラフを毎日記していて、例えば1日10トンの規定使用量を超えたら注意を促すといった節水教育が行なわれていました。濫費(らんぴ)は慎まなければなりません。

細かいことをいえば、朝起きて顔を洗うときに水を出しっ放しで歯磨きをしてはダメです。私は今でも、自宅のお風呂にザブンとつかってお湯をあふれさせることができません。罪悪感すらあるほどです。水の貴重さを船の上で叩き込まれたおかげだと思います。

ちなみに、救命艇には消費期限が長い船舶用の飲料水を乗組員数に応じて10日分ほど備蓄してあり、雨水をろ過する器具も備えています。

外航船員の出自と昇進

では、外航海運の船舶職員になるにはどうしたらよいのでしょうか。高校を卒業して東京海洋大学、神戸大学、東海大学にある専門学部に進学するか、あるいは中学を卒業して商船高等専門学校(5校)に進学します。そこで乗船実習を経て国家試験の口述試験(筆記試験は免除)を受け、三級海技士(外航の二等航海士クラス)の免許を取得。船会社に就職して数年の航海実績(履歴)をつけ、筆記・口述試験に合格後、上級の海技士免許を取得し、最終的に一級海技士の免許を得られた後、船長、機関長の職務を執れるようになります。

大手の船会社(船社)は、一般大学からも船員志望の学生を採用しています。その場合、入社後に海技大学校で半年間座学を受け、筆記試験に合格後、海技教育機構の練習船や自社船で実習して1年間の履歴をつけ、口述試験を経て三級海技士の免許を取得します。大手の船社では、外航船員として採用する人の約半数が一般大学の卒業生です。人材の多様性を重んじる傾向が見られます。

船員といってもずっと海の上にいるわけではありません。20年ほど前から陸上勤務のウエートが高まっています。私が大学を卒業した当時は、船上勤務と陸上勤務の割合は2対1くらいでしたが、今は仮に船社に40年在籍すると海上勤務は10年ほど。会社によってまちまちですが、たいてい若いころから海と陸を交互に勤務します。

船社に就職した若い日本人船員の教育は、同じ日本人の船長、機関長、一等航海士、一等機関士の乗る船で行なうのが一般的です。経験を積み技術を習得して40歳前後で機関長や船長に登用された後は、船舶管理などの陸上勤務に戻ることが多いです。ちなみに国内の港と港を結んで貨物を運ぶ「内航海運」はオール日本人ですが、50歳以上の割合が約半数と著しい高齢化の課題を抱えています。

  • 図3 船員になるための方法

    図3 船員になるための方法
    ※船長や航海士、機関長や機関士になるには、一般的には専門の学校を卒業し、試験に合格することが必要
    出典:公益財団法人 日本海事広報協会『日本の海運 SHIPPING NOW 2014-2015[データ編]』などを参考に編集部作成

  • 練習船のデッキから進路を見つめる学生(提供:独立行政法人 海技教育機構)

    練習船のデッキから進路を見つめる学生(提供:独立行政法人 海技教育機構)

フィリピンにある船舶職員の養成機関

外航海運の商船は今、人件費の低廉な途上国の船員が主として動かしています。日本商船隊(注)の乗組員も約96%が外国人で、そのうち70%以上がフィリピン人です。

フィリピン人船員が世界中で重用されている理由は、英語ができること。そして明るく前向きに働く国民性です。国が海外で働き外貨を稼ぐのを奨励していることもあります。日本の大手船社もフィリピンの商船大学と提携して卒業生の一定割合を雇用していますが、海運市況が上向いて船員需要がひっ迫すると、フィリピン人船員、なかでも職員が高給を提示する欧州の船社に流れる傾向がありました。危機感をおぼえた日本の大手船社はフィリピン国内に独自の船舶職員の養成大学を設置し、学生のうちから優秀なフィリピン人船員を確保しています。

公海上を運航する船舶は、「旗国(きこく)主義」といって掲揚する国旗の当該国、つまりその船が籍を置く国の排他的な管轄下に置かれ、その国の法令が適用されるのです。原則として海技免状も旗国が発給します。ただし日本が発給した海技免状を持っていれば、パナマ船籍の船に乗る際はパナマ領事館で手続きをしてパナマの海技免状を取得できます。日本籍船に乗るフィリピン人クルーに対しては、日本政府が英語による試験を実施し資格を付与しています。

(注)日本商船隊
日本の海運企業が現に使用している船舶の総体。日本籍船、仕組船(日本の船会社が外国船主に日本の造船所での船舶の建造を斡旋。完成後にその外国籍船をチャーターして使う)、外国用船(日本の海運企業が外国の船主から借り入れた外国船)で構成。日本商船隊の90%以上の船舶が仕組船と外国用船。

逸見さんが使っていたパナマの海技免状

逸見さんが使っていたパナマの海技免状

船の世界は「融和」志向へ

海運の未来にはさまざまな見方があります。例えば、高齢船員が退職し若年層があまり増えない内航海運では、自動化による省人化が進む見込みです。今後5~10年で陸からの遠隔操縦が実用化し、最終的にはAIによる無人船へと行き着く可能性もある。しかし、海賊やサイバー攻撃の脅威にさらされる外航海運では、全面的に遠隔操縦やAIに依存するわけにはいかず、将来も長期にわたり船員の能力と才覚とが必要とされるように思います。

船員法には紀律の条項があり、上長の職務命令の遵守、職務妨害、争闘その他船内秩序を乱す行為を禁止し、船長には違反者に対する懲戒の権限を与えています。あえて法律に規定したのも、船舶という閉じた空間で長期間、同じ船員が生活をともにする特殊な環境だからです。「安全運航」という最大の目的を達成するために、船内秩序の維持が重要なのです。

日本の外航海運を支えるのは、言語も宗教も生活習慣も異なる外国人です。文化の違いを乗り越えて信頼関係を築くには、相手のことをよく観察してきめ細かく対処することが大事です。その点、日本人は相手を慮ってコミュニケーションする術に長けていますし、共同作業も厭わない。自分と他人の役割をはっきり分ける個人主義的な他の諸国とは少し違います。

国連の国際機関IMO(International Maritime Organization=国際海事機関)は、船長から最年少の部員に至るまで、寄港地から始まり貨物の積載量など重要情報の共有を推奨しています。全乗組員による情報の一致、共有が普段の業務から問題の対処にまで有効であるとした経験則から出た考え方です。これは互いに教え合うことで力を合わせ、業務の遂行に求められる協調性の下地として必要な「船内融和」の推奨でもあります。外航日本人船員数はピーク時(1974年)の約5万7000人から約2100~2300人に減りましたが、世界の海運におけるプレゼンスはむしろ高まっているといえるでしょう。

  • 図4 外航日本人船員数の推移

    図4 外航日本人船員数の推移
    (注)1995~2005年は国土交通省「船員統計」による。
    2006年以降の数値は国土交通省海事局調べ。1994年以前は職員と部員の内訳は公表されていない。
    出典:公益財団法人 日本海事広報協会『日本の海運 SHIPPING NOW 2019-2020』を参考に編集部作成

  • 船員法 第三章 紀律(船内秩序)

(2020年6月9日取材)

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    機関誌 『水の文化』 65号,逸見 真,水と社会,交通,船,海運,節水

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